企業が直面する労働法務の課題は複雑化の一途を辿っています。特に、労働契約法は、労働者と使用者間の基本的なルールを定め、個別労働紛争の解決において重要な役割を果たしています。本稿では、労働契約法の主要な内容に加え、平成24年(2012年)の改正法(無期転換ルール、雇止め法理の法定化)の最新動向、そして2024年4月1日施行の労働条件明示ルールの変更についても詳細に解説し、企業が遵守すべきコンプライアンスのポイントを中川総合法務オフィスの知見から深く掘り下げます。

1.労働契約法の登場とその内容(労働法務のコンプライアンス)

労働契約法は、多様化する就業形態と増加する個別労働紛争に対応するため、労働者と使用者間の労働契約に関する基本的なルールを明確にする目的で、平成20年(2008年)3月1日に施行されました。東京大学の菅野和夫先生が「小振り」と評したこの法律は、従来の民法や労働基準法ではカバーしきれなかった労働契約の具体的な解釈・適用に関する指針を提供しています。

(1) 労働契約法制定の背景と意義

近年、就業形態が多様化し、それに伴い労働者の労働条件が個別に決定・変更されるケースが増加しました。これにより、個別労働紛争も顕著に増加傾向にありました。この紛争解決のために、平成13年(2001年)からは個別労働紛争解決制度が、平成18年(2006年)からは労働審判制度が施行されるなど、手続き面での整備は進みました。しかし、労働契約に関する民事的なルールをまとめた法律は存在せず、法的な枠組みの欠如が課題となっていました。

労働契約法の制定は、このような背景のもと、労働契約に関する基本的なルールを定めることで、紛争の未然防止と迅速な解決に資することを目的としています。これは、労働者と使用者の双方にとって、予見可能性を高め、安定した労働関係を構築するための重要な基盤となっています。

2.【労働契約法の主要内容】

労働契約法は、労働者の定義から労働契約の成立、変更、終了に至るまで、幅広い側面で基本的なルールを定めています。

(1) 労働者の定義(第2条第1項)

労働契約法における「労働者」とは、「使用者の指揮・命令のもとに働き、その報酬として賃金を受けている場合」に該当する者を指します。たとえ契約の形式が「請負」や「委任」であったとしても、その実態として使用者の指揮・命令の下で働き、賃金を受けているのであれば、労働契約法上の「労働者」として保護の対象となります。この実態判断は、労働法務コンプライアンスにおいて非常に重要なポイントであり、誤った判断は後に大きな法的リスクを招く可能性があります。

※この労働者の定義の見直しが現在進んでいます。プラットフォームワーカーの増加に伴い、現行の労働基準法で想定されていない働き方が増えてきたためです。

(2) 労働契約の基本ルール(第3条)

労働契約法は、労働契約の締結や変更における基本的な考え方を以下の通り定めています。

  • 対等の立場における合意の原則(第3条第1項): 労働契約は、労働者と使用者が対等な立場で合意することによって成立・変更されるのが原則です。
  • 均衡への配慮(第3条第2項): 労働契約の締結や変更に際しては、労働者と使用者の間で均衡を考慮することが重要です。これは、一方に著しく不利益な条件を課さないという考え方を示しています。
  • 仕事と生活の調和への配慮(第3条第3項): 労働者と使用者は、仕事と生活の調和に配慮しながら労働契約を締結・変更する必要があります。これは、ワークライフバランスの重要性を法的に位置づけたものです。
  • 信義誠実の原則と権利濫用の禁止(第3条第4項・第5項): 労働者と使用者は、互いに信義に従い誠実に行動しなければならず、それぞれの権利を濫用してはなりません。これは、民法上の一般原則を労働契約関係に適用したものです。

(3) 労働契約の成立(第6条、第7条、第12条、第13条)

労働契約は、労働者と使用者が「労働すること」と「賃金を支払うこと」について合意すれば成立します。

  • 就業規則の法的効力(第7条本文): 事業場に就業規則がある場合、その就業規則が「合理的な内容」であり、かつ「労働者に周知されていた(労働者がいつでも見られる状態にあった)」場合には、就業規則に定める労働条件が労働者の労働条件となります。就業規則が適切に周知されていない場合、その内容は労働条件とはみなされません。
  • 個別合意の優先(第7条ただし書): 労働者と使用者が就業規則とは異なる内容の労働条件を個別に合意していた場合、その個別合意の内容が労働者の労働条件として優先されます。ただし、個別合意の労働条件が就業規則を下回る場合、労働者の労働条件は就業規則の内容まで引き上げられます(第12条)。これは、労働者保護の観点から就業規則が最低基準となることを意味します。
  • 法令・労働協約との関係(第13条): 法令や労働協約に反する就業規則は、労働者の労働条件にはなりません。これは、就業規則が上位法規に劣後するという原則を示しています。

(4) 労働契約の変更(第8条、第9条、第10条)

労働者の就労期間中、賃金や労働時間などの労働条件が変更されることは少なくありません。

  • 合意による変更(第8条): 労働者と使用者が合意すれば、労働契約を変更することができます。
  • 就業規則の変更による不利益変更の制限(第9条、第10条): 使用者が一方的に就業規則を変更して労働者の不利益に労働条件を変更することは、原則として認められません(第9条)。ただし、以下の要件を満たす場合に限り、就業規則の変更によって労働条件を変更することができます(第10条)。
    • その変更が、以下の事情などに照らして「合理的」であること:
      • 労働者の受ける不利益の程度
      • 労働条件の変更の必要性
      • 変更後の就業規則の内容の相当性
      • 労働組合等との交渉の状況
    • 労働者に変更後の就業規則を周知させること。

《就業規則の変更についての主要裁判例》

  • 秋北バス事件最高裁判決: 新たな就業規則の作成や変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは原則許されませんが、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者がこれに同意しないことを理由として適用を拒否することは許されないとされています。
  • 大曲市農業協同組合事件最高裁判決: 賃金のような重要な労働条件の変更について、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合には、その効力を生じるとされました。
  • 第四銀行事件最高裁判決: 定年延長と引き換えに給与が減額された事案において、合理性の有無判断には、①労働者が被る不利益の程度、②使用者側の変更の必要性、③変更後の就業規則の相当性、④代償措置、⑤労働組合等との交渉経緯、⑥他の従業員の対応、⑦同種事項に関する社会状況等を総合考慮すべきとされました。
  • みちのく銀行事件最高裁判決: 賃金体系の変更により大幅な不利益が生じる場合、一方的に不利益を受ける労働者に対して不利益性を緩和する経過措置がなければ相当性がなく、労働組合の同意も大きな考慮要素と評価すべきではないとされました。

(5) 労働契約の終了に関する規律(第14条、第15条、第16条)

出向、懲戒、解雇といった労働契約の終了に関わる行為は、労働者に与える影響が非常に大きいため、紛争に発展しないよう細心の注意が必要です。

  • 出向命令の制限(第14条): 権利濫用と認められる出向命令は無効となります。出向命令が権利濫用に当たるかどうかは、その出向の必要性、対象労働者の選定の適切性などの事情を総合的に考慮して判断されます。
  • 懲戒の制限(第15条): 権利濫用と認められる懲戒は無効となります。懲戒が権利濫用に当たるかどうかは、懲戒の原因となる労働者の行為の性質や態様などの事情を総合的に考慮して判断されます。
  • 解雇の制限(第16条): 客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は、権利を濫用したものとして無効となります。これは「解雇権濫用法理」として知られ、労働者保護の根幹をなす規定です。

(6) 有期労働契約の成立と期間中の制限(第17条)

1年契約や6か月契約といった有期労働契約は、契約期間が満了する際の紛争が頻発しやすい領域です。

  • 期間中の解雇制限(第17条第1項): 使用者は、やむを得ない事由がある場合でなければ、契約期間が満了するまで労働者を解雇することはできません。これは、期間の定めがある契約の特性を鑑み、期間中の雇用保障を強化するものです。
  • 契約期間設定への配慮(第17条第2項): 使用者は、有期労働契約によって労働者を雇い入れる目的に照らして、契約期間を必要以上に細切れにしないよう配慮しなければなりません。これは、有期契約の濫用的な利用を抑制し、労働者の雇用の安定を図るための規定です。

このほか、有期労働契約については、「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」において、使用者は以下の事項に配慮するよう定められています。

  • 契約期間満了後の更新の有無等を明示すること。
  • 3回以上更新された契約や1年を超えて継続勤務している労働者の契約を更新しない場合、契約期間満了の30日前までに雇止めを予告すること。
  • 労働者の求めに応じ、雇止めの理由を明示すること。
  • 契約更新の場合、契約期間をできる限り長くするよう配慮すること。

3.平成24年(2012年)改正法と最新動向

平成24年の労働契約法改正(平成25年4月1日施行)では、有期労働契約に関する3つの重要なルールが追加規定され、有期契約労働者の保護が強化されました。これは、パート、アルバイト、派遣社員、契約社員、嘱託など、期間の定めのある労働契約で働くすべての人に適用されます。(※派遣社員は派遣元(派遣会社)と締結される労働契約が対象となります。)

(1) 無期労働契約への転換(労働契約法第18条)

同一の使用者との間で締結された有期労働契約が繰り返し更新され、その通算契約期間が5年を超えた場合、労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できるルールです。この「無期転換申込権」は、平成25年4月1日以降に開始した有期労働契約に適用され、労働者が申込みをした場合、使用者はその申込みを承諾したものとみなされます。

【最新情報:2024年4月1日施行の労働条件明示ルール改正】 厚生労働省は、2024年4月1日より、労働基準法施行規則の改正により労働条件明示のルールを変更しました。これに伴い、無期転換ルールに関して以下の点が追加されました。

  • 無期転換申込機会の明示: 無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)の明示が必要になりました。
  • 無期転換後の労働条件の明示: 無期転換後の労働条件についても、明示が必要です。これは、就業場所・業務の変更の範囲を含み、すべての労働者が対象となります。

これらの改正は、労働者が無期転換申込権を適切に行使できるよう、情報提供を強化するものです。

【クーリング期間】 有期労働契約の契約期間が満了した日と次の有期労働契約の初日の間に、6か月以上(直前の有期労働契約の期間が1年に満たない場合は、その期間の2分の1以上の期間)の「空白期間(クーリング期間)」がある場合、その空白期間前の有期労働契約の期間は、通算契約期間に算入されません。

【無期転換申込権の放棄の禁止】 無期転換を申し込まないことを契約更新の条件とすることなど、あらかじめ労働者に無期転換申込権を放棄させることは、法の趣旨から無効と解されます。

(2) 「雇止め法理」の法定化(労働契約法第19条)

最高裁判例で確立された「雇止め法理」が、その内容を変えることなく労働契約法に規定されました。これは、一定の場合には使用者による雇止めが認められないというルールです。具体的には、以下のいずれかに該当する場合、使用者が雇止めを拒絶することが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないときは、従前の有期労働契約と同一の労働条件で申込みを承諾したものとみなされます。

  • 過去に反復して更新された有期労働契約で、その雇止めが無期労働契約の解雇と社会通念上同視できると認められる場合。
  • 労働者において、有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる場合。

無期転換ルールを意図的に避ける目的で、無期転換申込権が発生する前に雇止めをすることは、労働契約法の趣旨に照らして望ましいものではありません。

(3) 不合理な労働条件の禁止(労働契約法第20条)

※2020年4月1日の改正により削除されており、現在は存在しません。

しかし、その内容は重要であり、労働契約法第20条は、有期労働契約を締結している労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働条件と相違する場合、当該労働条件の相違が、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならないと規定していました。この趣旨は、現在も労働契約法の基本原則として、有期雇用労働者と無期雇用労働者間の不合理な待遇差を是正する方向性として「パートタイム・有期雇用労働法」に統合され維持されています。

(4) 労働契約法平成24年改正に基づく主要判例

  • 最判平成30年9月14日判決(特定社会保険労務士登録取消処分取消請求事件): 6回ないし9回更新されてきた有期労働契約を、満65歳以後は更新しない旨の就業規則条項に基づき更新しなかった雇止めについて、当該就業規則条項が労働者に周知され、同条項により満65歳以降は契約が更新されない旨の説明書面が交付されていた等の事情から、雇止めの時点において、当該各労働者が契約期間満了後も雇用が継続されるものと期待することに合理的な理由があったとはいえない、と判断されました。
  • 最判平成28年12月1日判決(国立大学法人東京大学事件): 期間1年で更新限度が3年の有期労働契約について、無期労働契約への移行が労働者の勤務成績を考慮して使用者が必要と認めた場合であることが規程上明記され、労働者もそれを十分に認識していた場合には、当該労働契約が、更新限度期間の満了時に当然に無期労働契約となることを内容とするものであったと解することはできない、と判断されました。これは、契約内容が明確であり、労働者もそれを認識していた場合、雇用の期待権は認められないという判断を示唆しています。

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