はじめに

相続が開始した場合に相続人となるはずの者を、被相続人の意思により相続資格ごと剥奪できる制度が「推定相続人の廃除」である。民法891条が定める「相続欠格」は一定の違法行為があれば法律上当然に相続権を失うのに対し、廃除は家庭裁判所の審判という司法手続を経なければ効力を生じない点が決定的に異なる。

民法892条から895条までの4か条がこの制度の骨格をなす。以下、条文の順に沿って各規定の趣旨・要件・手続・判例上の解釈を整理する。


第892条 推定相続人の廃除(生前廃除)

条文原文

遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう。以下同じ。)が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。

趣旨・立法背景

廃除の本質は、被相続人の処分意思の尊重と遺留分制度との緊張関係を調整する点にある。

遺留分とは、兄弟姉妹を除く法定相続人に最低限保障された相続の取り分(民法1042条)である。たとえ遺言で「全財産を特定の者に」と指定しても、遺留分権利者は遺留分侵害額請求権(同1046条)を行使できる。この仕組みにより、被相続人がどれほど特定の相続人への財産移転を嫌っても、その者に一定の財産が渡ってしまう場面が生じる。

廃除はこの構造的限界を突破する手段として、明治民法の段階から「勘当」制度の現代的代替として設けられた。廃除が認められた者は相続権を失うとともに遺留分も失う。相続欠格(891条)が法定の違法行為に対する自動的な制裁であるのに対し、廃除は被相続人の意思表示を出発点とし、家庭裁判所が後見的に廃除の可否を審査する仕組みを採る。これは、廃除制度が相続的共同関係の破壊という実態を慎重に認定する必要があるためである。

廃除の対象者

廃除請求ができる相手方は「遺留分を有する推定相続人」に限られる。具体的には、①配偶者、②第1順位の血族相続人(子およびその代襲相続人)、③第2順位の血族相続人(直系尊属)が該当する。

兄弟姉妹は遺留分を有しない(民法1042条1項)。財産を兄弟姉妹に渡したくない場合は遺言書を作成するだけで足り、廃除手続を経る必要はない。したがって、兄弟姉妹は廃除の対象外となる。

また、相続開始前に適法に遺留分を放棄した推定相続人を廃除することはできない(東京高決昭和38年9月3日)。遺留分放棄により廃除の必要性が消滅しているためである。

廃除の申立権者

申立権は被相続人本人のみに帰属する。他の共同相続人が「兄弟に財産を渡したくない」と考えても、自ら廃除を申し立てることはできない。廃除はあくまでも被相続人の個人的な意思表示に基づく制度だからである。被相続人が成年後見の対象者であっても、後見人等によらず本人自身が請求できる(家事事件手続法188条・家事審判手続法118条の準用)。

廃除の要件

892条が定める廃除事由は次の3類型である。

(1)虐待

被相続人に対する身体的暴力に限らず、耐えがたい精神的苦痛を継続的に与える行為も含まれる。判例上は、子が親に対し魔法瓶や醤油瓶を投げつけ、灯油をまいて放火すると脅した事案が虐待に該当するとされた(東京家庭裁判所八王子支部審判昭和63年)。一時的・偶発的な暴力行為では足りず、家族的協同生活関係を破壊する程度の継続性・深刻性が求められる。

(2)重大な侮辱

被相続人の名誉や尊厳を傷つける言動であっても、すべてが該当するわけではない。東京高等裁判所決定(平成4年)は、「被相続人と当該相続人との家族的協同生活関係が破壊され、その修復を著しく困難ならしめる程度」を要求する。病気の被相続人に「早く死ね、80まで生きれば十分だ」と長期間罵倒し続け、脅迫行為も重なった事案が重大な侮辱に該当するとされている。

(3)その他の著しい非行

虐待・重大な侮辱には至らないが、遺留分を否定することが社会通念上正当と認められる程度の非行をいう(名古屋高等裁判所金沢支部決定平成2年5月16日)。「著しい非行」は被相続人に対する非行に限定されず、他人に対する非行であっても、それが被相続人や他の共同相続人に直接・間接に財産的損害や精神的苦痛を与え、相続的協同関係を破壊する程度のものであれば廃除事由となりうる(大阪高等裁判所決定など)。

主な審判例を以下に挙げる。

事案の概要結論
金品の持ち出しを繰り返し、被相続人に暴力をふるい家出・所在不明となり、サラ金業者の借金返済を被相続人に強いた(岡山家庭裁判所審判平成2年)著しい非行:廃除認容
窃盗等で複数回服役中の長男が、被害弁償・借金返済をせず、被相続人に多大な精神的・経済的苦痛を与えた著しい非行:廃除認容
長男が借金を重ね、被相続人に2,000万円以上を返済させるなど、約20年間にわたり経済的・精神的に苦しめた著しい非行:廃除認容
被相続人の死亡が近いことを知り、預貯金等の名義を無断で自己や妻子に変更し不当な精神的苦痛を与えた著しい非行:廃除認容
妻の許を去り長年愛人と生活し、別居中の妻に精神的苦痛を与えた著しい非行:廃除認容
大学進学後に学業放棄、家族への暴力・金員強要・浪費を繰り返した(東京家庭裁判所審判昭和42年)著しい非行:廃除認容
勤務先から5億数千万円を業務上横領し懲役5年の判決を受けた著しい非行に当たらず:廃除却下
遺言に「廃除する」とだけ記載し、具体的な廃除事由の記載がなかった廃除申立て却下

この表から読み取れるとおり、廃除が認められるためには客観的かつ継続的な重大性が必要であり、感情的対立や一時的な軋轢では認容に至らない。裁判所の令和5年司法統計によると、推定相続人の廃除に関する既済案件総数222件のうち認容数は52件であり、認容率はおおよそ23%程度にとどまる。

廃除の効果と代襲相続

廃除が認められた者は、相続権とともに遺留分も失う。廃除の効果は廃除された者本人に限定される。廃除された者の子や孫は、廃除された者の代わりに代襲相続人として相続する(民法887条2項・889条2項)。

廃除された者の債権者が被廃除者の相続持分について代位登記し差押えをしても、その差押登記は無効である(東京高等裁判所昭和60年)。


第893条 遺言による推定相続人の廃除

条文原文

被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者は、その遺言が効力を生じた後、遅滞なく、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求しなければならない。この場合において、その推定相続人の廃除は、被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。

趣旨・立法背景

892条の生前廃除では、被相続人が生存中に家庭裁判所へ申し立てを行う。しかし、廃除を望む被相続人が審判の確定を待てずに死亡するケースや、生前に廃除申立てを行うと家族関係がさらに悪化することを懸念して申立てを躊躇するケースが生じる。

893条はこの空白を埋めるため、被相続人が遺言に廃除の意思を表示しておき、死後に遺言執行者が請求を行う「遺言廃除」の仕組みを設けた。廃除という重大な効果を遺言という死後の意思表示によっても実現できるようにしたものである。

手続の流れ

被相続人が遺言書(公正証書遺言・自筆証書遺言等いずれも可)に廃除の意思を表示する。遺言が効力を生じた後(被相続人の死亡後)、遺言執行者は遅滞なく、家庭裁判所(被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所)に廃除の審判を申し立てる義務を負う。「遅滞なく」は速やかにの趣旨であり、不当な放置は遺言執行者の義務違反となりうる。

廃除の効力発生時期

893条後段は「被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる」と規定する。

審判の確定は死亡後になるが、廃除の効力は死亡時に遡及する。これにより、廃除対象者が相続開始から審判確定までの間に遺産を処分するなどして他の相続人に不利益を与える事態を防止する。遡及効の結果、廃除対象者は相続開始時から相続人でなかったものとして扱われる。

遺言書における記載上の注意

遺言書に「廃除する」とだけ記載し、具体的な廃除事由を明らかにしなかった場合、家庭裁判所が審判の判断に必要な事実を認定できず、申立てが却下されるリスクが高い。遺言廃除を確実に機能させるためには、廃除事由(虐待の具体的事実、侮辱行為の内容、著しい非行の経緯など)をできる限り遺言書に記載しておくことが実務上求められる。


第894条 推定相続人の廃除の取消し

条文原文

被相続人は、いつでも、推定相続人の廃除の取消しを家庭裁判所に請求することができる。

2 前条の規定は、推定相続人の廃除の取消しについて準用する。

趣旨・立法背景

廃除は被相続人の意思に基づく制度である。であれば、被相続人がその意思を翻し、廃除した者を許す場合には、廃除を取り消して相続権を回復させることができるのが自然な帰結である。894条はこの取消しの権利を保障する。

廃除と相続欠格のもう一つの重要な差異がここに現れる。相続欠格は法律上当然に生じ、被相続人が許したとしても回復の手段はない。廃除は被相続人の意思表示を出発点とするため、同じく被相続人の意思表示によって取り消すことができる。

取消しの要件

894条1項は「いつでも」と規定するのみで、取消しの実体的要件は定めていない。廃除事由が消滅したことや推定相続人が反省していることは要件ではない。被相続人の真意による申立てであれば、家庭裁判所は取消しを認める。廃除が認められた後も虐待・侮辱が継続していたとしても、被相続人が取消しを申し立てれば取消しは認められる。

手続(893条の準用)

894条2項は893条を準用する。すなわち、被相続人が生前に自ら家庭裁判所へ取消しを請求する方法(生前取消し)のほか、遺言によって取消しの意思を表示し、死後に遺言執行者が申立てを行う方法(遺言による取消し)も認められる。遺言による取消しの効力は、893条の準用により、被相続人の死亡時に遡及して生じる。

なお、遺言で廃除の意思を表示していた場合に取消しをするには、廃除の意思表示を撤回する旨の遺言を新たに作成する必要がある。

戸籍への届出

廃除の取消しが確定した場合、確定から10日以内に廃除取消しの届出を市区町村役場に行う必要がある(戸籍法97条)。

※戸籍法97条
第63条第1項の規定は、推定相続人の廃除又は廃除取消の裁判が確定した場合において、その裁判を請求した者にこれを準用する。
⇒第63条1項:認知の裁判が確定したときは、訴を提起した者は、裁判が確定した日から10日以内に、裁判の謄本を添附して、その旨を届け出なければならない。その届書には、裁判が確定した日を記載しなければならない。


第895条 推定相続人の廃除に関する審判確定前の遺産の管理

条文原文

推定相続人の廃除又はその取消しの請求があった後その審判が確定する前に相続が開始したときは、家庭裁判所は、親族、利害関係人又は検察官の請求によって、遺産の管理について必要な処分を命ずることができる。推定相続人の廃除の遺言があったときも、同様とする。

2 第二十七条から第二十九条までの規定は、前項の規定により家庭裁判所が遺産の管理人を選任した場合について準用する。

趣旨・立法背景

廃除の審判には相当の時間を要する。廃除請求後、審判確定前に相続が開始した場合、または遺言廃除がある状態で被相続人が死亡した場合、廃除対象者(まだ法律上は相続人の地位を有している者)が遺産を処分するなどして遺産の散逸が生じるおそれがある。

893条は廃除の効力を死亡時に遡及させることで事後的な保護を図るが、審判確定までの空白期間に遺産が実際に処分されてしまえば回復困難な損害が生ずる。895条はこの実質的リスクに対応するため、家庭裁判所が審判確定前に遺産の管理について暫定的な処分を命じることができる保全的制度を設けた(家事事件手続法189条参照)。

処分命令の要件と申立権者

処分命令の申立権者は、親族、利害関係人、検察官の3者である。当事者間の任意の合意による遺産管理では利益相反が生じうるため、第三者的立場にある者が申立てを行う構造を採る。

申立てが認められる要件は次の2つの場合のいずれかである。

① 廃除または廃除取消しの請求があった後、審判確定前に相続が開始した場合 ② 推定相続人の廃除の遺言がある状態で相続が開始した場合(遺言廃除の場合も同様とする旨の規定)

具体的な処分内容

895条1項は「遺産の管理について必要な処分」という包括的な文言を用いる。家庭裁判所は事案に応じて、遺産管理人の選任、遺産の保全処分(動産・不動産の管理命令など)などを命じることができる。

民法27条から29条の準用(第2項)

2項は民法27条(管理人の職務)から29条(管理人の報酬等)の規定を準用する。遺産の管理人が選任された場合、管理人は選任した家庭裁判所の監督のもとで遺産を管理し(27条・28条)、家庭裁判所は管理人に対し費用の前払いや報酬を遺産の中から支出させることができる(29条)。

これにより、遺産管理人は通常の財産管理人と同様の義務・権限・監督を受け、中立的・専門的な遺産管理が実現される。


892条〜895条の関係整理

条文内容申立権者効力発生
892条生前廃除被相続人審判確定時
893条遺言廃除遺言執行者被相続人死亡時に遡及
894条廃除取消し(生前・遺言)被相続人(遺言の場合は遺言執行者)生前:確定時/遺言:死亡時遡及
895条審判前の遺産管理親族・利害関係人・検察官家庭裁判所の命令による即時

廃除と相続欠格の比較

項目廃除(892〜895条)相続欠格(891条)
効力の発生家庭裁判所の審判・確定が必要欠格事由の発生により当然に
被相続人の意思必要(申立て・遺言)不要
取消し可(894条)不可
対象者遺留分を有する推定相続人すべての相続人・受遺者
代襲相続発生する(887条2項等)発生する(887条2項等)

実務上のポイント

廃除を検討する場合、以下の点を押さえておく必要がある。

第一に、廃除事由の立証は申立人(被相続人)側が負う。虐待・侮辱・非行の具体的事実を裏付ける証拠(医療記録、診断書、録音・録画、証人陳述書、警察への被害届の控えなど)を事前に収集・保全しておくことが審判の帰趨を左右する。

第二に、令和5年の司法統計でみると認容率はおおよそ23%程度にとどまる。家庭裁判所は遺留分という基本的権利を剥奪する制度として廃除の審査を慎重に行う。感情的な対立や一時的な問題行動では認められない。

第三に、生前廃除の申立先は被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所、遺言廃除の申立先は被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所である。申立書には収入印紙800円(推定相続人1人につき)が必要となる。

第四に、廃除が認められた場合でも、被相続人が廃除した者に遺贈をすることは妨げられない。廃除は相続資格を剥奪するものであり、遺贈による財産取得を禁ずるものではないからである。


まとめ

民法892条から895条は、被相続人の意思に基づいて推定相続人の相続資格(遺留分を含む)を剥奪する廃除制度を規律する。生前廃除(892条)と遺言廃除(893条)という二つの方法が用意されており、いずれも家庭裁判所の審判が必要となる。廃除の取消し(894条)により被相続人は翻意の機会を常に持ち、審判確定前の遺産散逸は895条の暫定的管理処分により防止される仕組みとなっている。

廃除事由に該当するかどうかは「相続的協同関係を破壊するような言動であるか否か」を実質的基準として判断される(中川善之助『相続法』)。認容のハードルは低くなく、廃除を実現するためには具体的証拠の積み上げと専門家による支援が不可欠である。

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