「特別職のハラスメントと責任について取り上げる理由は、近年、地方公共団体の首長や議員といった特別職の方々によるハラスメント行為が後を絶たないからです。報道を目にするたびに、住民からの批判や議会での追及、そして辞任というパターンが繰り返されていることに、強い危機感を覚えます。
首長や議員が、労働法関係の法律が自分に関係ないと持っても止む得ないような法制度、またはハラスメントに関する法を自分は知らなくていいと持っている節さえ見られる。政治的な契機があって社会的地位を持っているのであるからそこだけが肝心だと。
中川総合法務オフィスは従来から、メタ・ハラスメントの視点、つまり、全体構造を総体的にとらえて幅広い視点からハラスメント問題を鳥瞰して対策を立てることが必要と言い続けています。下記もその観点からの記述です。
特別職のコンプライアンス違反と制度的課題
特別職と一般職の懲戒処分制度の差異
地方公共団体においては、一般職の公務員と特別職の公務員で、コンプライアンス違反に対する制度的対応に大きな差があります。一般職の公務員であれば、地方公務員法第29条に基づく懲戒処分(戒告、減給、停職、免職)が適用されますが、特別職である首長等には、こうした懲戒処分の規定が適用されません。
首長に対する制度的な対応としては、主に以下の2つが法律上用意されています:
- 地方自治法に基づく議会の不信任議決
- 住民による直接請求によるリコール
しかし、これらの制度はハードルが高く、実際には首長のコンプライアンス違反が明らかでも、制度発動までに至らないケースが多発しています。その間も行政運営は混乱し、組織全体のパフォーマンスが低下する事態が起きています。
地震、気候変動等による災害時代における行政機能の重要性
特に現在の日本では、全国各地で地震や大雨などの自然災害が頻発しており、公共サービスの安定的な提供が一層重要となっています。首長等のハラスメント問題によって行政機能が低下することは、住民の安全や生活に直結する深刻な問題です。
リーダーの倫理観が組織を左右する
私が長年、様々な組織を見てきた経験から断言できるのは、「上に立つ者の姿勢が組織全体の倫理観と活力を決定づける」ということです。トップがハラスメントや不適切な行為を行っているにも関わらず、それが不問に付されるような状況では、現場の職員はやる気を失い、組織全体の士気は低下します。
特に、災害対応や複雑化する行政課題など、地方自治体の職員が100%の力を発揮しなければならない現代において、ハラスメントのない健全な職場環境の確保は、単なる福利厚生の問題ではなく、住民サービスを維持・向上させるための必須条件です。トップ自らが率先して高い倫理観を持ち、範を示すことが不可欠なのです。
内部通報制度の不備
特別職に対する内部通報の限界
コンプライアンス違反を防止するための内部通報制度は、1992年にアメリカから日本に内部統制制度が導入されて以降、徐々に広まってきました。しかし、特別職に対する内部通報の仕組みが明確に整備されていない点が大きな課題です。
一般的な組織では、上司によるハラスメント行為などがあった場合、内部通報窓口が設置されていますが、首長自身がコンプライアンス違反をした場合の通報先が明確に定められていないケースが多いのです。
高い独立性を持つ内部通報制度の必要性
効果的な内部通報制度を構築するためには、通報を受ける側が高い倫理観と独立性を持つことが不可欠です。民間企業であれば監査役や社外取締役、行政機関であれば監査委員などがその役割を担うことができますが、現状ではその仕組みが明確に整備されていません。
総務省のガイドラインにも特別職に対する内部通報の扱いが具体的に示されておらず、制度設計上の大きな欠陥となっています。
特別職に対する法的規制の歴史と現状
地方自治法制の変遷
日本の地方自治制度は、日本国憲法第8章(第92条以下)に基づいて構築されました。地方自治法は1947年(昭和22年)に施行され、地方財政法は1948年(昭和23年)、地方公務員法は1950年(昭和25年)に整備されました。
特に地方公務員法は、一般職の公務員の身分規定を定めていますが、第4条において特別職については適用除外とされています。このため、特別職の懲戒処分に関する明確な規定が不十分なままとなっています。
現行法上の根拠
現状では、副知事・副市町村長に対しては、特例として地方自治法に基づく地方自治法施行規程によって懲戒処分が可能となっていますが、首長自身に対する処分については明確な法的根拠が不十分です。議会は地方自治法の懲罰規定に基づき、議員に対して戒告、陳謝、一定期間の出席停止、除名といった措置を取ることができますが、首長に対しては不信任議決以外の選択肢が限られています。
ハラスメント防止のための現行法制
労働関係法における規制
労働関係法には、以下のようなハラスメント防止のための規制が設けられています:
- 男女雇用機会均等法:セクシュアルハラスメントや妊娠・出産等に関するハラスメント防止
- 労働施策総合推進法:パワーハラスメント防止
公務員の場合は、人事院規則等により、より幅広いハラスメント行為が処分対象となっており、多くの地方公共団体でもこれに準じた条例が整備されています。公務員は一般国民の模範となるべき立場であることから、より厳格な基準が適用されることには合理性があります。
今後の改善策
内部通報制度の強化
特別職に対する内部通報制度を強化するためには、以下の対策が必要です:
- 通報窓口の独立性確保:高い倫理観と専門性を持つ第三者機関の設置
- 通報者保護の徹底:通報者が不利益を被らない仕組みの構築
- 調査権限の明確化:内部通報に基づく調査の範囲と権限の明確化
コンプライアンス専門家の登用
ハラスメント問題を扱う窓口担当者には、現代行政法や地方自治法に精通した専門家が必要です。単なる相談窓口ではなく、問題解決に向けた実効的な権限と専門知識を備えた体制の構築が不可欠です。
今後の展望
- 法整備の検討: 特別職の非違行為に対する、リコールや不信任以外の、より実効性のある責任追及の仕組み(懲罰規定などを含む)を法的に検討する必要がある。
- 独立した相談・調査機関の設置: 内部通報制度の実効性を高めるため、首長等から独立した第三者機関や、高い独立性を持つオンブズマン制度のような仕組みを導入・強化する。
- 研修と意識改革の徹底: 特別職を含む全ての職員に対し、ハラスメントに関する研修を徹底し、人権意識とコンプライアンス遵守の意識を組織全体で高める。特に、トップ自身の意識改革が不可欠。
おわりに
地方公共団体における特別職のハラスメント問題は、単なる個人の資質の問題ではなく、制度設計そのものに起因する構造的な課題です。災害が頻発する現代社会において、行政機能を安定的に維持するためには、特別職に対するコンプライアンス体制の抜本的な見直しが求められます。
現代の社会常識に即した職場環境の構築は、単に働く人々の権利を守るだけでなく、住民サービスの質を高め、地域社会の持続可能な発展に不可欠な要素です。特別職を含めた全ての公務員が、高い倫理観に基づいて行動できる制度的枠組みの整備が急務といえるでしょう。
【参考文献】
1. 総務省「地方公共団体における内部通報制度の整備・運用に関するガイドライン」
2. 消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン」
3. 日本弁護士連合会「ハラスメント防止のための企業内体制整備に関する提言」
4. 地方公務員制度研究会「地方公務員法逐条解説」
【補論】「特別職地方公務員」には、労働施策総合推進法の全面的適用がない。
【背景:労働施策総合推進法とは】
労働施策総合推進法(旧・雇用対策法)は、2019年改正でパワハラ防止措置などが企業等に義務付けられたことでも注目された法律です。
特に、第30条の2〜30条の4(いわゆるパワハラ防止法部分)は、事業主に対し、職場におけるパワーハラスメントの防止措置を講ずることを義務付けています。
【地方公務員への適用】
■ 一般職地方公務員
地方公共団体も「事業主」とされており、一般職の地方公務員(例:市役所の職員など)には、義務として適用されます。
→ 地方公共団体には、防止措置義務(相談窓口の設置や再発防止策など)が課せられます。
■ 特別職地方公務員
一方、特別職地方公務員(例:首長、副首長、議員、教育委員など)については、以下の点に注意が必要です。
- 特別職は「使用者」にあたらないことが多く、法律上の「労働者」としても扱われないケースがあるため、
- 直接的な義務の対象とはなりにくいです(例:パワハラ防止義務の対象外になる場合あり)。
ただし、組織としての地方公共団体には適用されるため、特別職を含む環境整備の一環として対策を講じるべきとされる場面もあります(特に実務的には)。
■ 特別職地方公務員と「労働者」概念
労働施策総合推進法をはじめとする労働関係法令において、「労働者」とは原則として
「使用されて労務に従事し、賃金を支払われる者」と定義されています(労働基準法第9条などを準用)。
■ 特別職は「労働者」にあたらないことが多い理由
特別職地方公務員(例:知事、市長、副市長、議員、教育委員、監査委員、非常勤の委員など)は、以下のような特徴があります:
- 労務を提供する対価としての賃金性が薄い
→ 「報酬」「手当」などの性質が強く、使用従属関係が明確ではない。 - 勤務時間・命令系統が不明確、非従属的
→ 市長や議員が誰かの「命令」で働くわけではない。 - 人事権の所在が異なる
→ 特別職は政治的な選任(選挙・議会選任など)であり、通常の使用者による雇用ではない。
したがって、労働関係法令における「労働者」や、パワハラ防止法制における「保護される対象」としては、形式的には該当しない場合が多いのです。
■ 実務上の留意点
ただし、たとえば以下のような場面では、組織全体のハラスメント防止措置の一環として特別職の行為も対象とすべきという考え方があります:
- 議員から職員へのハラスメント(いわゆる「議会パワハラ」)
- 首長による職員への不適切対応
- 教育委員から教職員への圧力 等
このようなケースでは、制度上の適用はなくても、苦情処理・倫理規定・服務規律・内部通報制度の整備によって対応せざるを得ません。
■指針等
厚生労働省の「パワハラ防止指針」(令和2年施行)では、公務員についても対象になるとしつつ、「特別職は状況により判断される」旨の記載があります。
→ 明確な除外規定ではないが、「準用」扱いとされることが多いです。
補論のまとめ
労働施策総合推進法の直接適用はされないことが多いが、組織として防止措置義務は課せられるため、間接的には対応が必要です。
労働施策総合推進法 第30条の2~4条では、事業主に対して「労働者に対するパワーハラスメントの防止措置を講ずる義務」を課しています。
ここでいう「労働者」は、通常、一般職の地方公務員は含まれますが、特別職(例:議員、首長、副市長、教育委員など)は「使用従属関係」がないため、法律上の“労働者”にも“使用者”にも該当しないケースが多いのです。とはいえ、次の点が重要です:
- 加害者が特別職(議員など)
- 被害者が一般職職員や教員など
このような関係において、たとえ法律上の「使用者・労働者」関係が明確でなくても、地方公共団体(自治体)という組織全体としての「防止措置義務」は依然としてあります。【対策例】
対策として、
- 特別職を含めた倫理規定・行動規範の策定
- 苦情申立制度・第三者機関の設置(ハラスメント相談窓口)
- 議会内のガイドライン(いわゆる「議会ハラスメント対応要綱」など)の整備
- 内部通報制度による申出の受け付けと保護
【全国で増えている問題】
- 市長や町長が職員を怒鳴る、侮辱する、排除する → 新聞報道・訴訟へ発展
- 首長によるパワハラで「人事がゆがめられる」 → 組織崩壊
- 議会で不信任決議や特別委員会の設置に至るケースも
→ これにより、総務省や一部自治体では、「首長を含めたハラスメント防止の仕組みづくり」が急務となっています。