1.コーポレート・ガバナンスと企業不祥事:過去からの警鐘と現在地

(1) オリンパス事件等の衝撃と「企業統治元年」前夜

かつて、オリンパスや大王製紙といった名門上場企業による巨額の不正経理や不適切な資金流用が相次いで発覚し、社会に大きな衝撃を与えました。これらの事件は、日本の企業統治のあり方に対する国内外からの厳しい批判を招き、会社法見直しを含む本格的なコーポレート・ガバナンス改革議論の直接的な引き金となりました。2012年3月16日の日本経済新聞朝刊が「企業統治の強化を巡る議論が膠着」と報じたように、当時、経済界を中心に改革への抵抗感が存在したことも事実です。しかし、これらの不祥事を「他山の石」とし、同様の過ちを繰り返さないための仕組み作りが急務であるとの認識は、徐々に社会全体の共通理解となっていきました。

(2) 内部統制の法的サポートと改革の胎動

企業不祥事を未然に防ぐための組織的な統治の仕組み、すなわちコーポレート・ガバナンスを法制度の面から強化し、実効性のあるものにすること。これが、一連の改革における核心的なテーマでした。会社法改正による内部統制システム構築義務の明確化などを通じて、企業が自律的に不正を抑止し、健全な成長を遂げるための基盤整備が進められようとしていました。

2.コーポレート・ガバナンス強化に向けた法制度改革の道のり

(1) 黎明期の議論:2011年法務省会社法改正案の概要

2011年12月に示された法務省の会社法改正案(企業統治のあり方に関する中間試案)は、その後の議論の叩き台となる重要な論点を含んでいました。

  • 社外取締役選任の義務付け: 監査役会設置会社等に対し、最低1名以上の社外取締役選任を義務付ける案が提示されましたが、人材確保の困難さや実効性への疑問から経済界の反発もあり、この時点では見送られました。
  • 「監査・監督委員会設置会社」制度の創設: 業務執行を行わない社外取締役を複数名選任し、取締役会の監督機能を強化する新たな機関設計として提案されました。監査・監督委員会は取締役3名以上(過半数が社外取締役)で構成され、委員は株主総会で選任されるというものです。これは、従来の委員会設置会社の活用が進んでいなかったことや、監査役会設置会社における社外取締役未選任企業が多かった状況を踏まえたものでした。
  • 社外役員の独立性強化: 社外取締役・社外監査役の要件を見直し、親会社の取締役や従業員、近親者などを利益相反の観点から除外する項目を追加する案が示されました。
  • 監査役の権限強化: 会計監査人の選定・解任・不再任に関する議案内容や報酬等の決定について、監査役(会)の同意を要するとする案などが検討されました。
  • 多重代表訴訟制度の創設: 親会社株主が子会社役員の責任を追及できる多重代表訴訟制度の導入や、親子会社間の利益相反取引における子会社少数株主保護のための明文規定創設も提案されました。

これらの提案に対し、経団連や経済同友会、日本商工会議所などからは、「中小企業への影響懸念」「社外取締役の成り手不足」「多重代表訴訟による経営の萎縮」「一部の違法行為者の一般化による規制強化は経済活力を損なう」といった反対意見が強く出されました。しかし、「一部の者が法を犯すから法が不要とは言えない」という基本的な考え方のもと、コンプライアンス体制の構築は経営の必須要件であるとの認識が徐々に浸透していきました。

(2)「コーポ―レートガバナンスのあり方を考える研究会」

当時、経済産業省も「コーポ―レートガバナンスのあり方を考える研究会」を発足させ(平成27年7月24日に「とりまとめ」公表)、多角的な検討が進められました。

3.コーポレートガバナンス・コードの策定と度重なる改訂

大きな転換点となったのが、2015年6月の「コーポレートガバナンス・コード」の策定・適用開始です。これは金融庁と東京証券取引所が共同で取りまとめたもので、上場企業に対し「コンプライ・オア・エクスプレイン」(原則を実施するか、実施しない場合はその理由を説明する)を求めるものです。法的拘束力はないものの、上場規則を通じて事実上の規範として機能し、日本の企業統治に大きな影響を与えました。

その後、経済社会情勢の変化や国際的な動向を踏まえ、コーポレートガバナンス・コードは2018年、そして2021年に大きな改訂が行われています。

  • 2018年改訂: CEOの選任・解任に関する客観性・透明性の確保、政策保有株式の縮減、取締役会の多様性(女性・外国人等)の確保などが盛り込まれました。
  • 2021年改訂: 特に重要な改訂であり、以下の点が強調されました。
    • 取締役会の機能発揮: プライム市場上場企業に対し、独立社外取締役を3分の1以上(場合によっては過半数)選任することや、指名委員会・報酬委員会の設置(または独立社外取締役が過半数を占める任意の諮問委員会の活用)を求めるなど、取締役会の独立性と監督機能の一層の強化が図られました。
    • 中核人材の多様性確保: 管理職における多様性(女性、外国人、中途採用者)の確保に関する考え方や測定可能な自主目標の設定、その状況の開示などが求められました。
    • サステナビリティ(ESG要素を含む)課題への積極的対応: 気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮、公正・適切な処遇など、サステナビリティを巡る課題に積極的に取り組むべきことが明記され、TCFD「Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)」またはそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動関連のリスク・収益機会に関する情報開示の質と量の充実が求められました。

これらの改訂は、企業が短期的な収益追求だけでなく、中長期的な企業価値向上と持続可能な社会の実現に貢献することへの要請が高まっていることを反映しています。また、2025年4月からはプライム上場企業に対し、決算情報や適時開示情報について日本語と同時に英語による開示が義務付けられるなど、グローバルな投資家との対話を意識した情報開示の充実も進められています。

4.関連する会社法改正と近年の企業不祥事の傾向

コーポレートガバナンス・コードと両輪で進められてきたのが会社法改正です。2014年改正では、社外取締役の選任努力義務化(その後、2019年改正で上場会社等に義務化)、監査等委員会設置会社制度の導入などが実現しました。また、2019年改正では株主総会資料の電子提供措置や取締役の報酬に関する規律整備なども行われました。

しかし、こうした制度改革が進む一方で、企業の不正・不祥事は依然として後を絶ちません。近年の傾向としては、以下のような点が指摘されています。

  • 不正の巧妙化・潜在化と内部通報の重要性: 品質不正や検査データの改ざん、複雑な会計不正など、手口が巧妙化し、発覚が遅れるケースが見られます。一方で、公益通報者保護法の改正もあり、内部通報が不正発覚の重要な契機となるケースが増加しています。実効性のある内部通報制度の運用が、これまで以上に重要です。2025年6月通常国会では、刑罰による報復禁止などの公益通報者保護法改正がなされます。
  • 「属人的な業務運営」のリスク: 特定の個人に業務が集中し、チェック機能が働かない「ブラックボックス化」が不正の温床となるケースが依然として多く見られます。
  • 経営層の関与とガバナンス不全: 依然として経営トップや幹部が関与する重大な不正が発生しており、取締役会の監督機能が十分に果たされていない事例も散見されます。
  • サプライチェーンや海外子会社におけるリスク: グローバル化の進展に伴い、サプライチェーン全体や海外子会社における人権侵害、環境汚染、贈収賄などのリスク管理の重要性が増しています。
  • 情報セキュリティとデータプライバシー: サイバー攻撃による情報漏洩や、個人情報の不適切な取り扱いも、企業価値を大きく毀損するリスクとして顕在化しています。

これらの不祥事発生時には、迅速かつ透明性の高い情報開示と、実効性のある再発防止策の策定・実行が厳しく求められます。隠蔽や対応の遅れは、企業の社会的信用をさらに失墜させることになります。

5.形骸化させない真の不祥事防止体制構築への提言

コーポレート・ガバナンス改革は、制度を整えるだけでは不十分です。「仏作って魂入れず」では意味がありません。重要なのは、その精神を組織の隅々にまで浸透させ、実質的なコンプライアンス経営を確立することです。

中川総合法務オフィスは、企業が真に実効性のある不祥事防止体制を構築し、持続的な成長を遂げるためには、以下の点が不可欠であると考えます。

  1. トップの揺るぎないコミットメントと企業風土の醸成: 経営トップ自らがコンプライアンスの重要性を繰り返し発信し、率先垂範する姿勢を示すことが全ての出発点です。「不正を許さない」「正直者が馬鹿を見ない」という企業文化を粘り強く醸成していく必要があります。コンプライアンス研修に社長が参加しないようでは困ります。ハラスメント防止のための、アンガーマネジメント研修も取り入れましょう。
  2. 取締役会の実効的な監督機能の発揮: 社外取締役の独立性と専門性を活かし、経営陣に対する実質的な監督・牽制機能を果たせる体制を構築・運用することが重要です。単なる「お飾り」であってはなりません。
  3. リスクベース・アプローチによるコンプライアンス体制の最適化: 自社の事業特性やビジネスモデル、過去の事例などを踏まえ、優先的に対応すべきコンプライアンスリスクを特定し、それに応じた実効性の高い対策を講じるべきです。形式的なルール遵守に終始するのではなく、実質的なリスク低減を目指します。
  4. 「言うべきことが言える」心理的安全性の確保と内部通報制度の活性化: 従業員が不正やその疑いを躊躇なく報告できる心理的安全性の高い職場環境と、実効性のある内部通報制度(外部窓口の活用も含む)の整備・運用が不可欠です。通報者に対する不利益な取り扱いは厳禁です。
  5. 継続的な教育・研修と意識改革: 全役職員に対するコンプライアンス教育・研修を継続的に実施し、知識のアップデートと意識の向上を図ることが重要です。特に、管理職層のリーダーシップと危機管理能力の育成が鍵となります。
  6. 有事における迅速かつ適切な対応体制の確立: 万が一、不祥事が発生した場合に備え、事実調査、原因究明、情報開示、再発防止策の策定・実行に至るまでの危機管理体制を平時から整備しておく必要があります。

これらの取り組みは一朝一夕に達成できるものではありません。しかし、不断の努力と改善を重ねることで、企業は社会からの信頼を得て、持続的な成長を実現することができるのです。


中川総合法務オフィスは、あなたの会社のコンプライアンス経営を強力にサポートします。

企業不祥事は、その対応を誤れば、長年かけて築き上げてきた社会的信用を一瞬にして失墜させ、事業の存続すら危うくする重大な経営リスクです。しかし、適切な予防策と有事における的確な対応体制を構築することで、そのリスクは最小限に抑えることが可能です。

中川総合法務オフィスの代表、中川恒信は、これまで延べ850回を超えるコンプライアンス、ハラスメント防止、情報セキュリティ、リスク管理等の企業研修に登壇し、多くの企業の意識改革と体制整備に貢献してまいりました。また、実際に不祥事が発生した組織におけるコンプライアンス態勢の再構築支援や、複数の企業・団体における内部通報外部窓口の受託(現任)も担当しており、その実践的な知見と対応力には定評があります。

さらに、企業不祥事が発生した際には、マスコミ各社から再発防止策等に関するコメントを求められることも多く、その専門性と客観的な視点が高く評価されています。

「うちの会社は大丈夫だろうか…」「形だけのコンプライアンス体制から脱却したい」「万が一の時に、どう対応すれば良いのか不安だ」 このようなお悩みをお持ちの経営者様、コンプライアンスご担当者様は、是非一度、中川総合法務オフィスにご相談ください。

貴社の実情に合わせた最適なコンプライアンス研修の企画・実施、実践的なコンサルティングを通じて、揺るぎない信頼を築くための企業づくりを全力でサポートいたします。

コンプライアンス研修・コンサルティング費用(目安):1回あたり30万円(税別、交通費別途) ※内容、時間、対象人数等により柔軟に対応いたします。お気軽にお見積もりをご依頼ください。

お問い合わせ・ご相談は、お電話(075-955-0307)または当ウェブサイトの相談フォームより、お気軽にご連絡ください。

中川総合法務オフィスは、あなたの会社の「守りの経営」を強化し、「攻めの経営」を安心して推進できる盤石な経営基盤づくりに貢献します。

Follow me!