システム開発の現場では、技術的な課題に加えて、法的なコンプライアンスの問題が極めて重要な位置を占めている。中川総合法務オフィスでは、長年にわたり多様な企業との関係の中で、システム開発に関するコンプライアンス研修や法務指導を行ってきた。その経験から、システム開発における主要なコンプライアンス課題は、大きく4つの領域に分類できる。労働問題、契約問題、支払い問題、そして著作権・個人情報の問題である。

プログラムは日本の著作権法上、外国と異なり特許ではなく著作物として保護される。この点において、システム開発に関する専門書の中には、著作権法の専門家の立場から見ると疑問を感じる記述が散見される。顧問弁護士がいても、著作権法に関する専門知識が必ずしも十分でないケースも少なくない。それゆえ、この分野でのトラブルは後を絶たない。

1. 労働問題:偽装請負と働き方改革への対応

偽装請負の問題

業務委託契約においては、受託者の従業員が委託者の事業所で業務を行う場合が多々ある。ユーザー企業へのシステム保守や運用のために、ベンダーから人員が派遣されるケースである。この際、重大な法的リスクとなるのが偽装請負の問題である。

業務委託契約では、受託者の従業員は受託者との雇用関係にあり、委託者との間には労働契約が存在しない。したがって、委託者が当該従業員に対して指揮命令権を行使することは違法である。しかし、現場では委託者が勘違いして指揮命令を行うケースが散見される。これが典型的な偽装請負に該当する。

一方、労働者派遣契約の場合は、派遣先が派遣労働者に対して指揮命令権を行使することが法的に認められている。この点が業務委託契約との決定的な違いである。企業は両者の法的性質を正確に理解し、適切な契約形態を選択しなければならない。

令和5年10月には「フリーランス・事業者間取引適正化等に関する法律」(通称:フリーランス法)が成立し、令和6年11月1日に全面施行された。これにより、下請法の対象外であった個人事業主との取引についても、取引条件の明示や不当な対価減額の禁止など、より厳格な規制が適用されることとなった。システム開発における再委託先との関係においても、この新法への対応が不可欠である。

裁量労働制の適正運用

システム開発企業では、エンジニアに対して裁量労働制を採用する企業が多い。専門業務型裁量労働制は労働基準法で認められているが、その導入には適切な労使委員会の設置など、厳格な要件を満たす必要がある。

裁量労働制を採用すると、どうしても労働時間が長時間化する傾向がある。システム開発業界は従来から残業が多く、過労死問題も発生してきた経緯がある。

働き方改革と残業規制

働き方改革関連法により、時間外労働の上限規制が強化された。原則として月45時間、年360時間が上限となり、特別条項付36協定を締結した場合でも、年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間以内という厳格な上限が設けられた。

この規制は大企業では2019年4月から、中小企業では2020年4月から適用されている。違反した場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という刑事罰が科される可能性がある。労働基準監督署も厳しく監視しており、マスコミの関心も高い。企業は労働時間管理の徹底と、業務効率化による実質的な労働時間削減が求められている。

2. 契約問題:民法改正と検収の重要性

準委任契約における納品責任

2020年4月施行の改正民法により、準委任契約に新たな規定が追加された。従来の準委任契約は、委任された業務を履行すれば報酬を得られる契約形態であった。これに対し請負契約は、成果物の完成が報酬支払いの条件となる。

システム開発では多額の費用が投じられるため、成果物完成時には数千万円から数億円の支払いが必要となることも珍しくない。そこで民法改正により、履行割合型と成果物完成型の中間的な納品責任の「成果完成型」の準委任契約が認められることとなった。これは一定の成果物の納品に対して報酬が発生する契約類型であり、システム開発の実態に即した規定といえる。

検収における責任の所在

システム開発において特に重要なのが検収という作業である。建築物であれば目視で確認できるが、プログラムの場合は機能や品質の確認に専門的な検証が必要となる。

検収前と検収後では責任の所在が大きく異なる。検収前は受託者が成果物を完成させて委託者に納める責任を負う。しかし一旦検収が完了し委託者が受領した後は、責任の多くは委託者側に移転する。

契約不適合責任

改正民法により、従来の瑕疵担保責任は契約不適合責任へと変更された。これは民法の契約法における一般原則であるが、契約書の中で当事者間の合意により詳細を定めることができる。システム開発契約においては、契約不適合責任の範囲、期間、修補の方法などを契約書で明確に規定することが極めて重要である。

損害賠償責任についても同様で、契約書における明確な規定が紛争予防の鍵となる。

3. 支払い問題:先行着手と中間払いのリスク

先行着手の法的リスク

システム開発は完成までに相当の期間を要する。そのため、正式な契約書の作成前に「先行着手しようではないか」という話になることがある。委託者からの指示や仮発注書を受けて、契約書作成を待たずに開発を開始するケースである。

しかし、プロジェクトが途中で頓挫したり、別の会社に依頼することになった場合、既に行った作業に対する支払いを確実に受けられるとは限らない。仮発注書には法的な約因(コンシダレーション)が不十分であり、正式な契約とは認められない可能性が高い。

先行着手を行う場合でも、最低限、作業範囲と報酬を明記した書面を交わすことが不可欠である。口頭での合意や曖昧な仮発注書だけでは、法的保護を受けることは困難である。

着手金・中間払いの取扱い

着手金や中間払いについても同様の問題がある。請負契約は成果物の完成を目的とした契約であり、原則として成果物の納品後に報酬が支払われる。したがって、着手金や中間払いを受けるためには、契約書で明確に規定しておく必要がある。

現代のコンプライアンス重視の企業経営において、契約書に明記されていない支払いを行うことは、むしろコンプライアンス違反となる。受託者側は契約締結時に着手金や中間払いの条項を盛り込むことが重要である。

途中解約と損害賠償

プロジェクトが途中で解約された場合、それまでに実施した作業に対する報酬を請求できるか。これは民法の過失責任原則に基づき判断される。故意または過失が認められない限り、損害賠償を請求することは困難である。

ただし、途中までの成果物が一定の機能を有し、委託者が利用可能な状態であれば、その部分について報酬を請求できる可能性がある。例えば、3つの工場向けシステムのうち1つが完成し稼働可能であれば、その部分の対価は認められる可能性が高い。

4. 著作権・個人情報保護:現代的課題への対応

プログラムの著作権

日本の著作権法において、プログラムは著作物として保護される。著作権法第10条第1項第9号に「プログラムの著作物」として明記されており、創作時点から当然に著作権の保護対象となる。

プログラムが著作物として保護されるためには、「思想又は感情を創作的に表現したもの」である必要がある。ありふれた表現のプログラムは著作権の保護対象とならないが、システム開発における実務的なプログラムは相当の長さと独自性を有することが多く、著作物性が認められる可能性は高い。

重要なのは、プログラムの著作権は原則として創作者に帰属するという点である。企業が対価を支払って外部に開発を委託し、成果物を納品された場合でも、著作権は自動的には移転しない。著作権を委託者に移転させるためには、契約書で明確に著作権譲渡を規定する必要がある。

職務著作の場合は法人に著作権が帰属するが(著作権法第15条第2項)、業務委託先の個人事業主が作成したプログラムは職務著作には該当しない。契約書での著作権の取扱いが極めて重要となる。

個人情報保護法の最新動向

個人情報保護については、官民ともに「容易照合性」が判断基準となる。容易に照合できれば個人情報に該当する。マイナンバーなどの個人識別符号も個人情報に含まれる。

2024年4月には個人情報保護法施行規則が改正され、不正の目的をもって行われた漏えい等については、「個人データ」だけでなく、個人データとして取り扱われることが予定されている「個人情報」についても、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務化された。これは主にウェブスキミング対策として導入された規制である。

システム開発の現場では、開発途中のプログラムを自宅に持ち帰って作業することもあり、個人情報漏洩のリスクが常に存在する。加えて、近年はランサムウェアをはじめとするサイバー攻撃が激化している。ハッカーからの攻撃に対する防御体制の構築が喫緊の課題となっている。

2024年6月には個人情報保護委員会が「個人情報保護法いわゆる3年ごと見直しに係る検討の中間整理」を公表し、課徴金制度の導入や、団体による差止請求制度・被害回復制度の創設などが検討されている。2025年の法改正に向けた議論が進行中であり、企業は継続的に最新動向を注視する必要がある。

生成AIと著作権

現代では生成AIの利活用が急速に進展しているが、企業の法務部門や弁護士においても著作権法の知識が十分でない場合が多い。AIが生成した成果物の著作権の帰属、学習データの利用における著作権侵害の有無など、新たな法的課題が次々と生じている。

こうした最新の技術動向と法規制の関係について、専門的知見に基づく適切な判断が求められている。

まとめ:総合的なコンプライアンス体制の構築

システム開発におけるコンプライアンスは、労働法、契約法、著作権法、個人情報保護法など、多岐にわたる法分野の知識を必要とする。それぞれの法規制が相互に関連し、実務上の判断を複雑にしている。

企業は単に法令を遵守するだけでなく、契約書の適切な作成、社内規程の整備、従業員教育の徹底など、総合的なコンプライアンス体制を構築することが不可欠である。特にシステム開発業界においては、技術革新のスピードが速く、法規制も頻繁に改正されるため、継続的な知識のアップデートが求められる。

働き方改革、個人情報保護、サイバーセキュリティなど、社会的関心の高い分野においては、法令違反が即座に企業の信頼を失墜させる。予防法務の観点から、事前に適切な体制を整えることが経営の根幹をなすものといえよう。


中川総合法務オフィスのコンプライアンス支援

中川総合法務オフィスの代表・中川恒信は、850回を超えるコンプライアンス研修を担当してきた実績を持つ。企業不祥事の再発防止に向けたコンプライアンス態勢の再構築、内部通報制度の外部窓口としての実務経験も豊富である。マスコミからも不祥事企業の再発防止策について意見を求められることが多く、実務と理論の両面から企業のコンプライアンス強化を支援している。

システム開発におけるコンプライアンスの問題は、法律的な専門知識だけでなく、業界の実情や技術的な理解も必要とする。中川総合法務オフィスは、法律、経営、さらには哲学思想や人文科学、自然科学にわたる幅広い教養を基盤として、企業が直面する複雑な課題に対して実践的な解決策を提供している。

研修費用:1回30万円

システム開発のコンプライアンスに関する研修、コンサルティングをご希望の企業様は、ぜひ中川総合法務オフィスにご相談いただきたい。

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