10の判例の時系列まとめ
1. 三田市エコー事件(神戸地裁 平成14年4月25日) 上司がエコー指導を口実に部下へ性的行為を強いた事例。後の合意を主張しても、当初の優越的地位の利用はセクハラと認定された。
2. 中学校教諭テーピング事件(前橋地裁 平成14年6月12日) 女子生徒の鼠径部へのテーピングがセクハラと疑われた事例。密室での態様から不適切とされ、校長の退職勧告も適法と判断された。
3. 尼崎東高校セクハラ追及事件(神戸地裁 平成14年9月10日) 加害教諭を追及した教諭らに対し、市教委が報復的な転任処分を行った事例。不当な目的による人事権の濫用として違法とされた。
4. 米子高専セクハラ事件(鳥取地裁 平成16年2月10日口頭弁論終結) 複数の女子学生への抱擁やキス強要の疑いに対し、厳重注意処分と公表がなされた事例。校長の措置は教育上の合理性があり適法とされた。
5. 鳥取大学隔離措置事件(鳥取地裁 平成16年7月12日) 重大なセクハラ後の復職において、約2年間の隔離・研究禁止を命じた事例。教育環境確保の必要性を超えた長期の措置は違法とされた。
6. お茶の水女子大学事件(東京地裁 平成16年12月21日/平成17年1月31日) 指導教授による留学生へのセクハラと、その後の長期指導停止の是非。教授個人の賠償責任と、大学による過度に長い停止措置の違法性を認定した。
7. α大学(名古屋)事件(名古屋地裁 平成17年2月9日) 指導教官による身体接触や変名での執拗な性的メールの事例。学生側の好意を主張する加害者の主観は否定され、懲戒処分が維持された。
8. 上尾市職員もみ消し事件(さいたま地裁 平成17年12月22日) 上司によるセクハラと、別の管理職らによる相談取下げの強要事例。組織的な隠蔽工作を「二次的被害」を伴う共同不法行為と断じた。
9. 江戸川区中学校事件(東京地裁 平成29年9月22日) 同僚間の胸部接触やパワハラに対し、校長が適切な措置を怠った事例。加害者の責任に加え、管理職の著しい合理性を欠く不作為の違法を認めた。
10. 横浜弁護士事務所事件(横浜地裁 令和6年11月21日口頭弁論終結) 継続的な暴行と性的言辞により事務員がうつ病を発症した事例。業務上の疾病による療養期間中の解雇を無効とし、多額の賠償を命じた。
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若干の鳥瞰図的コメントをすると、セクハラ対応は「加害行為の認定」から、その後の「組織の対応の適正性」や「被害者のメンタルヘルス保護」へと、司法の関心が深化・厳格化していることが分かる。いわば、ハラスメントという「火種」を放置したり、力で封じ込めようとしたりする組織の姿勢そのものが、法的な命取りとなる時代への変遷と言える。以下に10判例の概要を述べる。
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1. 三田市エコー事件
病院の上司が技術指導を名目に部下へ性的行為を強いたセクシャル・ハラスメント(セクハラ)と、その後の慰謝料支払合意の有効性が争われた事例である。
神戸地方裁判所 平成14年4月25日判決
事実
原告は、三田市内の病院に勤務する臨床検査技師(女性)であり、被告は同病院検査科の室長として赴任してきた原告の上司であった。平成9年10月頃から、原告は被告からエコー(超音波)の技術指導を受けることになったが、その過程で、被告は「血流の違いを教える」などと称し、自己の男性器を原告に手や口でしごかせる等の性的行為に及んだ。また、通常業務中も原告に身体を押し付けるなどの行為を日常的に繰り返した。
その後、原告と被告は平成9年末から平成10年にかけて数回の性交渉を持つに至った。平成10年9月、被告は原告を傷つけた代償として、病院を去る際に慰謝料100万円を支払う旨の文書を作成し、原告に交付した。さらに平成12年3月、原告が弁護士に相談の上で増額を求めたところ、被告は計200万円を支払う旨の合意(本件合意)を承諾する文書を再度作成した。しかし、被告はその後に到達した内容証明郵便において、本件合意は原告から「関係を妻や職場にバラす」と脅された結果なされた強迫によるものであると主張し、取り消しを求めて支払を拒否したため、原告が提訴した。
判旨
裁判所は、被告の主張を退け、原告の請求を全面的に認めた。 まず被告の行為について、後に両者の関係が肉体関係にまで発展し、それが愛情と合意に基づくものであったとしても、初期のエコー教育等にかこつけた一連の性的交渉は、優越的な地位を利用したものであり「セクハラと判断されてもやむを得ない行為」として違法性を有すると指摘した。
次に被告が主張する「強迫」の成否については、被告が原告に交付した文書の内容が原告への親愛を表現する調子であったことや、被告が支払のための借金を検討していた事実から、被告自身が原告を傷つけたことを認め、自らある程度納得して慰謝料の支払を約束したと推認するのが相当であると判断した。また、原告が金銭受領の直前に被告の妻に確認の電話を入れるなど、金銭への執着よりも被告に非を認めさせ謝罪させることを重視していた点も考慮され、強迫の事実は否定された。結論として、本件合意は有効であると判示し、被告に対し合意通りの200万円及び遅延損害金の支払を命じた。
⇒この事例は、たとえ後に当事者間で合意の上での肉体関係が生じたとしても、その発端が職務上の指導を隠れ蓑にした性的嫌がらせであったならば、明確にセクハラとして法的責任が生じることを示している。いわば「教育」を口実とした卑劣な行為に対し、組織の規律と被害者の尊厳を優先した判断と言える。
2.中学校教諭テーピング事件
部活動指導における身体接触がセクシャル・ハラスメント(セクハラ)と疑われ、校長による退職勧告の適法性が争われた事例である。
前橋地方裁判所 平成14年6月12日判決(中学校教諭テーピング事件)
事実
原告は公立中学校の教諭であり、女子バレーボール部の顧問を務めていた。平成9年5月、原告は部活動の指導中、女子生徒の鼠径部(股関節の前面)に、密室である喫煙室において、着衣の下に手を入れてテーピングを施した。後日、保護者からセクハラであるとの苦情を受けた校長(被告A)は、原告に対し「懲戒免職になれば退職金も出ず、履歴に傷がつく」などと述べ、自主退職を強く勧告した。原告は父親を通じて弁護士に相談し「辞表を出す必要はない」との助言を得ていたが、最終的に平成9年6月15日に退職願を提出した。その後、教育委員会により依願退職の辞令が交付されたが、新聞各紙は「女子生徒の体操着を脱がせテーピング」「諭旨免職」等と報じた。原告は、校長による退職願の提出強要や弁明機会の欠如により公務員の地位を失い、精神的苦痛を受けたとして、国家賠償法に基づき提訴した。
判旨
裁判所は、原告の請求をすべて棄却した。 まず本件テーピング行為について、中学校2年生の女子に対し、密室で下半身の着衣の下を通して行われた態様は、セクハラとの疑惑を抱かれてもやむを得ない不適切な行為であったと認定した。 次に校長による退職勧告の適法性について、懲戒免職の不利益を説明して自主退職を促した行為は、原告にとって有益な事項の教示という側面もあり、強要・強制にあたる違法なものとはいえないと判断した。特に、原告が弁護士の助言を受けながらも自らの判断で退職願を提出した点を重視し、意思決定の自由が不当に侵害されたとは認めなかった。 手続面に関しても、校長は原告から複数の自省的書面を提出させて事実確認を行っており、調査や弁明機会の付与に適切を欠いた点はなかったとした。新聞報道についても、人事上の評価として「諭旨免職」相当と判断されていた事実に照らし、校長らが誤った情報を提供したとは認められないと判示した。
⇒この事例は、教育現場での「よかれと思った指導」であっても、密室性や身体接触の態様によってはハラスメントと見なされるリスクを浮き彫りにしている。裁判所は校長の対応を、選手に「退場処分(免職)が下る前に自ら交代(退職)せよ」と勧めたコーチの助言のようなものと捉え、最終的な判断は本人にあるとした厳格な判断と言える。
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3. 尼崎東高校セクハラ追及事件
病院の上司が技術指導を名目に部下へ性的行為を強いたセクシャル・ハラスメント(セクハラ)と、その後の慰謝料支払合意の有効性が争われた事例である。
神戸地方裁判所 平成14年4月25日判決
事実
原告は、三田市内の病院に勤務する臨床検査技師(女性)であり、被告は同病院検査科の室長として赴任してきた原告の上司であった。平成9年10月頃から、原告は被告からエコー(超音波)の技術指導を受けることになったが、その過程で、被告は「血流の違いを教える」などと称し、自己の男性器を原告に手や口でしごかせる等の性的行為に及んだ。また、通常業務中も原告に身体を押し付けるなどの行為を日常的に繰り返した。
その後、原告と被告は平成9年末から平成10年にかけて数回の性交渉を持つに至った。平成10年9月、被告は原告を傷つけた代償として、病院を去る際に慰謝料100万円を支払う旨の文書を作成し、原告に交付した。さらに平成12年3月、原告が弁護士に相談の上で増額を求めたところ、被告は**計200万円を支払う旨の合意(本件合意)**を承諾する文書を再度作成した。しかし、被告はその後に到達した内容証明郵便において、本件合意は原告から「関係を妻や職場にバラす」と脅された結果なされた強迫によるものであると主張し、取り消しを求めて支払を拒否したため、原告が提訴した。
判旨
裁判所は、被告の主張を退け、原告の請求を全面的に認めた。 まず被告の行為について、後に両者の関係が肉体関係にまで発展し、それが愛情と合意に基づくものであったとしても、初期のエコー教育等にかこつけた一連の性的交渉は、優越的な地位を利用したものであり「セクハラと判断されてもやむを得ない行為」として違法性を有すると指摘した。
次に被告が主張する「強迫」の成否については、被告が原告に交付した文書の内容が原告への親愛を表現する調子であったことや、被告が支払のための借金を検討していた事実から、被告自身が原告を傷つけたことを認め、自らある程度納得して慰謝料の支払を約束したと推認するのが相当であると判断した。また、原告が金銭受領の直前に被告の妻に確認の電話を入れるなど、金銭への執着よりも被告に非を認めさせ謝罪させることを重視していた点も考慮され、強迫の事実は否定された。結論として、本件合意は有効であると判示し、被告に対し合意通りの200万円及び遅延損害金の支払を命じた。
⇒この事例は、たとえ後に当事者間で合意の上での肉体関係が生じたとしても、その発端が職務上の指導を隠れ蓑にした性的嫌がらせであったならば、明確にセクハラとして法的責任が生じることを示している。いわば「教育」を口実とした卑劣な行為に対し、組織の規律と被害者の尊厳を優先した判断と言える。
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4. 米子高専セクハラ事件
高等教育機関の教官による複数の学生へのセクシャル・ハラスメント(セクハラ)の疑惑と、それに対する「厳重注意処分」および公表の適法性が争われた事例である。
鳥取地方裁判所 平成16年(判決日は同年2月10日の口頭弁論終結後)(米子高専セクハラ事件)
事実
原告は、米子工業高等専門学校の男性体育教官(助教授)であった。平成13年4月、女子学生らから、原告による過去4年間にわたるセクハラ被害を訴える投書がなされた。内容は、授業中の柔軟運動での身体密着、プールサイドでの「お姫様抱っこ」、男子学生の前での生理日に関する執拗な質問、廊下での抱擁、頬へのキスの強要など多岐にわたった。
校長はセクハラ防止対策委員会を設置して調査を実施。原告は一部の事実を認めつつも性的意図を否定したが、委員会は「セクハラとして疑われる事実」が認められると判断した。校長は平成13年9月18日、原告に対し口頭での**「厳重注意処分」**を行い、今後同様の疑いを受ける行為を慎むよう指導した。その後、校長は教官会議の談話で本件に触れ、新聞社がこの処分を「米子高専教官がセクハラ」と報じたほか、校長は全校集会でも報道に言及しつつセクハラ防止の講話を行った。原告は、これらの処分や発言が事実無根であり、名誉を毀損されたとして、国(後に独立行政法人)を相手に損害賠償を求めて提訴した。
判旨
裁判所は、原告の請求をすべて棄却した。
まず、厳重注意処分の適法性について、廊下での抱擁については目撃証言があり、キスの強要についても具体的で信用できる供述が得られていることから、「セクハラと評価される恐れのある事実」があったと認定した。原告には過去にも口頭注意の矯正措置歴があったことも考慮し、指揮監督権限に基づく本件処分は必要性・相当性を満たす適法なものであると判断した。
次に、教官会議や全校集会での校長の発言についても、学生指導上の問題を教職員間で共有する必要性や、報道による学生の不安を解消するという教育上の目的があったと指摘した。校長の発言は原告を犯罪者扱いするような断定的なものではなく、相手の受け止め方に配慮すべきというセクハラ防止の観点からなされたものであり、不法行為には当たらないとした。さらに報道対応についても、校長が不正確な情報を提供した事実はなく、むしろ追加調査による原告への打撃を懸念して慎重な対応に努めていたとして、校長の措置の妥当性を認めた。
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5. 鳥取大学隔離措置事件
セクハラ行為による懲戒処分後に行われた隔離措置等の業務命令の適法性が争われた事例である。
鳥取地方裁判所 平成16年7月12日判決
事実
原告は、鳥取大学工学部の助教授であった。平成12年3月、原告は自らが指導していた女子学生を酒席に誘い、強度の酩酊状態にあった彼女をラブホテルに連れ込み、衣服を脱がせてベッドに押し倒す等のセクハラ行為(本件セクハラ行為)に及んだ。大学側は調査を開始し、同年5月、原告に対し停職6か月の懲戒処分を下した。
原告の停職期間が満了した同年11月、当時の学科長は原告に対し、以下の内容を含む業務命令を発した。
• 当分の間、一切の講義、研究指導、研究活動および学内委員を免ずる。
• 従来の居室の使用を禁じ、情報処理教育施設の1室(他の4室は空室)を居室として当てる。
• 化学棟への立ち入りを禁止する。
• 毎月、セクハラに関する論文を提出させる。
原告はこの命令に従い、備品もほとんどない部屋に約1年10か月にわたって事実上隔離され、教育・研究活動から排除された。原告は、この業務命令が退職を強要する目的の嫌がらせであり、そのストレスからうつ病を発症し自殺未遂に至ったとして、国(後に国立大学法人)を相手に損害賠償を求めて提訴した。
判旨
裁判所は、業務命令の一部に裁量権の逸脱があり、違法であると判断した。
まず講義や研究指導の禁止について、原告の行為により学生らの信頼が失われていた当時の状況に照らせば、復職直後に混乱を避ける目的でなされた制限には合理性があったとした。しかし、原告を強く畏怖していた学生らが修了する平成14年4月以降も同命令を継続したことは、必要性を欠き違法であると判示した。
また、研究活動の禁止と居室の隔離について、研究は学生と接点を持たずに行うことも可能であり、研究を事実上全面的に禁止して不自由な居室に長期間隔離した措置は、教育環境の確保に必要とはいえず、原告が受忍すべき限度を超えていると指摘した。
裁判所は、これらの違法な業務命令と原告の精神的苦痛との間に相当因果関係を認め、被告に対し、慰謝料100万円および弁護士費用10万円の計110万円の支払いを命じた。
⇒この事例は、たとえ深刻なセクハラ行為があったとしても、その後の職場復帰における隔離措置が「教育環境の維持」という目的を超えて長期間に及ぶ場合、裁量権の逸脱として不法行為になり得ることを示している。いわば、正当な罰を終えた後の「行き過ぎた隔離」を戒める判断と言える。
6. お茶の水女子大学事件
国立大学の教授による学生へのセクシャル・ハラスメント(セクハラ)と、その後の大学側による長期の指導停止措置の是非が争われた事例である。
東京地方裁判所 平成16年12月21日判決(損害賠償)、平成17年1月31日判決(停職処分等)
事実
原告(韓国人留学生)は、平成11年4月からお茶の水女子大学大学院の科目等履修生として、被告Y1教授のゼミを受講していた。同年5月18日、Y1はゼミ後の懇親会の後、原告をホテルのラウンジに誘い、「君の白い肌を触りながら一晩過ごしたい」等の性的言辞を弄した。さらに帰宅途中のエレベーターやタクシー内で、原告に対しキスをしたり胸を触ったりする等のセクハラ行為に及んだ。原告は精神的苦痛からゼミへの出席を断念し、同大学院の博士課程受験も断念するに至った。大学側はY1に対し停職3か月の懲戒処分を下したが、処分終了後も約3年間にわたり教育活動や大学運営への参加を停止する措置を継続した。原告(学生)はY1らに損害賠償を求め、Y1は処分の取消しを求めてそれぞれ提訴した。
判旨
裁判所は、Y1の一連の行為を、原告の性的自由および人格権を侵害する不法行為と認定した。本件行為は私的な懇親の場で行われたため大学の国賠法上の責任(職務執行性)は否定されたが、Y1個人の不法行為責任を認め、原告(学生)に対し慰謝料など計230万円の支払いを命じた。
また、Y1に対する停職3か月の懲戒処分については、教官としてあるまじき非行であり相当であるとして有効性を認めた。しかし、停職終了後も続いた大学による長期の教育活動停止措置については、原告(学生)が他大学へ移ったことなどを踏まえれば、再発防止のための準備期間として平成15年3月までで十分であったと指摘した。それ以降も漫然と継続された措置は、実質的な「二重処分」に等しく、裁量権を逸脱した違法なものであるとして、大学に対しY1への慰謝料100万円の支払いを命じた。
この事例は、ハラスメントに対する「懲戒処分」自体は正当であっても、その後の「教育活動の剥奪」が合理的な期間を超えて継続される場合、組織側の裁量権濫用として違法となり得ることを示している。いわば、被害者の保護と加害者の職務上の権利のバランスが厳格に問われた判断といえる。
7. α大学(名古屋)事件
大学の指導教官による学生へのセクシャル・ハラスメント(セクハラ)と、それに対する懲戒処分の適法性が争われた事例である。
名古屋地方裁判所 平成17年2月9日判決
事実
原告は、α大学大学院医学研究科で講師を務める男性医師であった。被告は、原告に懲戒処分を下した大学側である。
• 平成11年11月10日:米国の学会出席後、原告はサンフランシスコのホテル自室に指導学生の女性Aを誘った。室内で飲酒中、原告はAの腰に手を回して抱き、ダンスをしながらキスをする等の身体的接触を行った。
• 同年12月:原告は「オビ=ワン・ケノービ」等の変名や匿名を用い、Aに対して「君を愛している」「たまにキスをしてやってくれたら喜ぶ」といった性的関心を露骨に表現した英文メールや、クリスマスカードを複数回送付した。
• 平成12年5月:一連の言動により指導教官との信頼関係が完全に破綻したため、Aは初期の研究課題を断念し、別の研究室への変更を余儀なくされた。
• 平成13年2月:大学側はこれらをセクハラと認定し、原告に対し「戒告」の懲戒処分を下した。原告は「Aは自分に好意を持っており、行為は合意の上だった」等と主張し、処分の取消しを求めて提訴した。
判旨
裁判所は、原告の請求を棄却し、処分の有効性を認めた。 事実認定において、ホテルの密室での身体接触や匿名性を利用した執拗なメール等の送付は、Aの意思に反して不快感と困惑を与える「性的な言動」であり、セクハラに該当すると判断した。原告は「学生側が恋愛感情を持っていた」と主張したが、指導教官という圧倒的に優越した地位にありながら、学生の立場や心理に無頓着に一方的な性的アプローチを続けたことは、教育公務員としてあるまじき非行であると断じた。 また、Aが本来の研究を中断せざるを得なくなり、学習環境の悪化という重大な不利益を被った点も重く指摘された。結論として、懲戒処分の中で最も軽い「戒告」を選択した大学側の判断には、社会通念上の妥当性を欠くような裁量権の逸脱や濫用は認められず、適法であると判示した。
⇒この判例は、加害者が「相手も喜んでいる」「合意がある」と主観的に思い込んでいても、客観的に見て相手が拒絶しにくい関係性(師弟関係など)に乗じた言動であれば、厳格に不法行為や非行とみなされることを示している。いわば「指導」という名のベールの裏にある、相手の尊厳を無視した独りよがりの親愛の情を戒める判断と言える。
8. 上尾市職員もみ消し事件
自治体職員間でのセクシャル・ハラスメント(セクハラ)と、その被害の申立てを組織的に「もみ消した」上司らの責任が問われた事例である。
さいたま地方裁判所 平成17年12月22日判決
事実
原告(女性、上尾市職員)は、平成14年当時、上司である被告C(参事兼次長)から、複数回にわたり私有車での出張を命じられた。Cはその走行中の車内で、「人事は自分と市長が握っている」といった権力を誇示する発言を繰り返しながら、原告の右手を握り、太ももを触る等のセクハラ行為に及んだ。原告がこれに抗議したところ、直後に担当業務から外される等の不当な扱いを受けたため、労働組合を通じて市の苦情処理委員会へ相談がなされた。
これに対し、別の直属上司である被告D(課長)らは平成15年、原告を夜間にレストラン等へ呼び出し、「委員会が招集されたら終わりだ」「今後仕事をする上で不利益を受ける」等と述べて相談の取下げを強く迫った。さらにDらは原告を市長や部長の前へ連れ出し、「セクハラの事実はなかった」「自分の意思で相談を取り下げる」という虚偽の報告を自発的なものであるかのように装って行わせた。原告はこれら一連の行為により人格権を侵害されたとして提訴した。
判旨
裁判所は、被告Cによる身体接触について、職場内の上下関係を背景に抵抗が困難な状況下で行われた違法な不法行為であると認定した。
また、被告Dらによる相談の取下げ強要や虚偽報告の強制についても、将来の不利益を示唆して原告の意思を抑圧し、被害を解決する機会を奪って精神的苦痛を加重させた「二次的な被害」に当たると指摘した。これは組織の幹部職にある公務員として、ハラスメントを防止すべき立場にありながら、逆に被害を拡大させたものであり、共同不法行為を構成すると判示した。
結論として、被告Cに120万円、もみ消しを主導した被告Dに60万円(うち60万円はCと連帯)の慰謝料支払いを命じた。この判決は、ハラスメントの加害行為そのものだけでなく、組織による隠蔽工作が独立した不法行為になり得ることを明確に示した重要な判断と言える。
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9. 江戸川区中学校職員間事件
学校現場における同僚間のセクシャル・ハラスメント(セクハラ)およびパワー・ハラスメント(パワハラ)と、それに対する管理職の対応が問われた事例である。
東京地方裁判所 平成29年9月22日判決
事実
原告(女性)は、平成26年4月から江戸川区立の中学校に非常勤事務職員として配属された。同校には事務主任の立場にある補助参加人Bが勤務していた。
• 平成26年7月3日:事務分担の協議を目的とした親睦会の席上で、Bは原告と口論になり、原告の右胸を故意に触るセクハラ行為に及んだ。同日夜、同席者が副校長にメールで報告したが、特段の調査は行われなかった。
• 同年9月:Bは事務室内で、原告に使用済みの歯間ブラシを洗わせるという、嫌悪感を抱かせるパワハラ行為を行った。
• 同年11月18日以降:原告はC校長に対し、胸を触られた件などを複数回相談したが、校長は「コミュニケーションの一種」であるなどと述べ、具体的な措置を講じなかった。
• 平成27年4月以降:第三者の通報により区教育委員会の調査が開始された。Bは、原告が調査に協力したことや日記を付けていたことを非難し、原告を強く詰問した。
• 同年8月:原告は適応障害と診断され、その旨を校長に報告したが、校長は「仕事は仕事として割り切れ」と述べるに留まった。
原告は、Bの行為および校長の不作為により損害を受けたとして、国家賠償法に基づき提訴した。
判旨
裁判所は、Bの一連の行為を不法行為と認定し、江戸川区および東京都(給与負担者)の賠償責任を認めた。
まず、Bによる胸を触る行為は性的行動そのものであり、事務の分担協議という職務に密接に関連する場での行為として職務執行性(国賠法1条1項)が認められると判断した。また、歯間ブラシの洗浄強制や、被害報告後の詰問も社会通念上の限度を超えた権利侵害であるとした。
次にC校長の対応について、校長はハラスメントの発生や原告の体調悪化を認識し得たにもかかわらず、加害者の補助参加人Bと執務場所を分ける等の適切な措置を執らなかった。この不作為は、ハラスメント防止指針等の趣旨に照らし、不行使が許容される裁量の限度を逸脱して著しく合理性を欠くものであり、国賠法上の違法があると判示した。
結論として、適応障害との因果関係を認め、慰謝料や治療費、弁護士費用を含む計71万7630円の支払いを命じた。
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10. 横浜弁護士事務精神病発症事件
ハラスメントによる精神障害と解雇の有効性が争われた横浜地方裁判所の事例(令和6年11月21日口頭弁論終結)を挙げる。
事実
原告(女性)は、平成22年3月から被告らの法律事務所で事務員として就労していた。共同経営者の一人である被告A(弁護士)は、平成23年頃から令和元年9月までの間、業務上のミス等を理由に原告の頭頂部を拳で殴打する暴行を継続的に加えた。また被告Aは、平成24年に「あなたのことが大好きで仕方がない」と告げて執拗に好意を示し、平成30年には女性の裸体をだらしないと描写した小説の一節を読ませて「あなたのことを書いてあると思って読んでいる」と述べる等の性的言辞を繰り返した。原告は一連の行為により、平成31年3月にうつ病エピソードと診断された。その後、原告が療養のため休業していたところ、被告Bは令和2年7月、休業期間満了を理由に原告を解雇した。原告は、本件解雇は業務上の疾病による休業期間中の解雇であり無効であると主張し、地位確認と損害賠償を求めて提訴した。
判旨
裁判所は、被告Aの継続的な暴行を一連一体の不法行為とし、性的言辞についても職務上の地位に乗じて精神的苦痛を与えたものとして、人格権侵害を認めた。精神障害との因果関係については、厚生労働省の認定基準を参照し、発症前6か月間に「身体的攻撃」や「人格を否定するようなセクハラ」による強い心理的負荷があったと認定した。業務外の要因等は否定され、相当因果関係が肯定された。これにより、原告のうつ病は労働基準法19条の「業務上の疾病」に該当するため、その療養期間中の解雇は同条に反し無効であると判示した。結論として、原告が労働契約上の権利を有する地位にあることを確認し、被告Aに対し、休業損害や通院慰謝料、弁護士費用等を含む計961万6978円(既払金控除後)の支払いを命じた。
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