1.社員が大事か転勤が大事か

(1) 株式会社カネカのパタハラ問題発生とSNS投稿

近年、「パタニティ・ハラスメント(パタハラ)」という言葉が使われるようになりました。これは、男性が育児休業制度を利用しようとすることに対して行われるハラスメントを指します。女性の妊娠・出産に対するマタニティハラスメント(マタハラ)と同様に、育児休業を取得しようとする男性が不利益な扱いを受ける事例は後を絶ちません。これは、パワハラの一種とも言えるでしょう。

2019年、東証一部上場企業である株式会社カネカ(証券コード:4118)で、このパタハラ問題が表面化し、SNS上で大きな議論を呼びました。きっかけは、5月から6月にかけて、ある女性が自身のTwitter(現X)に投稿した内容でした。彼女の夫が育児休業から復帰した直後、会社から東京から関西への転勤を命じられたというのです。

「夫が育児休業から復帰直後に転勤を内示され、退職」

幼い子供が二人いる状況で、配偶者である女性も困惑し、この状況をTwitterに投稿しました。男性は会社に対し、転勤を1~2ヶ月ほど延期してほしいと頼みましたが、認められず、退職せざるを得なくなったとのことです。さらに、退職にあたって有給休暇の一部消化を希望したにもかかわらず、それも受け入れられず、5月31日付で退職となりました。

この一連の経緯を受け、6月1日、妻は「カガクでネガイをカナエル会社」というカネカのキャッチコピーを引用し、批判的な内容を投稿。これが多くの人々の共感を呼び、Twitter上で瞬く間に拡散し、大きな炎上へと繋がりました。

(2) 株式会社カネカの対応

このSNSでの炎上に対し、カネカは以下のコメントを発表しました。「育児や介護など家庭の事情は各社員が抱えており、育休をとった社員だけを特別扱いできない。転勤の内示も問題とは認識していない」。

この会社の公式見解は、育児休業を取得した社員に対する配慮の欠如を示すものとして、さらに批判を浴びることになりました。

(3) 株価の下落と株主総会での批判

この騒動の影響は、株価にも及びました。2019年6月の株主総会では、「20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で(カネカも手掛ける)生分解性素材への関心が高まっている。今回の騒動がなければもっと株価は上がっていた」という意見も出たようです。これは、企業の倫理的な問題が、直接的に企業価値を損なう可能性があることを示唆しています。

2.企業価値を支えるブランド信仰はだれが作るのか

(1) 株式会社カネカが失ったもの

株式会社カネカは、2009年と2013年に厚生労働省から「くるみんマーク」を取得しています。「くるみんマーク」は、子育てサポート企業として、厚生労働大臣の認定を受けた証です。これは、企業が従業員の子育てを支援する取り組みを積極的に行っていることを示すものです。(※2025年現在も制度は継続しており、認定企業数は増加しています。)

くるみんマーク(厚生労働省のサイトから引用)

カネカがこの「くるみんマーク」を取得したのは、一体何のためだったのでしょうか。会社の利益のためだけの飾りだったのでしょうか。それとも、本当に社員や従業員のために、働きやすい環境を整備しようという意思の表れだったのでしょうか。今回の騒動は、これらの問いに対し、疑問を投げかけるものとなりました。

(2) コンプライアンスは中身が問題

企業のコンプライアンスについて考える際、法令の条文を形式的に解釈し、「法律の解釈に沿って行動しているから問題ない」という考えに陥ることがあります。カネカが株主総会で公表した見解も、そのような考えに基づいていたのかもしれません。

しかし、本来コンプライアンスとは、単なる法令遵守にとどまるものではありません。それは、企業経営における重要なマネジメント理論であり、企業の評判(レピュテーション)というかけがえのないブランド価値を守るという視点が不可欠です。今回のカネカのケースでは、この視点が著しく欠けていたと言わざるを得ません。

SNSでの炎上後、実際にカネカの株価は一時的に下落しました。これは、社会 general publicもまた、企業のブランド形成における重要なステークホルダーであることを示しています。消費者は、企業の倫理観や従業員への姿勢を注視しており、それが購買行動に影響を与えることも少なくありません。カネカの製品が市場で支持を得ているのは、同社の技術力だけでなく、これまで築き上げてきた企業イメージによるところも大きいでしょう。その根幹を揺るがす今回の騒動は、企業にとって大きな損失と言えるでしょう。

「カガクでネガイをカナエル会社」であるならば、本当に人を大切にし、そこで働く人々を幸せにすることを願っているのでしょうか。今回の出来事は、その企業理念の真価が問われるものとなりました。

本件から学ぶべき教訓

株式会社カネカのこの一件は、企業がコンプライアンスを単なる形式的なものとして捉えるのではなく、実質的な内容を伴ったものとして実践することの重要性を示唆しています。特に、従業員の多様な働き方を支援し、それぞれのライフステージに合わせた配慮を行うことは、企業の持続的な成長とブランド価値の向上に不可欠です。

人生経験豊富な啓蒙家である中川恒信は、法律や経営といった社会科学の知見はもちろんのこと、哲学や思想などの人文科学、そして自然科学にも深い造詣があります。企業のコンプライアンスは、単に法規制を守るだけでなく、人間尊重の精神や社会全体の調和といった、より広範な視点から捉えるべきだと考えています。今回のカネカの事例は、まさにその視点の欠如が招いたと言えるでしょう。

中川総合法務オフィスでは、850回を超えるコンプライアンス研修の実績があり、不祥事を起こした組織のコンプライアンス体制再構築にも携わってきました。また、企業の内部通報外部窓口も担当しており、マスコミからも不祥事企業の再発防止に関する意見を求められるなど、その知見は多方面から高く評価されています。

企業価値向上に不可欠なコンプライアンス体制の構築、そして組織全体の意識改革に向けて、中川総合法務オフィスがお手伝いいたします。研修費用は1回30万円です。

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