はじめに:なぜ地方公共団体に監査が必要なのか?
皆さん、こんにちは。本日は地方公共団体の監査制度、特に監査委員や監査事務局の業務についてお話しします。
地方公共団体、すなわち自治体のマネジメント、経営において、監査制度や監査委員は不可欠な存在です。組織がその活動を適切に行っているか、内部でチェックする機能は必ず必要となります。これは民間企業における監査役や内部監査部門と同様の役割であり、自らの業務の適正性を自ら検証し、律するための基本的な仕組みと言えるでしょう。
地方自治においては、住民による直接請求(リコール制度等を含む)や、議会と首長(執行機関)との間での相互牽制(二元代表制)といったチェック機能も存在します。しかし、これらに加えて、より専門的かつ継続的な監視・検証を行う仕組みとして、監査委員制度が設けられているのです。
監査には、毎年度の定期監査(財務監査、行政監査)、決算審査、住民監査請求に基づく監査など、様々な種類があります。これらは、地方公共団体の活動が法令等に基づいて適正に行われているか、効率的かつ効果的に行われているかを確認するために重要な役割を担っています。
監査制度の変遷:適合性監査からリスク・アプローチへ
従来、地方公共団体の監査は、主に以下の点に重点が置かれていました。
- 適合性・合規性監査: 業務が法令や予算に基づいて正しく執行されているか。
- 正確性監査(財務監査): 会計処理や財務諸表が正確であるか。
つまり、「ルール通りに正しく行われているか」「お金の計算は合っているか」という点が中心でした。
しかし、社会経済情勢の変化や住民ニーズの多様化に伴い、単にルールを守るだけでなく、より良い行政サービスを効率的に提供することが求められるようになりました。こうした背景から、地方自治法が改正され、内部統制システムの整備が(都道府県・政令指定都市では義務、その他市町村では努力義務として)求められるようになりました(地方自治法第150条)。
内部統制の重要な構成要素の一つに「リスクの評価と対応」があります。これにより、監査においてもリスク・アプローチ、すなわち、組織運営上の様々なリスクを評価し、重要性の高いリスク領域に重点を置いて監査を行うという考え方が導入されることになりました。
3E監査とは何か?:経済性・効率性・有効性の追求
近年の監査制度改革の中で特に注目されているのが、「3E監査」という考え方です。これは、従来の適合性・合規性に加え、以下の3つの「E」の観点から行政運営を評価しようとするものです。
- 経済性 (Economy): より少ない費用(資源)で事業を実施しているか。無駄な支出はないか。
- 効率性 (Efficiency): 同じ費用(資源)で、より大きな成果・効果を得ているか。あるいは、最小限の費用(資源)で最大限の成果・効果を得ているか。(費用対効果)
- 有効性 (Effectiveness): 行っている事業が、そもそも設定した目的を達成しているか。期待された効果を発揮しているか。
これは、地方自治法第2条第14項に定められた「地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」という基本原則を、監査の現場で具体的に検証していくアプローチとも言えます。
監査基準もこの考え方を反映する形で改訂が進んでおり、単なる適法性のチェックにとどまらず、行政運営のパフォーマンス全体を評価する視点が重要視されています。
3E監査導入における課題と視点
3E監査は行政運営の質を高める上で有効な考え方ですが、その導入・実践にはいくつかの課題も存在します。
- 3E間のトレードオフ: 例えば、経費削減(経済性)を追求しすぎると、サービスの質が低下し、事業の目的達成(有効性)が困難になる場合があります。また、安価に効率よく(経済性・効率性)実施できたとしても、それが本来の目的(有効性)に沿っていなければ意味がありません。この3つの「E」は時に対立する概念であり、どの点に重きを置くか、どのようにバランスを取るかという判断は非常に難しい問題です。
- 総合的な評価の必要性: 3Eの各要素を個別に見るだけでなく、それらを総合的に評価し、判断することが求められます。これには、単なるチェックリスト的な監査ではなく、より高度な分析能力や大局的な視点が必要となります。
- 民間企業的経営感覚の導入: 3E監査は、民間企業では比較的馴染みのある経営効率の考え方を公共部門に導入する試みとも言えます。しかし、利益追求を第一としない公共部門特有の価値観や制約条件(公平性、公正性など)も考慮する必要があり、単純な比較はできません。
監査体制の強化と専門性の向上
3E監査のような、より高度で多角的な視点に基づいた監査を実効性あるものにするためには、監査を担う体制の強化が不可欠です。
- 監査委員・監査事務局のレベルアップ: 監査委員や、その補助組織である監査事務局職員の専門性向上が急務です。法律や会計の知識だけでなく、リスクマネジメント、行政評価、当該分野の政策に関する知識など、幅広い知見が求められます。
- 外部監査制度の活用: 監査委員制度を補完するものとして、包括外部監査制度や個別外部監査制度があります。これらは公認会計士や弁護士といった外部の専門家が、独立した立場から監査を行うものです。専門性の高い分野や、しがらみのない客観的な視点が必要な場合に有効ですが、年間を通じて常時チェックできるわけではないという限界もあります。監査テーマの設定や、監査結果の活用が重要になります。
- 多様な専門人材の確保: 監査の高度化・専門化に対応するため、多様なバックグラウンドを持つ人材を監査委員や専門委員として登用していく必要があります。しかし、特に地方においては、適切な人材を見つけることが困難な場合も少なくありません。
公認会計士は会計監査の専門家ですが、必ずしも行政運営や法律全般に精通しているとは限りません。弁護士は法律の専門家ですが、会計や経営の視点が十分でない場合もあります。それぞれの専門性を活かしつつ、不足する部分を補い合う体制や、継続的な研修による能力開発が重要になります。
監査の実践:具体的な論点(例)
監査が具体的にどのような場面で機能するのか、いくつか例を挙げます。
- 公共施設の運営: 図書館やスポーツ施設などの運営委託において、委託費用の妥当性(経済性)、サービスの質や利用者数(効率性・有効性)などが監査の対象となります。
- 物品購入・契約: 例えば、自治体が使用する公用車の購入について、車種の選定や価格が適切かどうかが住民監査請求の対象となり、裁判で争われたケースもあります(例:山口県知事のセンチュリー購入問題では、県の裁量を認める判断と認めない判断が下級審で分かれました)。このような事例は、何が「経済的」で「効率的」か、そして首長の政策判断として「有効」と言えるのか、多様な価値観がぶつかり合う複雑な問題であることを示しています。
- 補助金交付: 各種団体への補助金が、その目的に沿って有効に活用されているか(有効性)、不正なく適正に執行されているか(適合性)なども重要な監査テーマです。
これらの具体的な事例を通じて、監査がいかに地域住民の生活や税金の使われ方に直結しているかが分かります。
まとめ:コンプライアンス経営と持続可能な自治体運営のために
地方公共団体における監査は、従来の「間違い探し」的なイメージから、より積極的に行政運営の質を高め、将来にわたって持続可能な自治体経営を支えるための重要な機能へと変化しつつあります。
3E監査の視点は、単なるテクニックではなく、コンプライアンス(法令遵守)を基礎としつつ、経営的な視点を持って行政サービスを評価・改善していくための重要な考え方です。リスクマネジメントや内部統制の強化と連携し、監査機能が実効性を伴って発揮されることで、より住民の信頼に応える、質の高い行政運営が実現できるでしょう。
社会は常に変化しており、行政に求められる役割も変わり続けます。監査制度もまた、その変化に対応し、進化し続ける必要があります。
監査に関する具体的な課題や研修について
本稿で述べたような監査制度の動向や、3E監査の具体的な進め方、あるいは個別の事例(自動販売機の設置、公用車問題、施設運営委託など)に関するより詳細な分析や研修にご関心があれば、どうぞ中川総合法務オフィスまでお気軽にお問い合わせください。豊富な経験と多角的な視点に基づき、実践的なアドバイスを提供させていただきます。
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