関西電力を巡る、いわゆる「金品受領問題」は、日本社会に大きな衝撃を与えました。原子力発電所の立地地域で影響力を持つ元助役から、関西電力の役員らが長年にわたり巨額の金品を受け取っていたというこの問題は、単なる個人の倫理に関わる問題にとどまらず、企業のコンプライアンス、リスク管理、そしてコーポレートガバナンスといった根幹がいかに機能していなかったかを浮き彫りにしました。

本記事では、この関西電力の事例を深く掘り下げ、そこから見えてくる企業の抱えるべきではない構造的な問題、そして真に機能するコンプライアンス体制を構築するために何が必要なのかを考察します。

1. 事案の概要:何が問題だったのか?

この問題が表面化したのは、令和元年(2019年)9月頃でした。報道によれば、福井県高浜町の元助役であった人物から、関西電力の当時の会長、社長を含む多数の役員経験者ら約20名が、長年にわたり総額約3億2千万円もの現金や金品を受け取っていたとされています。

この問題は、受け取った側の役員らがその所得を税務申告していなかったことを、金沢国税局(北陸地方の税務を管轄)が指摘し、修正申告を求めたことから発覚しました。税務調査が端緒となった点は、企業の不祥事が意外なところから露呈しうるという点で、示唆に富んでいます。

関西電力側は当初、これらの金品授受について「違法性はない」として公表を見送っていたとされます。しかし、その後に明らかになった事実関係や、社会通念からかけ離れた多額の金品のやり取りは、世論の厳しい批判に晒されることとなりました。ここに、「違法性がない=問題ない」という認識が、コンプライアンスにおいては決して通用しないことが明確に示されています。

2. 表面的な体制と現実の乖離:関西電力のガバナンス・コンプライアンス構造

問題発覚当時、関西電力もまた、他の多くの大企業と同様に、ホームページ等で立派なコーポレートガバナンスやコンプライアンスに関する体制図や規程を公開していました。しかし、今回の事案は、それらの「体制」が、なぜ現実の不正行為を防ぐフィルターとして機能しなかったのかという疑問を投げかけます。

今日のコーポレートガバナンス・コード(金融庁と東京証券取引所が定める、上場企業に推奨される企業統治原則)では、取締役会の監督機能を強化するために、独立した社外取締役を十分に配置することなどが求められています。関西電力にも社外取締役や監査役会は存在しました。また、コンプライアンス委員会のような組織も設置されていました。

しかし、形式的に組織が存在していても、それが実質的に機能していなければ意味がありません。報道やその後の第三者委員会の調査報告書などから示唆されたのは、以下のような構造的な課題でした。

  • 取締役会・監査役会の監督機能不全: 問題の金品授受は長期間にわたり、多額に及んでいましたが、取締役会や監査役会において、業務執行の適正性をチェックし、このような不適切な関係性やリスクを早期に発見・是正する機能が十分に働いていなかった疑念が生じました。会社法上、取締役には不適正な業務執行を取締役会に報告する義務がありますが、それが遵守されていたのかも問われる点です。
  • コンプライアンス組織の独立性の問題: 当時、関西電力のコンプライアンス委員会は、社長が委員長を務める体制だったとされます。コンプライアンス推進部署が社長直轄であることは一見するとトップのコミットメントを示すようですが、もし社長自身を含む経営層に規律違反の疑いが生じた場合、そのチェック機能や独立性が保たれるのかという根本的な問題を孕んでいます。コンプライアンスの実効性を高めるためには、委員会や推進部門に一定の独立性や、経営層に対しても必要な提言・勧告ができる権限・文化が必要です。
  • 「法令遵守」に留まる狭義のコンプライアンス認識: 関西電力側が当初「違法性がない」ことを問題にしない理由とした点は、コンプライアンスを「最低限の法令遵守(ハードロー)」と狭く捉えていた可能性を示唆します。しかし、今日のコンプライアンスは、法令遵守はもちろんのこと、企業倫理、社会規範、そして内部規程など、より広範な規範(ソフトローを含む)を守り、ステークホルダー(利害関係者:顧客、株主、従業員、地域社会など)からの信頼に応える活動全体を指します。多額の金品を特定の取引先から受け取るという行為が、たとえ直ちに刑事罰の対象とならない場合でも、企業倫理や社会常識に照らして極めて不適切であることは明らかであり、まさに「倫理」の側面が見過ごされていたと言えます。

3. なぜ「体制」は機能しなかったのか? deeper dive

関西電力の事例は、単に「コンプライアンス体制がなかった」のではなく、「体制はあったが機能しなかった」ことにその深刻さがあります。では、なぜ形式的な体制は機能しなかったのでしょうか?ここには、組織文化や人間の本質に関わる根源的な課題が存在します。

内部統制の国際的なフレームワークとして広く参照されるCOSOフレームワークは、コンプライアンスを含む組織目標の達成を支援するための構成要素を示しています。COSOが挙げる「統制環境」「リスク評価」「統制活動」「情報と伝達」「モニタリング」といった要素に照らして考えると、関西電力では複数の要素で不全があったと考えられます。特に、経営トップが倫理的なトーンを示し、組織全体に規範意識を浸透させる「統制環境」や、リスクを継続的に評価し、ルールが守られているかを監視する「モニタリング」機能が極めて弱かったと言えるでしょう。

また、この問題の背景には、長年にわたる特定の地域における「相互依存」ともいえる人間関係が指摘されています。原発立地という特殊な環境下で、地域との良好な関係維持が重要視されるあまり、特定の有力者との不適切な関係が「必要経費」「慣習」として内包化され、社内のチェック機能が麻痺してしまった可能性が示唆されます。これは、組織の目標達成(この場合は原発の円滑な運営)が、倫理や規範遵守よりも優先されてしまう構造的なリスクを示しています。

さらに、重要なのは「内部通報制度(ヘルプライン)」の機能不全です。もし、社内にいる誰かがこの不適切な金品授受に気づき、懸念を表明しようとしたとしても、それが経営層に届き、適切に調査・対処される仕組みや文化がなければ、問題は隠蔽され続けることになります。内部通報制度は、組織内部からの自浄作用を促すために極めて重要な仕組みであり、その信頼性を高めるための外部窓口の設置や、実効性を担保するガイドライン(例:消費者庁の「内部通報制度認証」など)への準拠が、今日ますます重要視されています。

今回の件では、最終的に社内からではなく、外部の税務当局の指摘によって問題が明るみに出ました。これは、組織内部のモニタリングや通報制度が有効に機能していなかった何よりの証拠と言えます。

企業倫理の軽視、独立したチェック機能の形骸化、そしてリスクを内包してしまう組織文化。これらの要素が複雑に絡み合い、巨額の金品授受という社会常識からかけ離れた事態を招いたのです。

4. 事案がもたらした影響と普遍的な教訓

関西電力の金品受領問題は、企業に計り知れない影響を与えました。株価の下落(報道直後には大きく値下がりしました)、社会的な信用の失墜は言うまでもありません。関係役員は引責辞任に追い込まれ、会社は巨額の損失(例えば、株主代表訴訟による損害賠償リスクなど)を抱えることになりました。公共性の高い企業においては、信頼失墜は事業継続そのものに関わる重大なダメージとなります。

この事例から、すべての企業が学ぶべき普遍的な教訓があります。

  • コンプライアンスは単なる法令遵守ではない: 法令だけでなく、企業倫理、社会規範、そして健全な商慣習を含む広範な規範を遵守し、ステークホルダーの期待に応える活動全体であるという認識を持つこと。
  • コーポレートガバナンスの実効性確保: 形式的な体制だけでなく、取締役会や監査役会が業務執行を厳格に監督し、経営の透明性と健全性を確保する仕組みを実質的に機能させること。特に独立した社外役員の役割は重要です。
  • リスク管理の徹底: 組織内外に潜むリスクを洗い出し、適切に評価・対処する仕組みを構築・運用すること。特定の取引先との過度な依存関係や、慣習化された不適切な行為は重大なリスク源となり得ます。
  • 内部統制の継続的な改善: 業務の適正性を確保し、不正や誤りを防ぐための社内プロセス(統制活動)を設計・運用し、それが機能しているかを継続的にモニタリングすること。
  • 健全な組織文化の醸成: 経営トップが率先して倫理観を示し、従業員が安心して懸念を表明できる風通しの良い組織文化を育むこと。内部通報制度の実効性確保は、そのための重要な基盤です。
  • 「見つからなければ問題ない」という思考の排除: 不正や不祥事はいつか必ず露呈するという危機意識を持つこと。税務調査、内部告発、メディア報道など、発覚経路は多様化しています。

5. 真に機能するコンプライアンス体制の構築に向けて

関西電力の事例は、どれほど規模の大きな企業であっても、コンプライアンスとガバナンスの根幹が揺らげば、重大な危機に陥ることを示しています。企業の持続的な成長のためには、強固で実効性のあるコンプライアンス体制の構築が不可欠です。

そのためには、単に規程を整備するだけでなく、組織全体にコンプライアンス意識を浸透させるための継続的な研修、リスク評価に基づく実効性のある内部監査、そして経営トップから現場までが一体となった「コンプライアンスを自分事として捉える」文化を醸成する必要があります。これは、法務部門やコンプライアンス部門だけの仕事ではなく、経営課題そのものです。

コンプライアンスはコストではなく、企業の信頼と持続可能性を高めるための投資であるという認識を持つことが重要です。そして、過去の事例から学び、自社の潜在的なリスクと向き合い、絶えず体制を見直していく謙虚な姿勢が求められます。


貴社のコンプライアンス体制は、関西電力の事例で露呈したような根源的な課題を抱えていませんか?

形式的な体制だけでは、いざという時に機能しないのがコンプライアンスの難しさです。経営環境が複雑化し、ステークホルダーの目が厳しくなる今日、真にリスクに強く、社会からの信頼を得られる組織を築くためには、専門家による客観的で実践的な視点が不可欠です。

中川総合法務オフィス代表の中川恒信は、長年の実務経験と、法律や経営といった社会科学はもとより、哲学思想などの人文科学、さらには自然科学にまで及ぶ深い知見に基づき、コンプライアンスの本質を見抜くユニークな啓蒙家です。

これまでに850回を超えるコンプライアンス研修等を通じて、多くの企業・組織にコンプライアンス意識を浸透させてきました。また、不祥事が発生した組織のコンプライアンス態勢再構築にも深く関与し、机上の空論ではない、生きたコンプライアンスの実践を支援しています。さらに、企業の内部通報の外部窓口を現に数多く担当しており、現場のリアルなリスクや組織の病巣を把握する最前線にいます。その的確な分析と提言は、マスコミからも不祥事企業の再発防止策についてしばしば意見を求められるほど、高い評価を得ています。

貴社の組織文化や事業特性に合わせた、本当に機能するコンプライアンス体制を共に考え、構築しませんか?過去の事例から学び、未来の危機を防ぐための具体的な一歩を踏み出しましょう。

コンプライアンス研修、コンプライアンス体制構築コンサルティング、内部通報外部窓口など、弊社のサービスにご関心をお持ちいただけましたら、ぜひ一度お問い合わせください。

費用は、コンプライアンス研修の場合、原則として1回あたり30万円(税別)から承っております(時間や内容によりご相談に応じます)。コンサルティング費用については、内容や期間に応じて別途お見積もりいたします。

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