遺言によって財産を与えられた者が、その財産を受け取りたくないと考える場面は珍しくない。管理の負担が大きい山林や原野、老朽化した建物、遠隔地の不動産、あるいは遺言者の他の家族との関係を思えば辞退したいという判断もある。民法は受遺者にこの選択の自由を認めており、第986条から第989条までがその手続と限界を定めている。本稿では4か条をまとめて扱う。放棄と承認という一つの選択をめぐる規律であり、方法(986条)、確答の促し(987条)、選択権の承継(988条)、選択後の拘束(989条)が連続した一つの手続を構成しているためである。


1 条文原文

(遺贈の放棄)

第九百八十六条 受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができる。

2 遺贈の放棄は、遺言者の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。

(受遺者に対する遺贈の承認又は放棄の催告)

第九百八十七条 遺贈義務者(遺贈の履行をする義務を負う者をいう。以下この節において同じ。)その他の利害関係人は、受遺者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に遺贈の承認又は放棄をすべき旨の催告をすることができる。この場合において、受遺者がその期間内に遺贈義務者に対してその意思を表示しないときは、遺贈を承認したものとみなす。

(受遺者の相続人による遺贈の承認又は放棄)

第九百八十八条 受遺者が遺贈の承認又は放棄をしないで死亡したときは、その相続人は、自己の相続権の範囲内で、遺贈の承認又は放棄をすることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。

(遺贈の承認及び放棄の撤回及び取消し)

第九百八十九条 遺贈の承認及び放棄は、撤回することができない。

2 第九百十九条第二項及び第三項の規定は、遺贈の承認及び放棄について準用する。


2 趣旨・立法背景

2-1 なぜ放棄が認められるのか

遺言は、遺言者が一人で作成する単独行為である。契約とは違い、相手方の承諾を得る必要がない。第985条第1項により遺言は遺言者の死亡の時から効力を生じ、特定の財産を対象とする遺贈であれば、その財産は遺言者の死亡と同時に、何らの手続を要せずに受遺者へ移転する。

つまり受遺者は、自分の知らないところで作られた書面によって、承諾していない財産の権利者となる。有利な財産であれば問題は生じないが、固定資産税や管理費用の負担を伴う不動産、境界の争いを抱えた土地、あるいは受遺者自身の家族関係に波風を立てる財産であれば、受け取ること自体が不利益になりうる。

第986条第1項は、この一方的な押し付けから受遺者を解放する規定である。誰の同意も、家庭裁判所の許可も要しない。受遺者の一方的な意思表示だけで遺贈から離脱できる。

条文は「遺言者の死亡後」と時期を限定している。遺言者の生存中は遺贈の効力が発生していないため、放棄する対象がまだ存在しない。遺言の内容を生前に知った受遺者が辞退の意向を伝えることは事実上あるとしても、それは第986条の放棄ではなく、遺言者に遺言の書き直しを促す働きかけにとどまる。

2-2 遡及効の意味

第2項は、放棄の効力が遺言者の死亡の時にさかのぼると定める。放棄の時点で権利が受遺者から離れるのではなく、初めから受遺者に帰属しなかったことになる。

この構成には実益がある。もし放棄が将来に向かってのみ効力を持つとすれば、遺言者の死亡から放棄までの期間、受遺者は所有者として果実を取得し、同時に管理責任と公租公課を負担していたことになる。放棄によって関係を清算するには、受遺者と相続人の間で精算計算が必要になってしまう。遡及効はこの複雑な処理を回避する。

放棄によって行き先を失った財産の帰属先は第995条が定める。遺贈が効力を生じないとき、または放棄によって効力を失ったときは、受遺者が受けるべきであったものは相続人に帰属する。遺言者が遺言で別段の意思を表示していれば、その意思が優先される。

2-3 適用範囲は特定遺贈に限られる

第986条から第989条までは、特定の財産を目的とする遺贈(特定遺贈)についての規定と解されている。相続財産の全部または割合的な一部を与える包括遺贈の場合、第990条により包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有する地位に立つため、承認と放棄については相続の承認・放棄に関する第915条以下の規律が適用される。

この違いは手続の上で大きい。

特定遺贈包括遺贈
根拠規定986条〜989条915条以下(990条により)
期間の制限なし(いつでも可能)自己のために遺贈があったことを知った時から3か月
放棄の方法遺贈義務者に対する意思表示家庭裁判所への申述
一部の放棄目的物が可分であれば可能と解されるできない
期間内に何もしないとき承認とみなされる(987条は催告があった場合)単純承認とみなされる(921条2号)

包括遺贈を受けた者が財産の一部だけを手放したいと考えても、相続人と同じ地位にある以上、全部を受けるか全部を放棄するかの選択しかない。遺言を設計する段階で、この差が受遺者の選択肢を大きく左右する。

2-4 催告権を認めた理由(987条)

第986条第1項が期間の制限を置かなかったことは、受遺者を保護する反面、遺贈を履行する側を不安定な立場に置く。放棄されるかもしれない財産を相続人が処分することはできず、遺産分割の対象に含めるかどうかも定まらない。相続税の申告期限が迫っていても、財産の帰属が確定しないまま計算を進めることになる。

第987条前段は、遺贈義務者と利害関係人に、相当の期間を定めて確答を求める権利を与えた。後段は、その期間内に受遺者が遺贈義務者に対して意思を表示しなかった場合、遺贈を承認したものとみなす。

沈黙を承認と扱う点は、相続の場合と方向が一致している。相続でも熟慮期間内に何もしなければ単純承認とみなされる(第921条第2号)。遺贈は放棄がない限り効力を持ち続ける制度である以上、沈黙の帰結を承認とするのが制度の構造に沿う。

2-5 選択権は相続される(988条)

受遺者が承認するか放棄するかを決める前に死亡した場合、その選択権は消滅せず、受遺者の相続人に承継される。遺贈を受ける地位は財産的な価値を持つ地位であり、一身専属的なものではないからである。

「自己の相続権の範囲内で」という限定は、受遺者に複数の相続人がいる場合に意味を持つ。相続人らは全員一致で結論を出す必要がなく、各自が自分の相続分に対応する部分について個別に承認または放棄を選択できる。一人が放棄し、他の者が承認するという結果も生じうる。

ただし書は遺言者の意思を優先させる。遺言に「受遺者が承認または放棄をしないで死亡したときは遺贈は失効する」といった定めがあれば、選択権は相続人に承継されない。

なお、受遺者が遺言者よりも先に死亡した場合は本条の場面ではない。第994条第1項により遺贈そのものが効力を生じず、受遺者の相続人が代わって受遺者となることもない。第988条は、遺贈が有効に効力を生じた後、受遺者が選択を留保したまま死亡した場合の規定である。

2-6 撤回できない理由と取消しの余地(989条)

第1項は承認と放棄の撤回を禁じる。受遺者が放棄したことを前提に相続人が遺産分割協議をまとめ、財産を処分した後になって撤回を認めれば、関係者の地位が根底から覆る。放棄を自由にできることの裏返しとして、いったんした選択には拘束される。

第2項は第919条第2項と第3項を準用する。準用の内容は次のとおりである。

  • 撤回はできないが、民法総則および親族の規定による取消しは妨げられない。未成年者が法定代理人の同意を得ずに放棄した場合、詐欺や強迫によって放棄した場合などがこれに当たる。
  • 取消権は、追認をすることができる時から6か月間行使しないときは時効によって消滅する。承認または放棄の時から10年を経過したときも同様である。

準用されているのは第2項と第3項だけであり、第4項は含まれていない。第4項は相続の放棄や限定承認を取り消す場合に家庭裁判所への申述を要求する規定であるため、遺贈の承認・放棄の取消しには家庭裁判所の手続が要らない。遺贈義務者に対する意思表示で足りる。放棄そのものが裁判所の関与なしに行われることと整合した扱いである。

通常の取消権の期間制限(第126条の5年・20年)に比べて期間が短いのは、遺贈をめぐる法律関係を早期に安定させる必要を反映している。

2-7 沿革

明治民法では、現在の第986条の位置には家督相続に関する規定が置かれていた。昭和22年の民法改正により家制度が廃止され、条数の繰り替えを経て、遺贈の放棄に関する規律が現在の第986条以下に配置された。文言は昭和22年改正当時の枠組みを引き継いでおり、令和8年に至るまで4か条の実質的な内容に変更はない。もっとも、後述するように周辺の規定は平成30年以降に大きく動いている。


3 用語解説

受遺者

遺言によって財産を与えられた者。相続人であってもよく、相続人以外の親族、友人、法人、地方公共団体でもよい。相続人である受遺者が遺贈を放棄しても、相続人としての地位は失われない。遺産分割協議には引き続き参加できる。

特定遺贈

「甲市乙町の土地をAに遺贈する」「預金のうち300万円をBに遺贈する」のように、特定の財産を目的とする遺贈。効力が生じると、対象財産は遺産分割を経ずに直ちに受遺者へ帰属する。

包括遺贈

「財産の全部をCに遺贈する」「財産の3分の1をDに遺贈する」のように、財産の全部または割合で示された一部を目的とする遺贈。包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するが(第990条)、相続人そのものではない。遺留分を持たず、代襲もない。

遺贈義務者

第987条の括弧書が「遺贈の履行をする義務を負う者」と定義している。具体的には次のとおり整理される。

  • 遺言執行者があるとき ―― 遺言執行者。第1012条第2項により、遺言執行者がある場合には遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができる。
  • 遺言執行者がないとき ―― 相続人全員。
  • 相続人のあることが明らかでないとき ―― 第952条により選任される相続財産清算人。

放棄の意思表示を誰に向けるべきかを判断する際、この整理が出発点になる。遺言執行者が選任されているのに相続人へ通知しても、有効な意思表示として扱われない危険がある。

遺贈の放棄

受遺者が遺贈による利益を受けない旨の意思表示。相手方のある単独行為であり、遺贈義務者に到達することによって効力を生ずる。家庭裁判所への申述は不要である。

遡及効

法律行為の効力を過去のある時点にさかのぼらせること。第986条第2項では遺言者の死亡の時が基準時となり、目的財産は初めから受遺者に帰属しなかったものと扱われる。

催告

相手方に一定の行為を求める通知。第987条の催告には「相当の期間」を定めることが要件とされる。何日であれば相当かを条文は定めておらず、財産の内容、調査の難易、受遺者の所在といった事情によって判断される。不動産の権利関係や税負担の調査を要する事案で1週間を指定すれば、相当性を欠くと判断される余地がある。

撤回と取消し

撤回は、瑕疵なく有効に成立した行為の効力を将来に向かって失わせること。取消しは、成立の当初から瑕疵のある行為の効力を初めにさかのぼって失わせること。第989条は前者を封じ、後者は期間制限のもとで認める。

負担付遺贈

受遺者に一定の義務の履行を負わせる遺贈。第1002条第2項は、受遺者が負担付遺贈を放棄したときは、負担の利益を受けるべき者が自ら受遺者となることができると定める。放棄によって負担の受益者が保護を失わないための仕組みである。

特定財産承継遺言

「甲市乙町の土地を長男Aに相続させる」のように、遺産分割の方法の指定として特定の財産を共同相続人の一人に承継させる遺言(第1014条第2項)。遺贈とは法的性質が異なり、第986条の放棄はできない。取得を拒むには相続放棄によるしかなく、その場合は他の財産についても相続権を失う。遺言を作成する側にとっても、受け取る側にとっても、この違いは選択肢の広さに直結する。


4 判例・裁判例

4-1 放棄の意思表示の相手方 ―― 大判大正7年2月2日

特定遺贈の放棄の意思表示は、遺贈義務者に対してしなければならないと判示した。放棄は相手方のある単独行為であるという理解の基礎となっている。第1012条第2項が新設された現在では、遺言執行者があるときはその者が相手方になる。

4-2 目的財産の当然移転 ―― 大判大正5年11月8日

遺贈の目的である財産は、包括遺贈か特定遺贈かを問わず、遺言者の死亡と同時に直接受遺者へ移転すると判示した。受遺者が承諾の意思を示すことは効力発生の要件ではない。放棄の制度がなぜ必要とされるのかを説明する前提の判断である。

4-3 特定遺贈の目的財産は遺産分割の対象にならない ―― 最判平成8年1月26日

遺留分減殺請求(当時)の効果を論じた事案であるが、判決理由の中で、特定遺贈が効力を生ずると目的とされた特定の財産は何らの行為を要せずして直ちに受遺者に帰属し、遺産分割の対象となることはないと述べている。受遺者が放棄しなければ当該財産は遺産分割の議題にならず、放棄すれば第995条により相続人に帰属して分割の対象に戻る、という切り替えの構造が確認できる。

4-4 遺贈の履行を求める訴えの相手方 ―― 最判昭和43年5月31日(民集22巻5号1137頁)

遺言執行者がある場合、受遺者が遺贈の履行を求める訴えの被告となるのは遺言執行者であり、相続人ではないと判示した。平成30年改正前の事案であるが、第1012条第2項の新設によってこの結論は条文上の裏付けを得た。放棄の通知先の判断にも同じ発想が及ぶ。

4-5 死因贈与への準用の否定 ―― 最判昭和43年6月6日

遺贈の承認および放棄に関する規定は、遺言が単独行為であることに基づくものであることが明らかであるから、第554条によって契約である死因贈与に準用されるものではないと判示した。

第554条は、贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与について、その性質に反しない限り遺贈に関する規定を準用すると定める。しかし死因贈与は契約であり、受贈者は契約締結の段階で受けるかどうかを判断している。単独行為であることから生じる受遺者保護の必要がないため、第986条から第989条までは準用されない。生前に死因贈与契約を結んだ者が、贈与者の死亡後に第986条を根拠として一方的に離脱することはできない。

なお、遺言の撤回に関する第1022条は、その方式に関する部分を除いて死因贈与に準用される(最判昭和47年5月25日)。負担の履行期が贈与者の生前と定められた負担付死因贈与において、受贈者が負担の全部またはこれに類する程度の履行をした場合には、特段の事情がない限り撤回できない(最判昭和57年4月30日)。準用の可否は規定ごとに検討を要する。

4-6 包括遺贈が放棄された場合の帰属先 ―― 最判令和5年5月19日(民集77巻4号1007頁)

被相続人が、財産の2分の1を子に相続させ、3分の1を孫Dに、6分の1を孫Eに遺贈する旨の遺言を残し、Eが遺贈を放棄した事案である。Eが受けるべきであった6分の1が、他の包括受遺者Dに移るのか、相続人に帰属するのかが争われた。

最高裁は、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するものの相続人ではなく、第995条本文は受遺者が受けるべきであったものが相続人と当該受遺者以外の包括受遺者のいずれに帰属するかが問題となる場面において「相続人」に帰属する旨を定めた規定であるとして、文理に照らし包括受遺者は同条の「相続人」に含まれないと判断した。したがって遺言者が別段の意思を表示したときを除き、失効した部分は他の包括受遺者には帰属せず、相続人に帰属する。

本判決は併せて、包括遺贈がされた場合に遺言執行者が包括受遺者以外の者への所有権移転登記の抹消または一部抹消(更正)登記を求める訴えの原告適格を有することを認めた。平成30年改正前の相続に関する事案であり、第899条の2第1項の新設や第1013条第2項の新設を経た事案に射程がそのまま及ぶかについては議論がある。

遺言を作成する段階での示唆は具体的である。複数の包括受遺者を指定する場合、一人が放棄したときの帰属先を遺言に書いておかなければ、残された部分は相続人へ戻る。遺言者の想定と異なる結果になりやすい場面である。

4-7 債権者による干渉の可否 ―― 公表裁判例が見当たらない領域

受遺者の債権者が、受遺者による遺贈の放棄を詐害行為として取り消すことができるかについて、公表された裁判例は見当たらない。

参考になるのは相続放棄についての最判昭和49年9月20日(民集28巻6号1202頁)である。最高裁は、詐害行為取消権の対象となる行為は積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを含まないとし、相続の放棄は既得財産を積極的に減少させる行為というよりは消極的にその増加を妨げる行為にすぎないと述べた。加えて、相続の放棄のような身分行為は他人の意思によって強制すべきでなく、これを詐害行為として取り消しうるとすれば相続人に相続の承認を強制するのと同じ結果になり不当であるとした。

この判断のうち、財産の増加を妨げるにすぎないという点は特定遺贈の放棄にも当てはまる。他方、身分行為であるという点は、相続人以外の第三者が受遺者となる場合には当てはまらない。遺贈の放棄が詐害行為取消権の対象となるかは、なお解釈に委ねられた問題である。

これに対し、共同相続人間で成立した遺産分割協議は、その性質上財産権を目的とする法律行為であるとして詐害行為取消権の対象となりうるとされている(最判平成11年6月11日)。同じ「財産を受け取らない」という外形でも、法的性質によって結論が分かれる。

4-8 第987条・第988条・第989条について

これら3か条を直接の争点として判断した公表裁判例は見当たらない。催告の相当性が争われた事例、受遺者の相続人が相続分ごとに異なる選択をした事例、放棄の取消しが争われた事例のいずれについても、公表された判断は確認できない。

規定が明快で紛争になりにくいという説明も可能であるが、そもそも特定遺贈の放棄が家庭裁判所の手続を経ないため記録が残らず、争いが表面化しにくいという事情もある。実務では判例に頼れないことを前提に、催告書と放棄の意思表示の証拠を自ら確保しておく必要がある。


5 改正の経緯と最新の動向

第986条から第989条までの本文は動いていないが、周辺の制度は平成30年以降、遺贈の実務を大きく変える方向で改正が続いている。

5-1 平成30年法律第72号(相続法改正)

  • 第998条の全面改正(令和2年4月1日施行)。改正前は遺贈の目的物が特定物か不特定物かで担保責任の規律を分けていたが、平成29年の債権法改正で特定物と不特定物の区別を前提としない構成に変わったことに合わせ、遺贈義務者は目的である物または権利を相続開始の時(その後に遺贈の目的として特定した場合はその特定した時)の状態で引き渡し、または移転する義務を負うという規律に一本化された。遺言者が別段の意思を表示したときはその意思に従う。
  • 第1000条の削除(同日施行)。第三者の権利の目的である財産の遺贈に関する規定が削られた。
  • 第1012条第2項の新設(令和元年7月1日施行)。遺言執行者がある場合には遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができると明記された。放棄の意思表示の相手方を判断する上での直接の根拠となる。
  • 第1007条第2項の新設(同日施行)。遺言執行者は任務を開始したときは遅滞なく遺言の内容を相続人に通知しなければならない。

第986条から第989条までは改正の対象外であり、第987条の括弧書による遺贈義務者の定義も改正前から置かれていた。

5-2 令和3年法律第24号(所有者不明土地問題への対応)

  • 相続財産清算人(令和5年4月1日施行)。第952条の改正により、従前の相続財産管理人が相続財産清算人に改められた。相続人のあることが明らかでない場合の遺贈義務者はこの清算人である。
  • 相続人に対する遺贈の登記の単独申請(令和5年4月1日施行)。不動産登記法第63条第3項が新設され、遺贈(相続人に対する遺贈に限る)による所有権の移転の登記は、第60条の規定にかかわらず登記権利者が単独で申請できることとなった。従前は受遺者と遺言執行者または相続人全員による共同申請を要していた。受遺者が相続人でない場合は従前どおり共同申請である。
  • 相続登記の申請義務化(令和6年4月1日施行)。不動産登記法第76条の2第1項後段により、相続人に対する遺贈で所有権を取得した者も、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ所有権を取得したことを知った日から3年以内に登記を申請しなければならない。正当な理由なく怠れば10万円以下の過料の対象となる(同法第164条第1項)。相続人以外の受遺者にはこの義務は課されない。
  • 相続土地国庫帰属制度(令和5年4月27日施行)。相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律により、相続または遺贈(相続人に対する遺贈に限る)で土地を取得した相続人は、要件を満たせば土地を国庫に帰属させる承認申請ができる。相続人以外の受遺者はこの制度を利用できない。

最後の点は、遺贈を承認するか放棄するかの判断に直結する。管理の負担が重い土地を相続人以外の者に遺贈する遺言があった場合、その受遺者は国庫帰属という出口を持たない。承認すれば手放す手段を自力で探すことになる。放棄という選択の重みが、この制度の登場によってかえって増したといえる。

5-3 令和8年法律第45号(成年後見および遺言の制度の見直し)

令和8年6月17日に成立し、同月24日に公布された。成年後見制度については後見と保佐を廃止して補助に一元化し、遺言制度については押印の任意化、保管証書遺言の創設、特別の方式の遺言の見直しを行う。

第986条から第989条までは改正されていない。ただし、放棄をする際の行為能力の枠組みが移動する。

  • 現行第13条第1項第7号は「贈与の申込みを拒絶し、遺贈を放棄し、負担付贈与の申込みを承諾し、又は負担付遺贈を承認すること」を被保佐人が保佐人の同意を得るべき行為として掲げているが、現行第13条から第19条までは削除される。
  • 同じ行為は新第9条第2項第9号に移り、家庭裁判所が補助人の同意を要する旨の審判をした場合に、その同意を得るべき行為となる。同意またはこれに代わる許可を得ないでした行為は取り消すことができる(新第9条第5項)。
  • 事理を弁識する能力を欠く常況にある者について特定補助人を付する旨の審判がされたときは、新第9条第2項各号に掲げる行為は取り消すことができる(新第10条第2項)。遺贈の放棄もこの対象に含まれる。
  • 遺言能力に関する第962条も、適用を排除する条文が「第五条、第九条及び第十条」に改められる。

施行日は、成年後見制度の見直しに係る部分については公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内で政令で定める日とされている。遺言制度のうち押印の任意化は1年以内、保管証書遺言の創設は3年以内である。いずれも政令が未公布であるため、当面は現行法を前提に処理する。判断能力に不安のある受遺者が遺贈を放棄する場面では、現時点では保佐人の同意の要否を現行第13条第1項第7号で確認することになる。


6 実務上の留意点

6-1 放棄の方法と証拠の残し方

家庭裁判所の手続は不要であり、遺贈義務者に対する意思表示で足りる。しかし手続がないことは、後に「放棄したか」「いつしたか」が争点になりやすいことを意味する。配達証明付きの内容証明郵便を用い、放棄の対象となる遺贈の特定(遺言の作成日、遺言書の種別、対象財産)を明記しておくことが望ましい。

宛先の判断も慎重を要する。遺言執行者が指定または選任されているかを遺言書と家庭裁判所の記録で確認し、遺言執行者があればその者に、なければ相続人全員に発する。相続人の一部にしか届いていない場合の効力については明確な判断がなく、全員に発するのが安全である。

6-2 一部だけ放棄できるか

特定遺贈で複数の財産が目的とされ、それぞれが可分であれば、一部のみの放棄が可能と解される。売却の見込みがない原野だけを外し、預金は受け取るという処理である。もっとも、遺言の文言が複数の財産を一体として与える趣旨と読める場合には争いが生じうるため、遺言義務者との協議と書面化を先行させたい。

包括遺贈では一部の放棄ができない。遺言を作成する段階で、受遺者に選択の幅を残したいのであれば特定遺贈の形式を採る方が柔軟である。

6-3 催告する側の準備

第987条の催告をする立場では、期間の相当性が後に問われることを想定して設計する。対象財産の一覧、評価の概要、遺言書の写しを添えて回答期間を示せば、受遺者が判断するための材料を提供したことが記録に残る。回答期間の起算点と満了日を明示し、期間内に回答がない場合は承認したものとみなされる旨を条文とともに記載しておく。

受遺者が未成年者である場合、催告の相手方は法定代理人である。判断能力に不安がある受遺者については、成年後見関係の登記事項証明書で権限の有無を確認する。

6-4 相続人である受遺者の位置づけ

相続人が特定遺贈を受けている場合、遺贈を放棄しても相続人としての地位は残る。放棄された財産は第995条により相続人に帰属し、遺産分割の対象となるため、放棄した本人も分割協議の当事者として関与する。結果として、放棄した財産の一部を相続分に応じて取得することもありうる。

逆に相続放棄をした者に対する特定遺贈は、なお受けることができると解される。相続と遺贈は別個の原因であるためである。ただし特定財産承継遺言の場合は相続を原因とする承継であるため、相続放棄によって取得できなくなる。遺言の文言が「相続させる」か「遺贈する」かで結論が分かれる。

6-5 税務上の扱い

遺贈を放棄すれば、その財産について受遺者に相続税の納税義務は生じない。放棄された財産は相続人に帰属し、相続人側で課税関係を検討することになる。承認と放棄のどちらが有利かは、財産の評価額、相続人の基礎控除の状況、受遺者と被相続人の関係(相続人以外の受遺者には相続税額の2割加算がある)によって変わる。相続税の申告期限との関係もあるため、判断は税理士と併行して進めるのが実際的である。

6-6 遺言を作成する立場からの設計

受遺者が放棄する可能性を想定した条項を置いておくと、遺言者の意思がより正確に実現される。

  • 放棄があった場合の帰属先を指定する(第995条ただし書、第988条ただし書)。
  • 複数の包括受遺者を定める場合は、一人が放棄したときの割合の扱いを明記する。最判令和5年5月19日の事案が示すとおり、書かなければ相続人に戻る。
  • 相続人に承継させたい財産については、単独申請と国庫帰属制度の利用可能性を考えて、遺贈と特定財産承継遺言のどちらを選ぶか検討する。
  • 負担付遺贈では、放棄があった場合に負担の受益者がどうなるかを第1002条第2項の規律と併せて確認する。

7 参考資料



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