1.セクシュアルハラスメントの根本的問題:職場と経営への深刻な影響
セクシュアルハラスメント(セクハラ)は、単なる個人の問題に留まらず、職場環境を破壊し、企業のコンプライアンス経営を根底から揺るがす深刻な問題です。これは、個人の尊厳や名誉といった人格権の侵害、精神的・身体的健康への悪影響、職場の人間関係の悪化、さらには組織全体の秩序を乱し生産性を低下させるなど、多岐にわたる甚大な影響を及ぼします。
このような深刻な影響から、セクハラに対する法律や行政の姿勢は近年非常に厳しくなっており、企業には一層の防止策と適切な対応が求められています。コンプライアンス経営を推進する上で、セクハラ対策は組織の健全性と倫理観が試される重要なテーマであり、その体制の試金石とも言えるでしょう。
2.セクシュアルハラスメントの定義と禁止行為:法的枠組みと具体的な類型
セクシュアルハラスメントは、その性質から主に二つの類型に分類されます。男女雇用機会均等法第11条(以下、均等法)において、事業主が講ずべき措置が明確に定められています。
(1) 男女雇用機会均等法第11条に基づく定義
均等法は、職場において行われる「性的な言動」に対する労働者の対応によって、その労働者が労働条件に関して不利益を受ける「対価型セクシュアルハラスメント」と、性的な言動によって労働者の就業環境が害される「環境型セクシュアルハラスメント」の二つの類型を定めています。
- 対価型セクシュアルハラスメント: 性的な言動に対して労働者が拒否したり抵抗したりした結果、解雇、降格、減給、配置転換などの不利益な労働条件を受けることを指します。例えば、上司からの性的な誘いを断ったことで、不当な異動を命じられるなどが該当します。
- 環境型セクシュアルハラスメント: 性的な言動によって職場の雰囲気が不快なものとなり、労働者の就業環境が害され、能力の発揮に看過できない程度の支障が生じることを指します。具体的な言動としては、性的な冗談やからかい、わいせつな写真の掲示、執拗な食事やデートへの誘いなどが挙げられます。被害者が不快だと感じれば成立し得るため、客観的な判断が難しい場合もありますが、労働者の意に反する性的な言動が継続的・反復的に行われたり、極めて悪質なものであったりする場合に成立します。
「職場」の範囲: 均等法における「職場」とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行するすべての場所を指します。通常の就業場所に限らず、出張先、取引先の事務所、業務で使用する車中、顧客の自宅、さらには接待を伴う飲食店や、勤務時間外であっても実質的に職務の延長とみなされる宴席なども含まれます。
「性的な言動」の具体例: 性的な言動には、性的な内容の発言と性的な行動の両方が含まれます。
- 性的な内容の発言:性的な事実関係を尋ねる、性的な内容の噂を流布する、性的な冗談やからかい、個人的な性的体験談を話す、食事やデートへ執拗に誘うなど。
- 性的な行動:性的な関係を強要する、不必要に身体へ接触する、わいせつな図画を配布・掲示する、強制わいせつ行為など。
行為者と被害者の範囲: セクシュアルハラスメントは、行為者も被害者も男性・女性の区別なく起こり得ます。男性から女性へのものだけでなく、女性から男性、女性から女性、男性から男性へのものも含まれます。また、被害を受ける者の性的指向(どの性を恋愛・性愛の対象とするか)や性自認(性別に関する自己認識)にかかわらず、労働者の意に反する性的な言動であればセクシュアルハラスメントに該当します。事業主、上司、同僚だけでなく、取引先、顧客、患者、学校における生徒なども行為者になり得ます。
(2) 人事院規則におけるセクシュアルハラスメントの定義
人事院規則では、セクハラを「他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動」と表現しています。これは、職場外での行為も対象となることを明確に示しており、公務員におけるセクハラ防止の厳格な姿勢がうかがえます。
また、平成28年には、妊娠・出産等に関するハラスメント防止措置義務が均等法第11条の2として新設され、平成29年より施行されています。これにより、妊娠・出産を理由とした不当な扱いや、それに関する言動による就業環境の阻害も、事業主の防止義務の対象となりました。
3.セクシュアルハラスメント対策:組織全体での包括的アプローチ
(1) セクハラの甚大なる害悪の再認識
セクハラは、個人の尊厳を深く傷つけ、精神的・身体的苦痛を与えるだけでなく、職場の人間関係を悪化させ、組織全体の士気を低下させます。その結果、離職率の増加や企業イメージの失墜、さらには法的責任を問われることにもなりかねません。平成30年の財務省事務次官事件が示すように、関係先へのセクハラや、外部の者(取引先、顧客など)からのセクハラも防止の対象であり、企業はより広範な視点で対策を講じる必要があります。
(2) セクハラ対策の具体的なステップと防止策
コンプライアンス経営の観点から、事業主は均等法に基づき、セクハラを未然に防ぎ、発生時には迅速かつ適切に対応するための以下の措置を講じなければなりません。
- 事業主の方針の明確化と周知・啓発: セクシュアルハラスメントは許されない行為であること、そして行為者に対しては厳正に対処する旨の方針を明確にし、就業規則などの文書に規定することが必須です。その内容を、管理職を含むすべての労働者に周知徹底し、啓発することが重要です。定期的な研修や説明会を実施し、セクハラの内容や発生原因、背景についての理解を深めることが効果的です。
- 相談に応じ、適切に対応するための体制整備: 相談窓口をあらかじめ定め、その連絡先や担当者を労働者に周知します。相談窓口担当者は、相談内容や状況に応じて適切に対応できるよう、専門的な知識と対応能力を身につける必要があります。実際にセクハラが生じている場合だけでなく、発生のおそれがある場合や、ハラスメントに該当するかどうか微妙な場合であっても、広く相談に対応する体制を整えることが求められます。相談者のプライバシー保護を徹底し、相談したことや事実確認に協力したことを理由とする不利益な取り扱いを禁止する旨も明示する必要があります。
- 職場におけるハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応: セクハラが発生した場合には、以下の対応を迅速かつ正確に行います。
- 事実関係の迅速かつ正確な確認:相談窓口担当者、人事部門、または専門委員会などが、相談者と行為者の双方から事実関係を確認します。この際、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止め方など、その認識にも適切に配慮することが重要です。
- 被害者への配慮の措置:事実確認ができた場合、速やかに被害者に対する適切な配慮の措置を講じます(例:行為者と被害者の配置転換、精神的ケアの提供など)。
- 行為者への措置:事実確認ができた場合、就業規則に基づき、行為者に対して厳正な措置を適正に行います(例:懲戒処分など)。
- 再発防止に向けた措置:再発防止のために必要な措置を講じます。これは、当該事案のみならず、類似のハラスメントが発生しないように組織全体の取り組みを強化することを含みます。
セクハラが発生した場合、たとえ加害者と被害者が和解したとしても、職場の雰囲気は悪化し、被害者が会社を辞めるケースも少なくありません。これは、企業・組織にとって大きな損失であり、優秀な人材の流出を防ぐためにも、セクハラ対策への真剣な取り組みが不可欠です。
(3) マタニティ・ハラスメント
妊娠・出産等に関するハラスメントは、セクシュアルハラスメントとは別の概念ですが、女性労働者の就業継続を阻害する点で共通の課題を抱えています。詳細は当サイトの別稿にて解説していますので、そちらをご参照ください。
(4) ジェンダーハラスメント
セクシュアルハラスメントと類似した概念に、ジェンダーハラスメントがあります。ジェンダーとは、肉体的な性差ではなく、社会や文化によって形成された男性性・女性性の役割や認識を指します。性別によって固定的な役割を押し付けたり、「男のくせに」「女だから」といった発言をしたり、人格を認めないような呼び方をすることなど、ジェンダーに基づく差別的な言動をジェンダーハラスメントと呼びます。これも広義のハラスメントとして認識し、防止に努めるべきです。
(5) SOGIハラスメント(ソジハラ)
近年、性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)に関するハラスメント、通称「SOGIハラスメント(ソジハラ)」への理解と対策も重要視されています。性的指向や性自認に関する差別的な言動や嫌がらせは、セクシュアルハラスメントの背景にもなり得ます。例えば、「ホモ」「オカマ」「レズ」といった特定の性的指向や性自認を侮辱するような言動は、個人の尊厳を傷つけ、職場環境を悪化させる行為であり、防止が必要です。性的指向や性自認にかかわらず、すべての労働者が安心して働ける職場環境を整備することが、現代の企業には求められています。
4.コンプライアンスの考え方とセクシュアルハラスメント:企業倫理の確立
職員・従業員は、企業にとって最も重要なステークホルダーの一つです。セクハラを受けたと感じた職員・従業員が、会社・組織への信頼を失うことは、企業倫理の観点からも許されません。コンプライアンス経営の観点から、セクハラには早急かつ確実に対応しなければなりません。
「対価型」セクハラは「労働条件に関する不利益の有無」という要件があるため、比較的合理的で客観的な判定が可能です。しかし、「環境型」セクハラは、労働者が他者の性的言動により就業環境が害されたと感じれば成立し得るため、判定が難しい側面があります。
何よりも大事なのは、「異性を性的言動の対象と見なさない」という基本姿勢を組織全体で共有することです。トップマネジメント層を含むすべての管理職が率先してこの意識を持ち、組織としてセクハラをなくすよう継続的に努める必要があります。
もちろん、男性と女性は肉体的にも生理的にも異なるため、例えば、女性に重いものを持たせるのは酷だといった配慮はあっても良いものです。均等法においても、女性労働者の母性を尊重する必要があると定められています(均等法第65条以下)。これらの配慮は、ハラスメントとは全く異なる、健全な職場環境づくりの一環として捉えるべきです。
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中川総合法務オフィス代表の中川恒信は、850回を超えるコンプライアンス研修を担当し、不祥事組織のコンプライアンス態勢再構築にも深く関与してまいりました。組織風土の改善においては、社員が安心して意見を言える「心理的安全性」の確保と、部下の主体性を引き出す「相談型リーダーシップ」の浸透を重視しています。また、ハラスメントやクレーム対応においては、感情を適切にコントロールする「アンガーマネジメント」の導入を支援し、実効性のある解決策を提供しています。
現在、多くの企業様の内部通報の外部窓口も担当しており、マスコミからはしばしば不祥事企業の再発防止に関する意見を求められるなど、その専門性と実績は各方面から高く評価されています。
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