はじめに――法改正14年目の「号砲」をどう受け止めるか

スポーツ基本法は、2025年6月13日、制定から14年で初めて大きく改正され、参議院本会議で可決・成立した(令和7年法律第71号)。スポーツ庁次長通知は同年9月1日付で施行通知として発出されており、スポーツ庁政策課のWebサイト(https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop01/list/1371905.htm)にも全改正資料が公開されている。

今回解説する第18条・第19条・第20条は、条文の文言だけ読むと「国の施策の話」に見えてしまいがちだ。しかし、競技連盟やプロスポーツクラブ、大学・高校部活動の現場に引きつけて読めば、スポンサー資金の管理、海外遠征の意思決定プロセス、選手・指導者表彰の公正性など、今すぐ点検すべきガバナンス課題が次々と浮かび上がる。

私は現在、コンプライアンスの専門家として活動しているが、その出発点は中高でバレーボールに打ち込んだ競技経験だ。強化合宿で夜更けまで練習した記憶、全日本高校選抜に名を連ねた誇りとプレッシャー――そのスポーツへの情熱があるからこそ、業界の不祥事が許せないし、法の力で競技環境を守りたいと思う。

建設業・IT業・地方公共団体等で850回超の研修実績を積んできたコンプライアンス教育の知見を、スポーツ界の「組織運営の適正化」に全力でスライドさせていく。


第18条【スポーツ産業の事業者との連携等】逐条解説

条文(令和7年改正後)

第十八条 国は、スポーツの普及、競技水準の向上、スポーツへの国民の参加の促進及び地域振興を図る上でスポーツ産業の事業者が果たす役割の重要性に鑑み、スポーツを通じた活力に満ちた国民経済及び地域経済の発展並びにスポーツの更なる振興に資するよう、スポーツ団体とスポーツ産業の事業者との連携及び協力の促進その他の必要な施策を講ずるものとする。

改正のポイント

旧法では「競技水準の向上」のみを列挙していたスポーツ産業の事業者の役割に、今回の改正で「スポーツへの国民の参加の促進及び地域振興」が追加された(改正法要綱・第一の五⑸参照)。さらに、国が施策を講ずる目的として「スポーツを通じた活力に満ちた国民経済及び地域経済の発展並びにスポーツの更なる振興」という文言が明記された。

これは単なる文言整理ではない。スポーツ産業を「地域振興の担い手」として正面から法律上に位置づけた点に立法政策上の重大な意義がある。J1・B1クラブのホームタウン活動、スタジアム・アリーナ整備と商業施設の複合開発(スポーツコンプレックス)、地元企業とのスポンサー協定――これらすべてが第18条の射程に入る。

実務上のリスク:この条文を軽視するとどうなるか

① スポンサー契約の不透明性と利益相反

スポーツ産業の事業者との連携が拡大すれば、必然的にスポンサー契約・物品提供・業務委託の金額が増大する。問題は、理事や役職者が自らの関係会社を優先的に採用したり、選定プロセスを内輪で完結させたりするケースだ。

「スポーツの連携促進」という大義名分の下で利益相反が埋もれていく構図は、建設業界の官製談合と構造的に同じである。私がこれまで手がけてきた建設業のコンプライアンス研修では、「承認権者と受益者の分離」「競争原理の担保」「意思決定の文書化」の三原則が、不正防止の基盤として機能することを繰り返し確認してきた。スポーツ団体でも同じ原則が適用できる。

② スポンサー収益の流用・不正経理

スポンサー料・協賛金・放映権収入などが適切に競技振興に使われず、役員報酬の穴埋めや私的流用に充てられた事例は後を絶たない。2010年代以降に露見したいくつかの国内競技団体の不正経理問題はその典型だ。

第18条が「連携及び協力の促進」を国の施策として規定する以上、スポーツ団体は連携から得た収益の使途について社会に説明責任を負う立場にある。

③ eスポーツ・デジタルコンテンツ事業者との連携リスク

改正法では「情報通信技術を活用したスポーツの機会の充実」(新第24条の2)も新設された。eスポーツや動画配信プラットフォームとの提携では、青少年保護・個人情報管理・知的財産権処理など、従来のスポーツ契約と異なる法的論点が生じる。現場のスタッフや理事がこれらを十分理解しないまま契約を締結するリスクは非常に高い。

ガバナンス・コンプライアンスの対応策

リスク対応策
利益相反・随意契約利益相反規程の整備・独立した調達委員会の設置
不正経理外部監査の導入・収支報告の開示義務化
契約内容の非開示スポンサー契約の概要を公式サイトで開示
IT・eスポーツ連携リスク契約書の法的レビュー体制の整備

私の競技経験から:「強さ」と「透明性」は両立する

全日本高校選抜として国際大会に向けた強化合宿に参加したとき、私は「合宿費用の明細なんて考えたことがなかった」。遠征費、宿泊費、用具費が誰かによって管理されているのは知っていたが、その中身を見る立場でも習慣でもなかった。

しかし今、コンプライアンスの視点でその構造を振り返ると、強化合宿という「結果が問われる現場」ほど、資金管理の透明性が競技力の持続に直結することがわかる。不透明な資金管理は、選手への設備投資の機会損失を生み、優秀なコーチを確保できなくなるリスクを高める。「強さ」と「透明性」は相反しない。むしろ強いチームほど、会計・意思決定の仕組みがしっかりしているものだ。

これは今も建設業やIT業界での研修で伝えている本質でもある。「コンプライアンスは守りではなく、攻めの経営基盤だ」というメッセージを、スポーツの現場にこそ届けたい。


第19条【スポーツに係る国際的な交流及び貢献の推進】逐条解説

条文

第十九条 国及び地方公共団体は、スポーツ選手及び指導者等の派遣及び招へい、スポーツに関する国際団体への人材の派遣、国際競技大会及び国際的な規模のスポーツの研究集会等の開催その他のスポーツに係る国際的な交流及び貢献を推進するために必要な施策を講ずることにより、我が国の競技水準の向上を図るよう努めるとともに、環境の保全に留意しつつ、国際相互理解の増進及び国際平和に寄与するよう努めなければならない。

条文解説

第19条は、スポーツの国際交流・国際貢献を通じた競技水準の向上と国際平和への寄与を定める規定である。今回の改正では、同条自体の文言変更は行われていないが、改正法全体のコンテキストとして、国際競技大会の招致・開催の「適正の確保」に関する第27条第2項が新設されたことが重要だ(改正法要綱・第一の五③参照)。

すなわち、国は国際競技大会の招致・開催を担う法人の運営の透明性確保人材育成に必要な施策を講じなければならないとされた。これは、オリンピック・パラリンピック招致に関わる汚職事案が国際的に問題となった経緯を踏まえた、立法的な教訓といえる。

第19条と第27条を合わせて読めば、「国際交流」の名の下に行われる人材派遣・遠征・招致活動の意思決定プロセスの透明性が、今後強く求められることがわかる。

実務上のリスク

① 海外遠征・招致活動における不透明な意思決定

遠征・招致活動では、航空券・宿泊・接待に多額の費用が発生する。特定の旅行代理店への随意発注、招致ロビー活動における接待費の実態把握困難、そして「遠征費」として計上される実費と実態の乖離は、スポーツ団体の不正経理において頻繁に問題となるパターンだ。

② 指導者・選手派遣における人事の不透明性と人権リスク

海外派遣の人選が、実力ではなく特定指導者との関係や親密度によって決定される慣行は、選手のキャリアに深刻な影響を与えるとともに、「優越的関係を背景とした言動」(改正第29条)に該当しうるハラスメントの温床ともなる。

海外遠征という「閉じた空間」では、ハラスメントが発生してもそれを訴える経路が閉ざされやすい。内部通報制度の整備は、国内だけでなく海外活動においても必須の要件だ。

③ 国際団体への人材派遣における利益相反

スポーツに関する国際団体への人材派遣は、競技の国際的な規則策定・大会開催権の配分などに影響を与えうる。特定の個人や団体が国際団体と国内団体の双方において影響力を行使できる構造は、深刻な利益相反リスクをはらむ。

ガバナンス・コンプライアンスの対応策

  • 遠征・招致費用の競争見積もり・承認フローの整備(発注権限と承認権限の分離)
  • 派遣人選基準の明文化と委員会による審査(理事単独決定の排除)
  • 遠征中・招致活動中のハラスメント通報経路の設置(匿名通報可能な外部窓口)
  • 国際団体兼任者の利益相反申告制度の義務化

第20条【顕彰】逐条解説

条文

第二十条 国及び地方公共団体は、スポーツの競技会において優秀な成績を収めた者及びスポーツの発展に寄与した者の顕彰に努めなければならない。

条文解説

第20条は、競技成績の優秀者とスポーツ発展への貢献者を表彰・顕彰することを、国及び地方公共団体の努力義務として定める。条文としては短いが、「顕彰」という制度が競技者・指導者のモチベーション管理、団体の権威形成、そして資金や地位の配分に深く関わっていることを見落としてはならない。

今回の改正法では、国民スポーツ大会・全国パラスポーツ大会の意義の明示(改正第26条)や、デフリンピック・スペシャルオリンピックスの基本理念への明記(改正第2条第6項)が追加されており、顕彰の対象となる「優秀な成績」の多様化という方向性も読み取れる。

実務上のリスク

① 顕彰プロセスの不透明性と人事私物化

「スポーツの発展に寄与した者」の選定基準が曖昧であれば、理事・役員と親密な者を優先的に表彰する「論功行賞型」の顕彰が横行しやすい。賞状・トロフィーは精神的報酬だが、顕彰に付随して奨学金・強化指定・代表選考への優先が生じる場合は、実質的な利益供与の問題になりうる。

② 顕彰制度を利用したハラスメントの助長

ある指導者から好意を持たれている選手が優先的に顕彰される、あるいは顕彰を「えさ」として選手を不当に服従させる――こうした構造は、改正第29条が禁じる「優越的な関係を背景とした言動」の典型例に当たる。

③ パラスポーツ・障害者スポーツへの顕彰格差

改正法が「共生社会の実現」を基本理念に掲げ(改正第2条第5項)、デフリンピックやスペシャルオリンピックスを明示した趣旨に照らせば、顕彰制度においても健常者スポーツとパラスポーツの間の格差を是正していく義務が生じていると解するべきだ。顕彰規程にパラスポーツを明示していない団体は、今すぐ見直しが必要だ。

ガバナンス・コンプライアンスの対応策

  • 顕彰規程の整備と選考基準の公開(「スポーツの発展に寄与した者」の具体的定義を含む)
  • 選考委員会の独立性確保(理事の直接関与を排除する審査体制)
  • 顕彰に付随する利益供与の明細公開(奨学金・強化指定との連動がある場合は特に)
  • パラスポーツ・障害者スポーツ枠の明示的設置

IT法(取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律)との共通項

「スポーツの話にIT法が関係するの?」と思う方もいるかもしれないが、実はこの接続は本質的だ。

取引DPF消費者保護法は、プラットフォーム事業者に対して取引条件の透明性・苦情処理体制・自主規制の整備を義務付けている。スポーツ団体におけるスポンサー・連携事業者との取引関係(第18条)、国際団体との利益調整(第19条)、顕彰選考プロセス(第20条)は、いずれも「意思決定が内部に閉じた状態で、外部からはプロセスが見えない」という構造的課題を共有している。

IT業界での研修で私が繰り返し伝えてきたのは、「ルールの文書化→開示→外部レビュー→改善サイクル」という基本動作だ。この基本動作はスポーツ団体にも等しく有効であり、むしろスポーツ界は「熱量はあるが仕組みが追いついていない」状態にあることが多い。仕組みを整えることが、長期的な競技力向上と組織存続の土台になる。


まとめ:第18条・19条・20条が要求するガバナンスの全体像

条文主な課題領域最低限必要な対応
第18条(産業連携)スポンサー選定の不透明性・不正経理・IT連携リスク調達規程整備・外部監査・収益開示
第19条(国際交流)遠征費管理・人選の私物化・海外でのハラスメント費用競争見積・人選基準明文化・外部通報窓口
第20条(顕彰)選考の不透明・ハラスメント助長・パラスポーツ格差顕彰規程整備・独立選考委員会・パラ枠明示

スポーツ基本法の改正は、「努力義務だから後回しでいい」という考え方を許さない方向に着実に進んでいる。スポーツ庁の施行通知(9月1日付)が各都道府県教育委員会・各スポーツ団体に対して「格段の御配慮をお願いする」と明記している事実は、行政が本気であることの証左だ。


中川総合法務オフィスからのご案内

本記事でご紹介したリスク――スポンサー契約の透明性確保、海外遠征費の適正管理、顕彰規程の整備、内部通報制度の構築――は、いずれも「気合」ではなく「仕組み」によってのみ解決できる問題だ。

中川総合法務オフィスは、建設・IT・医療など多様な業界で850回超のコンプライアンス研修を実施してきた実績をもとに、スポーツ団体向けの以下のサービスを提供している。

  • ガバナンス構築コンサル:規程整備・意思決定フロー設計・利益相反管理体制の導入
  • コンプライアンス研修:理事・マネジメント層向けの実務ワークショップ(事例演習付き)
  • 外部通報窓口受託:匿名対応可・24時間受付の外部ハラスメント・不正通報窓口

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