地方公共団体 パワハラ判例…川崎市水道局いじめ自殺事件東京高裁H15/3/25判決

この事件は、パワーハラスメントが地方公共団体で行われていることを認めた嚆矢となる判決である。

◆東京高裁 平15.3.25判決 平14(ネ)4033号(一審=横浜地裁川崎支部平14.6.27判決)

【事案の概要】

本件は,原告らの長男であるeが被告川崎市の水道局工事用水課に勤務中,同課課長である被告b,同課係長である被告c及び同課主査である被告dのいじめ,嫌がらせなどにより精神的に追い詰められて自殺したとして,原告らが,被告川崎市に対し,国家賠償法又は民法715条に基づき損害賠償を,被告b,同c及び同dに対し,同法709条,719条に基づき損害賠償をそれぞれ求めた事案

【判決のポイント】

「…一郎の病名は心因反応又は精神分裂病とするのが妥当と思われるが,精神分裂病はICD-10による上記分類のF2に当たるから,上記判断と同じく,一郎に対するいじめと精神分裂病の発症・自殺との間には事実的因果関係が認められる。

この点につき第1審被告は,精神分裂病は内因性(目覚し時計がひとりでに鳴るように,内から起こる意)の精神疾患であり,何らかの原因(出来事)によって発症するものではないから,いじめと一郎の精神分裂病の発症との間には事実的因果関係がない旨主張する。

しかしながら,第1審被告が引用する「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(平成11年9月14日付け労働基準局長通達)においても,業務の強い心理的負荷(職場における人間関係から生じるトラブル等,通常の心理的負荷を大きく超えるものについて考慮するものとされている。)により精神障害(ICD-10の分類によるもの)を発病する場合があるものとされ,業務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し,原則として業務起因性が認められるものとされているのであって,上記主張を採用することはできない。

もっとも 健常者であればその(ママ)ほど心理的負荷を感じない他人の言動であっても,精神分裂病等の素因を有する者にとっては強い心理的負荷となり,心因反応ないし精神分裂病の発症・自殺という重大な結果を生じる場合があり,この場合に,加害者側が被害者側に生じた損害の全額を賠償すべきものとするのは公平を失すると考えられるが,その点は,後記のとおり,過失相殺の規定を類推適用して賠償額の調整を図るべきである。

また,第1審被告は,第1審被告の職員の言動によって一郎に精神分裂病等が発症することは予見不可能であったから,仮にいじめがあったとしても,その行為と一郎の死亡(自殺)との間には相当因果関係がない旨主張するが,前記認定説示のとおり,乙山ら3名の言動が一郎に対するいじめ(不法行為)であり,その行為と一郎の心因反応ないし精神分裂病の発症・自殺との間に事実的因果関係が認められる以上,不法行為と損害(一郎の死亡)との間に相当因果関係がある(損害論の問題)というべきである。」

◆一審判決より引用

「…ア 遺書1
私,eは,工業用水課でのいじめ,b課長,c係長,d主査に対する「うらみ」の気持が忘れられません。また水道局の組しき機構の見直し,人事異動の不公平にがまんができません。そして組合(本部)もくさいものにはフタのような考え方で納得できません。最後にお世話になった方々にごめいわくをかけました。すいませんでした。お父さん,お母さん私がいなくなっても気を落さないでがんばって下さい。二十八才まで育ててくれてありがとうございました。平成八年一月三日午前三時三十分e3人の双らをうらみながら死にます。四日午後十一時四十五分
イ 遺書2
お父さん,お母さん,先立つ不幸をおゆるしください。今回の役所の事では大変めいわくをかけてしまいました。今まで28年間苦労のかけっぱなしで一度も孝行できませんでしたが,私は幸せでした。お世話になりました。
ウ 遺書3
m先生,奥様,w様,役所に入れて頂いたばかりでなく,今回のことでは大変めいわくをおかけしましたが,このような結果になってしまいました。おわびのしようもありませんが,これでおゆるし下さい。
エ 遺書4
x書記長,j支部長,k副支部長,今回のことでは大変ごめいわくをおかけしました。何度も登戸まで来て頂きはげましていただきましたが,これで限界となりました。生前のお礼を申し上げてお別れさせて頂きます。ありがとうございました。
オ 遺書5
y主菅,zさん,hさん,資材にいるころから,ほんとに良くしてもらい大変感しゃしています。

…被告bら3名のeに対するいじめの有無について
(1) 以上認定の事実関係に基づいて判断するに,

①被告bら3名が,平成7年5月1日付けで工業用水課に配転されたeに対し,同年6月ころから,聞こえよがしに,「何であんなのがここに来たんだよ。」,「何であんなのがAの評価なんだよ。」などと言ったこと,

②被告dが,fといわゆる下ネタ話をしていたとき,会話に入ってくることなく黙っているeに対し,「もっとスケベな話にものってこい。」,「f,eは独身なので,センズリ比べをしろ。」などと呼び捨てにしながら猥雑なことを言ったこと,そして,eが女性経験がないことを告げると,eに対するからかいの度合いをますます強め,被告dがfに対し,「eに風俗店のことについて教えてやれ。」「経験のために連れて行ってやってくれよ。」などと言ったこと,

③被告dが,eを「むくみ麻原」などと呼んだり,eが登庁すると「ハルマゲドンが来た。」などと言って嘲笑したこと,

④被告dが,ストレス等のためにさらに太ったeに対し,外回りから帰ってきて上気していたり,食後顔を紅潮させていたり,ジュースを飲んだり,からかわれて赤面しているときなどに,「酒をのんでいるな。」などと言って嘲笑したこと,

⑤同年9月ころになると,いじめられたことによって出勤することが辛くなり,休みがちとなったeに対し,被告bら3名は,「とんでもないのが来た。最初に断れば良かった。」「顔が赤くなってきた。そろそろ泣き出すぞ。」「そろそろ課長(被告bのこと)にやめさせて頂いてありがとうございますと来るぞ。」などとeが工業用水課には必要とされていない,厄介者であるかのような発言をしたこと,

⑥合同旅行会の際,eが,被告bら3名が酒を飲んでいる部屋に,休みがちだったことなどについて挨拶に行ったところ,被告dが,持参した果物ナイフでチーズを切っており,そのナイフをeに示し,振り回すようにしながら「今日こそは切ってやる。」などとeを脅かすようなことを言い,さらに,eに対し,「一番最初にセンズリこかすぞ,コノヤロー。」などと言ったり,eが休みがちだったことについても「普通は長く休んだら手みやげぐらいもってくるもんだ。」などと言ったことが認められる。

(2) 以上のとおり,eが工業用水課に配属になっておよそ1か月ぐらい経過したころから,内気で無口な性格であり,しかも,本件工事に関する原告a1とのトラブルが原因で職場に歓迎されていない上,負い目を感じており,職場にも溶け込めないeに対し,上司である被告bら3名が嫌がらせとして前記のような行為を執拗に繰り返し行ってきたものであり,挙げ句の果てに厄介者であるかのように扱い,さらに,精神的に追い詰められて欠勤しがちになっていたものの原告a1から勧められて同課における初めての合同旅行会に出席したeに対し,被告dが,ナイフ
を振り回しながら脅すようなことを言ったものである。
そして,その言動の中心は被告dであるが,被告b及び被告cも,被告dが嘲笑したときには,大声で笑って同調していたものであり,これにより,eが精神的,肉体的に苦痛を被ったことは推測し得るものである。
以上のような言動,経過などに照らすと,被告bら3名の上記言動は,eに対するいじめというべきである。

…(1) 被告川崎市の責任

ア 一般的に,市は市職員の管理者的立場に立ち,そのような地位にあるものとして,職務行為から生じる一切の危険から職員を保護すべき責務を負うものというべきである。
そして,職員の安全の確保のためには,職務行為それ自体についてのみならず,これと関連して,ほかの職員からもたらされる生命,身体等に対する危険についても,市は,具体的状況下で,加害行為を防止するとともに,生命,身体等への危険から被害職員の安全を確保して被害発生を防止し,職場における事故を防止すべき注意義務(以下「安全配慮義務」という。)があると解される。
また,国家賠償法1条1項にいわゆる「公権力の行使」とは,国又は公共団体の行う権力作用に限らず,純然たる私経済作用及び公の営造物の設置管理作用を除いた非権力作用をも含むものと解するのが相当であるから,被告川崎市の公務員が故意又は過失によって安全配慮保持義務に違背し,その結果,職員に損害を加えたときは,同法1条1項の規定に基づき,被告川崎市は,その損害を賠償すべき責任がある。
そこで,以下,この点について検討する。

イ 前記のとおり,eは,平成7年5月1日付けで工業用水課に配転されたが,内気で無口な性格であり,しかも,本件工事に関する原告a1とのトラブルが原因で職場に歓迎されず,また,負い目を感じ,職場にも溶け込めない状態にあった。
ところが,eが工業用水課に配転されてから1か月しか経過せず,仕事にも慣れていない時期に,上司である被告bら3名は,職員数が10名という同課事務室において,一方的に執拗にいじめを繰り返していたものであり,しかも,被告bは,同課の責任者でありながら,eに対するいじめを制止しなかった。
その結果,eは,巡回作業に出掛けても,巡回先に行かなくなったり,同課に配属されるまではほとんど欠勤したことがなかったにもかかわらず,まったく出勤できなくなるほど追い詰められ,心因反応という精神疾患に罹り,治療を要する状態になってしまった。g課長は,eがいじめを訴えた平成7年12月5日時点で,精神疾患が見られるようになったことを知った。
そこで,g課長は,自らも被告bら3名などに対し面談するなどして調査を一応行ったものの,いじめの一方の当事者とされている被告bにその調査を命じ,しかも,eが欠勤しているという理由でeからはその事情聴取もしなかったものであり,いじめの性質上,このような調査では十分な内容が期待できないものであった。

そして,g課長は,自らの調査及び被告bによる調査の結果,いじめの事実がなかったと判断して,平成8年1月9日,原告ら宅を訪問し,その調査結果も伝えず,かつ,いじめ防止策及び加害者等関係者に対する適切な措置を講じないまま,職場復帰のことを話し合った。

その後も,g課長らは,職場復帰したeが再び休暇を取るようになったことを知っていたが,格別な措置を執らず,l総務部長から,eの遺書が出てきた旨の原告a1からの報告を知らされた直後,B病院の担当医師と面談し,その後に原告ら宅を訪問したものであるが,その際,配転替えを希望しているe及び原告らに対し,「今休んでいるので難しい。」などと言って,eの希望をいったん拒否したものの,その後,配転の話を進めていった。しかし,配転がなされるかどうかに不安を抱いていたeは,平成8年3月15日「車で岸壁にぶつかって死んでやる。」などと言い,自殺をにおわせる言動を取った。

その後,eは,資材課量水器係に配転することができたものの,2日間出勤したのみであり,不安感などが強かったため,その後は出勤できなくなり,病状が回復しないまま自殺してしまった。

ウ このような経過及び関係者の地位・職務内容に照らすと,工業用水課の責任者である被告bは,被告dなどによるいじめを制止するとともに,eに自ら謝罪し,被告dらにも謝罪させるなどしてその精神的負荷を和らげるなどの適切な処置をとり,また,職員課に報告して指導を受けるべきであったにもかかわらず,被告d及び被告cによるいじめなどを制止しないばかりか,これに同調していたものであり,g課長から調査を命じられても,いじめの事実がなかった旨報告し,これを否定する態度をとり続けていたものであり,eに自ら謝罪することも,被告dらに謝罪させることもしなかった。

また,eの訴えを聞いたg課長は,直ちに,いじめの事実の有無を積極的に調査し,速やかに善後策(防止策,加害者等関係者に対する適切な措置,eの配転など)を講じるべきであったのに,これを怠り,いじめを防止するための職場環境の調整をしないまま,eの職場復帰のみを図ったものであり,その結果,不安感の大きかったeは復帰できないまま,症状が重くなり,自殺に至ったものである。
したがって,被告b及びg課長においては,eに対する安全配慮義務を怠ったものというべきである。

エ 以上の事実関係に加えて,精神疾患に罹患した者が自殺することはままあることであり,しかも,心因反応の場合には,自殺念慮の出現する可能性が高いことをも併せ考えると,eに対するいじめを認識していた被告b及びいじめを受けた旨のeの訴えを聞いたg課長においては,適正な措置を執らなければ,eが欠勤にとどまらず,精神疾患(心因反応)に罹患しており,場合によっては自殺のような重大な行動を起こすおそれがあることを予見することができたというべきである。したがって,上記の措置を講じていれば,eが職場復帰することができ,精神疾患も回復し,自殺に至らなかったであろうと推認することができるから,被告b及びg課長の安全配慮義務違反とeの自殺との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。

オ したがって,被告川崎市は,安全配慮義務違反により,国家賠償法上の責任を負うというべきである。

(2) 被告bら3名らの責任
公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国又は地方公共団体がその被害者に対して賠償の責任を負うべきであり,公務員個人はその責を負わないものと解されている。
そうすると,本件においては,被告bら3名がその職務を行うについてeに加害行為を行った場合であるから,原告らに対し,その責任を負担しないというべきである。

・原告らの損害

(1) 逸失利益

ア 給与分

前記認定の事実,証拠(乙20,23ないし26)及び弁論の全趣旨によれば,eは,昭和42年3月25日生まれの男子であり,死亡当時,被告川崎市の水道局に勤務していたこと,生存していれば,60歳の定年までの約30年間稼働することができ,その期間中,少なくとも1級A11号から1年ごとに順次上の号給に昇給し,43歳で2級20号に,54歳で3級16号の給与の支給を受けることができると見込まれること,eの死亡当時の給料は1か月23万円であ
り,30歳以降の収入は,別表のとおり,月給に調整手当(月給の100分の10)を加えたものの12か月分及び期末手当,勤勉手当を加えた合計として,月給を1.1倍した額に別表記載の係数を乗じた額になることが認められる。そこで,支給を受けるはずであった給与をライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除して死亡時点の現価を求めると,別表記載のとおり8937万1878円となるところ,生活費として,50パーセントを控除すると,そ
の額は4468万5939円となる。
イ 退職手当分

退職手当については,既に支給された退職手当の金額と定年まで勤務すれば得られたであろう退職手当の金額との差額が逸失利益となるところ,定年退職時におけるeの月給を41万3500円として支給率62.7(甲22の4)を乗じると,退職手当の総額は2592万6450円となる。そこで,その金額からライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除すると,死亡時点の現価は599万6787円(2592万6450×0.2313)となるが,原告らは,既に退職手当として381万8000円の支給を受けたので,これを控除すると,その額は217万8787円となる。

(2) 相続
原告らは,eの父母であるから,その法定相続分に従い,eの被告川崎市に対する損害賠償請求権を2分の1ずつ相続した。

(3) 原告ら固有の慰謝料
原告らは,被告bら3名のいじめ,被告川崎市の安全配慮義務違反により唯一の子であるeを失ったものであり,その無念さは想像に余りあり,その他諸般の事情を考慮すると,原告らの慰謝料は,それぞれ1200万円とするのが相当である。

(4) 過失相殺の規定の類推適用
eは,いじめにより心因反応を生じ,自殺に至ったものであるが,いじめがあったと認められるのは平成7年11月ころまでであり,その後,職場も配転替えとなり,また,同月から医師の診察を受け,入通院をして精神疾患に対する治療を受けていたにもかかわらず,これらが効を奏することなく,自殺に至ったものである。これらの事情を考慮すると,eについては,本人の資質ないし心因的要因も加わって自殺への契機となったものと認められ,損害の負担につき公平の理念に照らし,原告らの上記損害額の7割を減額するのが相当である。

(5) 小計 各1062万9708円 …」

◆この先例があるにもかかわらず、愛知県T市役所ではパワーハラスメントによる自殺が発生し、指定都市のT市役所では上司が部下をいじめ金銭まで集るといった事例が出ている。

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