「心理的安全性」の内包的なリスクが発現すれば、意図とは逆に「弱い組織」になる実例が出てきている。
1. 心理的安全性の「2×2マトリクス」と組織の理想的な状態
心理的安全性という概念を理解する上で非常に参考になるのが、ハーバード大学のエドモンドソン教授が提唱する「2×2マトリクス」です。このマトリクスは、縦軸に「業務の責任(Accountability)」、横軸に「心理的安全性(Psychological Safety)」を取り、組織の状態を4つの象限で示しています。
心理的安全性:低い | 心理的安全性:高い | |
---|---|---|
業務の責任:低い | 無関心(Apathy) | 快適(Comfort) |
業務の責任:高い | 不安(Anxiety) | 学習(Learning) |
Google スプレッドシートにエクスポート
この中で、私たちが目指すべきは、心理的安全性が高く、かつ業務の責任も高い「学習(Learning)」の象限です。
- 快適(Comfort): 心理的安全性は高いものの、業務の責任が低い状態です。この状態では、メンバーは安心して発言できますが、緊張感がなく、モチベーションの低下や成長の鈍化を招く可能性があります。エドモンドソン教授は、この状態を「2×2プロセス」として警鐘を鳴らしています。二重プロセス問題とも言います。
- 不安(Anxiety): 業務の責任は高いものの、心理的安全性が低い状態です。この状態では、メンバーは常にプレッシャーを感じ、ミスを恐れて発言をためらってしまうため、コンプライアンス上の問題を見過ごしたり、イノベーションが生まれにくい環境となります。
- 無関心(Apathy): 心理的安全性も業務の責任も低い状態です。組織として機能不全に陥っている可能性が高いと言えるでしょう。
- 学習(Learning): 心理的安全性も業務の責任も高い状態です。メンバーは安心して意見や疑問を発言でき、建設的な議論を通じて組織全体の学習と成長が促進されます。対人リスクを恐れることなく意見を発信できるため、コンプライアンス違反の早期発見や、新たなアイデアの創出にもつながります。これは、「恐れのない組織」とも表現され、組織内の風通しが良く、内部統制が機能し、結果として非常に良い状態を生み出します。
日本の多くの組織では、心理的安全性が低い傾向にあります。上司からの指示命令が絶対であり、下からの意見が出にくい、あるいは言っても聞き入れられないといった状況が見られます。しかし、グローバル競争が激化する現代において、心理的安全性を高め、「学習」の象限を目指すことこそが、組織の持続的な成長に不可欠と言えるでしょう。
2. 心理的安全性を組織に定着させるための重要なコツ:管理職のフィードバック
心理的安全性を組織に根付かせるためには、心理学的な側面からのアプローチが重要となります。特に、組織の責任者、具体的には課長やマネージャーといった管理職の役割が非常に重要です。
心理的安全性を高め、それを組織全体に定着させるための鍵となるのが、管理職からの適切なフィードバックです。例えば、部下がコンプライアンス上の問題点に気づき、勇気を出して報告してくれたとします。その際、管理職が「よく言ってくれた」「それは重要な指摘だ」といった肯定的なフィードバックを行うことで、部下は「自分の意見は受け入れられる」という効力感を持つことができます。
このような成功体験を積み重ねることで、心理的安全性は徐々に組織全体へと浸透していきます。逆に、部下の発言を頭ごなしに否定したり、無視したりするような対応をしてしまうと、心理的安全性は損なわれ、組織の活性化は遠のいてしまいます。
さらに、心理的安全性を高めるためには、日頃からのコミュニケーションも重要です。部下が上司に対して自分の意見を伝えやすいような、オープンなコミュニケーションを意識することが大切です。アサーション(相手の意見を尊重しつつ、自分の意見も適切に伝えるコミュニケーションスキル)の向上も有効でしょう。
意見を発信した結果、実際にコンプライアンスが改善されたり、外部のステークホルダーからの信頼が高まったりといった具体的な成果を組織全体で共有することも、心理的安全性の定着には不可欠です。組織全体の目標(例えば、企業の売上向上や官公庁の信頼性向上など)に向けて、全員が同じ方向を向いて協力していく体制を築くことが重要です。
近年、能力主義や個人の成果を重視する傾向が強まっていますが、組織全体の目標を明確にすることで、個人のスタンドプレーを防ぎ、集団としての力を最大限に引き出すことができます。心理的安全性は、集団主義、個人主義といった異なる組織文化においても、その効果を発揮すると言えるでしょう。
まとめ:心理的安全性を高め、変化の時代を乗り越える組織へ
心理的安全性は、現代の厳しいビジネス環境において、組織が多様な意見を取り入れ、イノベーションを生み出し、グローバル競争を勝ち抜くために不可欠な要素です。今こそ、日本企業は心理安全性の向上に積極的に取り組み、組織全体の活性化を図るべきです。
中川総合法務オフィスでは、コンプライアンス体制の構築支援を通じて、企業の心理的安全性の向上にも貢献してまいります。ご相談などございましたら、お気軽にお問い合わせください。