企業が不祥事を起こした際、経営トップが「今後はコンプライアンスを重視し、再発防止に努めます」と深々と頭を下げる光景は、残念ながら今も後を絶ちません。この「コンプライアンスを重視する」という言葉。確かに間違いではないのですが、その裏にはどのような具体的なイメージがあるのでしょうか?単に法令遵守を強化し、規則やマニュアルを増やせば良い、と考えていないでしょうか。
厳格な法令遵守は、現場担当者にとって時に「過剰な足かせ」と感じられ、迅速な業務遂行の妨げになることもあります。また、細分化された膨大な社内規則やチェックリストは、ビジネス現場のスピード感を阻害し、「面倒くさい」「面白くない」といった感情を生みかねません。このような状況は、「本音と建前」の分離や、チェックポイントの手抜きにつながり、結局は不祥事のリスクを再び高めてしまうことになります。
コンプライアンスは、組織全体での深い納得感と主体的な取り組みがなければ、決して「本物」にはなりません。一時的な対策や形式的なルール作りだけでは、組織の体質改善には至らないのです。これは、単に経営層やコンプライアンス部門だけの課題ではなく、組織で働く一人ひとりが「自分事」として捉え、共通の価値観を持つことから始まります。現代社会において、コンプライアンスの実践は、単なる法令遵守義務を超え、組織の持続可能性を左右する経営上の最重要課題であることを、改めて認識する必要があります。
この認識をトップから中間管理職、そして現場までが共有すること。これが、コンプライアンスが「本物」になるかどうかのスタートであり、組織が進むべき「道標」となるのです。この共通認識なくして、真のコンプライアンスへの道はありません。
コンプライアンスはなぜ必要か?~ステークホルダーからの信頼と内部統制・リスク管理の要諦~
そもそも、コンプライアンスとは何でしょうか。広辞苑第七版によれば、「要求や命令に従うこと。特に企業が法令や社会規範・企業倫理を守ること。法令遵守。」と定義されています。ここで言う「周り」とは、組織を取り巻く多様なステークホルダー(顧客、従業員、株主、取引先、地域社会、行政など)を指します。コンプライアンスの究極の目的は、これらステークホルダーの期待や要請に応え、裏切らない誠実な行動や経営を行うことにあります。
ステークホルダーは、組織が法令はもとより、社会のルールや常識、さらには道徳や倫理といった規範をも遵守することを強く望んでいます。組織の利益だけを追求し、ステークホルダーや社会全体の利益に反するような行為を許容する組織を、誰が信頼するでしょうか。
組織がリスクを選択・管理する際も、ステークホルダーの意思に反しないような、透明性が高く、説明責任を果たせるプロセスが求められます。不祥事が発生した場合、それを隠蔽しようとする組織は、さらに信頼を失います。ステークホルダーが本当に望むのは、誠実(インテグリティ)な対応と真摯な謝罪です。
豊田商事事件のように、組織ぐるみで人々を騙すような行為に手を染める時、そこで働く一人ひとりの職員は、自身の仕事に誇りを持つことができるでしょうか。組織が長期的に発展していく実感を持つことができるでしょうか。私の長年の企業経験を通じて痛感するのは、嘘や不誠実な行いをする経営者は、結局のところ組織から追放されるか、あるいは突如として破綻を迎えるということです。これは、洋の東西、時代の変遷に関わらず見られる普遍的な真理と言えるでしょう。
内部統制システムに求められる「実質」~法的な義務と組織マネジメントの融合~
現代社会において、企業のコンプライアンス体制の構築は、法的な要請でもあります。特に、会社の内部統制システムに関する会社法や金融商品取引法、そして近年では地方自治法においても関連する定めが置かれています。
- 会社法: 取締役の職務執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制(いわゆる内部統制システム)の整備を義務付けています(大会社・取締役会設置会社など)。これは、企業の健全な経営とガバナンスの根幹に関わる事項であり、取締役会が決定すべき重要な業務執行とされています。
- 金融商品取引法: 上場企業などに対して、財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制(内部統制報告制度、いわゆるJ-SOX)の整備と評価報告書の提出を義務付けています。これは、投資家保護の観点から、企業の財務報告の信頼性を確保するための重要な仕組みです。
- 地方自治法: 都道府県や指定都市などに対して、事務の管理及び執行が法令に適合し、かつ、適正に行われることを確保するための方針を定め、必要な体制(内部統制)を整備することを義務付けています。これは、地方公共団体の運営における透明性と適正性を高めるための動きです。
これらの法規定は、組織の規模や種類に応じて、コンプライアンスや内部統制の整備を促すものです。しかし、これらの条文をただ形式的に満たすだけでは、実効性のある内部統制システムは構築できません。食品会社、自動車メーカー、IT企業、金融機関など、それぞれの事業内容やリスクは多様であり、自社の特性に合わせた具体的なコンプライアンス態勢や内部統制の設計が不可欠です。
条文をそのまま現場に「強制」しようとすれば、「コンプラ疲れ」を招き、かえって組織の活力を削ぐことにもなりかねません。法の規定はあくまで最低限のルールであり、これをどのように解釈し、自社のマネジメントに落とし込むかが問われます。判例実務においても、内部統制システムの構築・運用状況が、役員の賠償責任の有無や範囲の判断に影響を与えるケース(例:日本システム技術事件最高裁判決)があり、法的な側面からもその重要性は増しています。
重要なのは、これらの法的要請を単なる形式的な義務として捉えるのではなく、組織の健全性、効率性、そしてリスク管理能力を高めるための経営ツールとして活用することです。法律の専門家であると同時に、長年の企業経験を持つ私から見れば、これらの規定は、組織が自らの手で、より強く、よりしなやかになるための機会を与えているとも言えます。単にルールを守るだけでなく、そのルールの「意図」や「精神」を理解し、組織全体の行動原理として根付かせることこそが、実効性のある内部統制への道なのです。
三菱自動車の燃費不正事件から学ぶ、連続不祥事の深層~組織風土と人間心理~
企業不祥事の事例から学ぶことは多くあります。中でも、三菱自動車工業(MMC)が過去に繰り返してきた一連の不祥事は、私たちに多くの教訓を与えてくれます。2000年と2004年に発覚したリコール隠しに始まり、2016年には軽自動車の燃費試験における不正が明らかになりました。
この燃費不正では、「高速惰行法」と呼ばれる違法な測定方法の使用、試験結果からの恣意的な値の抽出、データの捏造など、複数の不正が行われていました。これらの不正は、日産自動車による実際の燃費測定との乖離から発覚し、過去25年間にわたる不正な燃費測定の実態が明らかになるなど、社会に大きな衝撃を与えました。
この事件に関する特別調査委員会の報告書は、不祥事の背景にある組織的な問題を鋭く指摘しています。報告書は、本件問題が特定の部門や個人の問題ではなく、経営陣を含むMMC全体の問題であると強調し、再発防止に向けて、開発プロセスの見直し、形式的な制度や取り組みの撤廃、組織の閉鎖性解消に向けた人事制度改革、そして何よりも「法規の趣旨を理解すること」「不正の発見と是正に向けた幅広い取り組み」の必要性を提言しています。特に印象的なのは、「MMC にとって、最も大事な再発防止策は、そこで働く人たちの思いが一致することである」という言葉です。これはまさに、コンプライアンスが形式論に陥らず、組織の「本物」となるための鍵を示唆しています。
なぜ、一つの組織でかくも不祥事が繰り返されるのでしょうか。そこには、不祥事の連続する組織に共通する、ある種の体質や人間心理が潜んでいます。過去に不祥事が発生した組織で再発防止の相談を受けた際にも感じたのは、過剰なまでにチェック体制を強化し、現場の行動をがんじがらめにしてしまう傾向です。これは、大阪市役所で小口現金盗難事件を受けて導入された「屋上屋を重ねる」チェック体制にも通じる問題です。現場からの不満の声が上がるのは当然で、このような形式的な対策は、組織の根本的な問題解決には繋がりません。
三菱自動車の事例や、私が過去に直面した他の不祥事事例から見えてくるのは、組織内の風通しの悪さ、部門間の壁、目標達成圧力と倫理観の衝突、そして何よりも、組織で働く一人ひとりが自身の仕事や組織の存在意義に対する「誇り」や「納得感」を持てずにいる、といった深層的な課題です。法律や規則は重要ですが、それだけでは人は動きません。組織を動かすのは、突き詰めればそこにいる「人」なのです。形式的なルールや罰則を振りかざすだけでは、人の心は離れ、「コンプラ疲れ」を引き起こし、結局は「裏表」のある状態を生み出してしまいます。
「裏表のない」コンプライアンスを組織に根付かせるために
では、「裏表のない」コンプライアンスを組織に根付かせるには、どうすれば良いのでしょうか。それは、単にルールを守らせるだけでなく、組織全体の文化として、倫理観や誠実さ(インテグリティ)を育むことに他なりません。
- トップの強いコミットメントと率先垂範: 経営トップが、コンプライアンスを経営戦略の核と位置づけ、自らが率先して倫理的な行動を示すことが不可欠です。言葉だけでなく、日々の意思決定や行動を通じて、その重要性を組織全体に示さなければなりません。
- 開かれた対話と風通しの良い組織文化: 組織内のコミュニケーションを活性化し、従業員が懸念や疑問を率直に表明できる環境を作ることが重要です。内部通報制度の整備とその周知徹底は有効な手段の一つです。私が現に内部通報の外部窓口を担当している経験からも、組織内に相談しにくい雰囲気があったとしても、外部の窓口があれば声を上げやすくなるケースは多いと感じています。
- 倫理・コンプライアンス教育の実質化: 一方的な研修ではなく、参加型の議論やケーススタディを通じて、従業員一人ひとりが自身の業務とコンプライアンスを結びつけ、倫理的な判断力を養う教育が必要です。単なる知識の詰め込みではなく、なぜコンプライアンスが重要なのか、自身の行動が組織や社会にどのような影響を与えるのかを深く考えさせる啓蒙的なアプローチが効果的です。
- 評価・報奨制度の見直し: コンプライアンスを遵守した行動や倫理的な判断を適切に評価し、報奨する仕組みを導入することも有効です。逆に、目標達成のためであれば多少のルール違反は許容される、といった暗黙の了解をなくす必要があります。
- 哲学・倫理の視点からのインサイト: 組織の行動規範を考える上で、単に法律や規則を見るだけでなく、人間として、あるいは社会の一員としてどうあるべきか、といった哲学や倫理の視点から深く考察することも重要です。誠実さとは何か、信頼とはどのように築かれるのか、といった根源的な問いに向き合うことで、表面的なコンプライアンスに留まらない、より人間的で強固な組織文化を育むことができるでしょう。これは、私が法律、経営、社会科学のみならず、哲学思想や自然科学といった幅広い分野に知見を持つからこそお伝えできる点であり、組織のコンプライアンスを考える上で非常に重要な視点だと考えています。
これらの取り組みを通じて、コンプライアンスを「やらされ仕事」ではなく、組織の成長と個人の尊厳を守るための「当たり前」の行動原理として定着させることが、「裏表のない」コンプライアンス実践への道です。
まとめ:真のコンプライアンスは組織を強くする
コンプライアンス違反による不祥事は、企業の信用を失墜させ、時に存続すら危うくします。表面的なコンプライアンス対策や、一時的な謝罪だけでは、この負の連鎖を断ち切ることはできません。
「裏表のない」コンプライアンスの実践は、単にリスクを回避するためだけではありません。それは、組織に属するすべての人々が、自身の仕事に誇りを持ち、互いに信頼し合い、社会から尊敬される存在となるための基盤を築くことです。真のコンプライアンス文化が根付いた組織は、変化に強く、困難に立ち向かう Resilience(レジリエンス:復元力、対応力)を備え、持続的な成長を実現できるのです。
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代表の中川恒信は、これまでに850回を超えるコンプライアンス等の研修を担当し、業種・規模を問わず多くの組織のコンプライアンス意識改革に貢献してまいりました。また、不祥事を起こした組織のコンプライアンス態勢再構築にも数多く関与し、形式的な対策ではない、真の組織再生のためのコンサルティングを提供してまいりました。さらに、企業の内部通報の外部窓口を現に担当しており、組織の内情を深く理解し、従業員が安心して声を上げられる体制構築を支援しています。
その豊富な経験と実績から、マスコミからも不祥事企業の再発防止策についてしばしば意見を求められるなど、コンプライアンス分野における確固たる地位を築いております。法律や経営の専門知識に加え、長年の人生経験で培われた人間洞察、そして哲学や自然科学といった幅広い分野への深い知見は、単なる法務知識の提供に留まらない、組織の本質に迫る啓蒙的なコンサルティングや研修を可能にしています。
コンプライアンスは、組織の「病巣」を一時的に抑え込む対症療法ではなく、組織の体質そのものを改善する根本治療であるべきです。中川総合法務オフィスは、貴組織に合わせたオーダーメイドの研修プログラムやコンサルティングを通じて、「裏表のない」本物のコンプライアンスを実践するための道筋を示します。
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