はじめに——「計画」を他人事にしている団体ほど危ない
「スポーツ基本計画?それは国や自治体が作るものでしょう」と言い切る理事や幹部が、スポーツ団体にはまだ少なくない。しかし、その認識こそがガバナンス崩壊の入口である。
スポーツ基本法は、2011年(平成23年)に制定されて以来、スポーツ行政の基本法として機能してきた。そして2025年(令和7年)6月13日、制定から14年で初めて大きく改正され、参議院本会議で可決・成立した。スポーツ庁はその後、同年9月1日付でスポーツ庁次長通知として施行通知を発出している(参照:スポーツ基本法について|スポーツ庁)。
この改正によって、スポーツ団体に求められるガバナンス水準は格段に引き上げられた。本稿が解説する第9条・第10条は、いわば「国と地方が描く設計図」に関する条文だ。設計図の読み方を知らない組織は、行政支援の恩恵を受けられないどころか、計画外の不祥事を起こして孤立無援に陥る。
第9条 スポーツ基本計画——国が描く「スポーツの設計図」を読み解く
条文
第九条 文部科学大臣は、スポーツに関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、スポーツの推進に関する基本的な計画(以下「スポーツ基本計画」という。)を定めなければならない。
2 文部科学大臣は、スポーツ基本計画を定め、又はこれを変更しようとするときは、あらかじめ、審議会等(国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第八条に規定する機関をいう。以下同じ。)で政令で定めるものの意見を聴かなければならない。
3 文部科学大臣は、スポーツ基本計画を定め、又はこれを変更しようとするときは、あらかじめ、関係行政機関の施策に係る事項について、第三十条に規定するスポーツ推進会議において連絡調整を図るものとする。
逐条解説
第1項——計画策定義務:「shall」の重み
第1項は、文部科学大臣に対してスポーツ基本計画の策定を義務として課している。「定めるものとする」ではなく「定めなければならない」という強行規定だ。
スポーツ庁が管轄するこの計画は、現行では第3期スポーツ基本計画(2022年度〜2026年度)が運用中であり、「スポーツを通じた共生社会の実現」「スポーツ参画人口の拡大」「アスリートの育成・支援」等が柱となっている。
スポーツ団体の理事・マネジメント層が押さえるべきポイントは以下の通りである。
- 予算配分の根拠:スポーツ振興くじ(toto)の配分をはじめとする国費は、この計画に沿って優先的に拠出される。計画の方向性と団体の活動がズレていると、助成金・補助金の獲得競争で不利になる。
- ガバナンス要件の基準:計画には「スポーツ団体のガバナンス強化」が明示されており、これがJSPO・JOC等の加盟団体に対するガバナンスコード遵守要求の根拠ともなっている。
- 改正への対応義務:2025年の改正スポーツ基本法施行に伴い、第3期計画の見直しや第4期計画策定の議論が進む見通しである。計画変更の方向性を早期に把握し、団体の中期戦略と整合させることが求められる。
第2項——審議会意見聴取:民主的正統性の担保
計画の策定・変更に際しては、あらかじめ審議会等(政令で定めるもの)の意見を聴かなければならない。これは、行政の一方的な決定を防ぎ、専門家・有識者の知見を計画に反映させる民主的手続の要請である。
スポーツ庁においては、スポーツ審議会(文部科学省設置法に基づく審議機関)が該当する。審議会の答申・部会報告は、スポーツ庁のウェブサイト(スポーツ庁 審議会情報)で公開されており、誰でも確認できる。
スポーツ団体にとって重要なのは、この審議会プロセスが「意見を言える場」でもあるという点だ。審議会委員への就任、パブリックコメント等を通じて、現場の声を計画に反映させる機会がある。この機会を使わない団体は、完成した計画に振り回されるだけになる。
第3項——スポーツ推進会議との連絡調整:縦割りを超える横断調整
計画策定時には、第30条に規定するスポーツ推進会議(関係行政機関の局長級等で構成)において連絡調整を図ることが求められる。スポーツは文部科学省だけでなく、厚生労働省(健康増進)、国土交通省(施設整備)、内閣府(共生社会)、外務省(スポーツ外交)等の多省庁にまたがる政策領域であるため、この横断調整機能は極めて重要である。
スポーツ団体の実務への含意は明確だ。スポーツ基本計画は「スポーツ庁の計画」ではなく「省庁横断の政府計画」である。ゆえに、ガバナンス強化の要請も、スポーツ庁単独ではなく政府全体のガバナンス行政(内閣府コーポレートガバナンス政策、法務省・公益信託法改正等)と連動して強まっていくのである。
第10条 地方スポーツ推進計画——「努力義務」を軽視すると何が起きるか
条文
第十条 都道府県及び市(特別区を含む。以下同じ。)町村の教育委員会(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三十一年法律第百六十二号)第二十三条第一項の条例の定めるところによりその長がスポーツに関する事務(学校における体育に関する事務を除く。)を管理し、及び執行することとされた地方公共団体(以下「特定地方公共団体」という。)にあっては、その長)は、単独で又は共同して、スポーツ基本計画を参酌して、その地方の実情に即したスポーツの推進に関する計画(以下「地方スポーツ推進計画」という。)を定めるよう努めるものとする。
2 地方スポーツ推進計画は、スポーツに関連する他の計画と一体のものとして定めることができる。
3 特定地方公共団体の長が地方スポーツ推進計画を定め、又はこれを変更しようとするときは、あらかじめ、当該特定地方公共団体の教育委員会の意見を聴かなければならない。
逐条解説
第1項——努力義務の「射程」:無視してよいわけではない
第10条第1項は、都道府県・市町村の教育委員会等に対して地方スポーツ推進計画の策定を「定めるよう努めるものとする」と規定する。条文上は努力義務であり、策定しなくても直ちに違法とはならない。しかし、この「努力義務」を「やらなくてよい任意」と解釈するのは大きな誤りである。
理由は三点ある。
第一に、地方スポーツ推進計画の有無が、補助金・交付金の採択基準となる場合がある。国のスポーツ振興施策の多くは、地方公共団体を通じて実施されるが、計画を持たない自治体・地域では関連スポーツ団体への財政支援も届きにくくなる。
第二に、計画を持つ自治体は、域内のスポーツ団体に対して「計画への整合性」を求める傾向がある。計画の内容を把握していないスポーツ団体は、自治体との協定締結・施設使用許可・助成金申請の場面で不利な立場に置かれる。
第三に、2025年改正によってスポーツ団体のガバナンス・ハラスメント防止等の規定が強化されており、地方スポーツ推進計画においてもこれらの要素が反映されることが予想される。計画の策定・改訂プロセスに関与しない団体は、後から厳しいガバナンス基準を突きつけられることになる。
第1項後段——「特定地方公共団体」:首長部局が担う場合の留意点
条例によってスポーツ行政を教育委員会ではなく首長(知事・市長等)が所管する地方公共団体を「特定地方公共団体」と呼ぶ。近年、自治体のスポーツ行政を首長部局(スポーツ推進課等)に移管するケースが増えているが、その場合は首長が計画策定の主体となる。
スポーツ団体にとっての実務的含意は、「自分たちの活動地域の自治体がどちらの体制をとっているか」を確認することだ。教育委員会なのか首長部局なのかによって、交渉・協議の窓口も変わり、計画の方向性(教育・青少年重視か、観光・地域活性化重視か)も異なる。
第1項後段——「単独で又は共同して」:広域連携の可能性
隣接する市町村が共同で地方スポーツ推進計画を策定することが認められている。例えば、複数市にまたがる広域スポーツクラブや、県立施設を拠点とする競技連盟にとっては、複数自治体の計画を横断的に把握し、連携関係を構築することが重要となる。
第2項——他計画との一体化:統合計画の読み方
地方スポーツ推進計画は、総合計画・健康増進計画・子ども・子育て支援事業計画等と一体的に策定できる。これにより、スポーツ施策が健康福祉・教育・まちづくりと横断的に結びつく。競技連盟・スポーツクラブがCSR・地域貢献活動の文脈で自治体と連携する際、この統合計画の構造を理解していれば提案の精度が上がる。
第3項——教育委員会への意見聴取:チェック&バランスの確保
特定地方公共団体(首長が所管する自治体)においては、首長が計画を策定・変更する際、事前に教育委員会の意見を聴かなければならない。これは、学校体育・部活動との連携・整合性を確保するためのチェック機能である。
学校部活動の地域移行が進む現在、地域スポーツクラブや競技連盟が学校と連携する場面では、この「首長部局と教育委員会の役割分担」を把握することが不可欠だ。どちらの窓口に相談すべきか判断を誤ると、せっかくの提案が組織の縦割りの壁に阻まれる。
【競技経験エピソード】計画なき強化が生む「見えないリスク」
私はバレーボールで全日本高校選抜に選ばれた経験を持つ。進学校で文武両道を実践し、強化合宿では日本各地から選ばれた選手たちと切磋琢磨した。そのときの経験が、今のコンプライアンスの仕事の核にある。東京のバレーボール協会の本部での計画に従って行われていた。その中から、ミュンヘンの金メダルの次の世代が育っていった。
スポーツ団体のガバナンスも全く同じ構造だ。スポーツ基本計画・地方スポーツ推進計画という「組織運営の設計図」を知らない団体は、目の前の業務をこなすだけで、予算獲得の機会を逃し、行政からの信頼を失い、いざ不祥事が起きたときに「計画に基づく対応指針」すら持っていない。計画は「お上が作るもの」ではなく、「自分たちが読んで、使い、関与すべきもの」なのである。
第9条・第10条を軽視した場合に起こりうる不祥事・法的リスク
① 補助金・助成金の不正受給リスク
スポーツ基本計画に整合した事業として申請しながら、実態が乖離しているケースは「虚偽申請」に当たり得る。計画の内容を理解せずに申請書類を形式的に作成すると、不正受給・返還命令・団体名公表というリスクに直結する。
② 不透明な選手・指導者選考
スポーツ基本計画には「公正・透明な選考プロセス」への言及がある。計画が求める水準を知らない競技団体では、選考基準の非開示・属人的な判断が横行しやすい。これがアスリートからの告発・訴訟に発展した事例は、水泳・体操・柔道等の競技で実際に起きている。
③ ハラスメントの温床化
地方スポーツ推進計画が「ハラスメント防止」を柱に据えている自治体では、計画に関与・対応していない競技団体に対して施設使用停止・協定解消といった行政措置が取られるケースが増えている。ハラスメント問題が発覚した際、「計画に基づく対応規程を持っていなかった」こと自体が組織のガバナンス欠如を証明する証拠となる。
④ 不正経理・私的流用
スポーツ振興くじ(toto)を原資とする補助金は、スポーツ基本計画の優先施策に紐づいて拠出される。計画外の用途への支出は、不正経理として問題化する。適正な経理規程・内部監査体制を持たない団体では、悪意なく計画外支出をしてしまう危険がある。
⑤ 部活動地域移行での法的トラブル
2023年度から本格化した部活動の地域移行は、地方スポーツ推進計画の枠組みで進められている。計画を把握せずに「総合型地域スポーツクラブ」として活動を引き受けると、指導者の法的立場・事故時の責任所在・保険加入義務等について計画との整合が取れず、行政・保護者との紛争リスクが生じる。
建設業・IT業界との共通項:「適法な組織運営」はどの業界でも同じ基盤で動く
私は建設業(建設業法・取適法)やIT業界(取適法、個人情報保護法・情報セキュリティ)での研修・コンサルティングを850回以上実施してきた。その経験から断言できることがある。業種が変わっても、組織不祥事の発生メカニズムは驚くほど共通している。
建設業における「下請法違反」「工事台帳の不正記録」、IT業界における「個人情報漏洩の隠蔽」——これらの不祥事は、すべて「法令・計画・規程の存在を知っているが、実際の運営に落とし込んでいない組織」で起きている。
スポーツ界も同じだ。スポーツ基本計画・地方スポーツ推進計画という「行政が示す設計図」を理解し、団体の規程・研修・内部通報制度と接続させることが、ガバナンス構築の第一歩である。
「取適法(改正下請代金支払遅延等防止法)の研修で培ったコンプライアンス体系をスポーツ団体にスライドさせると、何が見えてくるか」——その答えは、「権力の非対称性がある組織では、必ず同じ構造の問題が起きる」ということだ。コーチと選手、理事と現場スタッフ、競技連盟と加盟クラブ……これらの関係性は、元請と下請の関係と本質的に変わらない。ルールと制度で非対称性を補正することが、コンプライアンスの核心である。
ガバナンス体制と内部通報制度のあり方——実務的な処方箋
1. スポーツ基本計画との整合性確認プロセスの構築
年度初めに、現行のスポーツ基本計画・地方スポーツ推進計画を理事会に報告する仕組みを作る。計画の重点施策と団体の年度事業計画を照合し、乖離があれば事業内容を修正するか、計画に関与して方向性を動かすアクションを取る。これを「計画整合性レビュー」として規程化することが望ましい。
2. ガバナンスコードの内部規程への落とし込み
JSPOガバナンスコード(競技団体向け)や日本スポーツ協会の倫理ガイドラインは、スポーツ基本計画の「スポーツ団体のガバナンス強化」方針に基づいている。これらのコードを「一般的基準」のまま棚上げせず、自団体の役員選任規程・財務規程・懲戒規程・ハラスメント防止規程として具体化することが不可欠だ。
3. 補助金管理の内部統制
計画に基づく補助金・助成金ごとに「事業別台帳」を整備し、支出の都度、計画との整合性チェックを行う仕組みを作る。会計担当者一人に任せるのではなく、複数承認制・定期的な内部監査を導入することで、善意の誤りも悪意の流用も早期発見できる体制とする。
4. 外部通報窓口(第三者機関への委託)の設置
内部通報制度が機能するためには、「通報者が不利益を被らない」という確信が通報者側に必要だ。役員・理事が直接関与する問題については、内部窓口での解決は構造的に困難である。外部の法律事務所・専門機関に通報窓口を委託することで、通報者保護と中立的調査の双方を担保できる。
2022年(令和4年)施行の改正公益通報者保護法により、従業員数301人以上の事業者には内部通報制度の整備が義務化された。スポーツ団体の多くは規模が小さく直接の義務対象外であることも多いが、公益財団法人・公益社団法人として公益認定を維持するためには、通報制度の整備が実質的な要件となっている。また、ガバナンスコードを遵守する競技団体として社会的信頼を維持するためにも、早期の整備が求められる。
5. 地域スポーツ推進計画の改訂プロセスへの参画
自治体が地方スポーツ推進計画を策定・改訂する際、パブリックコメントや意見交換会が実施される。この機会に積極的に参加し、競技現場の実態とニーズを計画に反映させる活動を組織的に行うことが、行政との信頼関係構築と計画整合性確保の両面で有効だ。
まとめ——「設計図」を読める組織が生き残る
スポーツ基本法第9条・第10条が定める「計画行政の枠組み」は、スポーツ団体にとって遵守すべき義務規定ではなく、活用すべき「道具」である。しかしその道具を使いこなすには、計画の内容を理解し、組織のガバナンス体制と接続させ、現場の声を計画に反映させる継続的な取り組みが必要だ。
2025年のスポーツ基本法改正は、その要求水準をさらに引き上げた。改正法・施行通知の詳細はスポーツ庁の公式ページ(スポーツ基本法について|スポーツ庁)で確認されたい。
中川総合法務オフィスからのご案内
第9条・第10条の解説を読んで、「自分の団体は計画との整合性を確認できているか」「補助金管理の内部統制は十分か」「外部通報窓口は機能しているか」——そのような問いが浮かんだ方は、ぜひ一度ご相談いただきたい。
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参考:スポーツ庁関連ページ

