近年、企業経営の透明性と持続可能性への関心が高まる中、投資家と企業、そしてそれを支える監査法人の役割がますます重要視されています。「責任ある機関投資家」の諸原則、通称「日本版スチュワードシップ・コード」は2020年3月24日に再改訂され、また、監査法人のガバナンス・コードも令和5年3月24日に改訂されました。これらのコードは、企業価値の向上と持続的成長を促すための重要な指針となります。本記事では、これらのコードの概要とポイントを、中川総合法務オフィスの知見を交えながら分かりやすく解説します。
※スチュワードシップ・コードに関する有識者会議(令和6年度)の動向はこちらです。
スチュワードシップ責任とは?機関投資家の役割とエンゲージメント
「スチュワードシップ責任」とは、機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解、そして運用戦略に応じたサステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮に基づき、建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、「顧客・受益者」(最終受益者を含む)の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を指します。これは単に投資を行うだけでなく、投資先企業の成長に積極的に関与していく姿勢を求めるものです。
このコードは、コーポレートガバナンス・コードと同様に「プリンシプルベース・アプローチ」及び「コンプライ・オア・エクスプレイン」を採用しています。つまり、原則を提示し、各機関投資家がそれぞれの状況に応じて原則を実施するか、実施しない場合にはその理由を説明することを求めるものです。
スチュワードシップ・コード受入れ表明機関数(令和5年3月31日時点)
金融庁の公表によれば、三菱UFJ信託銀行株式会社をはじめとして、多くの機関投資家が本コードの受入れを表明しています。その内訳は以下の通りです。
- 信託銀行等 : 6
- 投信・投資顧問会社等 : 203
- 生命保険・損害保険会社 : 24
- 年金基金等 : 79
- その他(機関投資家向けサービス提供者等) : 11
- 合計 : 323
このように、多くの機関投資家がスチュワードシップ責任を認識し、積極的に取り組む姿勢を示していることは、日本市場全体の質の向上に繋がるものと期待されます。
日本版スチュワードシップ・コード:8つの原則
本コードは、投資先企業の持続的成長を促し、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図るために、機関投資家が遵守すべき8つの原則を定めています。
- 明確な方針の策定と公表: 機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針を策定し、これを公表すべきである。
- 利益相反の管理方針の策定と公表: 機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たす上で管理すべき利益相反について、明確な方針を策定し、これを公表すべきである。
- 投資先企業の状況把握: 機関投資家は、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すべきである。
- 建設的な「目的を持った対話」: 機関投資家は、投資先企業との建設的な「目的を持った対話」を通じて、投資先企業と認識の共有を図るとともに、問題の改善に努めるべきである。
- 議決権行使の方針と結果公表: 機関投資家は、議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持つとともに、議決権行使の方針については、単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである。
- 顧客・受益者への定期報告: 機関投資家は、議決権の行使も含め、スチュワードシップ責任をどのように果たしているのかについて、原則として、顧客・受益者に対して定期的に報告を行うべきである。
- スチュワードシップ活動のための実力: 機関投資家は、投資先企業の持続的成長に資するよう、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解のほか運用戦略に応じたサステナビリティの考慮に基づき、当該企業との対話やスチュワードシップ活動に伴う判断を適切に行うための実力を備えるべきである。
- 機関投資家向けサービス提供者の役割: 機関投資家向けサービス提供者は、機関投資家がスチュワードシップ責任を果たすに当たり、適切にサービスを提供し、インベストメント・チェーン全体の機能向上に資するものとなるよう努めるべきである。
これらの原則は、機関投資家が短期的な視点だけでなく、中長期的な視点から投資先企業の価値向上に貢献することを求めています。
監査法人のガバナンス・コード(令和5年3月24日改訂)
企業の財務情報の信頼性を担保する監査法人の役割は極めて重要です。監査法人のガバナンス・コードは、監査品質の持続的な向上と、資本市場の信頼性確保を目的としています。
【監査法人が果たすべき役割】
- 原則1: 監査法人は、会計監査を通じて企業の財務情報の信頼性を確保し、資本市場の参加者等の保護を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与する公益的な役割を有している。これを果たすため、監査法人は、法人の構成員による自由闊達な議論と相互啓発を促し、その能力を十分に発揮させ、会計監査の品質を組織として持続的に向上させるべきである。
【組織体制】
- 原則2: 監査法人は、会計監査の品質の持続的な向上に向けた法人全体の組織的な運営を実現するため、実効的に経営(マネジメント)機能を発揮すべきである。
- 原則3: 監査法人は、監査法人の経営から独立した立場で経営機能の実効性を監督・評価し、それを通じて、経営の実効性の発揮を支援する機能を確保すべきである。
【業務運営】
- 原則4: 監査法人は、規模・特性等を踏まえ、組織的な運営を実効的に行うための業務体制を整備すべきである。また、人材の育成・確保を強化し、法人内及び被監査会社等との間において会計監査の品質の向上に向けた意見交換や議論を積極的に行うべきである。
【透明性の確保】
- 原則5: 監査法人は、本原則の適用状況などについて、資本市場の参加者等が適切に評価できるよう、十分な透明性を確保すべきである。また、組織的な運営の改善に向け、法人の取組みに対する内外の評価を活用すべきである。
これらの原則は、監査法人が独立性を保ち、高品質な監査業務を組織として継続的に提供するための基盤となります。
まとめ:企業価値向上と持続的成長の実現に向けて
日本版スチュワードシップ・コードと監査法人のガバナンス・コードは、それぞれ機関投資家と監査法人に対し、より高い次元での責任と行動を求めています。これらのコードが適切に運用されることは、企業の持続的成長、ひいては日本経済全体の発展に不可欠です。企業経営者におかれては、これらのコードの趣旨を理解し、投資家や監査法人との建設的な対話を通じて、企業価値向上に向けた取り組みを一層強化していくことが期待されます。
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