1.住民訴訟に関する最高裁平成24年4月20日の議会の権利放棄原則有効判決に至る経緯
(1)議会議決についての地方自治法96条1項10号の法解釈
これまで述べてきたように、住民が勝訴した住民訴訟について,地方議会が,議決(地方自治法96条1項10号:法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか、権利を放棄すること)により,その対象となっている損害賠償請求権を放棄することについては私は批判的であった。
(2)放棄を肯定する判決群
もっともこれを肯定する判決群があり、たとえば、
東京高判平成12・12・26は,地方自治法96条1項10号は,「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合」以外であれば,議会に権利放棄を認めており,住民訴訟提起後には放棄ができないとする特別の定めはないから,本件放棄は適法であるとしていたのである。
(3)放棄を否定する判決群
しかし、否定する判決群もあったのであり、例えば、
大阪高判平成21・11・27は,議会 が本件権利を放棄する旨の議決をする合理的理由はなく,放棄の相手方の個別的・具体的な事情の検討もなされていないこと等の事情に照らせば,本件権利を放棄する議会の決議は,地方公共団体の執行機関が行った違法な財務会計上の行為を放置し,損害の回復を含め,その是正の機会を放棄するに等しく,また,本件住民訴訟を無に帰せしめるものであって,地方自治法に定める住民訴訟の制度を根底から否定するものといわざるを得ず,上記議会の本件権利を放棄する旨の決議は,議決権の濫用に当たり,その効力を有しないとしていた。
(4)地方制度調査会の折衷的考え
そこで、第29次地方制度調査会の提言(平成21年)があって、
少なくとも当該訴訟の係属中に放棄することは,住民に対し裁判所への出訴を認めた住民訴訟制度の趣旨を損なうから制限すべきである
としていたのである。
2.地方議会の権利放棄は原則有効判決(最高裁平成24年4月20日)
■そこへ、この最高裁の平成24年4月20日の議会の権利放棄は原則有効であって、濫用はいけないという判決が出たのである。
「 (1) 地方自治法96条1項10号が普通地方公共団体の議会の議決事項として権利の放棄を規定している趣旨は,その議会による慎重な審議を経ることにより執行機関による専断を排除することにあるものと解されるところ,普通地方公共団体による債権の放棄は,条例による場合を除いては,同法149条6号所定の財産の処分としてその長の担任事務に含まれるとともに,債権者の一方的な行為のみによって債権を消滅させるという点において債務の免除の法的性質を有するものと解される。
したがって,普通地方公共団体による債権の放棄は,条例による場合を除き,その議会が債権の放棄の議決をしただけでは放棄の効力は生ぜず,その効力が生ずるには,その長による執行行為としての放棄の意思表示を要するものというべきである。
…
(2) 地方自治法96条1項10号は,普通地方公共団体の議会の議決事項として,「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること」を定め,この「特別の定め」の例としては,普通地方公共団体の長はその債権に係る債務者が無資力又はこれに近い状態等にあるときはその議会の議決を経ることなくその債権の放棄としての債務の免除をすることができる旨の同法240条3項,地方自治法施行令171条の7の規定等がある。
他方,普通地方公共団体の議会の議決を経た上でその長が債権の放棄をする場合におけるその放棄の実体的要件については,同法その他の法令においてこれを制限する規定は存しない。
したがって,地方自治法においては,普通地方公共団体がその債権の放棄をするに当たって,その議会の議決及び長の執行行為(条例による場合には,その公布)という手続的要件を満たしている限り,その適否の実体的判断については,住民による直接の選挙を通じて選出された議員により構成される普通地方公共団体の議決機関である議会の裁量権に基本的に委ねられているものというべきである。
もっとも,同法において,普通地方公共団体の執行機関又は職員による公金の支出等の財務会計行為又は怠る事実に係る違法事由の有無及びその是正の要否等につき住民の関与する裁判手続による審査等を目的として住民訴訟制度が設けられているところ,住民訴訟の対象とされている損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を放棄する旨の議決がされた場合についてみると,このような請求権が認められる場合は様々であり,個々の事案ごとに,当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して,これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする同法の趣旨等に照らして不合理であって上記の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは,その議決は違法となり,当該放棄は無効となるものと解するのが相当である。
そして,当該公金の支出等の財務会計行為等の性質,内容等については,その違法事由の性格や当該職員又は当該支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされるべきものと解される。」
…
3.最高裁判決と自治体実務
これをどうとらえるか、裁判長の補足意見もあるが、民主制の過程を重視知ればこのような結論にならざるを得ないのかと思う。
しかし、制度として未熟でないだろうか。立法論になってしまうが、神戸市長に55億円の損賠償責任判決が出ても本当に支払えるのかな。
長、トップの民主的コントロールをこの住民訴訟に託するのであれば、ほかに行政上のサンクションなども設けた柔軟な制度にすべきでないであろうか。
さらに論考したい。
4.地方公共団体の長等の損害賠償責任に関する条例可能に
・平成29年改正地方自治法で、条例において、長や職員等の地方公共団体に対する損害賠償責任について、その職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、賠償責任額を限定してそれ以上の額を免責する旨を定めることを可能に(条例で定める場合の免責に関する参酌基準及び責任の下限額は国が設定)
・議会は、住民監査請求があった後に、当該請求に関する損害賠償請求権等の放棄に関する議決をしようとするときは、監査委員からの意見を聴取
(普通地方公共団体の長等の損害賠償責任の一部免責)地方自治法
第二四三条の二
① 普通地方公共団体は、条例で、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会の委員若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員(次条第三項の規定による賠償の命令の対象となる者を除く。以下この項において「普通地方公共団体の長等」という。)の当該普通地方公共団体に対する損害を賠償する責任を、普通地方公共団体の長等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、普通地方公共団体の長等が賠償の責任を負う額から、普通地方公共団体の長等の職責その他の事情を考慮して政令で定める基準を参酌して、政令で定める額以上で当該条例で定める額を控除して得た額について免れさせる旨を定めることができる。
② 普通地方公共団体の議会は、前項の条例の制定又は改廃に関する議決をしようとするときは、あらかじめ監査委員の意見を聴かなければならない。
③ 前項の規定による意見の決定は、監査委員の合議によるものとする。
(普通地方公共団体の長等の損害賠償責任の一部免責の基準等)地方自治法施行令
第百七十三条 地方自治法第二百四十三条の二第一項に規定する政令で定める基準は、次の各号に掲げる同項に規定する普通地方公共団体の長等(以下この条において「普通地方公共団体の長等」という。)の区分に応じ、当該各号に定める額とする。
一 地方警務官(警察法第五十六条第一項に規定する地方警務官をいう。以下この項及び次項各号において同じ。)以外の普通地方公共団体の長等 普通地方公共団体から地方自治法第二百四十三条の二第一項の損害を賠償する責任(以下この条において「普通地方公共団体の長等の損害賠償責任」という。)の原因となつた行為を行つた日を含む会計年度において在職中に支給され、又は支給されるべき同法第二百三条の二第一項若しくは第四項又は第二百四条第一項若しくは第二項の規定による給与(扶養手当、住居手当、通勤手当、単身赴任手当又は寒冷地手当が支給されている場合には、これらの手当を除く。)の一会計年度当たりの額に相当する額として総務省令で定める方法により算定される額(次項第一号において「普通地方公共団体の長等の基準給与年額」という。)に、次に掲げる地方警務官以外の普通地方公共団体の長等の区分に応じ、それぞれ次に定める数を乗じて得た額
イ 普通地方公共団体の長 六
ロ 副知事若しくは副市町村長、指定都市の総合区長、教育委員会の教育長若しくは委員、公安委員会の委員、選挙管理委員会の委員又は監査委員 四
ハ 人事委員会の委員若しくは公平委員会の委員、労働委員会の委員、農業委員会の委員、収用委員会の委員、海区漁業調整委員会の委員、内水面漁場管理委員会の委員、固定資産評価審査委員会の委員、消防長又は地方公営企業の管理者 二
ニ 普通地方公共団体の職員(地方警務官並びにロ及びハに掲げる普通地方公共団体の職員を除く。) 一
二 地方警務官 国から普通地方公共団体の長等の損害賠償責任の原因となつた行為を行つた日を含む会計年度において在職中に支給され、又は支給されるべき一般職の職員の給与に関する法律(昭和二十五年法律第九十五号)その他の法律による給与(扶養手当、住居手当、通勤手当、単身赴任手当又は寒冷地手当が支給されている場合には、これらの手当を除く。)の一会計年度当たりの額に相当する額として総務省令で定める方法により算定される額(次項第二号において「地方警務官の基準給与年額」という。)に、次に掲げる地方警務官の区分に応じ、それぞれ次に定める数を乗じて得た額
イ 警視総監又は道府県警察本部長 二
ロ イに掲げる地方警務官以外の地方警務官 一
2 地方自治法第二百四十三条の二第一項に規定する政令で定める額は、次の各号に掲げる普通地方公共団体の長等の区分に応じ、当該各号に定める額とする。
一 地方警務官以外の普通地方公共団体の長等 普通地方公共団体の長等の基準給与年額
二 地方警務官 地方警務官の基準給与年額
3 地方自治法第二百四十三条の二第一項の条例(第二号において「一部免責条例」という。)を定めている普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体における普通地方公共団体の長等が同項の規定により普通地方公共団体の長等の損害賠償責任を免れたことを知つたときは、速やかに、次に掲げる事項を当該普通地方公共団体の議会に報告するとともに、当該事項を公表しなければならない。
一 当該普通地方公共団体の長等の損害賠償責任の原因となつた事実及び当該普通地方公共団体の長等が賠償の責任を負う額
二 当該普通地方公共団体の長等が賠償の責任を負う額から一部免責条例に基づき控除する額及びその算定の根拠
三 地方自治法第二百四十三条の二第一項の規定により当該普通地方公共団体の長等が賠償の責任を免れた額
4 前三項に定めるもののほか、地方自治法第二百四十三条の二第一項の規定による普通地方公共団体の長等の損害賠償責任の一部の免責に関し必要な事項は、総務省令で定める。