1.ついに「パワハラ防止」の立法化、法律が施行される(令和2年6月)

令和元年5月に、パワー・ハラスメント(以下、パワハラ)防止対策の法制化が盛り込まれた女性活躍推進法等改正案が成立し、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号。以下「労働施策総合推進法」という。)において、事業主に対しパワハラ防止のための雇用管理上の措置を講じることが義務付けられ、令和2年6月から施行されました。

なお、中小企業においては、事業活動への負担を考慮し、令和4年4月1日から義務化が全面施行されています。これにより、企業規模にかかわらず、すべての事業主がパワハラ防止対策を講じることが法的義務となりました。

これを受けて、令和2年1月には、事業主が適切かつ有効な実施を図るために必要な事項を定めた「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下「パワハラ指針」)が厚生労働省より告示されました。この指針は、パワハラの具体的な内容、事業主が講ずべき措置、相談窓口の設置、事後の迅速かつ適切な対応などを詳細に定めており、企業が取り組むべき対策の明確な指針となっています。

以下に、パワハラ指針の一部を引用し、職場におけるパワハラの定義とその要件を解説します。

【パワハラ指針における職場におけるパワーハラスメントの内容】

  1. はじめに この指針は、労働施策総合推進法第30条の2第1項及び第2項に規定する「事業主が職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されること(以下「職場におけるパワーハラスメント」という。)」のないよう、雇用管理上講ずべき措置等について、同条第3項の規定に基づき事業主が適切かつ有効な実施を図るために必要な事項を定めたものです。
  2. 職場におけるパワーハラスメントの定義 職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる以下の3つの要素を全て満たすものを指します。
    • ① 優越的な関係を背景とした言動であること
    • ② 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
    • ③ 労働者の就業環境が害されること
    客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワハラには該当しません。
  3. 「職場」の範囲 「職場」とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所であれば含まれます。出張先や移動中の車内なども「職場」に該当し得る点が重要です。
  4. 「労働者」の範囲 「労働者」とは、いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等、いわゆる非正規雇用労働者を含む事業主が雇用する労働者の全てを指します。また、派遣労働者については、派遣元事業主のみならず、労働者派遣の役務の提供を受ける者(派遣先事業主)についても、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第47条の4の規定により、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者を雇用する事業主とみなされます。
  5. 「優越的な関係を背景とした言動」とは 当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指します。例えば、以下のようなものが含まれます。
    • 職務上の地位が上位の者による言動
    • 同僚又は部下による言動で、業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
    • 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
  6. 「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは 社会通念に照らし、当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを指します。例えば、以下のようなものが含まれます。
    • 業務上明らかに必要性のない言動
    • 業務の目的を大きく逸脱した言動
    • 業務を遂行するための手段として不適当な言動
    • 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
  7. 「労働者の就業環境が害される」とは 当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。これは、被害を受けた労働者の主観だけでなく、客観的な観点からも判断されるべきものです。

職場におけるハラスメント対策に関する厚生労働省の公式情報は、以下のリンクから参照いただけます。

また、令和元年6月には、国際労働機関(ILO)において「仕事の世界における暴力及びハラスメントに関する条約」(第190号条約)が採択されるなど、国際的にもハラスメント対策の重要性が高まっています。

2.労働施策総合推進法の改正で新設されたパワハラの章

労働施策総合推進法の改正により、以下のパワハラに関する章が新設され、事業主の義務が明確化されました。

第八章 職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等

  • (雇用管理上の措置等) 第三十条の二 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。 2 事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。 3 厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下この条において「指針」という。)を定めるものとする。 4 厚生労働大臣は、指針を定めるに当たっては、あらかじめ、労働政策審議会の意見を聴くものとする。 5 厚生労働大臣は、指針を定めたときは、遅滞なく、これを公表するものとする。 6 前二項の規定は、指針の変更について準用する。
  • (国、事業主及び労働者の責務) 第三十条の三 国は、労働者の就業環境を害する前条第一項に規定する言動を行ってはならないことその他当該言動に起因する問題(以下この条において「優越的言動問題」という。)に対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない。 2 事業主は、優越的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。 3 事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。 4 労働者は、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる前条第一項の措置に協力するように努めなければならない。

これらの条文は、パワハラ防止が企業にとって単なる努力義務ではなく、明確な法的義務であることを示しています。特に、相談を行った労働者への不利益取扱いの禁止は、相談しやすい環境整備に不可欠な要素です。

3.公務員のパワハラ禁止

労働施策総合推進法のパワハラ防止規定(第三十条の二)は、地方公務員についても適用除外されていません(第三十八条の二参照)。これは、公務員も一般の労働者と同様にパワハラから保護されるべき対象であることを明確にしています。

国家公務員についても、人事院規則10-16(施行日 令和2年6月1日)においてパワハラ防止規定が定められました。

【人事院規則10-16(定義)】 第二条この規則において、「パワー・ハラスメント」とは、職務に関する優越的な関係を背景として行われる、業務上必要かつ相当な範囲を超える言動であって、職員に精神的若しくは身体的な苦痛を与え、職員の人格若しくは尊厳を害し、又は職員の勤務環境を害することとなるようなものをいう。

公務員におけるパワハラ問題については、当サイトの別稿でも詳しく解説していますので、ご参照ください。公務員組織においても、民間企業と同様に、心理的安全性と相談型リーダーシップの浸透がハラスメント防止には不可欠であり、組織風土の改善が求められています。

4.パワーハラスメント「優越的言動問題」を規制する労働施策総合推進法改正法が成立(第198回国会で2019年5月29日成立)

第198回国会において、閣第三八号「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案」の第3条として、労働施策総合推進法の一部改正が成立しました。

(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律の一部改正) 第三条 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和四十一年法律第百三十二号)の一部を次のように改正する。

当時のマスコミ報道(朝日新聞・日経などから一部引用)では、「職場でのパワーハラスメント(パワハラ)を防ぐため、企業に防止策を義務づける労働施策総合推進法の改正案が、29日の参院本会議で可決、成立した。義務化の時期は早ければ大企業が2020年4月、中小企業が2022年4月の見通しだ。⇒中小企業は、しばらくは努力義務となる。」と伝えられました。

企業が取り組むべき防止策の内容は、その後策定されたパワハラ指針にまとめられています。加害者の懲戒規定の策定、相談窓口の設置、社内調査体制の整備、当事者のプライバシー保護などが想定され、労働政策審議会での議論を経て決定されました。

なお、法律の中では「パワーハラスメント」や「パワハラ」という言葉は使われていません。これらは国際用語や法律用語ではなく、いわゆる「はやり言葉」の一種であるため、「優越的言動問題」として扱われ、その定義は「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害される」ものとされています。つまり、①優越的地位、②業務上の相当な範囲を超える、③就業環境を害するの3つを要件とするものです。

5.パワーハラスメントの法制化への道のり

2018年の秋に厚生労働省は、パワハラ防止のための有識者検討会に予防・解決に向けた報告書案を提示し、パワハラを「許されない行為」と位置づけた上で、雇用主に管理措置を義務づける法制化や、ガイドラインで明示するなどの案が示されました。

その後、労働政策審議会で議論が進められ、2019年の通常国会で法案化が実現しました。この法制化は、職場におけるハラスメント問題を解決し、より健全な労働環境を築くための重要な一歩となりました。企業は、この法的義務を果たすだけでなく、積極的なハラスメント対策を通じて、従業員が安心して働ける職場環境を構築することが、企業の持続的な成長に繋がるという認識を持つべきです。


コンプライアンス研修・コンサルティングのご案内

中川総合法務オフィスでは、企業がパワハラ防止法を遵守し、真に健全な組織を築くためのコンプライアンス研修やコンサルティングを提供しております。代表の中川恒信は、850回を超えるコンプライアンス等の研修を担当し、不祥事組織のコンプライアンス態勢再構築にも豊富な経験がございます。また、現在も内部通報の外部窓口を担当しており、マスコミからも不祥事企業の再発防止に関する意見をしばしば求められるなど、その知見と経験は多岐にわたります。

私たちは、組織風土の改善には心理的安全性と相談型リーダーシップの浸透が不可欠であると考え、ハラスメントやクレーム対応におけるアンガーマネジメントの導入など、実践的なアプローチを重視しています。中川恒信の独特の文体と教養に裏打ちされたコンサルティングは、他の誰も真似できないオリジナルな価値を提供し、貴社のコンプライアンス体制を強固なものへと導きます。

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