はじめに:総務省調査が明らかにした深刻な実態

地方公共団体における内部統制制度は、住民の信頼確保と行政サービスの質向上に不可欠な仕組みです。しかし、総務省が令和4年10月に公表した調査結果は、努力義務自治体の96.6%が内部統制を導入予定なしという衝撃的な実態を浮き彫りにしました。

本記事では、コンプライアンス専門家として850回を超える研修実績を持つ中川総合法務オフィス代表・中川恒信が、この深刻な状況を詳細に分析し、自治体が今後取るべき対応策について解説します。

総務省調査結果の詳細分析:地方公共団体の内部統制の現状

地方自治法第150条が定める内部統制の枠組み

地方公共団体の内部統制については、地方自治法第150条に明確な規定があります。この条文は、地方公共団体を「義務的導入団体」と「努力義務団体」に分類しています。

義務的導入団体(67団体)

  • 47都道府県
  • 20指定都市

これらの大規模自治体は、組織規模の大きさから、内部統制による組織的な業務チェック体制と適正な執行体制の構築が法的に義務付けられています。

努力義務団体(1,721市区町村)

  • 指定都市を除く市区町村
  • 内部統制の導入は自治体の判断に委ねられている

衝撃的な調査データ:96.6%が導入予定なし

令和4年10月に公表された総務省の調査結果によると、努力義務自治体1,721団体のうち、わずか38団体のみが内部統制の方針を策定済みです。これは全体のわずか2.2%に過ぎません。

導入状況の内訳

  • 方針策定済み:38団体(2.2%)
  • 導入予定あり:21団体(1.2%)
  • 導入予定なし:1,662団体(96.6%)

この1,662団体のうち、124団体は「内部統制に準ずる制度がある」と回答していますが、その実態は自治体ごとに大きく異なり、監査委員との連携や住民への公表制度など、本来の内部統制が求めるポイントを満たしているかは疑問です。

最も深刻なのは、準ずる制度すらない1,538団体(89.4%)の存在です。これらの自治体では、業務の適正性を図る仕組みが極めて不透明、または完全に欠如している可能性があります。

なぜ導入が進まないのか:自治体が抱える本音と課題

人材不足と予算制約の厳しい現実

努力義務自治体が内部統制導入に消極的な最大の理由は、人材と予算の制約です。総務省調査に付随する自治体アンケートからは、切実な声が聞こえてきます。

兵庫県三木市の回答例 「努力義務となっている政令市を除いた近隣他市の導入状況を確認したが、努力義務の自治体の多くが導入しておらず、当市も努力義務とされていることも踏まえ導入を見送った」

この回答は、多くの自治体が抱える典型的な心理を表しています。内部統制を一旦導入すると、人件費、執務室、その他の雑費が固定費として毎年継続的に発生し、財政の柔軟性が失われることへの懸念が強いのです。

「横並び意識」と「努力義務」の罠

日本の地方自治体特有の「横並び意識」も、導入を阻害する要因です。近隣自治体が導入していなければ、自分たちも導入しなくても問題ないという判断に陥りがちです。

また、「努力義務」という法的位置づけ自体が、積極的な導入を妨げています。義務ではない以上、限られた予算と人材を他の必須業務に優先配分するという判断は、ある意味で合理的とも言えます。

しかし、この消極姿勢は、将来的な不祥事リスクを高め、住民の信頼を損なう可能性を内包しています。

内部統制導入自治体の取組事例と効果的な手法

任意対象事務として重視される分野

内部統制を導入した自治体が、地方自治法第150条第2項に基づく任意対象事務として優先的に取り組んでいるのは、以下の分野です。

最優先分野

  1. 個人情報保護関連:個人情報漏洩は住民の信頼を直接損なう重大リスク
  2. 情報セキュリティ:サイバー攻撃の高度化に対応した防御体制
  3. 服務関係:職員の不適切な行為を未然に防止
  4. 公文書管理:情報公開請求への適切な対応と記録の保全

これらの分野は、不祥事が発生した場合の社会的影響が極めて大きく、優先的にリスク管理体制を構築すべき領域です。

リスク対応策の具体的ツール

総務省ガイドラインでは、効果的なリスク対応策として以下のツールを推奨しています。

推奨される管理ツール

  • リスク評価シート:各業務のリスクを体系的に評価
  • チェックリスト:日常業務での確認事項を標準化
  • 業務マニュアル:手順の明確化と属人化の防止
  • 業務フロー図:プロセスの可視化による問題点の発見

さらに先進的な自治体では、民間企業の内部統制で標準となっている「内部統制3点セット」も活用しています。

内部統制3点セット

  1. フローチャート:業務の流れを図式化
  2. 業務記述書:各工程の詳細な説明
  3. リスク・コントロール・マトリックス:リスクと対応策の一覧表

滋賀県湖南市などは、この民間手法を積極的に取り入れ、より高度な内部統制体制を構築しています。

監査委員の役割と課題:形骸化への懸念

監査基準の策定と内部統制評価

地方自治法の改正により、監査委員には監査基準の策定が義務付けられました。総務省から示された監査基準案を参考に、各自治体で監査が実施されています。

内部統制を導入した義務的団体および努力義務団体では、内部統制評価報告書について監査委員が意見書を作成し、有効性の評価やコメントを提出しています。

監査委員の専門性と独立性の問題

しかし、ここで重大な課題が浮上します。監査委員のリーダーシップと専門能力は十分に担保されているでしょうか?

現状では、議会選出の監査委員(議選監査委員)も、識見を有する者として選任された監査委員も、内部統制や監査に関する専門的知識レベルの担保が明確ではありません。

監査委員制度の構造的問題

  • 専門的研修の不足
  • 独立性の確保が不十分
  • 実質的な監査能力にばらつき
  • 内部統制の評価基準が曖昧

監査委員が形式的な存在に留まり、実質的なチェック機能を果たせなければ、内部統制制度は「絵に描いた餅」となってしまいます。

2024年ガイドライン改定:最新動向と今後の展望

総務省は、内部統制制度の運用実態を踏まえ、令和6年(2024年)3月に「地方公共団体における内部統制制度の導入・実施ガイドライン」を改定しました。

この改定は、令和5年度の「内部統制制度の運用上の課題に関する研究会」(座長:山本爲三郎 慶應義塾大学名誉教授)での検討を経たものです。改定ガイドラインでは、実務上の課題への対応策や、より効果的な内部統制体制の構築方法が示されています。

今後、努力義務自治体においても、住民からの説明責任要求の高まりや、不祥事発生時の責任追及の厳格化により、内部統制導入の必要性は一層高まることが予想されます。

地方公共団体が今すぐ取るべき対応策

小規模自治体でも実施可能な内部統制の第一歩

予算や人員に制約がある小規模自治体でも、以下のような段階的アプローチで内部統制に着手できます。

ステップ1:現状把握と優先分野の選定

  • 既存の業務管理体制の棚卸し
  • 最もリスクが高い分野の特定(個人情報、金銭管理など)
  • 住民への影響が大きい業務の洗い出し

ステップ2:簡易的な管理ツールの導入

  • 重要業務のチェックリスト作成
  • 業務マニュアルの整備
  • ダブルチェック体制の明確化

ステップ3:PDCA サイクルの確立

  • 定期的な自己点検の実施
  • 問題点の抽出と改善策の検討
  • 監査委員との連携強化

広域連携による負担軽減の可能性

複数の小規模自治体が連携し、内部統制の構築を共同で進めることも有効です。専門家の招聘費用や研修コストを分担することで、個々の自治体の負担を軽減できます。

コンプライアンス専門家の視点:内部統制が不可欠な理由

地方公共団体における不祥事は、単に当該自治体の信用を損なうだけでなく、地方自治全体への住民の信頼を揺るがします。

内部統制が防ぐべき主要リスク

  • 公金の不正使用・横領
  • 個人情報の漏洩・不適切な取扱い
  • 不適切な事務処理による住民サービスの低下
  • 職員の服務規律違反
  • 情報公開の不適切な運用

これらのリスクは、「性善説」や「担当者の注意」だけでは防ぎきれません。組織として、体系的にリスクを管理する内部統制の仕組みが不可欠なのです。

まとめ:96.6%という数字が示す日本の地方行政の課題

努力義務自治体の96.6%が内部統制を導入予定なしという現実は、日本の地方行政が抱える構造的課題を浮き彫りにしています。

人材不足、予算制約、横並び意識といった要因が複雑に絡み合い、必要性は理解しつつも導入に踏み切れない自治体が大多数を占めています。

しかし、住民の行政への期待水準は年々高まり、不祥事への目も厳しくなっています。「努力義務だから」という理由で内部統制を先送りすることは、将来的な重大リスクを抱え込むことに他なりません。

今こそ、各自治体が自らの実情に即した内部統制の構築に着手すべき時です。完璧なシステムを目指すのではなく、できることから段階的に始めることが重要です。


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【参考資料】

  • 総務省「地方公共団体における内部統制制度に係る調査結果(令和4年10月)」
  • 総務省「地方公共団体における内部統制制度の導入・実施ガイドライン(令和6年3月改定)」
  • 地方自治法第150条

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