自治体福祉事務所「生活保護事務」担当職員のコンプライアンス

1.自治体福祉事務所

(1)福祉事務所とは

福祉事務所とは、社会福祉法第14条に規定されている「福祉に関する事務所」をいい、福祉六法(生活保護法、児童福祉法、母子及び寡婦福祉法、老人福祉法、身体障害者福祉法及び知的障害者福祉法)に定める援護、育成又は更生の措置に関する事務を司る第一線の社会福祉行政機関で、都道府県及び市(特別区を含む。)は設置が義務付けられており、町村は任意で設置することができる。

(2)都道府県福祉事務所

1993年(平成5年)4月には、老人及び身体障害者福祉分野で、2003年(平成15年)4月には、知的障害者福祉分野で、それぞれ施設入所措置事務等が都道府県から町村へ移譲されたことから、都道府県福祉事務所では、従来の福祉六法から福祉三法(生活保護法、児童福祉法、母子及び寡婦福祉法)を所管する。

(3)福祉事務所の設置状況 (平成29年4月1日現在)

設置主体が都道府県は207事務所、設置主体が市(特別区含む)は997 事務所、任意で設置できる町村は43事務所となっており、合計 1,247事務所ある。

これらは運営を委託している場合もあるし、組織の中にはめ込んでいて「福祉事務所」の看板がなくて行政組織の名称になっている場合もあって、外部からはわかりにくくなっている。

(4)生活保護の実態

生活保護の支給については、国が3/4、地方が1/4の割合で負担しているが、以前から半分ずつにしたいとの国の要望がある。

また、保護率が高いのは北海道、青森県、東京都、大阪府、福岡県、沖縄県等で、低いのは富山県、愛知県等である。(平成19年)

標準3人世帯(33歳、29歳、4歳)で、東京等は 158,380円を支給しているが、地方郡部では 129,910円である。単身者は約半額になり、母児家庭は増額される。(平成27年)

支給要件に非該当になったり、減額になったときに下記の紛争が出てくる。

また、職員の事務負担が大きいのと動く全体の金額が大きく、コンプライアンスにおけるリスクマネジメントも職業倫理も厳しく問われる現場状況である。

※別稿の「コンプライアンスの事例」 河内長野市の横領事例等も参照

2.生活保護窓口等での職員不祥事

(1)中間市職員、生活保護費の不正受給事件(2013/5/21)

福岡県警は、詐欺の疑いで、新たに同市職員で生活保護費の支給担当だったF容疑者(44)を逮捕した。一連の事件で市職員の逮捕は3人目で、受給者らを合わせた逮捕者は7人になった。逮捕容疑は平成22年から23年にかけ、同市職員、T被告(40)=詐欺罪で起訴=らと共謀し、生活保護を受けていた無職女(65)=公判中=の世帯に同居実態のないフィリピン国籍の女(44)を編入したほか、22年8月、北九州市に住んでいた無職、T被告(40)=詐欺罪で起訴=が中間市に住んでいるように見せかけ、生活保護費計約56万円を不正受給した疑いがある。(産経新聞等参照)

(2)高槻市、生活保護費不正支出事件 高槻市長のお詫び(高槻市HP)

この度、保健福祉部福祉事務所生活福祉課前課長が、生活保護費を不正に支出したため、有印公文書偽造、同行使、詐欺罪で警察に告訴するとともに、当該前課長を懲戒免職処分としました。逮捕については、平成22年1月ごろ、市から架空の人物2人分の生活保護費約36万円を含め、計約270万円をだまし取ったことなどが報道されています。再逮捕は、平成17年7月から平成18年2月までの期間に、正規の生活保護受給者に支払われる約4億6400万円の請求に、同前課長が作出した架空の生活保護受給者3人に対する約368万円の請求を紛れ込ませた支出負担行為兼支出命令書を作成し、約368万円の生活保護費を不正に支出したことなどによるものとされています。
…国への生活保護費国庫負担金の返還や、本市が被った損害に対する前課長への損害賠償請求の手続きや再発防止対策の取組の進展など、一連の作業の目途が立ち…今後とも、市民の皆様の信頼を取り戻す努力を続けるとともに、再発防止対策の一層の推進を図っていきます。

(3)「あまりに重い判決」不正受給事件判決で滝川市が控訴へ2013.4.4

北海道滝川市の元暴力団組員の夫婦らによる生活保護費不正受給事件をめぐり、市の幹部5人に夫婦が介護タクシー代として詐取した総額約2億4千万円の損害賠償を求めた住民訴訟で、幹部2人の過失を認め、約1億円を2人に請求するよう市に命じた札幌地裁判決を不服とした同市は4日、「職員2人に約1億円の賠償命令は重すぎる」として控訴することを決めた。
市長は同日の市議会で、「あまりに重い判決。当時の職員はすでに処分を受けており、国や市への返済も終わっている」として控訴する意向を示し、議会側が同意した。
札幌地裁は3月27日、「不正受給を疑うことは極めて容易に認識できた」などとして、市に対し、保護費支出の決裁権者だった当時の福祉事務所長ら2人に計9785万円の支払いを求めるよう命じた。(産経新聞等参照)

(4)生活保護費等不適正事務 鈴鹿市平成19年度発覚(同市HP)

このたびの生活保護費不正受給事件は,元生活保護受給者Aが中心となり親族,知人等を生活保護を受給せしめ,自らの通院移送費とこれらの者の通院移送費について,タクシー運転手Bと組み通院移送費代を鈴鹿市から詐欺を図った事件を発端に発覚した事案である。
Aが関係した者は,被保護者30数人に上る。また期間も平成15年から平成19年の長きに亘るとともに,移送会社も一般タクシーから数社の介護タクシーに関連し,複雑な様相を呈した。具体的には,一般タクシーの不正として通院においてタクシー利用が認められた者は,タクシー料金を支払いその領収書と通院証明書を市に提出し,いわゆる立て替え分の現金を受給するという方法をとっていた。
平成15年度から平成17年度にかけて,Aはタクシー会社のアルバイト運転手であったBと組み,Bの勤務していたタクシー会社の手書きの領収書を使い,A本人が通院したように装い,偽造の領収書を提出し,市から移送費を搾取していた。
さらに,いわゆるAグループ数人の名前を使い架空の移送費や水増しした移送費の領収書をもって,Bが窓口に来てその金銭を直接受けとり,市から移送費をだまし取っていた。
その間平成16年4月に介護タクシー制度が整備をされ,平成17年度に許可を取得する事業所が市内でも現れるが,平成18年度から事業所の増加とともに一部の事業所にAグループの利用者が集中するようになる。
それとともに通院移送の中心であったBが働いていた一般タクシー会社の利用はほとんど無くなった。これは,Bが介護タクシー業者に移るとともに,Aの介護タクシー業者への働きかけがあったことが推測される。
また,平成19年11月にそれまで通院において,タクシー等利用を認めていた者が使っていた介護タクシー3社の請求に本来請求できない違法な待機料が含まれ,それを支払ってきたことが問題となった。この待機料の請求については,根拠法令がなく違法であるとし,3事業所にそれぞれ過去に遡り平成20年1月に返還を求め,事業者も違法性を認め全額返還に応じた。
こうしたなか平成20年10月に厚生労働省の特別監査,11月に一般監査を受け,一般タクシー及び介護タクシーにおける通院移送費,またそれ以外の治療材料費等の他の一時扶助についても不適正な請求を指摘された。

また,平成21年3月25日に第三者委員会「鈴鹿市生活保護調査委員会」から専門的・法的視点や市民目線での客観的かつ公正な検証と再発防止の提言をいただいた。この案件が長期にわたる内部統制の問題であり,「杜撰で無責任」な事務であったという非常に厳しい報告を受けた。詐欺を働く人間がいたとはいえ,付け込まれる隙を与え,事件を最小限にとどめることができなかった。

3.生活保護窓口での住民による職員への攻撃

(1)加古川市の職員刺傷 現場は騒然 2013.4.19

兵庫県加古川市役所の生活福祉課で18日、生活保護の受給相談に訪れた男(55)に男性職員(27)が刺された殺人未遂事件。市は緊急で記者会見を開き、発生当時の状況などを説明。この日を含めて男には電話や来庁時に5回対応したといい、「トラブルはなかったが、説明の中で行き違いがあったかもしれない」などとした。
市によると、男は同日午後2時ごろ、生活保護の受給相談で同課を訪問。カウンター席で副課長が相談に応じ、隣の席では男性職員が別の応対中だった。男は約10分間の相談を終えて一度立ち去ったが、直後に再び戻ってきて突然カウンター内に入り、男性職員の左後方から包丁で複数回刺したという。
男性職員が「痛い痛い」と叫び声をあげて逃げる一方、男は包丁を持ったまま体を震わせて立っており、別の男性職員2人が取り押さえたらしい。当時は課内に職員約20人がいて、一時は騒然となった。
男は3月19日に同課へ生活保護受給について電話をかけ、4月11日に初めて来庁した際は、刺された男性職員が応対したという。会見した市の名生陽彦・福祉部長は「特にトラブルはなかった。男は生活保護の要件を満たしていなかった可能性が高く、受給が難しいことは説明していた」と述べた。(産経新聞等参照)

(2)高槻市「俺の福祉を切りやがって…」生活保護担当者にカッター突きつけた無職男を逮捕 2013.4.8

大阪府高槻市役所で生活保護の担当職員にカッターナイフを突きつけて脅したとして、大阪府警高槻署は8日、暴力行為法違反容疑で同市八丁畷町の無職男(61)を現行犯逮捕した。「何も言いたくない」と黙秘しているという。
逮捕容疑は8日午前9時ごろ、同市役所1階の生活福祉支援課のカウンター前で、応対した30代の男性職員にカッターを見せ、「俺の福祉を切りやがって。どないなっとるんや」と脅したとしている。職員ら数人で取り押さえ、同署員に引き渡した。職員や来庁者にけが人はなかった。
市によると、男は市から生活保護を受給していたが今月に入ってから市役所で大声で叫ぶなどトラブルになっていた。5日には「役所の世話になりたくない」と自ら辞退届を提出していたが、市は打ち切りの手続きを見合わせていた。(産経新聞等参照)

4.福祉現場での自治体コンプライアンスのために

(1)兵庫県小野市 生活保護に関する適正支給のための条例制定

・「生活保護費でパチンコ×」条例案可決へ 2013.3.26

生活保護費や児童扶養手当をパチンコなどのギャンブルで浪費することを禁止し、市民に情報提供を求める兵庫県小野市の「市福祉給付制度適正化条例」案が25日、市議会常任委員会で全会一致で可決された。条例案では、不正受給や常習的な浪費を見つけた場合、市への情報提供が「市民の責務」と条文に記載。寄せられた情報は警察OBらによる適正化推進員が調査するとした。市民福祉部長は「生活保護は生活維持の費用。ギャンブルは日常生活に必要か。なぜこれほどバッシングを受けるのか」と語気を強める場面もあった。また、市内外から市に寄せられた条例案への意見は22日時点で1734件に上った。62%を占めた賛成意見には「(生活保護費などを)ギャンブルに使えば、生かされている感謝を忘れる」などの受給者の声がある半面、38%の反対意見では「不毛な犯人探しが始まり、地域にいづらくなる」などとしていた。

(2)生活保護不正受給防止へ 京都市と京都府警が協定締結 全国初 2013.3.25

生活保護費など社会保障費の不正受給を防止するため、京都市と京都府警は25日、連携協定を締結する。市の担当者と府警の捜査員をホットラインで結び、暴力団などがからんだ組織的な不正受給の摘発強化につなげるのが狙い。市などによると、社会保障費の不正対策をめぐり、自治体と警察が正式な協定を結ぶのは全国で初めて。
市は4月、不正防止のため、受給者の生活実態調査やケースワーカーの資質向上などを図る「適正給付推進課(仮称)」を新設。また、「適正化推進支援員」という非常勤の嘱託職員を3人増員し、夜間にも不正受給による過払い金の督促などを行う予定だ。
一方、府警は不正受給を取り締まる専従捜査班を、詐欺事件などを担当する捜査2課と、暴力団対策を担う組織犯罪対策2課に新設。それぞれが連携して捜査にあたる。専従捜査班の設置は全国的にも珍しいという。
協定締結で、市や府警の新組織間での情報共有を強化。府警の捜査員が、暴力団対策などについて、ケースワーカーに指導することなども想定しており、悪質な不正受給の摘発強化を目指す。

(3)自治体コンプライアンスの実現のために

以上見てきたように、ここでの問題は2面性があり、一つは職員が不正をしてしまうことであり、もう一つは職員への攻撃から職員が身を守るということである。

いずれも、カネが絡むことに原因があることは言うまでもない。

したがって、不祥事の防止策をコンプライアンスの観点から徹底させることと、職員の身の安全を守るための方策が必要である。

京都市のように警察と連携するのも一つの方向である。

また、役所内の秩序を維持する観点から、上司や管理監督責任者が一般職員の身を守ることを意識に入れる必要があろう。

リーダーシップがここでも問われるのである。

以下には、参考のために滝川市と鈴鹿市の不祥事の再発防止策を上げておく。

(4)滝川市の不正支出の検証と再発防止

①行政の執行責任者としての対応の不十分さ

今回のケースについては、市長は指揮監督権を、副市長は監督権を有する者として、具体的な情報を知り得た時点で直接問題解決にかかわり、徹底した調査対応を指示すべきでした。

②行政執務における徹底の不十分さ

医師の判断や北海道への相談などを根拠にして行った対応は十分なものではなく、更なる病状調査や検診命令の措置をとるべきであり、生活状況等の把握においても、より踏み込んで講ずべき手段があったと考えます。

③ 公金支出に対する税意識の不十分さ

生活保護費は国民の税金で賄われており、公金の意識を徹底し、「他人のお金」意識ではない、「自分のお金」意識で強い倫理規範を持って執行していくことが必要であり、公金支出に対する事前チェック、事後の監視に不十分さがありました。

④ 問題に対する組織的対応の不十分さ

処遇困難ケースについては、担当者は、査察指導員とともに上司に指示を仰ぎ、また、管理職も積極的に関与し組織的対応をすべきであり、事務引継ぎを含め、組織として問題への取組が十分ではありませんでした。

(5)鈴鹿市の不祥事再発防止策

① 法令遵守の相互確認

・保護の実施決定に係る判断基準取扱指針及び実施要領の策定を行い,そのなかでの実施基準により事務を進める。

・問題事例・困難事例については,ケース診断会議を開催し,組織として案件の検討を行う。ケース診断会議には,社会福祉事務所長,生活支援課長も参加。

・査察指導員2名を配置し,ケースワーカー同士の横のつながりの強化を図った。

② 決裁の徹底

・保護の開始・廃止・停止・却下の決定を課長決裁から福祉事務所長決裁とした。

・生活保護電算システムの改修を行い,業務の適正化,後追い決裁の未然防止のため電算システムにバーコードリーダーで決裁済を入力するよう改修を図った。

③ 現金取扱いの見直し

・委任状の確認,代理人による受領の証拠を残すなどの対応を徹底する。

・金銭管理能力がないため金銭管理を第三者に委ねざるを得ない場合は,成年後見制度や日常自立支援事業といった正規の制度・事業の活用を促し,安易に第三者へ支払わない。

④ ケースワーカーの増員と質の向上

平成21年 4月 ケースワーカー2名,就労指導員1名の増員、平成21年10月 ケースワーカー2名 面接相談員2名(社会福祉士)嘱託職員1名の増員、平成22年 4月 ケースワーカー3名 増員(うち社会福祉士2名)

⑤不正事案に対する組織的対応及び組織風土の改革

・今回問題となった通院移送費については,タクシー事業者による「現物給付」から,生活保護受給者が一旦立て替え,ケースに応じて生活保護受給者に後で支払う「現金給付」へ見直しを図る。

・移送要否意見書については,嘱託医承認のほか,タクシー利用の場合は,特に他の医療機関での検診命令をかけ,セカンドオピニオンを得ることをルール化する。

・チームで仕事をするということが欠けていた。そのことから,何かあれば皆が自分の問題としてとらえ,話し合い,解決していかなければならない。職員が,規律を重んじながら,仕事を通じて市民全体に奉仕するという公僕としての誇りと使命感を持って明るく楽しく和気藹々と業務に取り組む職場をめざす。

査察指導員とはケースワーカーを指導する立場にある上司のような職員のことで、ケースワーカーは生活保護の相談や手続きを行う職員である。 ケースワーカー7名につき1名の査察指導員を設置するように定められている。

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