民法・相続編の逐条解説シリーズとして、今回は「相続開始の場所」について定めた民法第883条を解説する。人が亡くなり相続が発生した際、その相続は地理的にどこで開始したと扱われるのか、そしてそれがどのような意味を持つのかを見ていく。
条文原文
民法第883条(相続開始の場所) 相続は、被相続人の住所において開始する。
趣旨・立法背景
人が亡くなると、預貯金や不動産といった遺産の調査、相続人の確定、遺産分割協議、場合によっては相続放棄など、多岐にわたる法律関係の処理が必要となる。これらの手続きを進めるにあたり、「どこを基準として手続きを行うか」を明確にしておかなければ、関係者が混乱してしまう。
そこで本条は、相続に関する手続きの便宜と画一的な処理を図るため、被相続人の生活の本拠であった「住所」を相続開始の場所と定めている。
この「相続開始の場所」が最も重要な意味を持つのは、家庭裁判所の管轄(どの裁判所で手続きを行うか)を決める場面である。家事事件手続法などのルールにより、遺産分割調停の申立てや相続放棄の申述といった相続に関する主要な手続きは、原則としてこの「相続開始地を管轄する家庭裁判所」で行うこととされている。手続きの拠点を被相続人の生活の本拠にまとめることで、相続人や債権者にとっての便宜を図っているのである。
用語解説
・被相続人 財産を残して亡くなった人のこと。相続される側(亡くなったご本人)を指す。
・住所 民法上、住所とは「各人の生活の本拠」を指す(民法第22条)。単なる居所(一時的に滞在している場所)や、死亡した場所(搬送先の病院や旅行先など)とは異なる。通常は住民票に記載されている住所が生活の本拠であると推定されるが、法的な住所はあくまで客観的な生活実態に基づいて判断される。
判例・裁判例
本条は主に裁判管轄の基準として機能するため、条文そのものの解釈が正面から争われる最高裁判例などは少ない。しかし、実務上は「被相続人の本当の住所(生活の本拠)はどこであったか」が下級審の裁判で問題となるケースがある。
例えば、生前に住民票を別の場所に移していたものの、実際には元の家で生活を続けていた場合や、晩年に長期間にわたって病院や介護施設に入所していた場合などである。
裁判例の傾向として、住所(生活の本拠)の認定は、住民票の記載のみにとらわれず、被相続人の居住日数、生活設備の状況、配偶者など家族の居住状況、郵便物の受取先などを総合的に考慮して客観的に判断される。たとえ長期間入院していたとしても、退院後に帰るべき自宅が存在し、家族がそこで生活しているような場合には、病院ではなく自宅が「住所」であると認定されることが多い。このように、住民票の記載は強力な根拠となるが、絶対的なものではない点に留意が必要である。


