本シリーズもいよいよ最終回です。【第1回】(事例1〜10)では暴力・パワハラ・賭博・贈収賄を、【第2回】(事例11〜20)ではSNS炎上・オンラインカジノ・公金流用など現代型リスクを解説しました。
最終回となる事例21〜31では、スポーツの根幹を揺るがすドーピング・薬物問題、観客数水増しや経営ライセンス虚偽申告といった数字の信頼性に関わる問題、そして誹謗中傷・指導者のハラスメントなど令和型の新課題を取り上げます。
スポーツ庁は2018年12月に「スポーツ・インテグリティの確保に向けたアクションプラン」を策定し、スポーツの高潔性・廉潔性・誠実性(integrity)の確保を国家的課題と位置付けました。またドーピング防止については、平成30年にドーピング防止活動の推進に関する法律を施行し、国・スポーツ団体・選手それぞれの責務を明確化しています。本稿の11事例はすべて、その「インテグリティ」が揺らいだ瞬間の記録です。
全国で850回超のコンプライアンス等研修実績を持つ中川総合法務オフィス(行政書士)が、各事例を「事実の深掘り」と「具体的な再発防止策」の観点から解説します。
11事例 早見表(第3回・完結編)
| # | 事案名 | 年 | 不祥事類型 |
|---|---|---|---|
| 21 | カヌー・スプリント 飲み物への禁止薬物混入事件 | 2018 | 故意ドーピング・陥れ |
| 22 | 日本大学アメリカンフットボール部 大麻・覚醒剤事件 | 2023 | 薬物・12日間隠蔽 |
| 23 | 創価大学駅伝部 ケニア人留学生ドーピング違反 | 2024 | うっかりドーピング |
| 24 | 陸上400mH 豊田将樹選手 冤罪に近い陽性反応 | 2024 | 食品汚染・選手保護の欠如 |
| 25 | 大学ラグビー部 複数大学での大麻乱用問題 | 2025 | 薬物蔓延・組織的管理不備 |
| 26 | 湘南ベルマーレ 曹貴裁監督パワハラ問題 | 2019 | パワハラ・過小評価 |
| 27 | 大宮アルディージャ 観客数水増し発表問題 | 2010〜 | 数値偽装・組織的隠蔽 |
| 28 | 我那覇和樹選手 ドーピング冤罪事件 | 2007 | ガバナンス失敗・冤罪 |
| 29 | Jリーグ 誹謗中傷・カスタマーハラスメント問題 | 2024 | SNS暴力・カスハラ |
| 30 | Jリーグ 経営ライセンス交付を巡る虚偽疑い調査 | 2025 | 経営ガバナンス・虚偽申告 |
| 31 | 立命館大学アメフト部 監督による不適切指導問題 | 2026 | 心理的ハラスメント・指導文化 |
スポーツ・インテグリティとは何か——31事例を貫く視点
スポーツ庁が定める「スポーツ・インテグリティ」とは、スポーツの誠実性・健全性・高潔性のことです。Jリーグのインテグリティ方針が示すように、「スポーツが様々な脅威により欠けることなく、価値ある高潔な状態」こそがインテグリティの本質であり、ドーピング・八百長・ハラスメント・ガバナンスの欠如はすべてそれを内側から壊す行為です。
日本スポーツ振興センター(JSC)は2014年に「スポーツ・インテグリティ・ユニット」を設置し、日本のスポーツ界のインテグリティ保護・強化を主導しています。本稿の事例はすべて、このユニットが取り組むべき課題の「生きた教材」でもあります。
【ドーピング・薬物問題 特集】Case 21〜25
スポーツ庁のドーピング防止方針に基づき、国内のドーピング検査及び教育・啓発活動は日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が担っています。しかし以下の5事例が示すように、技術や制度だけでは防ぎきれない「人の心と組織の文化」の問題がドーピング・薬物問題の根底にあります。
| 類型 | 該当事例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 意図的ドーピング(陥れ) | Case 21 | 嫉妬・勝利欲が他者への攻撃に変わる |
| うっかり・食品汚染ドーピング | Case 23・24 | 知識不足、海外医薬品・食品リスク |
| 社会的薬物乱用 | Case 22・25 | 競技力と無関係、若者の規律・管理問題 |
Case 21|カヌー・スプリント 飲み物への禁止薬物混入事件(2018年)
事実と背景
日本代表候補の選手が、ライバル選手のドリンクボトルに禁止薬物(筋肉増強剤)を無断で混入させ、ドーピング検査で陽性反応が出るよう仕組んだ。いわゆる「ドーピング陥れ」事件で、スポーツ史上きわめて悪質な部類に入る。
個人の嫉妬が背景にあることは言うまでもないが、問題を可能にしたのは無人の更衣室でドリンクが放置されていたという「管理の甘さ」だった。JADAが推進するアンチ・ドーピング教育において、「自分の飲食物を管理する」という基本が徹底されていなかったことも露呈した。スポーツ団体ガバナンスコード「原則8:コンプライアンス教育」が求めるインテグリティ教育の中に、ドーピング陥れという概念を明示的に含める必要性を示した事案である。
再発防止策
①「自分のドリンクからは目を離さない」選手教育の徹底 JADA・競技団体が実施するアンチ・ドーピング講習に「陥れドーピングのリスクと自己管理の鉄則」を必須項目として追加する。代表合宿・競技会前後の更衣室・ロッカー管理についてのプロトコルを文書化する。
②競技会場における荷物置き場のアクセスコントロール厳格化 選手の荷物置き場・更衣室への入場を選手・チームスタッフに限定するアクセス管理ルールを規程化する。監視カメラの設置とあわせ、「見えない場所で何かが起きる余地をなくす」物理的環境整備を義務付ける。
③陥れドーピングを「重大なインテグリティ侵害」として明示処分 故意の陥れ行為をWADAコードに基づく最重大違反(最長で生涯資格停止)として国内規程に明記し、抑止力を高める。
Case 22|日本大学アメリカンフットボール部 大麻・覚醒剤事件(2023年)
事実と背景
寮内で植物片(大麻)や錠剤(覚醒剤)が発見されたが、大学側は警察にすぐ届け出ず、12日間にわたり証拠物件を保管していたことが最大の問題となった。
2018年の悪質タックル問題から5年。大学はガバナンス改革を宣言していたにもかかわらず、薬物発見という重大事態に直面した際に「まず隠す」という体質が再び顔を出した。大学本体と部活動のガバナンスが完全に分離・機能不全に陥っていたことを示す事案である。スポーツ庁ガバナンスコード「原則12:危機管理・不祥事対応体制の構築」が求める「即時報告義務」が、学内規程として機能していなかったことが根本的な問題である。
再発防止策
①「即時報告義務」を盛り込んだ危機管理規程の策定 薬物発見・刑事事件相当のトラブルが発覚した場合、24時間以内に学長・コンプライアンス委員会・顧問弁護士・所轄警察に報告する義務を学則レベルで明文化する。「12日間保管」のような判断が生まれる余地をゼロにする。
②大学本体から独立したコンプライアンス委員会の設置 現場首脳が問題を「抱え込む」構造を断ち切るため、全競技部を横断的に管轄する外部委員主導のコンプライアンス委員会を設置し、重大事案の報告先を明確化する。
③寮生活における第三者による定期チェックの実施 外部の専門家(社会福祉士・弁護士等)が学期ごとに寮を訪問し、生活実態・管理体制・相談窓口の機能を検証する「寮ガバナンス監査」を制度化する。
Case 23|創価大学駅伝部 ケニア人留学生ドーピング違反(2024年)
事実と背景
帰国中に体調を崩した選手が、現地で購入した市販薬に禁止物質(ナンドロロン)が含まれていたことで陽性反応が出たケース。海外では成分表示が不透明な薬も多く、選手の無知が「うっかりドーピング」を招いた。
「知らなかった」では済まされない——それがアンチ・ドーピング規則の厳格責任の原則である。しかし同時に、留学生・海外遠征選手に対して「現地の医療事情に合わせた専門的な教育」が提供されていなかったことが、競技団体・大学双方の課題として問われた。スポーツ庁と日本製薬団体連合会が2024年に発表した「医薬品の不適切使用防止に関する共同宣言」は、まさにこうしたリスクへの対応を促すものである。
再発防止策
①留学生・海外遠征選手向けの専門的アンチ・ドーピング講習の実施 JADAが提供する一般向け講習に加え、「渡航先別の医薬品リスク情報」「現地で入手可能な禁止物質含有薬品のリスト」を盛り込んだ渡航前講習を義務化する。
②服用前にチームドクター・TUE担当者への確認を徹底 市販薬・サプリメントを含むすべての服用物について、チームドクターまたはTUE(治療目的使用特例)担当者への事前確認を規程化する。JADAの「Global DRO(薬剤検索システム)」の活用を全選手に習慣化させる研修を実施する。
③チームドクター・メディカルスタッフの常設体制の整備 規模の大きい駅伝・陸上チームには、アンチ・ドーピングの知識を持つチームドクターを常設し、選手が「飲んでいいか」をいつでも相談できる体制を整備する。
Case 24|陸上400mH 豊田将樹選手 冤罪に近い陽性反応(2024年)
事実と背景
禁止物質が検出されたが、後の調査で「汚染された食肉(クレンブテロール等)を摂取した可能性が高い」と判明。意図的ドーピングではなく「食品汚染による陽性」という現代的なリスクが顕在化した。
特に深刻なのは、潔白を証明するまでに1年半以上を要し、選手のキャリアが大きく阻害された点である。アンチ・ドーピング手続きの遅さと、選手が自力で対応しなければならない法的・経済的負担の大きさが「制度による二次被害」として批判された。スポーツ庁が推進するスポーツ仲裁活動が、まだ選手の実感として「使える制度」になっていないことも示した。
再発防止策
①食品安全リスクに関する情報提供の強化 精肉・サプリメントによる食品汚染のリスクを、代表合宿・強化合宿で定期的に情報共有する。特に海外遠征先・試合前後の食事管理プロトコルを具体化し、「何を食べたか」の記録習慣を義務付ける。
②選手の潔白証明を支援する法的・経済的サポート体制の整備 競技団体・JOCが連携して、ドーピング陽性反応に対する法的対応費用(弁護士費用・仲裁費用)の補助制度を設け、選手一人に重荷を背負わせないガバナンスを構築する。
③スポーツ仲裁機構(JSAA)の活用促進 代表選手・強化選手向けに仲裁制度の説明会を年1回義務化し、「使い方を知っている」状態を平時から作っておく。
Case 25|大学ラグビー部 複数大学での大麻乱用問題(2025年)
事実と背景
日大ラグビー部の大麻事件(2023年)後も、他の大学ラグビー部員が相次いで逮捕される事態に。SNSを通じた安易な入手ルートと、部内の「仲間意識」が問題行為を黙認させる土壌となっていた。
「日大だけの問題」ではなく、大学スポーツ全体の構造的問題であることが明らかになったこの事案は、個別団体のコンプライアンス研修だけでは解決しない「業界横断的な対策」の必要性を示している。
再発防止策
①競技団体による全加盟校を対象とした抜き打き薬物検査の検討 日本ラグビーフットボール協会等の競技団体が主導して、学生選手を含む全加盟校を対象とした「抜き打ち薬物検査」の実施スキームを検討する。法的課題(任意検査の同意取得等)を整理しつつ、「検査される文化」の醸成を図る。
②警察・専門機関と連携したリアリティのある教育プログラムの義務化 「薬物はダメ」という抽象的な講習ではなく、依存症回復者の体験談・検察官の講演を組み込んだ「リアリティショック型教育」を全加盟校で年1回実施する。
③内部通報制度の有効化——部内の「異変を言える」仕組みの整備 「仲間が使っているのを知っていたが言えなかった」という構造を壊すため、競技団体・大学の外部に通報できる窓口(弁護士・行政書士等)を整備し、報告者の保護を明確に保証する。
ドーピング・薬物問題の構造的課題と共通の処方箋
事例21〜25の5件から、ドーピング・薬物問題の共通の柱として以下の3点が導き出されます。
インテグリティ教育の深化:「薬はダメ」という表層的な教育から、スポーツの価値・社会的責任・自己管理の哲学を考えさせる本質的な教育へ。
内部通報制度の有効化:寮やチーム内での違和感を、報復を恐れず報告できる外部窓口(弁護士・行政書士等)の整備。
専門家の常設配置:薬やサプリメントについて24時間相談できるドラッグ・アドバイザー(チームドクター等)の配置義務化。
参照:スポーツ庁「ドーピング防止活動の取組」
Case 26|湘南ベルマーレ 曹貴裁監督パワハラ問題(2019年)
事実と背景
曹貴裁監督による選手・スタッフへの日常的な暴言や威圧的態度が問題化。スタッフが精神疾患を患うなど深刻な事態に発展した。当初クラブ側は問題を過小評価し、Jリーグの調査が入るまで公表しなかった点が批判を受けた。
監督の資格停止・クラブへの罰金という処分が下り、Jリーグが主導して「パワハラ・ハラスメント撲滅」指針を強化する転換点となった。「指導者の情熱」と「パワハラ」の境界線を明確化するという、スポーツ界全体が向き合うべき問いを社会に突きつけた事案である。スポーツ庁「スポーツにおける暴力行為等の根絶に向けた取組」の必要性を体現した事案といえる。
再発防止策
①「情熱的指導」とパワハラの客観的判断基準の策定 「怒鳴る・威圧する」行為をパワハラと判断するための客観的基準(頻度・対象・内容・影響)をJリーグ規程に明記する。「情熱があればいい」という属人的な評価を制度的に排除する。
②スタッフ・選手が匿名で申告できる第三者窓口の設置 クラブ内ではなく、Jリーグ・競技団体の外部(弁護士・産業カウンセラー等)に通報できる窓口を設け、契約への影響なく相談できる環境を整備する。
③精神疾患スタッフへの補償・復職プロセスの明文化 ハラスメントによって精神疾患を発症したスタッフへの補償・復職支援・再発防止のプロセスを規程化し、「被害を出した後の責任の取り方」を明確にする。
Case 27|大宮アルディージャ 観客数水増し発表問題(2010年〜継続)
事実と背景
58試合にわたり計11万人以上の入場者数を組織的に水増し。スポンサーへの報告やノルマ達成を優先し、実数を把握する一部幹部のみが関与して虚偽報告が常態化していた。
処分は罰金2,000万円。特別倫理委員会を設置し、入場者数カウントの自動化・デジタル化(ゲート通過数連動)を徹底した。数字の誠実さがプロスポーツの根幹であることを再認識させた事案であり、「興行としての透明性」という視点からスポーツガバナンスを問い直す契機となった。
再発防止策
①入場者数カウントの完全デジタル化・自動化の義務付け Jリーグ全クラブを対象に、電子ゲートを通じた入場者数のリアルタイム計測と、リーグへの自動報告システムを義務付ける。人手による集計・修正の余地をゼロにする。
②スポンサー契約における数値保証条項の見直し 「観客動員数ノルマ」をスポンサー契約に盛り込む際、未達時の違約金条項ではなく「正確な数値報告の義務」を優先する契約設計を業界標準とし、水増しのインセンティブを制度的に除去する。
③不正発見時の内部通報者保護の明確化 数値偽装に気づいた職員が匿名で外部通報できる窓口を設け、公益通報者保護法に基づき通報者が不利益を受けないことを明示する。
Case 28|我那覇和樹選手 ドーピング冤罪事件(2007年)
事実と背景
体調不良で受けた点滴が、当時のJリーグの独自解釈で「ドーピング違反」と判断されたもの。後にスポーツ仲裁裁判所(CAS)で「冤罪」が確定したが、Jリーグのルール解釈の誤りと手続きの不透明さが厳しく批判された。
リーグの処分撤回後、Jリーグはアンチ・ドーピング規程を世界基準(WADA)に完全に合わせ、独自解釈を排除した。日本スポーツ界が「国際的な仲裁(CAS)」を意識し、一方的な処分に歯止めをかける法的手続きを整える転換点となった歴史的事案である。
再発防止策
①アンチ・ドーピング規程のWADA基準への完全準拠と定期更新 独自解釈・独自基準を排除し、WADAコードおよびJADA規程との整合性を毎年確認・更新する体制を各競技団体に義務付ける。
②処分手続きにおける選手の適正手続き(デュープロセス)保障 処分決定前に選手が意見を述べる機会の保障・証拠の開示・処分理由の文書化を、すべての競技団体の規程に明記する。
③スポーツ仲裁(JSAA・CAS)へのアクセス保障と周知 選手が仲裁制度を「知っている・使える」状態を作るため、仲裁費用の補助制度を整備し、代表選手への周知を義務付ける。
プロサッカー界の特徴と「内部通報」の現状
事例26〜30はJリーグ・プロサッカー界に関連するものです。サッカー界は他の競技に比べ「経営と現場の分離」が進んでいますが、以下の課題が依然として残っています。
内部通報の限界:選手は1〜2年の短期契約が多く、通報してチーム内で浮くリスクを負うより「黙って移籍する」ことを選びがちです。
JFAの相談窓口の認知度:日本サッカー協会(JFA)が設置している外部通報窓口の認知度は高いものの、依然として「現場での忖度」が報告を遅らせる要因となっています。
行政書士等の専門家が支援できる具体的な施策として、クラブ経営における適正な会計実務の監査・ガバナンス構築、ハラスメント防止規定の策定、SNSリスク管理マニュアルの作成が挙げられます。
Case 29|Jリーグ 誹謗中傷・カスタマーハラスメント問題(2024年)
事実と背景
審判や選手に対するSNSでの殺害予告や人種差別発言が急増。2025年2月にはJリーグが改めて「誹謗中傷・カスハラに対する基本方針」を発表する事態に発展した。
Jリーグ・クラブが連携して警察への被害届提出、発信者情報開示請求を積極的に行う対応に転換した。サポーターの「熱量」が「言葉の暴力」に変わる境界線に対し、法的な毅然とした対応が必要なフェーズに入ったことを示した事案である。
再発防止策
①Jリーグとクラブの共同対応チームの設置と法的対応の標準化 個々の選手・審判が単独で対応するのではなく、Jリーグが弁護士・法務担当を配置した「SNS誹謗中傷対応チーム」を設置し、被害届提出・開示請求・損害賠償を組織として迅速に行う体制を整備する。
②試合前後のSNSモニタリングと早期対応プロトコルの整備 試合前後24時間のSNS投稿を監視するツールを導入し、殺害予告・人種差別投稿を検知した際の「即時通報→警察連携→アカウント報告」フローを標準化する。
③観戦文化の啓発——誹謗中傷が刑事罰の対象であることの周知 チケット購入時に「観戦ガイドライン」への同意を必須とし、誹謗中傷が侮辱罪・脅迫罪の対象になることを明示する。リーグ主催の「ファン向けインテグリティ講座」を年1回開催する。
Case 30|Jリーグ 経営ライセンス交付を巡る虚偽疑い調査(2025年)
事実と背景
一部クラブにおいて、経営状況を良く見せるための不適切な会計処理や、実体のないスポンサー契約の疑いが浮上。クラブ経営の健全性がライセンス制度の信頼性を揺るがす事態となった。
第三者機関による特別監査とライセンス交付基準の厳格化が対応として示された。「経営のガバナンス」がピッチ上の結果以上にリーグの持続可能性に直結することが改めて示された事案であり、スポーツ庁ガバナンスコード「原則10:財務に関する情報開示」「原則11:内部統制・監査体制の整備」の実質的な機能が問われた。
再発防止策
①四半期ごとの詳細財務報告の義務付けと第三者監査 年次決算だけでなく、四半期ごとの財務報告をJリーグに提出させ、外部監査法人による確認を義務付ける。「決算期だけ帳尻を合わせる」会計操作を早期発見できる仕組みを整備する。
②スポンサー契約の実態確認プロセスの導入 ライセンス申請時に、スポンサー契約の実態(実際の金銭移動・サービス提供の証跡)を第三者が確認できる書類提出を義務付け、「名義だけの契約」による財務偽装を排除する。
③ライセンス判定の透明化と不服申し立て制度の整備 ライセンス交付・剥奪の判断プロセスを公開し、クラブが判定に異議を申し立てられる手続きを整備することで、恣意的判定への歯止めと制度への信頼向上を同時に実現する。
Case 31|立命館大学アメフト部 監督による不適切指導問題(2026年)
事実と背景
発生時期:2025年12月後半(甲子園ボウル前後)
高橋健太郎監督が練習中に部員のあごをつかむなどの「不用な身体的接触」を行い、さらに「心理的負荷をかける不適切な言動(暴言等)」があったとされる。発覚の端緒は「第三者からの通報」だった。
驚くべきことに、監督・被害選手の双方が調査に対し「指導の中の出来事で、暴力という認識はなかった」と回答。しかし大学側は「暴行や体罰ではないが、行き過ぎた指導で見過ごせない」と判断し、2026年2月末までの活動停止処分を下した。
この事案の本質は2点ある。第一に、「当事者双方が暴力と認識していなくても、客観的基準で不適切と判断される」という現代のハラスメント基準が明示された点。第二に、「第三者通報によって問題が表に出た」という外部通報制度が早期発見に機能した点である。
甲子園ボウル連覇という圧倒的な競技実績を持つ強豪校において、勝利至上主義が「行き過ぎた指導を正当化する土壌」になっていないかが改めて問われている。
再発防止策
①「当事者の合意」を免罪符にしない客観的指導ガイドラインの策定 指導者と学生の間には圧倒的なパワーバランスが存在する。「学生が暴力と思っていません」という言葉が出やすい心理状態を前提に、外部の専門家(スポーツ心理学者・弁護士)が策定した客観的な「許容される指導の範囲」基準を策定・公表する。
②第三者通報制度の恒常的な整備・周知 今回、問題が表に出たのは「第三者の通報」がきっかけだった。「問題かどうかわからなくても相談できる」外部窓口(弁護士・行政書士等)を常設・周知することが、早期発見の鍵である。
③競技成績とは独立した指導方法の定期モニタリング 優勝・入賞という結果が不適切な指導を「隠れ蓑」にしないよう、競技成績とは無関係に外部の専門家(スポーツ心理学者・第三者機関)が年1回指導方法をモニタリングする体制を構築する。「勝っているから問題ない」という論理を制度的に排除する。
31事例の総括——スポーツガバナンスの本質的解決に向けて
3回にわたって解説してきた31事例に共通するのは、「閉鎖的な組織文化」「権力の集中」「コンプライアンス意識の欠如」「内部通報機能の不全」の4点です。
スポーツ庁の「スポーツ・インテグリティの確保に向けたアクションプラン」および「スポーツ団体ガバナンスコード」は、これらすべてに処方箋を示しています。課題は、制度が「絵に描いた餅」にならないよう、コンプライアンス研修・内部通報窓口・外部監査の三点セットを実質的に機能させることに尽きます。
全31事例に共通する「三本柱」
| 柱 | 内容 | 対応する主な事例 |
|---|---|---|
| ①外部の目を入れる | 理事会の外部有識者化・第三者監査・選考プロセスへのオブザーバー設置 | 27・28・30 |
| ②声を上げられる仕組み | 外部通報窓口の常設・公益通報者保護法の実践・匿名相談制度 | 22・25・26・29・31 |
| ③デジタルによる透明性確保 | 財務・選考基準・入場者数のデジタル公開・ブラックボックスの解消 | 27・30 |
スポーツコンプライアンス研修のご相談は中川総合法務オフィスへ
中川総合法務オフィスは、全国で850回超のコンプライアンス等研修実績を持つ行政書士事務所です。元全日本高校選抜バレーボール選手でもある代表が、競技者の視点とコンプライアンス専門家の視点を融合させた研修を、スポーツ団体・プロ球団・大学体育会・企業向けに提供しています。
また、内部通報制度の外部窓口を行政書士として受任しており、今回の31事例が示すような「声を上げられない組織」を「言える組織」に変えるための制度設計・運営を支援します。
研修・サポート内容の例
- スポーツ庁ガバナンスコードの自己点検・適合性審査サポート
- 最新不祥事31事例を用いたケーススタディ研修(競技別カスタマイズ)
- アンチ・ドーピング・薬物根絶インテグリティ教育
- ハラスメント防止・暴力根絶研修(指導者向け・選手向け)
- SNS・デジタルリスク管理研修
- 危機管理・初動対応トレーニング(クライシスマニュアル策定)
- 内部通報制度の設計・外部通報窓口の受任(行政書士)
中川総合法務オフィス | スポーツコンプライアンス研修・内部通報外部窓口受任・行政書士 〒617-0812 京都府長岡京市 | TEL:075-955-0307(受付 8:30〜18:30、日祝除く)
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