1. 条文原文
地方公務員法 第六条(昭和25年法律第261号)
第六条 地方公共団体の長、議会の議長、選挙管理委員会、代表監査委員、教育委員会、人事委員会及び公平委員会並びに警視総監、道府県警察本部長、市町村の消防長(特別区が連合して維持する消防の消防長を含む。)その他法令又は条例に基づく任命権者は、法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律並びにこれに基づく条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、それぞれ職員の任命、人事評価(任用、給与、分限その他の人事管理の基礎とするために、職員がその職務を遂行するに当たり発揮した能力及び挙げた業績を把握した上で行われる勤務成績の評価をいう。以下同じ。)、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有するものとする。
2 前項の任命権者は、同項に規定する権限の一部をその補助機関たる上級の地方公務員に委任することができる。
2. 趣旨・立法背景
2-1. 多機関並存体制と人事権の分散
地方公共団体の行政は「長の所轄の下」に複数の独立した執行機関が並存する構造をとる(地方自治法第138条の3)。長は直接公選で選ばれ、教育委員会・選挙管理委員会・監査委員・人事委員会・公平委員会といった行政委員会はそれぞれの所掌事務について独自の権限を持つ。これは権力集中の排除と行政の公正妥当を確保するための制度設計であり、「各執行機関が担当する行政部門に属する職員の身分取扱いについては、当該機関が主体的に判断すべき」という考え方を前提とする。
本条はこの多機関並存体制を前提に、各機関が「任命権者」として当該機関に属する職員の人事権を独立して行使することを制度的に確認するものである。
2-2. 改正経緯
地方公務員法は昭和25年(1950年)に制定された。本条に「人事評価」の定義規定が挿入されたのは、平成26年(2014年)の改正(平成26年法律第34号)によるものである。この改正は、能力と実績に基づく人事管理を徹底するため、従前の「勤務評定」を廃して「人事評価」制度を法定化し、その結果を任用・給与・分限等の人事管理の基礎として活用することを任命権者の義務と位置付けた(第23条の3参照)。施行は平成28年(2016年)4月1日。
従前の条文に「人事評価」が明記されていなかったことは、任命権者が行使すべき権限の核心に制度的な空白が存在していたことを意味する。平成26年改正はこれを埋め、能力本位の任用制度の確立を条文上も明確にした。
3. 用語解説
3-1. 任命権者
任命権者とは、職員の人事権—採用・昇任・降任・転任・人事評価・休職・免職・懲戒—を行使する最終的な権限と責任を持つ機関をいう。地方公務員法上、任命権は「者」という字を用いつつも、教育委員会・選挙管理委員会など合議体の機関も含む点に注意を要する。
本条第1項が列挙する任命権者の主なものとその対象職員は次のとおりである。
| 任命権者 | 主な対象職員 |
|---|---|
| 地方公共団体の長 | 知事・市区町村長部局の一般職員 |
| 議会の議長 | 議会事務局職員 |
| 選挙管理委員会 | 選挙管理委員会事務局職員 |
| 代表監査委員 | 監査事務局職員 |
| 教育委員会 | 教育委員会事務局職員・都道府県立学校教員等 |
| 人事委員会・公平委員会 | 各委員会事務局職員 |
| 警視総監・道府県警察本部長 | 警察官(都道府県警察職員) |
| 市町村の消防長 | 消防職員 |
「その他法令又は条例に基づく任命権者」という括り文言があり、この列挙は例示にとどまる。公営企業の管理者(地方公営企業法第9条)などが法令上の任命権者となりうる。
3-2. 「法律に特別の定めがある場合を除くほか」
任命権の行使は地方公務員法・条例・規則・規程に従うことが原則だが、別の法律で特段の定めがある場合は例外となる。典型例として、警視総監および道府県警察本部長の「任命」自体は、本条では対象外とされており、警察法により国家公安委員会・都道府県公安委員会が関与した上で都道府県知事が行う構造になっている(警察法第49条、第50条参照)。
3-3. 任命
「任命」は採用・昇任・降任・転任の総称であり(地方公務員法第17条第1項参照)、職に欠員が生じた場合にこれを補充する権限を指す。
3-4. 人事評価
平成26年改正で挿入された定義である。「任用、給与、分限その他の人事管理の基礎とするために、職員がその職務を遂行するに当たり発揮した能力及び挙げた業績を把握した上で行われる勤務成績の評価」をいう(本条第1項括弧書き)。能力評価と業績評価の二段構成が明示されており、任命権者はこの結果を人事管理に活用する義務を負う(地方公務員法第23条の3)。
3-5. 休職・免職・懲戒
「休職」は職員の身分を保有させたまま職務に従事させない処分(第28条参照)、「免職」は職員の身分を失わせる処分(第28条・第29条参照)、「懲戒」は服務義務違反等に対する制裁処分(第29条参照)であり、いずれも任命権者がその権限と責任において行う。
3-6. 補助機関たる上級の地方公務員(第2項)
第2項の「補助機関たる上級の地方公務員」とは、任命権者の指揮監督下にある職員のうち、委任先として適格な上位の者をいう。副知事・副市区町村長・局長・部長・課長などが実務上の委任先として規則・規程で定められることが多い。委任できるのは「権限の一部」に限られ、全部委任は許されない。
4. 解説
4-1. 任命権者は「執行機関」と一致しない
地方公務員法上の任命権者は地方自治法上の「執行機関」と必ずしも一致しない点が重要である。たとえば公営企業の管理者は地方自治法上の執行機関には含まれないが、地方公営企業法により任命権者となる。逆に農業委員会は行政委員会の一種だが、その職員の任命権は長に属する場合も多い。制度設計の出発点は「当該機関が管轄する事務の性質に応じた人事独立性の確保」にあり、執行機関の分類と任命権の帰属は別次元の問題である。
4-2. 長の総合調整権との関係
複数の任命権者が並立する結果、同一地方公共団体内で職員の身分取扱いに差異が生じうる。この調整を図るため、地方自治法第180条の4は、長が行政委員会等に対して職員の定数または身分取扱いについて必要な措置を講ずるよう勧告できることを定め、さらに行政委員会等が定数または身分取扱い等に関する規則等を制定・変更しようとするときは、あらかじめ長と協議しなければならないとしている。これを「長の総合調整権」という。
なお、長の総合調整権はあくまで勧告・協議にとどまり、他の任命権者に対する指揮命令権ではない。各任命権者は独立してその権限を行使する。
4-3. 第2項の委任の法的性格
第2項による権限委任は、委任された者が自己の名義と責任において権限を行使するという「権限の移転」であり、内部的な専決・代決とは区別される。委任を受けた上級職員が行った処分は、委任元の任命権者が行ったのと同様の法的効力を持つ。実務上、大規模な自治体では副知事・副市区町村長に一括して委任し、さらにその下の局長・部長級への再委任を認める例もあるが、この場合も法令上の委任の根拠が各段階で明示されていることが必要である。
5. 国家公務員法との対比
国家公務員法 第五十五条(抜粋)
任命権は、法律に別段の定めのある場合を除いては、内閣、各大臣(内閣総理大臣及び各省大臣をいう。以下同じ。)、会計検査院長及び人事院総裁並びに宮内庁長官及び各外局の長に属するものとする。これらの機関の長の有する任命権は、その部内の機関に属する官職に限られ、内閣の有する任命権は、その直属する機関(内閣府を除く。)に属する官職に限られる。ただし、外局の長(国家行政組織法第7条第5項に規定する実施庁以外の庁にあつては、外局の幹部職)に対する任命権は、各大臣に属する。
国家公務員法第55条第1項は、任命権の帰属先として「内閣・各大臣・会計検査院長・人事院総裁・宮内庁長官・各外局の長」を列挙する。地方公務員法第6条と対比したとき、以下の構造的差異が見える。
| 比較項目 | 地方公務員法第6条 | 国家公務員法第55条 |
|---|---|---|
| 任命権者の性格 | 長・議長・各委員会・警察・消防等(多機関並存) | 内閣・各大臣・独立的機関の長(縦割り) |
| 列挙方式 | 例示(「その他法令又は条例に基づく」) | 限定列挙に近い(法律の別段の定めによる例外あり) |
| 委任規定 | 第2項で補助機関たる上級職員への一部委任を明示 | 第55条第2項で委任規定を設置 |
| 人事評価の明記 | 平成26年改正で条文に定義を挿入 | 採用昇任等基本方針に沿った任用(第55条第6項)で実質規律 |
国家公務員法は「内閣総理大臣及び内閣官房長官との協議に基づく任用等」(第61条の4)という幹部職員の任用特例を設けており、内閣官房による一元管理が強化されている点でも地方公務員法と構造が異なる。地方では長の「総合調整権」(勧告・協議)が機能するが、人事の統一的管理という面では国の制度の方が集権的である。
国家公務員法第61条は「職員の休職、復職、退職及び免職は任命権者が、この法律及び人事院規則に従い、これを行う」と定め、休職・免職の手続的枠組みを人事院規則に委ねる構造をとる。地方では条例・規則・規程を法源とする点が対応する。
6. 国家公務員倫理法・同規程における任命権者の位置付け
国家公務員倫理法(平成11年法律第129号)は、主として国家公務員(一般職)を適用対象とするが、同法における「任命権者」の概念は国家公務員法第55条第1項に規定する任命権者及び法律で別に定められた任命権者並びにその委任を受けた者を指す(同法第11条第7号括弧書き参照)。
同法における任命権者関連の主要規定は次のとおりである。
第11条第7号は、国家公務員倫理審査会(人事院に設置)の所掌事務として「この法律又はこれに基づく命令に違反する行為に関し、任命権者に対し、調査を求め、その経過につき報告を求め及び意見を述べ、その行う懲戒処分につき承認をし、並びにその懲戒処分の概要の公表について意見を述べること」を定める。
第11条第9号は、審査会が「任命権者に対し、職員の職務に係る倫理の保持を図るため監督上必要な措置を講ずるよう求めること」ができる旨を規定する。
第31条は、審査会が調査を終了し、または懲戒処分を行ったときは「その旨及びその内容を任命権者に通知するものとする」と定める。
すなわち国家公務員倫理法上、任命権者は「懲戒処分を自ら行う主体」でありつつ、審査会による監督・勧告の受け手でもある二重の位置に置かれる。審査会は任命権者の懲戒処分に対して承認権限を持ち(第11条第7号)、任命権者は審査会の承認なく当該処分を確定できない点で、通常の人事権の独立性が一定程度制約される構造になっている。
倫理監督官について
国家公務員倫理規程(平成12年政令第101号)は、公正な職務の執行に対する国民の疑惑や不信を招くおそれがあるかどうかを職員が判断できない場合には「倫理監督官に相談し、その指示に従う」とする(同規程第2条第2項)。倫理監督官は国家公務員倫理法第39条第1項に基づき各省庁の事務次官等が充てられるが、一般的には各局の総務課長レベルまで権限が委任されており、任命権者とは異なる独自のコンプライアンス監督ラインが形成されている。
地方公務員との関係
国家公務員倫理法の直接適用対象は一般職の国家公務員(国家公務員法第2条第2項)であり、地方公務員には適用されない。地方公務員については、各地方公共団体が条例で倫理規程を定めることにより同様の規律を設けることができる。令和2年(2020年)4月時点で都道府県・政令指定都市を中心に制定が進んでいるが、全市区町村に及ぶ制度的義務化はなされていない。したがって地方公務員の倫理管理における「任命権者」の役割は、地方公務員法第6条が定める人事権の行使者としての地位と、各自治体の倫理条例・規程が定める倫理監督者としての地位の双方から理解する必要がある。
7. 判例・行政実例
7-1. 任命権者の裁量と司法審査
最高裁判所は、懲戒処分に関して任命権者の裁量権を認める一方で、社会観念上著しく妥当性を欠く場合には裁量権の逸脱・濫用として違法になると判示している(最大判昭和52年12月20日・民集31巻7号1101頁〔神戸税関事件〕は国家公務員事案だが、地方公務員の懲戒処分における裁量の限界についても同一の法理が適用される)。任命権者が下した免職・停職等の処分は、処分の選択が「社会通念上合理性を有する」かどうかという基準で審査される。
7-2. 委任の瑕疵と処分の効力
任命権者が権限を委任した場合、委任元の任命権者が改めて関与しても法的問題はないが、委任の根拠規定を欠く者が行った処分は権限のない者がした処分として違法となりうる。実務では規則または規程に委任の根拠と委任先を明記しておくことが不可欠である。
7-3. 行政実例(昭和45年)
退職手当組合を設置した場合の退職手当に関する交渉の当局について、行政実例(昭和45年)は「退職手当に関する交渉の当局は、職員の属する地方公共団体の人事機関ではなく、退職手当組合の権限を有する機関である」と示している(橋本勇「逐条地方公務員法」第2次改訂版参照)。任命権者の概念は当該職員を実際に管理する組織の権限構造に従って判断されることを示す事例である。
8. まとめ:地方公務員法第6条の実務的意義
地方公務員法第6条は、地方公共団体における人事行政の「誰が権限を持つか」を確定する基点条文である。新任の地方・国家公務員が最初に把握すべき実務上の要点を三点整理する。
第一に、任命権者は地方公共団体の中で複数並立し、それぞれが担当する職員に対して独立して人事権を行使する。自分が属する機関の任命権者が誰であるかを確認することが服務管理の出発点となる。
第二に、実際の人事事務は委任を受けた上級職員が処理することが多く、「辞令」の発令権限者と条文上の任命権者は異なる場合がある。辞令に記載された権限者の根拠規定(規則・規程)を確認する習慣が求められる。
第三に、国家公務員においては任命権者が国家公務員倫理法上の監督責任も兼ねるため、不祥事発覚時には審査会への報告・承認取得という手続的義務が生じる。地方公務員については条例・規程による倫理管理の仕組みが各自治体で異なるため、自団体の規程を確認することが前提となる。
参考法令・文献
- 地方公務員法(昭和25年法律第261号)第6条・第17条・第23条・第28条・第29条・第58条の2
- 国家公務員法(昭和22年法律第120号)第55条・第61条
- 国家公務員倫理法(平成11年法律第129号)第11条・第31条・第39条
- 国家公務員倫理規程(平成12年政令第101号)第2条
- 地方自治法(昭和22年法律第67号)第138条の3・第180条の4
- 警察法(昭和29年法律第162号)第49条・第50条
- 橋本勇「逐条地方公務員法」(学陽書房、第6次改訂版)
- 内閣人事局「任用」解説ページ(https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/jinji_b.html)
- 総務省「地方公務員制度改革(人事評価)説明資料」(平成20年4月10日)
- 行政改革推進本部事務局「論点整理表(案)16 地方公務員に関する論点」(第11回作業グループ資料4)

