はじめに――「お金の流れ」こそガバナンスの試金石

スポーツ団体は、国・地方公共団体から様々な補助金を受け取りながら事業を運営している。しかし「もらった補助金だから、あとは自由に使えばいい」という認識は、現在の法律水準では完全に誤りである。

第五章が定める第33条〜第36条は、補助金の交付から使途管理・審議会への諮問・資金の好循環実現まで、スポーツ財政の根幹を規律する章である。この章を読み解くことは、スポーツ団体の理事・マネジメント層が「お金に関するガバナンスリスク」を正確に把握するための最短ルートになる。


■ 第五章 国の補助等(第33条〜第36条)逐条解説


第33条 国の補助

◆ 条文

第三十三条 国は、地方公共団体に対し、予算の範囲内において、政令で定めるところにより、次に掲げる経費について、その一部を補助する。
一 国民スポーツ大会及び全国パラスポーツ大会(※改正前:全国障害者スポーツ大会)の実施及び運営に要する経費であって、これらの開催地の都道府県において要するもの
二 その他スポーツの推進のために地方公共団体が行う事業に要する経費であって特に必要と認められるもの
2 国は、学校法人に対し、その設置する学校のスポーツ施設の整備に要する経費について、予算の範囲内において、その一部を補助することができる。この場合においては、私立学校振興助成法(昭和五十年法律第六十一号)第十一条から第十三条までの規定の適用があるものとする。
3 国は、スポーツ団体であってその行う事業が我が国のスポーツの振興に重要な意義を有すると認められるものに対し、当該事業に関し必要な経費について、予算の範囲内において、その一部を補助することができる。

◆ 文理解釈

本条は「国が補助を行う相手方」と「補助の対象となる経費の種類」を定める。第1項は義務的補助(「補助する」)、第2・3項は裁量的補助(「補助することができる」)という構造上の差異がある。第1項一号は、改正法により「全国障害者スポーツ大会」が「全国パラスポーツ大会」に改称された(ただし名称変更の施行は令和13年1月1日)。

「予算の範囲内」という文言は補助額が無限ではないことを示し、補助を受けるためには要件を満たした申請が必要である。第3項の補助を受けるには、「我が国のスポーツの振興に重要な意義を有する」という評価を得なければならず、それは事業計画の質・透明性・公益性に直結する。

◆ ガバナンス・コンプライアンスの観点からの注釈

〔リスク①〕補助金の目的外使用
補助金は「当該事業」に充当することが前提である。大会運営費として交付された補助金を役員の慶弔費や親睦会費に流用すること、あるいは架空の事業を立てて補助金を申請することは、補助金適正化法(補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律)上の不正行為として返還命令・刑事罰の対象となりうる。

〔リスク②〕申請段階の虚偽記載
「重要な意義を有すると認められる」事業かどうかは申請書類で判断される。過去の国際大会招致をめぐるスキャンダルは、申請・報告書類の虚偽記載が端緒となったものが少なくない。今回の改正(第27条第2項)では、「国際競技大会の我が国への招致又はその開催が適正になされるよう、当該国際競技大会の実施及び運営を行うことを目的とする法人の運営の透明性の確保」が国の義務として明記された。補助金を受ける側の団体にも、同等の透明性を求める圧力は確実に高まっている。

〔リスク③〕学校法人における施設整備補助の不適切管理
第2項は学校法人のスポーツ施設整備への補助を認めるが、私立学校振興助成法の規律も同時に適用される。補助を受けた施設を目的外に転用したり、補助対象工事に水増し請求が発生した場合には、助成金の返還を超えて特別背任・詐欺罪に問われた事例が建設・教育業界双方に存在する。


第34条 地方公共団体の補助

◆ 条文

第三十四条 地方公共団体は、スポーツ団体に対し、その行うスポーツの振興のための事業に関し必要な経費について、その一部を補助することができる。

◆ 文理解釈

本条は地方公共団体が主体となってスポーツ団体に補助を行う根拠規定である。「することができる」という任意規定であり、補助の実施・金額・要件は各自治体の条例・規則・要綱に委ねられる。スポーツ団体から見ると、地方補助金は国補助金と並ぶ重要な財源であり、一定の審査・報告義務が伴う。

◆ ガバナンス・コンプライアンスの観点からの注釈

〔リスク〕「もらいっぱなし」という慢性的な無自覚
地域の競技連盟や総合型地域スポーツクラブが市区町村から交付を受ける補助金は、金額が小さいゆえに内部統制が甘くなりがちである。しかし「少額だから」は免罪符にならない。自治体の会計検査や住民監査請求によって数万円単位の不正使用が摘発された事例は各地に存在する。

スポーツ団体の理事が認識すべきは、「補助金を受けた瞬間から説明責任が生じる」という事実である。領収書の保管・事業報告書の正確な作成・剰余金の処理ルールを内規として整備することが最低限のガバナンスである。


第35条 審議会等への諮問等

◆ 条文

第三十五条 国又は地方公共団体が第三十三条第三項又は前条の規定により社会教育関係団体(社会教育法(昭和二十四年法律第二百七号)第十条に規定する社会教育関係団体をいう。)であるスポーツ団体に対し補助金を交付しようとする場合には、あらかじめ、国にあっては文部科学大臣が第九条第二項の政令で定める審議会等の、地方公共団体にあっては教育委員会(特定地方公共団体におけるスポーツに関する事務(学校における体育に関する事務を除く。)に係る補助金の交付については、その長)がスポーツ推進審議会等その他の合議制の機関の意見を聴かなければならない。この意見を聴いた場合においては、同法第十三条の規定による意見を聴くことを要しない。

◆ 文理解釈

本条は、社会教育関係団体に該当するスポーツ団体(多くの競技連盟・スポーツクラブがこれにあたる)への補助金交付に際して、国・地方公共団体があらかじめ審議会等の意見を聴く義務を課している。これは、補助金交付が特定団体への恣意的な利益供与とならないよう、独立した機関のチェックを入れるための仕組みである。

「意見を聴かなければならない」という義務規定であり、この手続を欠いた補助金交付は手続的瑕疵を帯びる。

◆ ガバナンス・コンプライアンスの観点からの注釈

〔リスク〕「顔なじみだから」という非公式選考の慣行
地方の競技団体では、首長や教育長と親しい団体が「なんとなく」毎年補助金を受けてきたという実態がある。しかし本条が要求する審議会等の意見聴取手続が形骸化していたり、そもそも経ていない場合は、住民監査請求・行政不服申立ての対象となりうる。

スポーツ団体の側から見ると、「審議会で意見が問われる」という事実は、団体の事業実績・財務状況・ガバナンス体制が外部の目にさらされることを意味する。透明性の低い団体は補助金を受けにくくなる時代に入りつつある。


第36条 スポーツの振興のために必要な資金等

◆ 条文

第三十六条 国は、スポーツの振興を通じてこれに関する知識、人材及び資金の好循環を実現するよう努めなければならない。
2 国は、スポーツを支える者の協力の下に、地方公共団体又はスポーツ団体が行うスポーツの振興を目的とする事業に要する資金その他のスポーツの振興のために必要な資金を得るための措置を講ずるものとする。
3 前項の資金の支給を受ける地方公共団体又はスポーツ団体は、当該資金に係る事業を通じて、社会の発展及び地域振興に貢献するよう努めるものとする。

◆ 文理解釈

本条は今次改正(令和7年)で新設された規定であり、スポーツ振興に関する「知識・人材・資金の好循環」を国の努力義務として明記したものである。第2項は資金調達のための措置義務、第3項は資金受領団体の社会貢献義務を定める。

「好循環」という言葉には、スポーツビジネスの成長がスポーツ振興財源を生み出し、それがまた人材育成・競技力向上に還流するというサイクルを国が意識していることが表れている。スポーツ産業・スポンサーシップ・スポーツくじ(toto/BIG)等を通じた多様な資金調達が想定される。

第3項の「社会の発展及び地域振興に貢献するよう努めるものとする」は、資金を受けた団体への社会的責任の明示である。単に競技の強化や内部の事業に資金を使うだけでなく、地域社会への還元を求めている点が重要である。

◆ ガバナンス・コンプライアンスの観点からの注釈

〔リスク①〕資金使途の不明確化と「内向き経営」
スポーツ振興を名目に資金を受けながら、実態は特定役員への謝礼や豪華な視察旅行に費消されるという構図は、スポーツ団体の不祥事において繰り返し現れるパターンである。第36条第3項が「社会の発展及び地域振興への貢献」を求めている以上、資金受領後の事業報告において社会的成果(地域住民のスポーツ参加率、子どもの体力向上等)を測定・公表することが、説明責任の観点から必要になってくる。

〔リスク②〕スポンサー収入・スポーツくじ配分金の管理不全
「好循環」を構成するスポンサーシップ収入やスポーツ振興くじ助成金(スポーツ振興センターからの助成)も、公的な性格を持つ財源として厳格な管理が求められる。これらの受入れ・支出に関する内部規程(会計規程・経費精算規程)を整備していない団体は、不正の温床を抱えたまま運営していることになる。


■ 元全日本高校選抜が見た「補助金と腐敗の予兆」

私は高校時代、バレーボールの全日本高校選抜に選ばれた経験を持つ。文武両道の進学校で、強化合宿では他県のトップ選手たちと切磋琢磨した。そのころの記憶の中に、今も忘れられない光景がある。

遠征の際、ある先輩から「遠征費の領収書はとにかく多めにもらっておけ」と耳打ちされたことがある。当時は何となく「そういうものか」と流してしまったが、今にして思えばそれは補助金の不正請求の萌芽であった。高校生の私には「それが問題だ」と指摘する知識も勇気もなかった。

だが、あの「なんとなくおかしいけれど言えない空気」こそが、スポーツ組織に内部通報制度と心理的安全性が必要な理由である。一言言えるルートがあれば、小さな不正は大きな不祥事になる前に止められる。内部の違和感を「見て見ぬふり」にしないための仕組みが、ガバナンスの本質だと私は確信している。


■ 建設・IT業界から学ぶ「補助金コンプライアンス」の共通原則

私は850回以上の研修・コンサルティング実績の中で、建設業・IT業界の「補助金コンプライアンス」に何度も関わってきた。建設業では公共工事の入札・設計変更をめぐる不正、IT業界ではDX補助金の申請虚偽記載が繰り返し問題になってきた。

その経験から断言できるのは、業界が違っても「補助金不正の構造」は驚くほど同じだということだ。

他業界の不正パターンスポーツ団体版の類似事例
公共工事の架空発注・水増し請求大会運営費の架空支出・水増し委託費
IT補助金の目的外転用スポーツ施設整備補助の目的外利用
申請書類の虚偽記載国際招致・強化事業補助の虚偽申請
役員個人への利益誘導役員への不透明な謝礼・旅費流用

これらを防ぐための処方箋も共通している。

  1. 会計規程・経費精算規程の整備(判断基準の明文化)
  2. 会計担当者の分離原則(承認者と出納担当者を別にする)
  3. 外部監査・会計監査の導入(内部の目だけでは限界がある)
  4. 内部通報制度の設置(異常を早期に検知するセーフティネット)
  5. 補助金受入・使途の情報公開(ウェブサイト等での定期開示)

■ 条文を軽視した場合に起こりうる具体的なリスク

リスク1:補助金不正受給による刑事・行政責任

補助金適正化法第29条は、虚偽申請による補助金受給に10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金を科す。スポーツ団体の理事が知らずに会計担当者の不正を見過ごした場合でも、監督義務違反として民事上の損害賠償責任を負いうる。

リスク2:補助金停止・返還命令による団体存続の危機

一度補助金の不正受給が発覚すると、国・自治体は返還命令を出すとともに、以後の補助金交付を停止する。財源の多くを補助金に依存するスポーツ団体にとって、これは団体消滅に直結する「組織的死刑宣告」に等しい。

リスク3:役員の個人責任追及

公益財団法人・公益社団法人の役員は、一般社団・財団法人法に基づき、法人に損害を与えた場合の賠償責任を個人として負う。補助金の目的外使用や不正な経費精算を知りながら是正しなかった理事は、善管注意義務違反として訴追対象になりうる。

リスク4:レピュテーション(評判)リスク

スポーツ団体の不正は、スポンサー離れ・メディアからのバッシング・所属アスリートのモチベーション低下を引き起こす。選手や指導者の努力で築いてきたブランドが、役員の会計不正一件で崩れた事例は国内外に枚挙にいとまがない。


■ 第五章が求めるガバナンス体制の要点

第33条〜第36条の規律を踏まえると、スポーツ団体が整備すべきガバナンス体制は以下の通りである。

① 資金管理の内部統制

  • 会計規程の制定:収入・支出の承認権限・上限・手続を文書化する
  • 補助金管理台帳の整備:交付元・目的・使途・残額を一元管理する
  • 証憑書類の保管期間の設定:最低5年間(税法上の要請)、補助金要綱に従う
  • 剰余金処理ルールの明確化:補助事業の残額は適切に精算・返還する

② 外部監査・情報公開

  • 公認会計士・税理士による外部監査の定期実施(年1回以上)
  • 決算書・事業報告書のウェブ公開:公益法人は義務、一般法人も推奨
  • 補助金収入の明示:資金源を隠さない透明な財務開示

③ 内部通報制度の設置と運用

  • 外部窓口型の通報制度:内部の上司では握りつぶされるリスクがあるため、第三者機関(弁護士・専門機関)への直接通報ルートを確保する
  • 通報者保護の明文化:報復禁止規定を就業規則・倫理規程に明記する
  • 調査・フィードバック手続:通報後の流れを透明にすることで通報しやすい文化を作る

④ 理事・役員へのコンプライアンス研修

補助金適正化法・公益法人制度・改正スポーツ基本法を横断した研修を年1回以上実施し、「知らなかった」では済まない状況を作ることが、組織防衛の基本である。


■ 改正スポーツ基本法が問うもの――「資金」は「信頼」の鏡

第36条が新設された意義は深い。「知識・人材・資金の好循環」という文言は、スポーツ団体が単なる競技の管理者ではなく、社会的価値を創出するプレイヤーであることを国が明確に求めていることを示す。

スポーツを「する」「見る」「支える」「集まる」「つながる」という改正法前文の言葉は、すべて「人」と「信頼」を基盤にしている。その信頼を守るために、お金の流れを透明にし、異常を早期に発見するガバナンス体制を整えることは、もはやコンプライアンスの「お作法」ではなく、スポーツ組織の存在意義そのものを守る行為である。


■ まとめ

条文キーワード主なリスク必要なガバナンス対応
第33条国の補助(義務的・裁量的)補助金不正受給・目的外使用会計規程・補助金管理台帳
第34条地方補助少額補助の無自覚な流用領収書管理・事業報告義務
第35条審議会への諮問非公式選考・手続瑕疵申請手続の透明化・記録保管
第36条(新設)好循環・社会貢献義務内向き経営・使途不明瞭情報公開・外部監査

■ 中川総合法務オフィスができること

スポーツ団体の「お金のガバナンス」は、会計規程一枚の整備から始まる。しかし、それを「誰が」「どのような視点で」作るかで、実効性は大きく変わる。

当オフィスは、建設業・IT業・医療・介護業界での850回超の研修実績を、スポーツ界の組織運営適正化にスライドさせて提供している。補助金の使途適正化・内部通報制度の設計・コンプライアンス研修のいずれも、スポーツ団体の実情に即したかたちでカスタマイズして対応する。

「うちの団体、大丈夫かな?」と感じた理事・事務局長の方は、まずお気軽にご相談いただきたい。

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参考資料:

  • スポーツ庁「スポーツ基本法について」(https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop01/list/1371905.htm)
  • スポーツ基本法及びスポーツにおけるドーピングの防止活動の推進に関する法律の一部を改正する法律(令和7年法律第71号)概要・条文・新旧対照表
  • スポーツ庁次長通知(7ス庁第714号・第715号、令和7年6月20日)
  • スポーツ基本法及びスポーツにおけるドーピングの防止活動の推進に関する法律の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(政令第302号)令和7年9月1日施行

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