はじめに——競技者だったからこそ見える「現場の実態」
私はかつて全日本バレーボールの高校選抜選手として競技に打ち込んだ経験があります。練習中の理不尽な叱責、先輩・指導者への絶対服従、「勝てば何でも許される」という空気——。あの頃の体育館の匂いとともに、今も鮮明に覚えています。
あれから数十年が経ちました。しかし、スポーツ界のニュースを眺めると、状況はほとんど変わっていないどころか、問題の複雑さは増しているように見えます。
本稿では、2017年から2025年にかけて発生した主要なスポーツ不祥事を振り返りながら、スポーツ庁が策定した「ガバナンスコード」の内容を解説し、コンプライアンス研修がなぜ「今すぐ必要」なのかをお伝えします。
1.スポーツ不祥事の連鎖——2017〜2025の8年間
「これだけ問題が起きれば、さすがに変わるだろう」。そう思いながら見ていても、不祥事は繰り返されました。以下、特に示唆深い事案を振り返ります。
① 隠蔽と初動ミス——読売ジャイアンツ・山口俊事件(2017年)
酒に酔い病院の警備員に負傷を負わせた事案そのものより深刻だったのは、球団が事実を把握しながら数日間試合に出場させ続けたという「隠蔽体質」でした。「まず現場に判断を委ねる」という慣習が、組織全体の危機管理を機能不全にさせた典型です。
② 絶対権力が生んだハラスメント——日本レスリング協会(2018年)
強化本部長への権力集中が「誰も異議を唱えられない」環境をつくり出しました。伊調馨選手への組織的な排除は、スポーツ界のパワハラが「特定個人の問題」ではなく組織構造の問題であることを明確に示しました。
③ 組織の私物化——日本ボクシング連盟(2018年)
「奈良判定」と呼ばれた審判操作と助成金の不正分配は、競技の公平性そのものを破壊しました。外部からのチェック機能が全く働かない「身内の論理」がいかに危険かを世に知らしめた事案です。
④ 勝利至上主義が招いた悪質タックル——日本大学アメリカンフットボール部(2018年)
監督・コーチの意向を「空気」として読んだ選手が反則プレーを実行し、大学当局は当初「現場の責任」として幕引きを図りました。しかし組織のトップが責任から逃げれば逃げるほど、社会からの批判は大きくなるという教訓を残しました。
⑤ SNSリスクの顕在化——Bリーグ選手SNS問題(2024年)
差別的発言やファンへの不適切な返信が、リーグ全体のブランド価値を瞬時に毀損しました。「個人のSNSは個人の問題」という認識は、もはや通用しません。入団時からのガイドライン整備とリテラシー教育が不可欠です。
⑥ 薬物問題の再燃——日本大学ラグビー部(2023年)
アメフト部の悪質タックル事件から5年。同じ大学の部活動で薬物蔓延が発覚しました。「過去の不祥事から学んでいない」という批判は、コンプライアンス教育の継続性がいかに重要かを痛烈に示しています。
⑦ 依然続くハラスメント——日本体操協会(2024年)
「死ね」などの暴言を「熱血指導」と混同する指導者が強化現場に残り続けていました。暴言は明確なハラスメントです。「指導者評価制度」と「練習現場の可視化」なしに、この問題は根絶できません。
⑧ 2025年の財務・選考問題
日本スケート連盟の強化費不適切使用疑惑、日本陸上競技連盟の代表選考不透明問題など、財務ガバナンスと意思決定の透明性という新たな次元の課題が表面化しています。
2.スポーツ庁が動いた——「スポーツ団体ガバナンスコード」とは
これらの問題を受け、スポーツ庁は2019年6月に「スポーツ団体ガバナンスコード〈中央競技団体向け〉」を策定しました(2023年9月に改定)。さらに同年8月には「〈一般スポーツ団体向け〉」も策定(2023年11月改定)しています。
中央競技団体(NF)向け:13の原則
コードは役員体制の整備から始まり、コンプライアンス教育の実施、危機管理・不祥事対応体制の構築を含む13の原則で構成されています。日本サッカー協会(JFA)、日本野球連盟(BFJ)、日本陸上競技連盟(JAAF)など各NFは毎年ガバナンスコードへの適合状況を自己点検し、社会に対して公表することが義務づけられています。さらに4年に1度、日本スポーツ協会(JSPO)・JOC・日本パラスポーツ協会による適合性審査を受け、その結果が競技力向上事業助成金の配分額に反映される仕組みです。
一般スポーツ団体向け:6つの原則
都道府県の競技団体、総合型地域スポーツクラブ、高校・大学の部活動関連法人など、中央競技団体以外の団体には6原則が適用されます。なかでも原則3「暴力行為の根絶等に向けたコンプライアンス意識の徹底」は、すべてのスポーツ現場に直接関わる重要な柱です。
コードが求めるもの——コンプライアンス教育の「義務化」
ガバナンスコードでは、役員等の体制の整備やコンプライアンス教育の実施、危機管理・不祥事対応体制の構築などが定められた13の原則のすべてが適用され、毎年ガバナンスコードの適合状況を自ら点検し、社会に対してその結果を説明・公表することが定められています。
つまり、コンプライアンス研修の実施は任意ではなく、ガバナンスコードが求める「標準装備」となったのです。
3.不祥事に共通する「3つの根本原因」
8年間・20件超の不祥事を分析すると、驚くほど共通する構造が見えてきます。
第一に「閉鎖的な組織文化」です。 相撲の「部屋」、体操の「強化合宿」、大学の「寮」。外部の目が届かない閉鎖空間では、異常が正常化するまで時間がかかりません。
第二に「権力の集中」です。 レスリング協会の強化本部長、ボクシング連盟の会長——特定個人への権力集中が「異議申し立て不能」な環境をつくります。
第三に「コンプライアンス意識の欠如」です。 「勝てばいい」「これが伝統だ」「どうせバレない」——そうした意識が、組織全体に蔓延していきます。
この3つを変えるためには、ガバナンス構造の改革と、継続的なコンプライアンス教育の両輪が不可欠です。
4.効果的なスポーツコンプライアンス研修とは
単なる「ルールの説明会」では、意識は変わりません。中川総合法務オフィスが考える効果的な研修には、次の要素が必要です。
事例研究中心のアクティブラーニング。 上記のような実際の事案をもとに「自分の組織だったらどうするか」を考えさせる設計が重要です。人は事例から学びます。法律の条文からは学びません。
選手・指導者・管理職への階層別アプローチ。 選手に必要な知識(自分の権利、相談窓口の使い方)と、指導者に必要な知識(ハラスメントの定義、境界線)、管理職に必要な知識(危機管理マニュアル、初動対応)は異なります。
内部通報制度との連携。 研修で「おかしいと思ったら言っていい」と伝えても、通報できる仕組みがなければ意味がありません。外部窓口の整備とセットで実施することで、初めて効果を発揮します。
継続性の担保。 日大ラグビー部の薬物事件が示すように、「過去にやった」では不十分です。選手の入れ替わりを考えると、少なくとも年1回以上の定期実施が不可欠です。
5.中川総合法務オフィスができること
中川総合法務オフィスは、850回超のコンプライアンス研修講師実績を持つ行政書士事務所です。企業・行政機関・医療機関・学校法人など多様な現場での研修経験を積み重ねてきました。また、大学での講師経験もあり、理論と実践の両面から研修を設計できます。
スポーツ分野においては、全日本バレーボール高校選抜選手としての競技経験を持つ代表が研修を担当します。「現場を知らない法律の先生」ではなく、競技者として感じた「閉鎖性」や「同調圧力」を肌で知る講師として、参加者の心に届く研修をお届けします。
提供できるサービス
スポーツコンプライアンス研修(講師派遣) — 中央競技団体・都道府県競技団体・総合型地域スポーツクラブ・大学・高校の部活動関係者向け。ガバナンスコードに対応したプログラム設計。
内部通報外部窓口の受任 — スポーツ庁のガバナンスコードが求める外部相談窓口として機能します。選手・スタッフが安心して相談できる独立した窓口を提供します。
コンプライアンス規程・行動規範の整備 — 「コード・オブ・コンダクト(行動規範)」の作成から、ハラスメント防止規程、SNS利用ガイドラインの整備まで対応します。
危機管理マニュアルの作成支援 — 不祥事発生時の初動対応、メディア対応、関係者への連絡フローを整備します。
6.対象となるスポーツ団体・組織
- 中央競技団体(NF)および都道府県・地域の競技団体
- 総合型地域スポーツクラブ
- プロスポーツチーム・クラブ(Jリーグ・Bリーグ・プロ野球関連法人等)
- 高校・大学の運動部(部活動ガバナンス改革への対応)
- スポーツジム・フィットネスクラブ(指導者によるハラスメント対策)
- スポーツを主な活動とするNPO・一般社団法人
おわりに——「スポーツの価値」を守るために
スポーツは、人に感動を与え、社会を明るくする力を持っています。だからこそ、不祥事の一つひとつが、その価値を大きく傷つけます。
スポーツの価値を毀損しかねない不祥事の発生を防ぎ、また、スポーツの価値を一層高めていくため、スポーツの普及・振興の重要な担い手となっているスポーツ団体の適正なガバナンスを確保することが必要不可欠です。
これはスポーツ庁の言葉ですが、私自身も全く同じ思いを持っています。
コンプライアンス研修は「義務だからやる」ものではありません。スポーツを次の世代に、誇りを持って引き渡すための投資です。
ご関心のある方は、ぜひ一度ご相談ください。
■ お問い合わせ
中川総合法務オフィス
スポーツコンプライアンス研修・内部通報外部窓口・ガバナンス整備に関するご相談は、下記フォームよりお気軽にどうぞ。初回相談は無料で承ります。
参考:スポーツ庁「スポーツ団体ガバナンスコード」https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop10/list/1412105.htm
参考:スポーツ庁Web広報マガジン DEPORTARE「スポーツの価値を最大化する」ため、スポーツ団体が取り組む「ガバナンスコード」とは? https://sports.go.jp/special/policy/post-127.html

