はじめに——「条文を読む」ことから始める
2025年6月13日、「スポーツ基本法及びスポーツにおけるドーピングの防止活動の推進に関する法律の一部を改正する法律」(令和7年法律第71号)が参議院本会議で与野党の賛成多数で可決・成立した。2011年(平成23年)の制定以来、14年ぶりとなる初の本格的改正である。同年9月1日付でスポーツ庁次長通知(スポーツ団体向け施行通知)が発出され、同日施行となった。
▼ 競技経験から見えた「組織のリスク」
全日本高校選抜としてバレーボールの強化合宿に参加していた頃、私(中川)は組織の意思決定が選手のキャリアを左右する場面を何度も目撃した。選考基準が書面で示されることはなく、誰の目にも入らない場で決まった結果だけが「発表」された。異議を唱える手段も窓口もなかった。文武両道の進学校で「スーパースター」などと呼ばれながら、私が組織に感じていたのは、「ここで起きたことを、正直に声に上げられる仕組みが存在しない」という底冷えする不安だった。
その後、建設業・IT業界・地方公共団体などで850回以上のコンプライアンス研修を積み重ねる中で確信したことがある。建設現場の下請け構造も、スポーツ組織の縦社会も、「声を上げにくい構造」という本質は同じだ、ということだ。そして、その構造を変えるのは「ルール」と「制度」しかない。その原点が今の仕事につながっている。
第2条【基本理念】逐条解説
条文(令和7年法律第71号による改正後・令和7年9月1日施行)
第二条 スポーツは、これを通じて幸福で豊かな生活を営むことが人々の権利であることに鑑み、人種、性別、年齢、障害の有無等にかかわらず、国民が生涯にわたりあらゆる機会とあらゆる場所において、自主的かつ自律的にその適性及び健康状態に応じて行うことができるようにすることにより、多様な国民一人一人が生きがいを持ち幸福を享受できるようにするとともに、豊かさを実感できる社会を実現することを旨として、推進されなければならない。
改正で追加された文言の確認
改正前の第2条第1項には「多様な国民一人一人が生きがいを持ち幸福を享受できるようにするとともに、豊かさを実感できる社会を実現することを旨として」という文言が存在しなかった。改正法要綱(衆議院公表)によれば、「多様な国民一人一人の生きがい及び幸福の実現等」(第2条第1項関係)として、この旨が追加されたことが明記されている。
実務上の意味
「権利」という文言は法的に重い意味を持つ。スポーツへの参加を不当に妨げる行為——指導者によるハラスメントで選手が練習・競技への参加を断念するケース——は、この「権利」の侵害として、民事上の不法行為(民法709条)の問題になりうる。「旨として推進されなければならない」という文言は、国・地方公共団体・スポーツ団体に対する行動規範としての性格を持つ。
第2条第2項【青少年スポーツと人格形成・連携義務】
2 スポーツは、とりわけ心身の成長の過程にある青少年のスポーツが、体力を向上させ、公正さと規律を尊ぶ態度や克己心を培う等人格の形成に大きな影響を及ぼすものであり、国民の生涯にわたる健全な心と身体を培い、豊かな人間性を育む基礎となるものであるとの認識の下に、学校、スポーツ団体、家庭及び地域における活動の相互の連携を図りながら推進されなければならない。
実務上の意味
「人格の形成に大きな影響を及ぼすもの」という認識は、指導者に求められる高い倫理水準の根拠となる。「学校、スポーツ団体、家庭及び地域の相互の連携」が求められているため、部活動内の不祥事について「学校だけの問題」「顧問個人の問題」として切り離すことは、この条文の趣旨に反する。大学・高校の運動部において指導者による体罰・暴言が発生した場合、組織(学校・スポーツ団体)としての安全配慮義務違反(民法415条)が問われうる。
第2条第3項【地域振興】
3 スポーツは、人々がその居住する地域において、主体的に協働することにより身近に親しむことができるようにするとともに、これを通じて、当該地域における全ての世代の人々の交流が促進され、かつ、地域間の交流の基盤が形成されるものとなること等により、地域振興に資するよう推進されなければならない。
改正で追加された文言の確認
改正法要綱は「スポーツによる地域振興の推進(第2条第3項関係)」として、「スポーツは、地域振興に資するよう推進されなければならない旨を追加すること」と明記している。改正前の条文にはなかった「地域振興に資するよう」という目的規定が明文化された。
実務上の意味
部活動の地域移行(中学生の地域スポーツクラブへの移行)は、この条文の理念に直結する。地域スポーツクラブを新たに運営する団体にとっては、「地域振興に資する」という法的な役割を担っていることの自覚と、それに見合うガバナンス体制の整備が求められる。
第2条第4項【心身の健康保持と安全の確保】
4 スポーツは、スポーツを行う者の心身の健康の保持増進及び安全の確保が図られるとともに、これを通じて、健康で活力に満ちた長寿社会の実現に資するよう推進されなければならない。
改正で追加された文言の確認
改正法要綱は「スポーツによる健康で活力に満ちた長寿社会の実現(第2条第4項関係)」として、「健康で活力に満ちた長寿社会の実現に資するよう推進されなければならない旨を追加すること」と明記している。
実務上の意味
「安全の確保」は文言上、努力目標ではなく「図られる」べき状態として規定されている。スポーツ事故(熱中症死亡事故、施設の瑕疵による負傷等)が発生した際、安全確保を怠ったスポーツ団体・指導者は、民法415条・709条・717条(工作物責任)に基づく損害賠償責任を問われうる。なお、第14条第2項(基本的施策の節)において、「国及び地方公共団体は……気候の変動への対応に特に留意しなければならない」と明文化されており(改正で追加)、熱中症対策の法的根拠が強化されている。
第2条第5項【共生社会の実現】
5 スポーツは、障害者をはじめとする全ての国民が自主的かつ積極的にスポーツを行うことができるよう、障害の種類及び程度その他の事由に応じ必要な配慮をしつつ、共生社会の実現に資することを旨として、推進されなければならない。
改正で追加された文言の確認
改正法要綱は「スポーツによる共生社会の実現(第2条第5項関係)」として、「共生社会の実現に資することを旨として推進されなければならない旨を追加すること」と明記している。
実務上の意味
障害者差別解消法(令和6年の民間事業者への合理的配慮の義務化)と連動して読むべき条文である。障害のある選手・参加者への「必要な配慮」を怠ることは、この条文の趣旨に反するだけでなく、障害者差別解消法上の問題ともなりうる。
第2条第6項【競技水準の向上とデフリンピックの追加】
6 スポーツは、我が国のスポーツ選手が国際競技大会(オリンピック競技大会、パラリンピック競技大会、デフリンピック競技大会、スペシャルオリンピックス世界大会その他の国際的な規模のスポーツの競技会をいう。以下同じ。)又は全国的な規模のスポーツの競技会において優秀な成績を収めることができるよう、スポーツに関する競技水準(以下「競技水準」という。)の向上に資する諸施策相互の有機的な連携を図りつつ、効果的に推進されなければならない。
改正で追加された文言の確認
改正法要綱は「国際的な規模のスポーツの競技会の例示の追加(第2条第6項関係)」として、「デフリンピック競技大会」および「スペシャルオリンピックス世界大会」を明示的に追加したことを明記している。これは改正法の重要な変更点の一つである。※デフリンピックとは、おおむね4年に1回の頻度で開催されてきた聴覚障碍者のための世界規模の総合スポーツ競技大会である。大会名は「聾者+オリンピック」の造語で「聾者のオリンピック」という意味を持つ。wiki
実務上の意味
国際大会への選手派遣・選考は、この条文が定める「競技水準の向上」の中核をなす。選考プロセスが不透明であり、合理的理由のない排除が行われた場合、選手からの不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)のリスクが生じる。選考基準の書面化・公開・記録の保存が、リスク回避の基本的手段となる。
第2条第7項【国際交流と国際平和への貢献】
7 スポーツは、スポーツに係る国際的な交流及び貢献を推進することにより、国際相互理解の増進及び国際平和に寄与するものとなるよう推進されなければならない。
実務上の意味
国際大会に選手を派遣するスポーツ団体は、国際的な文脈でも組織のインテグリティ(誠実性・公正性)を問われる立場にある。差別的言動・ドーピング・不正操作が国際社会に知れわたれば、スポンサー離れ・国際競技団体からの処分という深刻な経営リスクに直結する。
第2条第8項【差別的取扱いの禁止とドーピング防止——今回改正の核心】
8 スポーツは、障害者基本法(昭和四十五年法律第八十四号)、男女共同参画社会基本法(平成十一年法律第七十八号)、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(令和五年法律第六十八号)その他の関係法律の規定を踏まえ、スポーツを行う者に対し、不当に差別的取扱いをせず、また、スポーツに関するあらゆる活動を公正かつ適切に実施することを旨として、スポーツにおけるドーピングの防止に関する国際規約その他関係法律の規定を踏まえ、ドーピングの防止の重要性に対する国民の認識を深めるなど、スポーツに対する国民の幅広い理解及び支援が得られるよう推進されなければならない。
改正で追加された文言の確認
改正法要綱(第2条第1項及び第8項関係)は、以下の2点を「追加」として明記している。
第一に、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(令和5年法律第68号)その他の関係法律の規定を踏まえ、スポーツを行う者に対し、不当に差別的取扱いをすることのないよう推進されなければならない旨」を追加すること。
第二に、「スポーツにおけるドーピングの防止に関する国際規約その他関係法律の規定を踏まえ、ドーピングの防止の重要性に対する国民の認識を深めるなど、スポーツに対する国民の幅広い理解及び支援が得られるよう推進されなければならない旨」を追加すること。
実務上の意味
「不当に差別的取扱いをせず」という文言は、「正当な理由のない差別は法の趣旨に反する」ことを基本理念として明示したものである。LGBTQアスリートへの不当な扱い、女性選手への性的言動、障害を理由とした排除が、この条文の趣旨違反として問題となりうる。
第3条【国の責務】逐条解説
第三条 国は、前条の基本理念(以下「基本理念」という。)にのっとり、スポーツに関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。
実務上の意味
「責務を有する」は、努力義務ではなく義務規定である。国の責務に基づく施策(スポーツ基本計画・補助金・ガバナンス指針等)は、スポーツ団体が「施策の受け手」として機能するための前提として機能する。国からの助成を受けるスポーツ団体には、その施策の趣旨に沿った組織運営が当然に求められる。
第3期スポーツ基本計画(2022〜2026年度、スポーツ庁策定)には「スポーツ団体のガバナンス改革・経営力強化」が明示されており、国の施策の方向性はガバナンス整備にある。
第4条【地方公共団体の責務】逐条解説
第四条 地方公共団体は、基本理念にのっとり、スポーツに関する施策に関し、国との連携を図りつつ、自主的かつ主体的に、その地域の特性に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。
実務上の意味
地方公共団体の「責務」規定であり、こちらも義務規定である。自治体から補助金を受けている都道府県・市区町村のスポーツ協会・体育協会等は、自治体が施策を実施する上での実施主体として機能しており、補助金の目的外使用(不正経理)は、補助金適正化法上の返還義務・刑法上の詐欺罪等の問題となりうる。監事機能が形骸化している団体では、補助金の私的流用が発覚するリスクが高い。
第5条【スポーツ団体の努力】逐条解説
条文(全文)
第五条 スポーツ団体は、スポーツの普及及び競技水準の向上に果たすべき重要な役割に鑑み、基本理念にのっとり、スポーツを行う者の権利利益の保護、心身の健康の保持増進及び安全の確保に配慮しつつ、スポーツの推進に主体的に取り組むよう努めるものとする。
2 スポーツ団体は、自主的かつ自立的にスポーツの振興のための事業を行うことができるよう、その運営基盤を強化し、健全な運営の確保を図るよう努めるものとする。
改正で追加・整備された内容の確認
改正法要綱(第5条新第2項関係)は、「スポーツ団体は、自主的かつ自立的にスポーツの振興のための事業を行うことができるよう、その運営基盤を強化し、健全な運営の確保を図るよう努めるものとすること」を新たに追加した旨を明記している。
第1項は改正前から「スポーツを行う者の権利利益の保護」を明示しており、今回の改正でこの規定は維持されつつ、第2項として「運営基盤の強化」と「健全な運営の確保」が条文上に加わった。
改正前の第5条第2項には「遵守すべき基準の作成」「運営の透明性の確保」が既に存在していた。今回の改正はその内容を削除して第29条の5第2項へ移設・拡充し、第5条第2項は「運営基盤を強化し、健全な運営の確保を図るよう努めるものとする」という新たな内容に全面改訂された。
規定の性格——「努めるものとする」の意味
第5条の義務水準は「努めるものとする」(努力義務)である。第3条・第4条の「責務を有する」(義務規定)とは異なる。ただし、努力義務であることは「やらなくてよい」を意味しない。後述する第29条第2項のスポーツ団体の暴力等防止義務も「努めるものとする」だが、これを怠って実害が生じた場合には民事責任が問われうる。また、国から交付される補助金・助成金の要件として、ガバナンス整備が実質的に条件化されている場面は多い。
第5条を軽視した場合に起こりうる不祥事と法的リスク
条文が定める「権利利益の保護」「安全の確保」「健全な運営」を怠った場合、以下のリスクが現実化する。
ハラスメント(パワハラ・セクハラ・体罰)
「スポーツを行う者の権利利益の保護」に反する最も典型的な事象である。労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)は職場でのパワハラを対象とするが、コーチ・監督と選手の関係において、優越的地位を背景にした暴言・暴力・不当な処遇は、民法709条の不法行為・同415条の安全配慮義務違反として損害賠償の対象になる。組織が「知らなかった」「個人の問題だ」という対応では、使用者責任(民法715条)を免れない。
不正経理(補助金・協賛金の私的流用)
「健全な運営の確保」に直接関わる問題である。スポーツ団体の財務は、会計規程の整備・監事による独立した監査が機能していないと、架空領収書・目的外流用が表面化しにくい構造になりがちである。発覚した場合は、刑法247条(背任罪)、補助金適正化法上の返還義務、場合によっては刑法249条(恐喝)・246条(詐欺)が問題となる。
不透明な選考(選考基準の非公開・恣意的運用)
「スポーツを行う者の権利利益の保護」と、第2条第6項が定める競技水準向上のための「有機的な連携」に反する問題である。選考基準が書面化されておらず、一部の関係者の意向で結果が覆されるような選考は、選手からの不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求リスクをはらむ。基準の書面化・公開・選考過程の記録保存が防御の要件となる。
安全管理の不備による重大事故
第2条第4項・第14条が「安全の確保」を求めており、その具体化として、スポーツ団体も安全管理規程の整備を求められる。規程なき運営の下で熱中症死亡事故・施設事故が発生すれば、注意義務違反(民法709条・415条)は免れ難い。
第6条【国民の参加及び支援の促進】逐条解説
第六条 国、地方公共団体及びスポーツ団体は、国民が健やかで明るく豊かな生活を享受することができるよう、スポーツに対する国民の関心と理解を深め、スポーツへの国民の参加及び支援を促進するよう努めなければならない。
実務上の意味
「努めなければならない」は、第5条の「努めるものとする」よりも強い表現である。スポーツ団体が「国民の支援」を得るためには、組織運営の透明性が前提となる。不祥事を起こして社会的信頼を失えば、スポンサー収入・チケット収入・寄付が激減するという経営上のリスクは、この条文の趣旨から導かれる。情報公開・説明責任の徹底が、この条文を遵守するための実務的手段となる。
第7条【関係者相互の連携及び協働】逐条解説
第七条 国、独立行政法人、地方公共団体、学校、スポーツ団体及びスポーツ、文化芸術その他の分野の民間事業者その他の関係者は、基本理念の実現を図るため、相互に連携を図りながら協働するよう努めなければならない。
改正で追加された文言の確認
改正法要綱(第7条関係)は、「国等が連携を図る関係者として、スポーツ、文化芸術その他の分野の民間事業者を明記すること」と明示している。従来の条文には「民間事業者」の文言がなかった。
実務上の意味
スポーツビジネスに参入する民間企業が「協働者」として法的に位置づけられた。スポンサー企業は、提携先スポーツ団体のコンプライアンス状況を確認する動機を持つことになる。不祥事を起こした団体とのスポンサー契約継続は、企業側のレピュテーションリスクに直結するため、スポーツ団体のガバナンス整備は「外部からの契約継続条件」としても機能するようになる。
第8条【法制上の措置等】逐条解説
第八条 政府は、スポーツに関する施策を実施するため必要な法制上、財政上又は税制上の措置その他の措置を講じなければならない。
実務上の意味
「講じなければならない」は義務規定である。国が財政措置・法制措置・税制措置を講じる根拠条文であり、スポーツ振興くじ(toto)収益の助成、スポーツ施設整備補助、競技団体への強化費等はすべてこの条文を法的根拠の一つとしている。公金を受けるスポーツ団体は、その使途を透明に管理・報告する公的アカウンタビリティを負う立場にある。
2025年改正で新設された第29条(暴力等防止)——第5条との連動
本稿は第2〜8条の解説を主眼とするが、改正の最重要点である第29条も条文を正確に示す。スポーツ団体の義務は第5条(努力義務)から第29条(以下)との連動で読むべきである。
第二十九条 国及び地方公共団体は、スポーツを行う者に対する、暴力、優越的な関係を背景とした言動であって業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、性的な言動(性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律(令和五年法律第六十七号)第二条から第六条までの罪に当たる行為を含む。)、インターネット上の誹謗中傷等(次項において「暴力等」という。)によりスポーツを行う者の環境が害されることのないよう、必要な措置を講じなければならない。
2 スポーツ団体は、その行う事業について、スポーツを行う者に対する暴力等によりスポーツを行う者の環境が害されることのないよう努めるものとする。
国・地方公共団体の第1項は「講じなければならない」(義務)、スポーツ団体の第2項は「努めるものとする」(努力義務)という構造になっている。スポーツ団体に直接の罰則規定はないが、第2項の努力義務を怠り実害が生じた場合は民事責任が問われうる。
2025年改正で新設された第29条の5(スポーツ団体の組織運営の指針・公表義務)
もう一つ重要な規定を示す。
改正法案要綱(衆議院公表)によれば、新第29条の5第2項として、以下の内容が設けられた。
スポーツ団体は、政令で定める審議会等の意見を聴いてスポーツ庁長官が定めるスポーツ団体の適正な運営に関する指針に基づき、その事業活動に関し、自らが遵守すべき基準を作成し、当該指針に従って講じた措置の状況等を公表すること等により、その運営の公正性及び透明性の確保を図るよう努めるものとすること。
ここで明確に確認できること:
この条文が定めるのは、①スポーツ庁長官が指針を定めること、②スポーツ団体が自ら遵守すべき基準を作成すること、③その措置の状況を公表することの努力義務である。「第三者委員会の設置」を義務付ける文言は、この条文にも、改正法全体のどこにも存在しない。
ガバナンス体制整備の処方箋——条文の要請に応えるために
以上の逐条解説を踏まえ、スポーツ団体が具体的に整備すべき体制を示す。いずれも、条文が定める義務・努力義務の実質的な達成手段として位置づけられる。
組織規程の整備(第5条・第29条の5関係)
定款・倫理規程・ハラスメント防止規程・選考基準規程の書面化・公開が最優先事項である。第29条の5が「自らが遵守すべき基準を作成」することを求めており、これが条文の直接的な要請となる。
コンプライアンス研修の定期実施(第5条・第29条関係)
理事・役員・指導者を対象に、年1回以上の研修を実施する。研修を通じて「スポーツを行う者の権利利益の保護」(第5条第1項)と「暴力等の防止」(第29条)の趣旨を組織全体に浸透させることが、努力義務の実質的な達成につながる。
外部通報窓口の整備(第5条・第29条の5関係)
第29条の5が「運営の公正性及び透明性の確保」を求めており、その手段として外部通報窓口(第三者機関への委託)が機能する。組織内の権力関係を超えて機能する窓口がなければ、ハラスメント・不正経理はいつまでも表面化しない。公益通報者保護法(令和4年改正)との整合も必要である。
財務管理の適正化(第4条・第8条関係)
自治体補助金・国庫補助の受領団体は、使途の記録・保存・報告義務を徹底する。監事機能の独立性を確保し、会計規程の整備と外部への公表を行う。
選考プロセスの文書化(第5条第1項・第2条第6項関係)
選考基準を書面で定め、選考過程を記録・保管する。基準と異なる判断をした場合はその理由を記録する。これが選手からの損害賠償請求に対する最も有効な防御となる。
まとめ
スポーツ基本法の2025年改正は、条文に即して読めば以下の点が核心である。
第一に、第2条第8項において「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」が明示的に加えられ、SOGIに基づく差別的取扱いの禁止が基本理念として法文化された。
第二に、第5条第2項が新設され、スポーツ団体の「運営基盤の強化」と「健全な運営の確保」が条文上に明示された(努力義務)。
第三に、第29条が新設され、国・地方公共団体のパワハラ・性的言動(盗撮等を含む)・誹謗中傷防止の義務と、スポーツ団体の同防止努力義務が規定された。
第四に、第29条の5第2項が新設され、スポーツ庁長官が定める指針に基づく遵守基準の作成・公表の努力義務が課された。
これらはいずれも「努力義務」にとどまるものが多いが、義務を怠り実害が生じた場合の民事責任は免れない。「法律が変わった」という事実を知るだけでなく、条文が実務に何を求めているかを理解し、組織の制度として落とし込むことが、理事・マネジメント層に求められている。
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参照した一次資料
- スポーツ庁「スポーツ基本法について」 https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop01/list/1371905.htm
- 法令文庫「スポーツ基本法(令和7年法律第71号による改正後・令和7年9月1日施行版)」 https://legaldoc.jp/elaws/elaws-view?fid=423AC1000000078_20250919_507AC1000000071&id=423AC1000000078
- 衆議院「スポーツ基本法及びスポーツにおけるドーピングの防止活動の推進に関する法律の一部を改正する法律案(要綱・本文)」(第217回国会衆法第48号) https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/youkou/g21705048.htm https://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g21705048.htm
- スポーツ庁スポーツ次長「スポーツ基本法……の公布について(通知)」(令和7年6月20日付、スポーツ団体向け) ※京都市ウェブサイト掲載の公文書として内容を確認
- 第3期スポーツ基本計画(2022〜2026年度)スポーツ庁
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