中川総合法務オフィスは、企業コンプライアンスの重要性を深く認識し、特に労働法務における課題解決に注力しています。本記事では、多くの企業が直面するサービス残業の問題に焦点を当て、その原因と具体的な防止対策を解説します。電通事件を始めとする痛ましい事例が示すように、サービス残業は単なる法律違反にとどまらず、企業の健全な成長を阻害し、従業員の心身の健康を蝕む深刻な問題です。最新の法令情報や官公庁の指針も踏まえ、より洗練されたコンプライアンス体制の構築を目指します。
1. 企業の労働法務とコンプライアンス:筆頭サービス残業対策の現状
近年、企業の労働法務とコンプライアンスへの意識が高まる中で、サービス残業に関するご相談が非常に多く寄せられています。中川総合法務オフィスが担当した東京での労働法務とコンプライアンス講演後の質疑応答でも、「サービス残業」に関する生々しい事例が最も多く、聴講者の皆様の心に深く残るケースも少なくありませんでした。労働法務に関するコンプライアンス研修後も、サービス残業はハラスメント、問題社員に次いで最も相談の多いテーマです。
(1) サービス残業がなぜ発生するのか?
サービス残業が発生する主な原因は多岐にわたります。以下にその代表的なものを挙げます。
- 労働者に残業申請を行わせない慣行
- 自宅への持ち帰り仕事など、職場外での業務の強制
- 柔軟な勤務時間体制である裁量労働制の違法な利用
- 管理職に昇進させることで、時間規制の対象から外す
- 管理職自身の帰宅拒否症候群による部下の半強制的な残業
これらの原因の根底には、企業が労働時間管理の適正化を怠り、従業員の労働時間を正確に把握しない、あるいは把握できない体制が横たわっています。厚生労働省も、賃金不払残業(サービス残業)は労働基準法に違反する「あってはならないもの」と明言し、その解消に向けた取り組みを強化するよう指導しています。
2. サービス残業防止対策その1:管理体制の強化と職場ルールの徹底
サービス残業を防止するためには、企業全体で意識改革を行い、具体的な対策を講じることが不可欠です。
(1) 残業は管理職の指示のもと実施し、タイムマネジメントを徹底する
残業は原則として管理職の明確な指示のもとで行われるべきです。究極的には管理職のタイムマネジメント能力が問われます。管理職を適切に指導するのは経営者の責任であり、ここがサービス残業撲滅の最大のポイントとなります。管理職は、部下を使う際に労働基準法などのコンプライアンス遵守が極めて重要であることを十分に理解しているはずです。
経営者は、サービス残業をさせた管理職に対しては、懲戒処分も検討する覚悟がなければ、対策は徹底されません。また、部下が残業を希望する際は、必ず残業の理由を報告させ、承認を得てから業務に取り掛かるという職場ルールを確立しましょう。厚生労働省の事例集にも、残業申請とパソコンの稼働時間を連動させるなど、申請外の残業を防止する具体的な取り組みが紹介されています。
(2) 労働時間短縮を実現するための施策
問題は、自社の労働現場でどのように残業を削減するかです。常に残業削減の方法を検討し、生産性の高い強い部署を作り上げる必要があります。
- 労働時間の適正な把握: 厚生労働省が定める「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を遵守し、従業員の始業・終業時刻を客観的な記録(タイムカード、ICカード、PCの使用時間記録など)に基づいて正確に確認・記録することが義務付けられています。自己申告制であっても、実際の労働時間と乖離がないか厳しくチェックし、過少申告を誘発するような残業規制や上限設定は排除すべきです。
- 職場風土の改革: 「賃金不払残業はやむを得ない」という労使双方の意識を払拭し、サービス残業を許さない企業文化を醸成することが求められます。
- 労働時間管理システムの整備: 労働時間管理マニュアルの作成や、賃金不払残業の是正を考慮した人事考課制度の導入などが有効です。PCのログとタイムカードの打刻時間を比較し、乖離があればアラートを出す業務可視化ツールの導入も、サービス残業防止に有効な手段として注目されています。
- 責任体制の明確化: 労働時間管理の責任者を明確にし、相談窓口を設置することで、従業員が安心してサービス残業について相談できる環境を整える必要があります。
3. サービス残業防止対策その2:柔軟な労働時間制度の活用と給与体系の見直し
より実効性のあるサービス残業防止対策として、労働時間制度の柔軟な運用や給与体系の見直しも検討すべきです。
(1) タイムカード管理の徹底
タイムカードは単なる出退勤時刻の管理だけでなく、正確な始業・終業時刻の管理として運用しましょう。「タイムカードを打ってから休憩」や「いつまでも帰らない管理職」といった状況がないか、厳しくチェックする必要があります。労働時間は1分単位で計算されるべきであり、15分や30分単位での切り捨ては違法です。
(2) 時間の繰り上げ・繰り下げ、休憩時間の活用
始業・終業時間の繰り上げ・繰り下げや休憩時間の有効活用も、残業時間の適正化につながります。例えば、定時後に業務が延長される場合でも、間に適切な休憩を挟むことで、実質的な労働時間を短縮できます。
(3) 給与体系の変更の活用
給与基準を見直し、給与の表示方法に残業代を含めることも一案です。例えば、20時間分の残業代を含んだ給与体系を導入することで、従業員に自身の労働時間を意識させ、適切な残業申請を促す効果が期待できます。ただし、これは固定残業代として適切に運用される必要があり、実際の残業時間が固定残業時間を超える場合は、別途割増賃金を支払う義務があります。
(4) 非常勤などの活用
残業相当業務を、パートタイマーや業務請負契約などを活用して外部に委託することも、全体の労働時間削減に寄与します。
(5) 変形労働時間制の採用
1年単位の変形労働時間制の導入は、サービス残業対策の「本命」的な施策と言えるでしょう。労働基準法では原則として1日8時間、1週40時間以内が法定労働時間ですが、変形労働時間制を導入することで、例外的にこれを超える所定労働時間を設定することが可能になります。
ただし、労使協定の締結や就業規則の見直しが必須となります。1週間単位や1ヶ月単位の変形労働時間制もありますが、1年単位の変形労働時間制が最も柔軟性が高く、余裕を持った運用が可能です。1年以内の期間を平均して1週当たりの労働時間を40時間以内とする前提で、特定の日に1日8時間を、特定の週に1週40時間を超える所定労働時間を設定できます。労働時間は原則1日10時間、週の所定労働時間は52時間以内(連続労働は原則6日まで、特定的に連続12日まで)という詳細な要件も理解しておく必要があります。
4. 時間外労働として割増賃金の支払いが必要な場合
労働基準法に基づき、特定の労働時間には割増賃金の支払いが必要です。
- 時間外割増: 「法定労働時間」(原則1日8時間、1週40時間)を超えて労働させた場合、2割5分以上の割増賃金を支払う必要があります。
- 休日割増: 「法定休日」(原則1週間に1日)に労働させた場合、3割5分以上の割増賃金を支払う必要があります。土日休みの会社で土曜日のみ出勤させたとしても、日曜日に休みが与えられ、週40時間以内であれば休日労働の割増は不要です。
- 深夜割増: 22時から翌朝5時までの間に労働させた場合、2割5分以上の割増賃金を支払う必要があります。なお、管理監督者であっても深夜労働には割増賃金が発生します。
これらの割増は重複して適用される場合もあります(例: 時間外+深夜、休日労働+深夜)。
5. まとめ:労働法務とコンプライアンスの緊急性と組織改革
現在、企業法務コンプライアンスの中で、労働現場でのコンプライアンス態勢の確立が厚生労働省の指導もあり、緊急課題となっています。中でもサービス残業問題は、過労死などの悲劇を生む元凶として最大の課題です。
最近も報道された「西日本高速で男性過労死」(神戸新聞NEXT2016年1月25日)の事例では、時間外勤務が最大月178時間に達し、退勤から次の出勤まで8分しかない異常な勤務記録が問題となりました。電通事件など多数の事例があっても、企業や役所が変わらないことに国民の苛立ちは募っています。労働現場での自殺が増加する現状を、どうすれば食い止めることができるのでしょうか。
さらに厄介なことに、パワーハラスメントやセクシャル・ハラスメント訴訟も増える一方です。どれだけの人が泣き、苦しんでいることでしょうか。これは経営者の労働環境配慮義務違反であり、もちろん法的責任も発生します。
従業員は企業にとって重要なステークホルダーであると認識し、不祥事が発生した際には、インテグリティ(誠実さ)を重視して対応すべきです。インテグリティを含めたトータルなコンプライアンス態勢が確立されていれば、再発は防げます。誰にも、どんな組織にも間違いはありますが、そこから学習しない人や組織に未来はありません。
労働法改正の最新動向と企業への影響
2025年には、育児・介護休業法の改正(3歳以上小学校就学前の子を対象とした残業免除の拡大、子の看護等休暇の対象拡大、育児休業取得状況の公表義務化など)や、改正労働安全衛生法による危険箇所からの退避・立入禁止措置の義務化が施行されます。また、フリーランス保護新法による発注者への報告義務、50人未満の企業へのストレスチェック義務化、高齢者に配慮した作業環境整備の努力義務化、女性特有の健康課題に関する問診票の追加など、多岐にわたる法改正が進んでいます。これらの最新情報を常にキャッチアップし、社内規程や業務フローを適時適切にアップデートする体制を構築することが、企業のコンプライアンスを強化する上で極めて重要です。
中川総合法務オフィスへご相談ください
中川総合法務オフィス代表の中川恒信は、850回を超えるコンプライアンス研修やコンサルティングを担当し、数々の不祥事組織におけるコンプライアンス態勢再構築の経験を持つ、企業コンプライアンスのエキスパートです。現在も内部通報の外部窓口を担当しており、マスコミからも不祥事企業の再発防止意見を求められるなど、その知見は高く評価されています。
組織風土の改善に心理的安全性と相談型リーダーシップを浸透させ、ハラスメントやクレーム対応におけるアンガーマネジメントの導入を通じて、貴社のコンプライアンスを強固なものへと導きます。
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