企業の資産に対する不正は多岐にわたりますが、中でも経理担当者や現場の従業員による現金の不正な持ち出しは、組織にとって看過できないリスクです。特に、会計システムに記録される前の現金を巧妙に盗み取る手口は「スキミング(Skimming)」と呼ばれ、その性質上、発覚しにくいのが特徴です。

この記事では、この見破られにくい不正手口であるスキミングについて、その定義、具体的な手法、そして組織としてどのように発見し、未然に防ぐべきかに焦点を当てて解説します。企業のコンプライアンス体制構築において、資産の不正流用対策は基礎中の基礎。しかし、その手口を知り、適切な対策を講じなければ、気づかぬうちに組織の資産が流出し続けてしまう可能性があります。

1. スキミングとは?記帳前の現金窃盗の手口

1.1. スキミングの定義とその巧妙さ

「スキミング(Skimming)」とは、現金やその他の資産が組織の正式な会計帳簿に記録される前に、不正に取得・着服する手口を指します。これは、すでに帳簿に記録されている資産を盗み取る「ラーセニー(Larceny)」とは異なり、不正行為の時点で帳簿上の痕跡が存在しないため、「オフ・ブック不正(Off-Book Fraud)」とも呼ばれます。

この「オフ・ブック」という性質が、スキミングが発見されにくい最大の理由です。会計システムに記録されていない現金は、そもそも存在しないものとして扱われます。そのため、帳簿と実際の現金の残高を照合するだけでは、スキミングによる差異を見つけることが非常に困難になります。

スキミングを実行するのは、主に現金を取り扱う機会が多い従業員です。販売員、レジ担当者、集金担当者などが、日々の業務の中で不正の機会をうかがっています。経営者は、こうした現金を取り扱う最前線の従業員によるリスクに特に注意を払う必要があります。

1.2. なぜスキミングは発見が難しいのか

スキミングが困難な理由はいくつかあります。

  • 記録の欠如: 最も根本的な理由です。そもそも売上や入金が記録されないため、後から監査や照合を行っても、盗まれた現金の「欠損」が帳簿上に現れません。
  • 内部犯行: 組織の内部事情を知る従業員によって行われるため、内部統制の隙間を突かれやすいです。
  • 少額の積み重ね: 一度あたりのスキミング額は少額でも、頻繁に行われることで総額が大きくなるケースが多く、日々の取引量の多さに紛れて見過ごされがちです。

2. 知っておくべきスキミングの主な手口

スキミングの手口は、現金の入ってくるタイミングや業務フローによっていくつかのパターンに分類できます。代表的な手口を理解しておくことが、対策の第一歩です。

2.1. 手口1:売上金のスキミング

これは最も典型的なスキミングの手法です。顧客から商品やサービスの対価として現金を受け取りながら、その売上取引自体を会計システムに記録せず、受け取った現金をそのまま着服します。

  • 具体的な実行例:
    • レジを通さず、顧客から受け取った現金をポケットに入れる。
    • 正規のレシートを発行せず、あるいはレシートを発行しても後で破棄する。
    • レジの「記録なし(No Sale)」ボタンを不正に利用し、売上を記録しない。
    • 営業時間外や店舗外(訪問販売など)での売上を組織に報告せず、現金を着服する。

この手口による影響は、単に現金が減るだけでなく、本来あるべき売上が計上されないことによる売上高の過少計上、そしてそれに伴う棚卸資産の減少(売れたはずの商品がない)といった形で財務諸表に現れることがあります。不自然な在庫の減少や廃棄損の増加は、売上金のスキミングの兆候かもしれません。

2.2. 手口2:売上の過小計上

この手口では、顧客から受け取った現金の全額を記録しないのではなく、実際の売上金額よりも少ない金額だけを会計システムに記録し、その差額を着服します。

  • 具体的な実行例:
    • 10,000円の商品が売れたのに、レジに8,000円とだけ入力し、差額の2,000円を抜き取る。
    • 実際には値引き販売していないのに、あたかも値引きしたかのように装って差額をスキミングする。
    • 複数の商品をまとめて販売した際に、一部の商品分の金額だけを記録する。

この手口は、売上取引自体は記録されるため、売上金のスキミングよりは痕跡が残りやすいですが、それでも個々の取引を詳細に追跡しないと発覚しにくいという側面があります。特に、販売、集金、そして会計システムへの記帳といった一連の業務を一人で行っている場合に、この手口のリスクが高まります。

3. スキミングを見抜くための発見手法

スキミングは発見が難しい不正ですが、注意深く観察し、適切な手続きを踏めば、その兆候を捉えることは可能です。

3.1. データ分析による兆候の発見

会計データや販売データを多角的に分析することで、不自然なパターンや傾向を見つけ出すことができます。

  • 売上高の分析: 過去のトレンドや同業他社と比較して、売上高が不自然に停滞、あるいは減少していないか(特に現金売上)。売上高の垂直分析(売上高に対する特定の費用や勘定科目の割合の変化)や水平分析(時系列での増減率の比較)が有効です。
  • 比率分析:
    • 売上高対現金受取高比率: 売上高に対する現金での受け取り額の比率が、過去や業界平均と比較して不自然に低い場合。
    • 棚卸資産回転率: 棚卸資産が過剰に少なく、回転率が異常に高い場合(売上金のスキミングにより、売れた商品が帳簿から消えている可能性がある)。
    • 返品・値引率: 不自然に高い返品率や値引率が計上されていないか。これは売上の過小計上を隠すために使われることがあります。
  • その他のデータ: void(無効)処理や取消処理の多いレジ担当者は要注意です。

3.2. 現物確認と手続きのチェック

帳簿上の数字だけでなく、実際の物理的な確認や業務手続きの遵守状況を確認することも重要です。

  • 定期的な実地棚卸: 帳簿上の在庫数と実際の在庫数を照合し、不自然な差異がないかを確認します。特に、売上金のスキミングが行われた場合、在庫が減っているにも関わらず売上が記録されていないため、差異が発生します。
  • 抜き打ちでの現金在高チェック: レジや金庫の現金が、記録されている在高と一致するかを抜き打ちで確認します。スキミングされた現金は記録されていないため、差異は出にくいですが、他の不正(ラーセニーなど)の発見につながる可能性や、従業員への抑止力となります。
  • 書類のチェック: 請求書、領収書、納品書などの連番が飛んでいないか、不自然な改ざんがないかなどを確認します。
  • 顧客からの情報: 「レシートをもらえなかった」「支払った金額と違う金額が記録されているようだ」といった顧客からのクレームは、スキミングの直接的な兆候である可能性があります。

3.3. 会計処理の異常性のチェック

会計システムへの記帳内容自体に不自然な点がないかを確認します。

  • 現金勘定・在庫勘定の不規則な動き: 通常の業務フローから外れたタイミングや、異常な金額での入出金や在庫調整がないか。
  • 棚卸資産の償却(損失、盗難、陳腐化など): 不自然に多額の棚卸資産が損失や盗難、陳腐化として処理されていないか。これは売上金のスキミングによる在庫不足を隠すために使われることがあります。

4. スキミングを組織内で防止するには

スキミングは発見が難しいからこそ、事前の防止策を徹底することが極めて重要です。組織の内部統制とコンプライアンス体制を強化することが、スキミング防止の鍵となります。

4.1. 厳格な内部統制の整備と運用

現金を取り扱う業務プロセスにおけるリスクを特定し、適切な統制手続きを設ける必要があります。

  • 職務分掌の徹底: 現金の取り扱い(販売、受領)、会計システムへの記帳、そして入金された現金の照合・承認といった一連のプロセスを、可能な限り異なる担当者が行うようにします。一人に権限が集中する状況を避けることが、不正の機会を減らす上で最も効果的です。
  • 現金取扱いの手続き明確化: 現金受領時のレシート発行の義務付け、日々の現金在高と売上記録の照合、売上金の定時的な入金手続きなどを明確なルールとして定めます。
  • 定期的な責任者によるチェック: 管理職や責任者が、日々の売上記録、レジのジャーナル、現金在高などを定期的に、かつ注意深く確認します。
  • 強制休暇制度: 現金や重要書類を取り扱う従業員に対し、定期的な強制休暇を取得させます。不在時に不正の痕跡が見つかることがあります。
  • システムによる統制: 不正な取引(Void処理、取消処理、値引きなど)には必ず責任者の承認を要する設定にするなど、POSシステムや会計システムを活用した統制も有効です。防犯カメラの設置も視覚的な抑止力となります。

4.2. 倫理意識の向上と組織風土の改善

不正は個人のモラルに依存する部分もありますが、組織全体の倫理意識の高さや風通しの良い企業文化も、不正防止に大きく貢献します。

  • COSOフレームワークに準拠した統制環境: 米国のトレッドウェイ委員会組織委員会(COSO)が提唱する内部統制フレームワークでも重視されている「統制環境」の構築が重要です。経営トップの倫理観や誠実さを示す「Tone at the Top」、組織全体の倫理規程の整備・周知などが含まれます。
  • 倫理研修・コンプライアンス研修の実施: 従業員一人ひとりが、不正行為の重大性やコンプライアンスの重要性を理解するための研修を継続的に実施します。
  • 相談しやすい組織風土とリーダーシップ: 従業員が不正の疑いなどを気軽に相談できる雰囲気を作ることも重要です。一方的に指示するだけでなく、部下の意見を聞き、共に考える「相談型リーダーシップ」も、従業員のエンゲージメントを高め、不正抑止につながります。
  • 内部通報制度の整備: 不正行為を発見した従業員が、安心して通報できる外部窓口を含む内部通報制度(公益通報者保護法に基づくものを含む)は、不正の早期発見・抑止に極めて有効です。

4.3. 棚卸資産管理の徹底

売上金のスキミングは棚卸資産の不自然な減少を伴うことが多いため、棚卸資産の管理を厳格に行うことが間接的な防止策となります。過去には、家電量販店での多額の在庫差異が、従業員によるスキミングを含む不正を示唆していた事例(いわゆるジャパネットたかた事件の再発防止策などで指摘された点)もあります。定期的な実地棚卸に加え、入出荷管理の精度向上、死蔵在庫の適切な処理など、棚卸資産の正確性を常に保つ努力が必要です。

5. スキミング対策を含む網羅的なコンプライアンス体制構築の重要性

スキミングのような特定の不正手口への対策も重要ですが、最も効果的なのは、組織全体を不正やリスクから守るための、網羅的で実効性のあるコンプライアンス体制を構築することです。

コンプライアンス体制は単に法律や社内規程を守ることだけでなく、企業の倫理観、内部統制、リスク管理、そして従業員一人ひとりの意識に根差したものです。強固な体制は、スキミングのような巧妙な不正だけでなく、ハラスメント、情報漏洩、カルテル、粉飾決算など、様々なリスクを低減させます。

これは、法律や経営、会計といった社会科学的な視点だけでなく、人間の心理、組織のダイナミクスといった哲学や人文科学的な洞察、さらにはデータ分析やシステムの理解といった自然科学的なアプローチも不可欠です。組織を一つの生命体として捉え、その健全性を保つためには、多角的な視点と深い洞察が求められます。

スキミングを含むあらゆる不正リスクへの対策は、中川総合法務オフィスにご相談ください

スキミングは氷山の一角に過ぎません。貴社には、見えていない不正リスクが潜んでいる可能性もあります。巧妙化する不正手口から組織を守るためには、専門家による客観的な視点と実践的な対策が不可欠です。

中川総合法務オフィス代表の中川恒信は、これまでに850回を超えるコンプライアンスやリスクマネジメントに関する研修を担当し、多くの企業の不正対策、リスク管理体制構築を支援してまいりました。不祥事を起こした組織のコンプライアンス態勢再構築という、極めて困難な課題にも深く関与し、その経験から得た知見は机上の空論ではありません。

また、企業の内部通報制度の外部窓口を現に担当しており、不正の予兆を捉え、早期に適切な対応を講じることの重要性を日々痛感しています。マスコミからも、不祥事企業の再発防止策についてしばしば意見を求められるなど、その専門性と経験は広く認められています。

形式的な対策ではなく、「本当に効果のある」不正対策、そして組織全体のコンプライアンス文化を醸成したいとお考えであれば、ぜひ中川総合法務オフィスにご相談ください。法律論に留まらず、人間の行動原理、組織心理、そしてリスクの本質を見抜く深い洞察に基づいた、貴社に最適なソリューションをご提案いたします。

研修費用は、1回あたり30万円(消費税別)から承っております。これは、長年の経験と実績に裏打ちされた、貴社のリスクを低減し組織の信頼性を高めるための先行投資です。不正による損失や信用の失墜は、これを遥かに上回るコストとなることを考えれば、決して高い費用ではないと確信しております。

スキミング対策はもちろんのこと、内部通報制度の構築・運用、ハラスメント対策、情報セキュリティ、事業継続計画(BCP)策定支援など、貴社のコンプライアンス体制全般に関するご相談に対応可能です。

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