私たちの文化や社会は、先人たちの創造的な活動の積み重ねの上に成り立っています。文学、音楽、美術といった著作物は、創作者の権利を守る著作権法によって保護される一方で、一定期間が経過した後は社会全体の共有財産、すなわち「パブリックドメイン」となり、より自由な形で活用できるようになります。この制度は、過去の偉大な業績を土台として、新たな文化創造を促進するための重要な仕組みです。

中川総合法務オフィスの代表は、法律や経営といった社会科学の専門知識に加え、哲学思想、人文科学、さらには自然科学に至るまで幅広い分野に深い造詣を有しております。本稿では、その多角的な視点から、著作権の保護期間が満了した著作物の取り扱いや、著作権法における権利制限規定による自由利用の可能性について、最新の情報を交えながら解説します。特に、三島由紀夫や川端康成といった著名な作家の著作権の現状についても触れていきます。

1. 著作権消滅(パブリックドメイン)とは?自由に利用できる著作物の種類

著作物が「著作権フリー」や「パブリックドメイン」として自由に利用できるケースには、いくつかの類型があります。これらを理解することは、教育、研究、新たな創作活動、そしてビジネスにおいても非常に重要です。

1.1. 著作物の性質による自由利用:公共の著作物

まず、著作物の性質上、広く一般に利用されるべきと考えられるものは、著作権の対象とならないか、利用が推奨されています。

  • 憲法その他の法令: 国民が等しく知り、遵守すべき国の基本的なルールであり、権利の対象となりません。
  • 国や地方公共団体、独立行政法人の通達・告示・訓令等: 行政機関が発する公的な文書で、広く周知されることを目的としています。
  • 裁判所の判決・決定・命令等: 司法判断もまた、公開され、社会生活の指針となるべきものです。
  • 上記の翻訳物や編集物で、国や地方公共団体等が作成したもの: 原著作物が権利の対象とならない場合、その翻訳物等も同様に扱われます。

これらの著作物は、その公共性から、原則として誰でも自由に複製、頒布、翻訳などの形で利用することができます。

1.2. 著作権法の権利制限規定による自由利用

著作権法には、一定の条件下で著作権者の許諾を得ずに著作物を利用できる「権利制限規定」が設けられています(著作権法第30条以下)。これは、著作権者の利益を不当に害しない範囲で、著作物の公正な利用を図り、文化の発展に寄与することを目的としています。

代表的な例としては、

  • 私的使用のための複製(第30条): 個人的にまたは家庭内その他これに準ずる限られた範囲内で使用するために、著作物を複製することができます。
  • 引用(第32条): 公表された著作物は、公正な慣行に合致し、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内であれば、引用して利用することができます。出典の明示が必要です。
  • 教育機関における複製等(第35条): 学校その他の教育機関において、授業の過程で使用するために必要な限度で複製等が認められています。
  • 時事の事件の報道のための利用(第41条): 写真、映画、放送等により時事の事件を報道する場合には、その事件を構成し、又はその過程で見聞きされる著作物を利用できます。

これらの規定を正しく理解し遵守することで、著作物を有効に活用する道が開かれます。

1.3. 著作権の保護期間満了による自由利用(パブリックドメイン)

すべての著作権には保護期間が定められており、この期間が満了すると、著作物は「パブリックドメイン(Public Domain)」となり、原則として誰でも自由に利用できるようになります。これは、著作物が個人の権利から離れ、社会全体の共有財産となることを意味します。

かつて、著作権の保護期間は著作者の死後50年とされていましたが、国際的な潮流やクリエイター保護の観点から、保護期間を延長する動きが世界的に進みました。

TPP11協定発行に伴う著作権保護期間の延長

日本においては、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11協定)の発効に伴い、2018年12月30日に著作権法が改正・施行されました。これにより、著作物の保護期間は、原則として著作者の死後70年に延長されました。

具体的には、著作権法第51条第2項で「著作権は、この節に別段の定めがある場合を除き、著作者の死後(共同著作物にあつては、最終に死亡した著作者の死後。次条第一項において同じ。)七十年を経過するまでの間、存続する。」と規定されています。

この改正により、1968年(昭和43年)以降に亡くなった方の著作物の保護期間が、従来の死後50年から死後70年に延長されることになりました。

(参考)文化庁:

1.4. 権利者が権利を放棄した著作物

稀なケースですが、著作権者が自らの著作権を放棄する意思表示をした場合、その著作物はパブリックドメインと同様に扱われることがあります。ただし、この場合でも著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)は放棄できない一身専属の権利であるため、利用にあたっては注意が必要です。

2. 三島由紀夫と川端康成の著作権の現状は?

著名な作家の著作権の状況について、具体的な例を見てみましょう。

  • 三島由紀夫氏: 1970年(昭和45年)11月25日に逝去されました。改正前の著作権法では、死後50年である2020年12月31日に保護期間が満了する予定でした。しかし、TPP11協定に伴う法改正により、逝去が1968年以降であるため保護期間が20年延長され、2040年12月31日まで著作権が存続することになります。
  • 川端康成氏: 1972年(昭和47年)4月16日に逝去されました。三島氏と同様の理由で、改正法が適用され、死後70年である2042年12月31日まで著作権が存続します。

このように、法改正によって保護期間が延長された作家は数多く存在します。著作物を利用する際には、著作者の没年と最新の法律を確認することが不可欠です。

なお、中国など50年の国では、パブリックドメインとなったので、ノーベル賞受賞の川端作品は出版ラッシュとなっているとの報道があった。著作権の保護期間は各国法で定められるため(ベルヌ条約における相互主義の原則と内国民待遇の原則、また、より短い保護期間を採用している国における期間比較の問題など、国際的な著作権の扱いは複雑です)、特定の国で保護期間が満了していても、日本国内では依然として保護期間内であるケースがあります。著作物の利用にあたっては、利用する国や地域の法律を確認する必要があります。著作権法第58条(保護期間の特例)もこの点に関連する規定です。

(参照)青空文庫: 保護期間が満了した作品を収集・公開している「青空文庫」では、TPPに伴う保護期間延長により公開がロックされた作品のリストを公表しています。 保護期間の延長によって公開がロックされた作品リスト

3. パブリックドメインの意義と活用の際の注意点

著作権の保護期間が満了した著作物は、社会全体の文化遺産として、教育、研究、新たな創作活動、ビジネスなど、様々な分野で自由に活用できます。これにより、過去の優れた作品が新たな視点で再解釈されたり、次世代のクリエイターにインスピレーションを与えたりと、文化の継承と発展に大きく貢献します。これは、人類の知的営為が、単に個人の所有に留まるのではなく、時代を超えて共有され、発展していくという、壮大な循環システムの一部と言えるでしょう。

3.1. 著作者人格権への配慮

著作権(財産権)が消滅した後も、著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)は、著作者の死後も一定の範囲で保護されると考えられています(著作権法第60条)。たとえパブリックドメインとなった著作物であっても、著作者の名誉や声望を害するような方法での利用は慎むべきです。作品の改変や利用方法によっては、著作者人格権を侵害する可能性があるため、原典への敬意を払い、社会通念上許容される範囲での利用を心がける必要があります。

3.2. 翻訳と二次的著作物

外国の文学作品などを利用する場合、その著作物が原産国でパブリックドメインになっていても、翻訳されたものは「二次的著作物」として、翻訳者の著作権が発生します。この翻訳者の著作権も、翻訳者の死後70年(または公表後70年など、著作物の種類による)保護されます。したがって、原文がパブリックドメインであっても、特定の翻訳を利用する際には、その翻訳者の著作権保護期間を確認する必要があります。

4. 著作権が消滅した主な作家と作曲家(2025年5月現在)

以下に、現時点で著作権の保護期間が満了し、パブリックドメインとなっていると考えられる日本の主な作家と、世界の主な作曲家を一部リストアップします。ただし、共同著作物やペンネームの扱い、国ごとの法制度の違いなどにより、個別のケースでは詳細な確認が必要です。あくまで参考としてご活用ください。

ご利用の際の注意点:

  • 以下のリストは、著作者の没年から単純に70年(またはそれ以前の法律に基づく期間)を経過したものを中心に掲載していますが、個々の著作物の正確な保護期間満了を確認するには、専門家への相談や詳細な調査が推奨されます。
  • 特に作曲家については、活躍した国や時代によって保護期間の起算点や期間が異なる場合があります。
  • 日本国内での利用を前提としています。海外での利用は、その国の法律に従ってください。

4.1. 主な日本の作家(敬称略、五十音順)

  • 芥川龍之介(1892年3月1日~1927年7月24日)
  • 石川啄木(1886年2月20日~1912年4月13日)
  • 泉鏡花(1873年11月4日~1939年9月7日)
  • 伊藤左千夫(1864年9月18日~1913年7月30日)
  • 上田敏(1874年10月30日~1916年7月9日)
  • 内村鑑三(1861年3月23日~1930年3月28日)
  • 岡倉天心(1863年2月14日~1913年9月2日)
  • 尾崎紅葉(1868年1月10日~1903年10月30日)
  • 尾崎放哉(1885年1月20日~1926年4月7日)
  • 折口信夫(釋迢空)(1887年2月11日~1953年9月3日)
  • 梶井基次郎(1901年2月17日~1932年3月24日)
  • 金子みすゞ(1903年4月11日~1930年3月10日)
  • 菊池寛(1888年12月26日~1948年3月6日)
  • 岸田劉生(1891年6月23日~1929年12月20日)
  • 北原白秋(1885年1月25日~1942年11月2日)
  • 北村透谷(1868年12月29日~1894年5月16日)
  • 木下杢太郎(1885年8月1日~1945年10月15日)
  • 国木田独歩(1871年8月30日~1908年6月23日)
  • 幸田露伴(1867年8月22日~1947年7月30日)
  • 小林多喜二(1903年12月1日~1933年2月20日)
  • 斎藤茂吉(1882年5月14日~1953年2月25日)
  • 三遊亭圓朝(1839年5月16日~1900年8月11日)
  • 島崎藤村(1872年3月25日~1943年8月22日)
  • 竹久夢二(1884年9月16日~1934年9月1日)
  • 太宰治(1909年6月19日~1948年6月13日)
  • 立原道造(1914年7月30日~1939年3月29日)
  • 種田山頭火(1882年12月3日~1940年10月11日)
  • 坪内逍遥(1859年6月22日~1935年2月28日)
  • 寺田寅彦(1878年11月28日~1935年12月31日)
  • 徳田秋声(1872年2月1日~1943年11月18日)
  • 徳冨蘆花(1868年12月8日~1927年9月18日)
  • 内藤湖南(1866年8月27日~1934年6月26日)
  • 直木三十五(1891年2月12日~1934年2月24日)
  • 中島敦(1909年5月5日~1942年12月4日)
  • 長塚節(1879年4月3日~1915年2月8日)
  • 中原中也(1907年4月29日~1937年10月22日)
  • 夏目漱石(1867年2月9日~1916年12月9日)
  • 新美南吉(1913年7月30日~1943年3月22日)
  • 西田幾多郎(1870年6月17日~1945年6月7日)
  • 新渡戸稲造(1862年9月1日~1933年10月15日)
  • 野口雨情(1882年5月29日~1945年1月27日)
  • 萩原朔太郎(1886年11月1日~1942年5月11日)
  • 樋口一葉(1872年5月2日~1896年11月23日)
  • 福沢諭吉(1835年1月10日~1901年2月3日)
  • 二葉亭四迷(1864年4月4日~1909年5月10日)
  • 正岡子規(1867年10月14日~1902年9月19日)
  • 宮澤賢治(1896年8月27日~1933年9月21日)
  • 森鴎外(1862年2月17日~1922年7月9日)
  • 与謝野晶子(1878年12月7日~1942年5月29日)
  • 与謝野鉄幹(1873年2月26日~1935年3月26日)
  • 若山牧水(1885年8月24日~1928年9月17日)

4.2. 主な世界の作曲家(敬称略、生年順)

クラシック音楽の作曲家の多くは、その死後長期間が経過しており、著作権(財産権)は消滅しています。以下はその一部です。

  • ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(ドイツ、1685年3月31日~1750年7月28日)
  • ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(ドイツ→イギリス、1685年2月23日~1759年4月14日)
  • フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(オーストリア、1732年3月31日~1809年5月31日)
  • ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(オーストリア、1756年1月27日~1791年12月5日)
  • ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(ドイツ、1770年12月16日洗礼~1827年3月26日)
  • フランツ・シューベルト(オーストリア、1797年1月31日~1828年11月19日)
  • フレデリック・ショパン(ポーランド→フランス、1810年3月1日~1849年10月17日)
  • ロベルト・シューマン(ドイツ、1810年6月8日~1856年7月29日)
  • フランツ・リスト(ハンガリー、1811年10月22日~1886年7月31日)
  • リヒャルト・ワーグナー(ドイツ、1813年5月22日~1883年2月13日)
  • ジュゼッペ・ヴェルディ(イタリア、1813年10月10日~1901年1月27日)
  • ヨハネス・ブラームス(ドイツ、1833年5月7日~1897年4月3日)
  • ジョルジュ・ビゼー(フランス、1838年10月25日~1875年6月3日)
  • ピョートル・チャイコフスキー(ロシア、1840年5月7日~1893年11月6日)
  • アントニン・ドヴォルザーク(チェコ、1841年9月8日~1904年5月1日)
  • エドヴァルド・グリーグ(ノルウェー、1843年6月15日~1907年9月4日)
  • ガブリエル・フォーレ(フランス、1845年5月12日~1924年11月4日)
  • ジャコモ・プッチーニ(イタリア、1858年12月22日~1924年11月29日)
  • グスタフ・マーラー(オーストリア、1860年7月7日~1911年5月18日)
  • クロード・ドビュッシー(フランス、1862年8月22日~1918年3月25日)
  • リヒャルト・シュトラウス(ドイツ、1864年6月11日~1949年9月8日)
  • エリック・サティ(フランス、1866年5月17日~1925年7月1日)
  • セルゲイ・ラフマニノフ(ロシア→アメリカ、1873年4月1日~1943年3月28日)
  • モーリス・ラヴェル(フランス、1875年3月7日~1937年12月28日)
  • ベーラ・バルトーク(ハンガリー、1881年3月25日~1945年9月26日)
  • ジョージ・ガーシュウィン(アメリカ、1898年9月26日~1937年7月11日)

補足: プロコフィエフ 1953年没、シベリウス 1957年没、ヴォーン・ウィリアムズ 1958年没などについては、多くの国で死後70年の保護期間が適用されると、現時点(2025年)ではまだ保護期間が満了していない可能性があります。ご利用の際は、各国の著作権法や国際条約に基づく詳細な確認が必要です。

5. まとめ:知の巨人の肩に乗り、未来を創造する

著作権制度は、創作者の権利を保護し、文化の発展を促進するための重要な枠組みです。そして、保護期間が満了した著作物がパブリックドメインとして社会の共有財産となることは、先人たちの偉大な遺産を次世代が受け継ぎ、新たな知恵や創造を生み出すための礎となります。

中川総合法務オフィスでは、複雑な著作権法について、その本質を深く理解し、実社会における様々な場面での適切な対応をサポートいたします。著作権に関するご相談、講演、研修のご依頼は、当オフィスまでお気軽にお寄せください。法律の条文解釈に留まらず、それが持つ歴史的・文化的背景や、社会に与える影響までをも視野に入れたアドバイスを心がけております。

-著作権に関するご相談・講演研修講師依頼- 申し込みフォーム

Follow me!