現代のビジネス環境は、VUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity:変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)あるいはBANI(Brittle, Anxious, Non-linear, Incomprehensible:脆く、不安で、非線形、不可解)と表現されるように、予測困難で変化が激しくなっています。このような時代において、企業が持続的に成長し、社会からの信頼を維持するためには、リスクマネジメントが不可欠です。単に損失を回避するだけでなく、リスクを適切に管理することで、新たな機会を捉え、企業価値を向上させることにも繋がります。

効果的なリスクマネジメント態勢を構築し、組織全体に根付かせるためには、体系的な知識と実践的なスキルの習得が求められます。その中心となるのが、「企業リスクマネジメント研修」です。本記事では、現代のリスクマネジメントにおいて必須とされる主要なフレームワークであるISO 31000とCOSO-ERMを解説し、企業が直面するリスクの種類、そしてリスクマネジメントの実践プロセスについて詳しく掘り下げていきます。

1. 現代企業に必須のリスクマネジメントとは?

リスクマネジメントとは、組織の目標達成に潜在的に影響を与える不確実性(リスク)を特定し、分析し、評価し、対応する体系的なプロセスです。これは単なる危機管理や保険加入といった話に留まりません。企業の戦略、オペレーション、財務、そして従業員の行動といったあらゆる側面に深く関わる経営の根幹をなす活動です。

効果的なリスクマネジメント態勢は、予期せぬ問題の発生を未然に防ぐだけでなく、万一問題が発生した場合の損害を最小限に抑え、迅速な復旧を可能にします。さらに、リスクを正確に理解することで、どのリスクを取るべきか、どのリスクを回避すべきかといった戦略的な意思決定の精度を高め、結果として企業の競争力強化に繋がります。

2. 主要なリスクマネジメントフレームワーク:ISO 31000とCOSO-ERM

世界的に広く認知されているリスクマネジメントの主要なフレームワークとして、「ISO 31000」と「COSO-ERM」があります。どちらも企業のリスクマネジメント態勢を構築する上で非常に参考になりますが、それぞれに特徴があります。

2-1. ISO 31000 (リスクマネジメント — 指針)

ISO 31000は、国際標準化機構(ISO)が発行するリスクマネジメントに関する国際規格であり、2018年に改訂版が出ています。この規格の最大の特徴は、特定の産業や分野に限定されない、あらゆる種類の組織に適用可能な汎用性の高さです。

ISO 31000は、リスクマネジメントの「原則(Principles)」、「フレームワーク(Framework)」、「プロセス(Process)」の3つの要素で構成されています。

  • 原則: 効果的なリスクマネジメントの基盤となるべき要素(例: 価値の創造・保護、組織の統合、人間的・文化的要因の考慮、継続的改善など)を示します。
  • フレームワーク: 組織全体にリスクマネジメントを統合するための構造を示します。経営層のリーダーシップとコミットメントが強調されています。
  • プロセス: リスクを特定、分析、評価し、対応を決定・実施、そして監視・レビューする一連の手順を示します。

ISO 31000は、組織文化への統合や人間的要因の重要性を強調するなど、より実践的な側面に重点を置いています。既にISO 9001(品質)やISO 14001(環境)などの他のISOマネジメントシステムを導入している企業にとっては、親和性が高く導入しやすいフレームワークと言えるでしょう。

2-2. COSO-ERM (Enterprise Risk Management—Integrating with Strategy and Performance)

COSO-ERMは、トレッドウェイ委員会組織委員会(COSO)が発行する企業リスクマネジメントに関するフレームワークです。2004年版が広く利用されてきましたが、2017年に「Strategy and Performance」という副題を加えて改訂されました。COSO-ERMは、特に企業が戦略立案や業績向上とリスクマネジメントを統合することを重視しています。

2017年版では、従来のキューブモデルから脱却し、「ガバナンスと文化」「戦略と目標設定」「パフォーマンス」「レビューと改訂」「情報、コミュニケーション、報告」の5つの構成要素と、それらをさらに細分化した20の原則が示されています。

COSO-ERMは、特に米国を中心に、内部統制(COSO内部統制フレームワーク)の延長線上でリスクマネジメントを捉える組織に馴染みやすいでしょう。2017年版は、より戦略や業績への貢献、そして組織文化の重要性を強調する内容となっています。

2-3. どちらを選ぶか? それとも「いいとこどり」か?

ISO 31000とCOSO-ERMは、アプローチや重点の置き方に違いはありますが、リスクマネジメントの基本的な考え方やプロセスに大きな違いはありません。

どちらのフレームワークを採用するかは、組織の規模、業種、既に導入しているシステム、そしてリスクマネジメントの成熟度などによって判断が分かれるところです。COSO内部統制に慣れている企業はCOSO-ERMを、ISO規格に馴染みがある企業はISO 31000を基盤とすることが多いようです。

しかし、最も効果的なのは、それぞれのフレームワークの長所を理解し、自社の状況に合わせて「いいとこどり」をすることです。中川総合法務オフィスでは、特定のフレームワークに囚われることなく、お客様の組織文化や事業特性、直面するリスクの種類などを深く理解した上で、両者のエッセンスを組み合わせた最適なリスクマネジメント態勢構築と研修をご提案しています。これは、法律や経営といった社会科学だけでなく、人間心理や組織行動、さらには歴史や哲学といった人文科学に至るまで幅広い知見を持つ中川代表だからこそ可能なアプローチと言えるでしょう。

3. 企業が直面するリスクの種類と具体例

企業がリスクマネジメントを検討する上で、自社がどのようなリスクに直面しうるかを具体的に把握することが第一歩です。リスクは多岐にわたりますが、ここでは主なリスクの種類と具体例を挙げます。

  • 財産損失のリスク:
    • 火災、爆発、地震、台風、水害などの自然災害による建物・設備の損壊
    • 盗難、横領による資産の喪失
    • ITシステム障害によるデータや機器の損失
  • 収入減少のリスク:
    • 主要顧客の倒産や取引停止
    • 市場環境の急激な変化(需要減、競合激化)
    • サプライチェーンの寸断による生産・販売停止
    • 新製品・新規事業の失敗
  • 賠償責任のリスク:
    • 製造物責任(PL法)に基づく欠陥製品による損害賠償
    • 情報漏洩による個人情報保護法違反や損害賠償
    • ハラスメントや労働災害に関する使用者責任
    • 役員の不適切な行為に対する株主代表訴訟
    • 環境汚染に関する損害賠償
  • 人的損失のリスク:
    • 経営者やキーパーソンの不慮の事故、疾病、離職
    • 従業員の不祥事(不正、情報漏洩、ハラスメント)
    • 従業員のメンタルヘルス不調や過労によるパフォーマンス低下
    • 労働力不足、採用の失敗
  • ビジネスリスク:
    • 戦略の誤りや判断ミス(不採算事業からの撤退遅延、過大な設備投資)
    • M&Aの失敗
    • 技術革新への対応遅れ
    • 為替、金利、株価などの市場変動
    • 資金繰りの悪化、キャッシュフローの問題
  • 法規制・コンプライアンスリスク:
    • 法令改正への対応遅れによる罰則、業務停止
    • カルテル、談合などの不正行為による排除措置命令、課徴金
    • 贈収賄、汚職
    • 景品表示法違反、独占禁止法違反
  • レピュテーションリスク:
    • 品質問題、顧客対応の不備などによる悪評の拡散
    • SNSなどでの炎上
    • 不祥事発生による企業イメージの失墜、ブランド価値の低下
  • サイバーリスク:
    • マルウェア感染、ランサムウェア被害
    • 不正アクセスによる情報漏洩、システム停止
    • ビジネスメール詐欺

これらのリスクは独立しているものではなく、互いに関連し合い、連鎖的に発生することが少なくありません。例えば、サイバー攻撃による情報漏洩(サイバーリスク)は、顧客からの損害賠償請求(賠償責任リスク)や企業イメージの悪化(レピュテーションリスク)、さらには売上減少(収入減少リスク)に繋がります。

リスクを網羅的に把握するためには、経営層、各部門、そして現場の声を拾い上げ、過去の事例や他社の事例も参考にしながら、多角的に洗い出す作業が必要です。

4. リスクマネジメントの実践プロセス

リスクマネジメントは一度行えば終わりではなく、継続的なプロセスです。主要なフレームワークでも共通して示されている基本的なプロセスは以下の通りです。

  1. リスク特定 (Risk Identification): 組織の目標達成を妨げる可能性のある、潜在的なリスクや機会を洗い出す段階です。ブレインストーミング、チェックリスト、アンケート、ヒアリング、過去の事例分析など、様々な手法を用いて網羅的にリスクを特定します。事業プロセスごと、部門ごと、プロジェクトごとなど、様々な切り口でリスクを特定することが重要です。
  2. リスク分析 (Risk Analysis): 特定されたリスクについて、その発生可能性(Probability)と、発生した場合の影響度(Impact/Consequence)を評価する段階です。過去のデータ、専門家の知見、シナリオ分析などを用いて定量または定性的に分析します。発生可能性と影響度を組み合わせることで、リスクの「レベル」を明確にします。
  3. リスク評価 (Risk Evaluation): リスク分析の結果に基づいて、受容可能なリスクレベルと比較し、どのリスクに優先的に対応すべきかを決定する段階です。リスクマトリクス(リスクマップ)などを用いて、リスクの優先順位を視覚化することが一般的です。経営層や関係者間で、どのレベルのリスクまで受容できるか(リスク受容基準)を事前に定めておくことが重要になります。 (※リスク特定、分析、評価の3つを合わせて「リスクアセスメント」と呼びます。)
  4. リスク対応 (Risk Treatment/Response): 優先度の高いリスクに対して、具体的な対策を検討・実施する段階です。リスクへの対応策は、主に以下の4つの選択肢が考えられます。
    • リスク回避 (Avoid): リスクを伴う活動そのものを行わない、または停止することで、リスクの発生を完全に除去する。例:リスクの高い新規事業への参入を見送る。
    • リスク低減 (Mitigate/Reduce): リスクの発生可能性や発生した場合の影響度を下げるための対策を実施する。これをさらに「損失の予防」と「損失の低減」に分けられます。
      • 損失の予防: そもそもリスクが発生しないようにする対策。例:従業員教育の徹底、安全基準の強化、システムへのアクセス制限。
      • 損失の低減: リスクが発生してしまった場合に、被害を最小限に抑える対策。例:防災設備の設置、事業継続計画(BCP)の策定、インシデント対応体制の整備。
    • リスク移転 (Transfer/Share): 発生した損失の一部または全部を第三者に負担してもらう。例:保険への加入、アウトソーシング、保証契約の締結。
    • リスク保有 (Retain/Accept): リスクに対する特別な対応策を講じず、リスクが発生した場合の損失を自社で受け入れる。これは、リスクレベルが非常に低い場合や、リスク対応のコストがリスクによる損失を上回る場合などに選択されます。意識的にリスクを保有する場合と、リスクの存在に気づかず結果的に保有してしまう場合があります。
  5. 監視・レビュー (Monitoring and Review): 実施したリスク対応策が有効に機能しているか、リスクの状況に変化がないか、新たなリスクが発生していないかなどを継続的に確認する段階です。定期的な内部監査、自己点検、経営層によるレビューなどを通じて、リスクマネジメント態勢全体の有効性を評価し、必要に応じてプロセスや対策を見直します。ビジネス環境や組織内部の変化に応じて、リスクマネジメントプロセス全体を繰り返し実施することが重要です。

これらのプロセスを組織の状況に合わせて適切に運用することで、企業はリスクに対してより強靭になり、目標達成の確実性を高めることができます。

5. 効果的なリスクマネジメント態勢構築と研修の重要性

多くの企業がリスク管理の重要性は理解しているものの、実際に効果的な態勢を構築・運用できているかというと、課題が多いのが現状です。リスク管理を特定の部門任せにしたり、形式的なマニュアル作成に留まったり、あるいは過去の成功体験や属人的な「注意」に頼りすぎてしまうケースが見られます。また、予見可能なリスクを十分に評価・分析せず、変化する経営環境への対応が遅れ、危機に弱い組織になってしまうことも少なくありません。

特に、内部不正や経営判断ミスといった、企業内部に内在するリスク(内的リスク)の予見と分析が不十分であることは大きな問題です。過去には、経営判断の誤りによって企業が著しい衰退に見舞われ、最終的に身売りを余儀なくされた事例もあります。これは、リスクマネジメントが単なるオペレーションレベルの問題ではなく、コーポレートガバナンスとも密接に関わる経営課題であることを示唆しています。取締役会の監視機能の強化といった議論は、まさにこうしたリスクに対応するためです。

効果的なリスクマネジメント態勢を構築するためには、経営層の強いリーダーシップのもと、組織文化としてリスクアウェアネス(リスクに対する感度)を醸成し、全従業員がリスクマネジメントの重要性を理解し、主体的に関与することが不可欠です。

そのためには、体系的な知識と実践的な方法論を学ぶ「企業リスクマネジメント研修」が極めて重要な役割を果たします。研修を通じて、従業員一人ひとりが自らの業務におけるリスクを特定し、適切な対応策を講じるスキルを身につけることができます。また、組織全体で共通の言語と理解を持つことで、部門横断的な連携がスムーズになり、より効果的なリスク対応が可能となります。ISO 31000やCOSO-ERMといったグローバルスタンダードの考え方を学び、自社の状況に合わせてカスタマイズしていく過程は、研修なくしては実現できません。

6. 中川総合法務オフィスのリスクマネジメント支援:研修・コンサルティングのご案内

リスクマネジメントは、現代企業にとって避けては通れないテーマです。しかし、その重要性を理解しつつも、「何から始めれば良いか分からない」「形式的なものになってしまう」「社内に知見を持つ人材がいない」といったお悩みを抱える企業様も多いのではないでしょうか。

中川総合法務オフィス代表の中川恒信は、これまでに850回を超えるコンプライアンスやリスクマネジメントに関する研修、セミナーを担当し、数多くの企業・団体を支援してまいりました。単なる法律や経営の専門家にとどまらず、豊富な人生経験と、哲学、思想、歴史といった人文科学から自然科学に至るまで幅広い分野にわたる深い造詣をお持ちです。この複眼的で啓蒙的な視点こそが、複雑な現代社会のリスクの本質を見抜き、机上の空論ではない、組織文化に根付く「生きた」リスクマネジメント態勢の構築を可能にしています。

特に、不祥事を起こした組織のコンプライアンス態勢再構築に深く関与し、その再生を支援してきた経験は、リスクマネジメントの実践的な側面を知り尽くしている証です。また、企業の内部通報窓口を外部専門家として現に担当しており、組織内部の不正リスクの予兆を察知し、適切に対応するための豊富な知見とノウハウを有しています。その経験に基づき、マスコミからも不祥事企業の再発防止策に関する意見を求められることも少なくありません。

中川総合法務オフィスでは、ISO 31000やCOSO-ERMといった国際的なフレームワークの要素を踏まえつつ、お客様の業種、規模、組織文化、そして直面する具体的なリスクに合わせてカスタマイズした、実践的で参加者の心に響くリスクマネジメント研修を提供しています。経営層向け、管理者向け、一般従業員向けなど、階層別の研修も可能です。また、リスクアセスメントの実施支援や、リスクマネジメント規程の策定、内部通報制度の設計・運用支援など、リスクマネジメント態勢全体のコンサルティングも承っております。

「リスクマネジメントの重要性はわかるが、何から手をつければ良いか分からない」「既存のリスクマネジメント態勢をより実効性のあるものにしたい」「従業員のリスクアウェアネス(risk awareness)を高めたい」とお考えの企業様は、ぜひ一度、中川総合法務オフィスにご相談ください。

850回を超える研修実績に裏打ちされた確かな知見と、不祥事対応や内部通報窓口の実務で培われた生きた経験に基づき、貴社に最適なリスクマネジメントの導入・強化を支援させていただきます。

費用は、研修一回につき30万円(税別)から承っております(内容、時間等により変動する場合がございますので、まずはお気軽にお問い合わせください)。

是非とも、中川総合法務オフィスの代表 中川恒信に、貴社のリスクマネジメント研修やコンサルティングをご依頼ください。貴社にとって、最も効果的で血肉となるリスクマネジメントの知識と実践方法を習得する機会となることをお約束いたします。

お問い合わせは、お電話(075-955-0307)または当サイトの**相談フォーム**からお気軽にどうぞ。

Follow me!