第1条のメッセージ

スポーツ基本法第1条は、「スポーツに関するあらゆる施策の“憲法”」であり、スポーツ団体のガバナンス・コンプライアンスの方向性を示す目的規定である。
国・地方公共団体・スポーツ団体は、この目的を踏まえて、自らの組織運営を設計しなければならず、軽視すればハラスメント、不正経理、不透明な選考などの不祥事リスクが高まる条文である。

※スポーツの定義:前文では、「スポーツは、心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵かん養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動」としている。3要素として、「遊戯性(遊び)」「競争性(闘争)」「身体活動」が含まれる。語源は、 ラテン語の「deportare(デポルターレ=気晴らし、楽しむ)」に由来する。


条文の逐条解説(第1条・目的)

第一条 この法律は、スポーツに関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務並びにスポーツ団体の努力等を明らかにするとともに、スポーツに関する施策の基本となる事項を定めることにより、スポーツに関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって国民の心身の健全な発達、明るく豊かな国民生活の形成、活力ある社会の実現及び国際社会の調和ある発展に寄与することを目的とする。

①「スポーツに関し、基本理念を定め」

第1条前半は、この法律がスポーツについての「基本理念(価値観と原則)」を定めるものであることを宣言している。
ここでいう基本理念は、スポーツが国民の権利・ウェルビーイング、地域活性化、国際交流など多面的な価値を持つことを踏まえた包括的な考え方であり、2025年改正によって「する・見る・支える」に加え「集まる・つながる」といった社会的機能も重視されるようになった背景がある。

②「国及び地方公共団体の責務並びにスポーツ団体の努力等を明らかにするとともに」

ここでは、国・地方公共団体・スポーツ団体それぞれの役割と責任を明確にすることが法の目的と位置付けられている。
特にスポーツ団体については、スポーツを行う者の権利利益の保護や安全確保に配慮しつつ、スポーツの推進に主体的に取り組むべきことが、別条で努力義務として規定されており、第1条はその枠組み全体の入口となる位置付けである。
 繰り返すが巷間でやはり注目すべきと言われているのは、スポーツ団体の「努力等」が明記されている点だ 。国や自治体の責務だけでなく、民間団体もまた、社会課題解決の担い手として「健全な運営」を果たす法的責任の一端を負っているのである 。

③「スポーツに関する施策の基本となる事項を定めることにより」

この部分は、第1条が単なる抽象的理念にとどまらず、具体的な政策・施策の「基準」として機能することを示している。
スポーツ庁が策定するスポーツ基本計画や各地方公共団体のスポーツ推進計画は、この目的・理念を前提として構築されるべきであり、スポーツ団体が自らのガバナンス規程やコンプライアンス体制を設計する際にも、この「施策の基本」を参照することが求められる。

④「施策を総合的かつ計画的に推進」

「総合的かつ計画的に」とは、縦割り・場当たり的な対応ではなく、長期的ビジョンと部門横断的な連携によって、スポーツ政策やスポーツ団体の取組を推進すべきことを意味する。
スポーツ庁は、スポーツ基本法に基づき、スポーツ基本計画を策定し、関係省庁やスポーツ団体と連携して、ハラスメント防止、公正性・公平性の確保、気候変動への配慮などを含む施策を展開することとしており、この条文がその根拠となっている。

⑤「国民の心身の健全な発達、明るく豊かな国民生活…活力ある社会…国際社会の調和ある発展」

ここは、スポーツの社会的意義を総括的に示した部分である。
スポーツは、国民一人ひとりの心身の健康だけでなく、地域コミュニティの活性化、経済・文化活動の振興、国際相互理解と平和への貢献に資する存在であると位置付けられており、2025年改正ではウェルビーイングや多様性、気候変動への配慮など現代的課題をスポーツ政策に取り込む方向が強められた。


第1条を軽視した場合に起こりうる不祥事・法的リスク

第1条を「理念規定だから関係ない」と軽視すると、以下のような不祥事・法的リスクが現実化しやすくなる。

1 ハラスメント(暴力・パワハラ・セクハラ等)

  • 指導者の優越的地位を背景とした暴言・暴力・過度な体罰
    スポーツ基本法改正では、ハラスメント防止やアスリートの権利保護が重要課題とされており、国・自治体・スポーツ団体に対策の義務・努力義務が課されている以上、放置は組織の責任問題となる。
  • 性的ハラスメントや盗撮、SNSでの誹謗中傷への不十分な対応
    改正法はネット中傷や性的被害への対応にも言及しており、適切な相談窓口・通報制度がない団体は、被害拡大や損害賠償請求リスクを抱えることになる。

2 不正経理・公的資金の不適切使用

  • 補助金・委託費の不正使用、領収書の架空計上・二重計上
    改正スポーツ基本法は、公正性・ドーピング防止と併せて、公的資金の適切な使途やスポーツ団体のガバナンス強化を求める方向を打ち出している。
  • 第三者委員会の不設置・形骸化
    外部の専門家を含む第三者委員会を設置せず、内部で不正を覆い隠す体質がある場合、後に発覚した際の社会的非難と制裁は極めて大きくなる。

3 不透明な選考・代表選出・起用

  • 日本代表・プロ契約・レギュラー争い等における、説明のない選考・えこひいき
    改正法はスポーツの公正・公平の確保を新たな条文として明文化し、関係団体に周知されている。
  • 特定の学校・クラブ・地域に偏った選考
    公正な手続・説明責任を欠く選考は、選手・保護者・関係者からの異議申立てや訴訟に発展し、団体の信頼を根底から揺るがす。

4 安全配慮義務違反(熱中症・気候変動リスク)

  • 真夏の高温時における無理な練習・試合強行
    改正法は、気候変動とスポーツの安全性との関係に触れ、熱中症対策等を含む事故防止が求められる内容となっている。
  • 異常気象時の大会中止判断の遅れ
    「総合的かつ計画的」なリスクマネジメントを怠ることは、重大事故発生時の法的責任(損害賠償請求)に直結しうる。

5 組織全体のガバナンス不全

  • 意思決定プロセスの不透明さ、理事会によるチェック機能の形骸化
    第1条が求める「総合的かつ計画的」な施策の推進を、理事会が自らの統治責任として自覚していない場合、トップ人事・資金配分・不祥事対応などで重大な誤りを繰り返す。
  • 内部通報の握りつぶし・報復
    スポーツを行う者の権利利益の保護を軽視し、内部通報者への不利益取扱いが横行すると、組織の中から自浄作用が失われ、外部告発・メディア報道・スポンサー離れという形で「一気に崩壊」するリスクが高まる。

必要なガバナンス体制(理事・マネジメント層が整えるべきこと)

第1条を「スポーツ団体のガバナンス設計図」と読み替えるなら、理事会・経営陣が整えるべき体制は次のとおりである。

1 理念とガバナンス規程の接続

  • 団体としての理念・ビジョンを、第1条の目的と整合させること。
  • 定款・ガバナンスコード・倫理規程・ハラスメント防止規程等に、スポーツの公正性・安全性・権利保護の観点を明示すること。
  • 理事会で毎年、「スポーツ基本法の目的に即した活動であったか」を検証する議題を設定すること。

2 理事会の監督機能の強化

  • 理事会を単なる「承認機関」ではなく、執行部を監督・牽制する機関として機能させること。
  • 不正経理・選考不透明・ハラスメント等に関する定期的な報告を義務付け、指摘と改善を求めるプロセスを整備すること。
  • 外部有識者理事や監事を適切に登用し、法的リスクやコンプライアンスに関する助言を受けられる体制を構築すること。

3 第三者委員会・調査体制

  • ハラスメントや不正の疑いが生じた場合に、迅速に第三者委員会を立ち上げられる規程と名簿を事前に整備しておくこと。
  • 調査結果と再発防止策を対外的に公表する方針をあらかじめ定め、「隠さない文化」を組織のスタンダードにすること。
  • 調査対象者の権利利益にも配慮した公平な調査手続(聴取方法、記録保存、反論機会の付与等)を設計すること。

内部通報制度のあり方(スポーツ基本法第1条を実装するしくみ)

スポーツ基本法第1条の理念を、現場レベルで具体化するためのキーデバイスが「内部通報制度」である。

1 通報窓口の設計

  • 選手・スタッフ・保護者・OB/OG等が利用できる、誰にとってもアクセスしやすい窓口を設置すること。
  • 相談・通報の受付チャネル(メール、Webフォーム、電話、対面)を複線化し、指導者や上司を経由しなくても直接アクセスできる仕組みとすること。
  • 匿名通報も受け付ける方針を検討し、内容によっては匿名でも調査・是正を行う姿勢を明示すること。

2 通報者保護と報復防止

  • 通報したことを理由とする不利益取扱い(出場機会の制限、契約打ち切り、いじめ等)を禁止する規程を明文化すること。
  • 通報受付・調査に関与する者に守秘義務を課し、情報管理のルール(保存期間、アクセス権限等)を明示すること。
  • 通報者が不利益を受けたと感じた場合に再度相談できる「二重の窓口」を用意すること。

3 外部窓口の活用

  • 内部の力学関係(上下関係・権限構造)から、内部窓口では真実が出てこない場合が多い。
  • 弁護士・認定ADR機関・コンプライアンス専門事務所等による外部通報窓口を設置することで、通報者の心理的安全性と、中立性の高い調査を確保できる。
  • 特にハラスメントや性加害などセンシティブな案件では、外部窓口の有無が、声が上がるかどうかの分かれ目となる。

元全日本高校選抜としての現場感覚(コンプライアンスとの接点)

私は高校時代、全日本高校選抜の一員として、強化合宿と選抜予選大会の舞台に立つ機会を得た。中学時代は全国大会に出場した。いずれも主将としてである。
当時、練習は「日本一を目指すならこれが当たり前である」という空気の中で行われ、今振り返れば、選手の心身の健全な発達という観点からは明らかに行き過ぎた場面もあった。

  • 怪我を押しての練習参加を「気合い」で片付ける文化
  • 成績不振の責任を一部選手に過度に押し付ける叱責
  • 授業や進路との両立が後回しにされるスケジュール

当時の私は、「これも含めてスポーツだ」と受け止めていたが、スポーツ基本法第1条が掲げる「国民の心身の健全な発達」「明るく豊かな国民生活」という視点から見れば、それは望ましいあり方とは言い難い。
競技者としての私の経験は、スポーツの現場の熱量を十分に理解しつつ、それでもなお選手の権利と安全を守るガバナンスとコンプライアンスが必要であることを、強い実感をもって物語っている。


建設・IT・自治体等での実績をスポーツ組織運営にスライドする

私はこれまで、売上高約50億・社員60名規模の建設会社や、売上高120億・社員600名規模のIT企業を含め、都道府県庁や地方公共団体での延べ850回以上のコンプライアンス研修・不祥事防止研修を実施し、ガバナンス構築や外部通報窓口の受託を行ってきた。
これらの業界でも、共通するキーワードは「公正性」「透明性」「説明責任」であり、不正経理・ハラスメント・情報漏えいといったリスクは、スポーツ界と本質的に同じ構造を持つ。

  • 建設会社では、公共工事の入札・下請け取引における公正性が問われる。
  • IT企業では、個人情報保護・知的財産・ハラスメント・長時間労働など多様なリスクが交錯する。
  • スポーツ団体では、選考の公正性、指導現場のハラスメント、公費・スポンサー資金の適正な管理が問われる。

「取引の適正化(取適法)」の観点で企業ガバナンスを整備してきた経験は、そのまま「スポーツ組織の運営の適正化」に転用可能である。
スポーツ基本法第1条が求める「総合的かつ計画的」な施策推進を、企業ガバナンスのノウハウと結びつけて設計することで、競技団体・プロチーム・大学・高校部活動のガバナンスレベルを、一段上に引き上げることができる。


中川総合法務オフィスが提供できる支援メニュー

スポーツ基本法第1条の目的を実務に落とすために、以下の支援を提供することができる。

1 ガバナンス構築コンサルティング

  • 理事会・執行部の役割分担と監督機能の設計
  • 定款・ガバナンスコード・倫理規程・ハラスメント防止規程等の整備・改訂
  • 第三者委員会・アドバイザリーボードの設計と運用支援

2 コンプライアンス研修(理事・マネジメント層向け)

  • スポーツ基本法改正のポイントとスポーツ庁の方針を踏まえた研修プログラムの設計・実施。
  • ハラスメント防止、公正な選考プロセス、内部通報制度の活用等をテーマとしたケーススタディ型研修。
  • 強化合宿やシーズンイン前後に合わせた、指導者・スタッフ向け研修の提供。

3 外部通報窓口の受託

  • 選手・スタッフ・保護者・OB/OG等からの相談・通報を受け付ける外部窓口の設置・運営。
  • 通報内容の一次評価、必要に応じた調査支援、是正措置・再発防止策に関する助言。
  • 匿名性と中立性を確保しつつ、組織としての自浄作用を高める仕組みづくり。

スポーツ団体(競技連盟、プロチーム、大学・高校の部活動)の理事やマネジメント層として、自団体のガバナンスとコンプライアンスを一段引き上げたいと感じられたら、下記フォームから気軽に相談されたい。
問い合わせ先:https://compliance21.com/contact/

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