はじめに:グローバル化時代における食品産業のリスクマネジメントの重要性
京都の企業様の顧問をさせていただく中でも、企業の大小を問わず、海外との取引が当たり前のように検討される時代になったことを日々実感しております。このようなグローバルな事業展開において、リスクマネジメントは企業存続の生命線であり、特に食品産業においては消費者の安全と信頼に直結する最重要課題です。リスクマネジメントに関する国際標準規格であるISO31000は、特にEU諸国へ進出する際にはその対応を求められるケースが増えています。
1.食品産業におけるコンプライアンスと国際規格:FSSC22000とISO22000
(1) 国際規格への対応:グローバル市場での競争力強化
食品産業においても、国際的な標準規格への対応は避けて通れません。かつてはISO22000が主流でしたが、世界のトレンドはオランダで開発されたFSSC22000(食品安全システム認証)へとシフトしています。これらの国際規格は、食品安全マネジメントシステムの構築・運用に関する要求事項を定めており、HACCP(ハサップ)の考え方を基礎として、フードチェーン全体でのリスク管理を求めるものです。
グローバルに事業を展開する大手外食チェーンや小売業者との取引においては、FSSC22000やISO22000といった認証の取得が取引条件となる、あるいは商談を有利に進める要素となることが一般的です。これらの規格は、例えば、部外者の施設内への侵入防止策、原材料搬入口の施錠管理、従業員間のオープンなコミュニケーションを阻害するような職場環境の排除など、具体的かつ詳細な検査項目を設けています。
(2) FSSC22000の最新動向:バージョン6.0へのアップデート
FSSC22000は、食品安全を取り巻く環境の変化や新たなリスクに対応するため、継続的に改訂が行われています。直近では、2023年4月にバージョン6.0が発行され、2024年4月1日から新バージョンに基づく審査が開始、2025年3月31日までに既存認証組織は移行を完了する必要があります。
バージョン6.0では、ISO22003-1:2022(食品安全マネジメントシステムの審査及び認証を行う機関に対する要求事項)の反映、食品ロスや廃棄物管理、アレルゲン管理の強化、食品安全文化の醸成といった項目が追加・強化されました。特にアレルゲン管理については、より詳細な管理計画の策定と実施が求められています。また、フードチェーンのカテゴリー見直しや、環境モニタリングプログラムの具体化も重要な変更点です。これらの改訂は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)への貢献も意識したものとなっています。
(3) ISO22000の現状と役割
ISO22000は、「食品安全マネジメントシステム-フードチェーンに関わる組織に対する要求事項」を定める国際規格であり、2018年版が最新版として運用されています(2025年5月現在、新バージョンの開発は行われていませんが、5年ごとに見直されます)。この規格は、農業や漁業といった一次産品から、製造・加工、流通、小売、さらには関連機器や包装材の供給に至るまで、フードチェーンに直接的または間接的に関わる全ての組織を対象としています。
日本品質保証機構(JQA)の説明によれば、「さまざまな人の手が加わり、多くの工程をたどる食品製造の現場において、いつどこで食品危害が発生するかは誰にも予想できません。そこで、すべての工程を何らかの形で管理することで食の安全を守る、というのがISO22000の考え方です。」とされています。ISO22000の認証取得は、企業が食品安全ハザードを効果的に管理・統制し、ベストプラクティスを実践していることの証明となります。
2.後を絶たない日本国内の食品不祥事と求められる対策
(1) アクリフーズ農薬混入事件とその教訓
過去を振り返ると、2013年12月に発覚したマルハニチロホールディングス傘下のアクリフーズ群馬工場における冷凍食品への農薬(マラチオン)混入事件は、食品業界における内部犯行のリスクを浮き彫りにしました。この事件では、当初の会社側の説明が二転三転し、危機管理対応のまずさも露呈しました。結果として、従業員の逮捕、経営陣の引責辞任、そして会社に対する高額な損害賠償命令へと繋がりました。
このアクリフーズ社の記者会見は、危機管理広報における典型的な失敗例として、今なお多くの企業にとって重要な教訓となっています。有事の際のコミュニケーションは、平時からの訓練と準備が不可欠であることを痛感させられます。
(2) 事件の余波:製造所固有記号表示制度の見直し
アクリフーズの事件は、食品表示制度にも影響を与えました。事件発覚当初、問題となった製品がプライベートブランド(PB)商品として販売されており、製造者名が明記されていなかったため、消費者への注意喚起や製品回収に支障をきたしました。この反省から、製造所固有記号の表示ルールが見直され、原則として製造者名を表示させる方向へと転換されました。消費者庁のウェブサイト等で最新の記載基準を確認することが重要です。
(3) 近年増加する食品偽装・産地偽装問題と背景
近年、アクリフーズ事件のような悪意のある混入事件だけでなく、産地偽装や期限表示の改ざんといった食品偽装も後を絶ちません。これらの背景には、コスト削減圧力、サプライチェーンの複雑化、そして何よりも企業内のコンプライアンス意識の欠如が挙げられます。特に中小企業においては、リソース不足から十分な管理体制を構築できていないケースも見受けられます。
また、2020年6月から食品衛生法が改正され、原則として全ての食品等事業者にHACCPに沿った衛生管理が制度化されました。さらに、食品用器具・容器包装に関するポジティブリスト制度の導入(2025年6月1日施行)など、規制環境も常に変化しています。これらの法改正への適切な対応は、コンプライアンス遵守の基本です。
3.FSSC22000等の食品安全規格の国内における広がりと企業の取り組み
(1) 大手企業を中心とした認証取得の加速
FSSC22000のような国際規格の認証取得は、大手企業を中心に国内でも急速に進んでいます。例えば、キユーピーは国内外のほぼ全工場で、明治もグループの全菓子工場で認証取得を進める方針を示しました。飲料業界では、コカ・コーラグループが国内全工場で取得を完了し、サントリーホールディングス傘下のサントリー酒類も主要な蒸溜所等で認証を取得しています。
これらの動きは、欧米系の大手小売業者や外食産業が、取引先に対してより高度な食品安全管理体制を求めるようになったことが背景にあります。認証取得は、こうした要求に応えるだけでなく、自社のブランドイメージ向上やリスク低減にも繋がります。
(2) 認証取得のメリット:企業価値向上への貢献
FSSC22000やISO22000の認証を取得することには、以下のような多岐にわたるメリットがあります。
- 新規市場への参入機会拡大: グローバル展開する大手小売チェーンなどとの取引が有利になります。
- ブランドイメージ向上: 安全で高品質な食品を供給できることを客観的に証明し、消費者や取引先からの信頼を高めます。
- リスク管理体制の強化: ハザード分析やトレーサビリティシステムの構築を通じて、食品事故のリスクを最小化します。
- コスト削減: 製造物責任リスクやリコール発生時の損害を低減し、不良品の削減や監査コストの効率化にも繋がります。
- 法令遵守体制の確立: 最新の法規制への対応を促進し、コンプライアンス体制を強化します。
(一部、日本能率協会審査登録機構(JMAQA)の情報を参考にしています。)
4.未来志向の「食のリスクマネジメント」と企業成長
食品産業を取り巻くリスクは、原材料の汚染、製造工程でのミス、サプライチェーンの寸断、サイバー攻撃、そして悪意のある内部不正や外部からのテロ行為など、ますます多様化・複雑化しています。これらのリスクに効果的に対応するためには、従来の衛生管理や品質管理の枠を超えた、経営戦略と一体化した「食のリスクマネジメント」体制の構築が不可欠です。
最新のテクノロジー(AI、IoT、ブロックチェーン等)を活用したトレーサビリティの高度化、リアルタイムでの危機検知システムの導入、そして何よりも従業員一人ひとりのリスク意識とコンプライアンス遵守の精神を醸成する企業文化の育成が求められます。
おわりに:中川総合法務オフィスが提供するコンプライアンス・ソリューション
食品産業におけるコンプライアンス体制の構築、そして「食のリスクマネジメント」の導入と実践は、一朝一夕に達成できるものではありません。しかし、これらは企業の持続的な成長と社会からの信頼を得るために不可欠な投資です。
中川総合法務オフィス代表の中川恒信は、これまで850回を超えるコンプライアンス及びリスクマネジメントに関する研修を担当し、多くの企業の意識改革と体制構築を支援してまいりました。また、不祥事が発生した組織のコンプライアンス態勢再構築のコンサルティングにも豊富な経験を有し、内部通報制度の外部窓口も現に担当しております。その知見は、マスコミからも不祥事企業の再発防止に関する意見を求められるほどです。
貴社の状況に合わせた最適なコンプライアンス研修プログラムの策定、具体的なリスク評価と対策の導入支援、そして有事の際のクライシスコミュニケーションまで、包括的なサポートを提供いたします。
コンプライアンスに関するご相談、研修やコンサルティングのご依頼は、ぜひ中川総合法務オフィスにお任せください。
費用: 研修・コンサルティング 1回30万円(税別、交通費別途)
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