条文原文
第八百九十条 被相続人の配偶者は、常に相続人となる。この場合において、第八百八十七条又は前条の規定により相続人となるべき者があるときは、その者と同順位とする。
1. 条文の構造
本条は二つの命題から成る。
第一文は「配偶者の常時相続人性」を宣言する規定である。血族相続人(第887条・第889条)が一定の順位により相続資格を取得するのとは異なり、配偶者には順位の概念が適用されない。被相続人に子がいようとも、直系尊属がいようとも、兄弟姉妹のみであろうとも、配偶者は必ず相続人となる。
第二文は「同順位」の意味を定める規定である。血族相続人が存在する場合には、配偶者はその血族相続人と並んで相続する。子(第887条)が相続人であれば子と同順位、直系尊属(第889条第1項第1号)が相続人であれば直系尊属と同順位、兄弟姉妹(第889条第1項第2号)が相続人であれば兄弟姉妹と同順位となる。
血族相続人が誰も存在しない場合は、配偶者が単独で全遺産を相続する。
2. 趣旨と立法背景
2-1. 明治民法との比較
明治民法(明治31年法律第9号)においては、配偶者の相続権は現行法とは大きく異なっていた。家制度(家督相続制度)のもと、戸主の地位は直系の家督相続人が単独で承継するものとされており、配偶者の相続はむしろ傍流の問題として位置づけられていた。遺産相続においても、配偶者は第1順位(直系卑属)が存在しない場合にはじめて相続資格を取得し(旧民法第996条)、その順位は現行法のように「常に」ではなかった。
2-2. 昭和22年改正による転換
第二次世界大戦後、日本国憲法(昭和22年施行)第24条が「個人の尊厳と両性の本質的平等」を家族法の基本原理として宣言したことに伴い、民法の親族・相続法は根本から改正される必要に迫られた。昭和22年12月に成立した「民法の一部を改正する法律」(昭和22年法律第222号)により、家督相続が廃止され、財産相続に一本化された。この改正において、配偶者は「常に相続人となる」地位を獲得し、血族相続人との同順位性が明文化された。
この改正の背景には、婚姻関係を結んだ配偶者が、他の血族相続人の存否に関わらず、夫婦として築いてきた財産の形成に貢献しているという実態的認識がある。婚姻生活における家事・育児・経済的協力が財産形成に果たす役割を相続の場面で保障する、という立法思想が第890条の根底にある。
2-3. 昭和55年改正による相続分の調整
昭和22年改正当初の配偶者の法定相続分は、現行法よりも低く設定されていた(たとえば配偶者と子が共同相続する場合、配偶者の相続分は3分の1であった)。その後、昭和55年(1980年)の民法改正により、配偶者の法定相続分は大幅に引き上げられた。現行法(第900条)では、配偶者と子が共同相続する場合は各2分の1、配偶者と直系尊属が共同相続する場合は配偶者3分の2・直系尊属3分の1、配偶者と兄弟姉妹が共同相続する場合は配偶者4分の3・兄弟姉妹4分の1とされている。
3. 用語解説
3-1. 「配偶者」
本条でいう「配偶者」は、法律上の婚姻関係にある者を指す。すなわち、戸籍法の定める婚姻届が受理されることによって成立した婚姻の当事者(夫または妻)に限られる(民法第739条参照)。
以下の者は「配偶者」に該当せず、第890条に基づく相続権は認められない。
- 内縁の配偶者(事実婚・未届の婚姻)
- 離婚した元配偶者(婚姻関係の終了により配偶者でなくなる)
- 重婚的内縁関係の当事者(法律上の婚姻が有効に存続している他方が「配偶者」となる)
なお、配偶者の性別は問わない。令和6年以降も民法の法文は「配偶者」とのみ規定しており、同性婚の法制化の有無については立法政策上の問題として別途の議論がある。
3-2. 「常に相続人となる」
「常に」とは、血族相続人の存否・順位に関わらず、という意味である。血族相続人については第1順位(子)・第2順位(直系尊属)・第3順位(兄弟姉妹)という順位制があり、先順位の者がいれば後順位の者は相続人とならない。しかし配偶者にはこの順位制が適用されない。いずれの血族相続人が存在する場合でも、配偶者は必ず相続人の地位に就く。
3-3. 「同順位」
「同順位」とは、配偶者が血族相続人と並んで相続することを意味する。具体的な相続分の割合は第900条が別途定める。「同順位」は相続資格の並存を意味するのであって、割合が均等であることを意味するわけではない。
3-4. 「被相続人」
死亡によって相続を開始させる者(民法第882条)。配偶者の一方が死亡した場合、死亡した者が被相続人、生存した配偶者が相続人となる。
3-5. 代襲相続との関係
配偶者には代襲相続は認められない。たとえば、被相続人Aの配偶者Bが相続開始前に死亡していた場合、BがAとの間でもうけた子CがいたとしてもCがBの「代わりに」配偶者として相続するわけではない(CはAの子として第887条に基づき相続人となり得る)。配偶者の地位はあくまで婚姻関係に基づく一身専属的なものであり、代襲の対象とはならない。
4. 法定相続分の組み合わせ(第900条との関係)
本条は相続資格を定めるものであり、具体的な相続分は第900条が規定する。以下は代表的な組み合わせである。
| 相続人の構成 | 配偶者の相続分 | 血族相続人の相続分 |
|---|---|---|
| 配偶者+子(1人) | 1/2 | 1/2 |
| 配偶者+子(2人) | 1/2 | 各1/4 |
| 配偶者+直系尊属 | 2/3 | 1/3(全員で) |
| 配偶者+兄弟姉妹 | 3/4 | 1/4(全員で) |
| 配偶者のみ | 全部 | ― |
5. 内縁配偶者の法的地位
5-1. 相続権の不存在
内縁配偶者(婚姻届を提出していない事実上の夫婦の一方)には、第890条の「配偶者」に当たらないため、相続権は認められない。これは、たとえ数十年にわたって夫婦同然の生活を営んでいたとしても、婚姻届の提出という形式要件を欠く限りは変わらない。通説・判例とも一致した見解である。
5-2. 特別縁故者としての保護
内縁配偶者が相続人として保護されない場合でも、被相続人に法定相続人が全くいないときには例外的な救済手段がある。民法第958条の3(現行:第958条の2)は、「被相続人と生計を同じくしていた者」等を特別縁故者として、家庭裁判所が申立てに基づき相続財産の全部または一部を分与できると定めている。内縁配偶者は、この特別縁故者として財産分与を受ける余地がある。ただし、法定相続人が1人でも存在する場合には、特別縁故者への財産分与は行われない。
5-3. 内縁関係の死亡解消と財産分与規定の類推適用の否定
内縁関係が生前に解消された場合には、離婚における財産分与(第768条)の規定が類推適用されるのが判例の立場である。しかし、内縁の一方当事者の死亡によって内縁関係が解消した場合については、最高裁判所平成12年3月10日決定(民集54巻3号1040頁)が、死亡による内縁解消に離婚の財産分与規定を類推適用することを否定した。その理由として、相続の場合には相続人が存在することが通常であり、財産分与の類推適用を認めれば相続権のない者に相続人と同等の地位を与えることになりかねないこと等が挙げられている。
6. 主要な判例・裁判例
6-1. 内縁配偶者の相続権否定(通説確立)
民法第890条の「配偶者」が法律上の婚姻の当事者に限られることは、戦後の裁判実務において一貫して確立されてきた。婚姻届を欠く内縁関係は、相続においては「配偶者」として扱われないという解釈は通説・判例の一致するところである(なお、国税・社会保障の局面では内縁配偶者を「配偶者」として扱う規定も個別に存在するため、制度ごとに確認を要する)。
6-2. 内縁解消と財産分与類推適用(最高裁平成12年3月10日決定)
【事案の概要】長年の内縁関係にあったAが死亡し、その遺産をAの子Y1・Y2が相続した。内縁配偶者XはY1・Y2に対し、財産分与規定(第768条)を類推適用して財産の支払を求めた。第1審(高松家裁)は内縁関係を認定し財産分与を認容したが、原審(高松高裁)は財産分与規定の類推適用を否定した。
【最高裁の判断】死亡による内縁解消に離婚の財産分与規定を類推適用することはできない、として原審の判断を維持した。内縁配偶者が相続権を有しないこと、および財産分与の類推適用を認めると相続制度との整合性が失われることがその根拠とされた。
【実務上の含意】内縁パートナーに財産を残したい場合は、生前における遺言の作成(遺贈)・生命保険金の受取人指定・死因贈与契約等の方法によることが不可欠である。
6-3. 配偶者居住権と法律婚要件(平成30年改正)
平成30年(2018年)の民法改正で新設された配偶者居住権(第1028条以下)および配偶者短期居住権(第1037条以下)は、いずれも「配偶者」を要件としており、内縁配偶者はこれらの権利を取得することができない(最高裁平成12年3月10日決定の射程とも整合する)。
7. 実務上のポイント
配偶者の相続権は、相続手続のあらゆる局面に関わる基本的な規定である。実務上、次の点に注意が必要である。
第一に、配偶者該当性の確認である。相続開始時点において有効な婚姻関係が存続していることを戸籍により確認することが相続手続の出発点となる。離婚調停や離婚訴訟が係属中であっても、相続開始時点で離婚が成立していなければ配偶者としての相続権は維持される。
第二に、重婚的内縁関係の処理である。法律上の婚姻が事実上機能していない場合であっても、離婚が成立していない限り、法律上の配偶者が第890条の「配偶者」である。重婚的内縁の相手方は相続権を有しない。
第三に、配偶者固有の権利との連動である。配偶者の相続権は、配偶者居住権(第1028条)・配偶者短期居住権(第1037条)・配偶者への相続分の特別控除(民法第903条第4項)等の制度と連動している。これらの権利は相続人としての地位を前提とするものが多く、内縁配偶者は利用できない点に注意を要する。
8. 関連条文
- 第882条(相続の開始原因)
- 第887条(子及びその代襲者等の相続権)
- 第889条(直系尊属及び兄弟姉妹の相続権)
- 第891条(相続人の欠格事由)
- 第892条(推定相続人の廃除)
- 第900条(法定相続分)
- 第958条の2(特別縁故者に対する相続財産の分与)
- 第1028条(配偶者居住権)
- 第1037条(配偶者短期居住権)
参考資料
- e-Gov法令検索「民法」https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 法務省「民法(相続関係)部会 参考資料2 これまでの改正の経緯」https://www.moj.go.jp/content/001143587.pdf
- 国立公文書館デジタルアーカイブ「再建日本の出発-1947年5月日本国憲法の施行-」https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/saiken/
- 最高裁判所「民集54巻3号1040頁」(平成12年3月10日決定)
まとめ
民法第890条は、被相続人の配偶者が血族相続人の順位に関わらず「常に」相続人となることを定める、相続法の基軸規定である。この「常に」という文言が示すように、配偶者の相続権は絶対的・優先的に保障されている。
ただし、その「配偶者」とは法律上の婚姻の当事者に限られる。内縁配偶者・元配偶者には相続権が認められない。内縁関係の一方当事者が死亡した場合、離婚の財産分与規定の類推適用も判例上否定されており(最高裁平成12年3月10日決定)、内縁パートナーに財産を残すためには遺言・生命保険等の生前対策が不可欠である。
本条の理解は、相続手続・遺産分割・相続放棄・遺言作成のすべての場面で基礎となる。次回は第891条(相続人の欠格事由)を解説する。
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