はじめに
情報流通プラットフォーム対処法(正式名称:特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律。平成13年法律第137号)の逐条解説を、第1条から順に掲載している。本稿では第3条(損害賠償責任の制限)を取り上げる。本条は、令和3年改正により新設された「第二章 損害賠償責任の制限」(第三条・第四条)の中核をなす規定であり、旧法時代の第三条をほぼそのまま引き継いだものである。
SNSの運営者やサーバ管理者が投稿を放置した場合、あるいは投稿を削除した場合に、どのような条件で民事上の賠償責任を免れるかを定める条文である。
条文原文
(損害賠償責任の制限)
第三条 特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたときは、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下この項において「関係役務提供者」という。)は、これによって生じた損害については、権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合であって、次の各号のいずれかに該当するときでなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該関係役務提供者が当該権利を侵害した情報の発信者である場合は、この限りでない。
一 当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき。
二 当該関係役務提供者が、当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき。
2 特定電気通信役務提供者は、特定電気通信による情報の送信を防止する措置を講じた場合において、当該措置により送信を防止された情報の発信者に生じた損害については、当該措置が当該情報の不特定の者に対する送信を防止するために必要な限度において行われたものである場合であって、次の各号のいずれかに該当するときは、賠償の責めに任じない。
一 当該特定電気通信役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき。
二 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者から、侵害情報等を示して当該特定電気通信役務提供者に対し侵害情報送信防止措置を講ずるよう申出があった場合に、当該特定電気通信役務提供者が、当該申出に係る侵害情報の発信者に対し当該侵害情報等を示して当該侵害情報送信防止措置を講ずることに同意するかどうかを照会した場合において、当該発信者が当該照会を受けた日から七日を経過しても当該発信者から当該侵害情報送信防止措置を講ずることに同意しない旨の申出がなかったとき。
(令和8年5月21日施行法に基づく)
趣旨・立法背景
本条は、SNSや電子掲示板の運営者が権利侵害情報の流通に関与した場合の損害賠償責任について、二つの場面に分けて限度を画するものである。第1項は、権利侵害情報を放置した場合の被害者に対する不作為責任の制限を定め、第2項は、投稿を削除するなど送信防止措置を講じた場合の発信者に対する作為責任の制限を定める。
平成13年の立法当時、サイト運営者が投稿内容の削除義務を負うかどうかは条文上明らかでなかった。運営者が削除を怠れば被害者から責任を追及される可能性がある一方、削除に踏み切れば発信者の表現の自由を侵害したとして発信者から責任を追及される可能性もあり、運営者はいずれの方向についても萎縮するおそれを抱えていた。
本条は、この板挟みの状態を解消するため、運営者が免責される要件を法定し、被害者・発信者・運営者の三者の利害を調整する規定として設けられた。
令和3年改正により、旧法第三条は独立した条文から「第二章 損害賠償責任の制限」という章の冒頭規定に位置づけが変わったが、条文の実質的な内容には変更が加えられていない。第1項・第2項とも、旧法下で積み重ねられた解釈・裁判例がそのまま妥当する。
第1項ただし書は、運営者自身が発信者である場合、すなわち自らウェブページを作成し情報を記録した場合には本条の適用対象から外れる旨を定める。この場合、運営者は発信者としての責任を一般の不法行為法理に従って負う。
第2項に基づく免責は、契約約款で別段の定めをすることを妨げるものではなく、任意規定としての性質を持つ。ただし、運営者と発信者の間の免責条項が著しく正義に反するような場合には、民法第90条の公序良俗違反によって当該条項の効力が否定されることがある。
用語解説
特定電気通信 インターネット上のウェブページやSNS、電子掲示板等、不特定の者による受信を目的とする電気通信の送信をいう(第2条第1号)。電子メールのような1対1の通信、および放送法上の放送は含まれない。
特定電気通信設備 特定電気通信の用に供される電気通信設備をいう。ウェブサーバやストリームサーバがこれに当たる(第2条第2号)。
特定電気通信役務提供者(関係役務提供者) ウェブホスティングを行う者、SNSの運営者、電子掲示板の管理者など、特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介する者をいう(第2条第3号)。企業や大学、地方公共団体、個人がサーバを管理して外部との通信の用に供している場合も含まれる。営利目的であるかどうかは問わない。
権利の侵害 名誉毀損、プライバシー侵害、著作権侵害など、民法第709条にいう「他人の権利又は法律上保護される利益」の侵害と同義であり、対象となる権利の種類に限定はない。刑法上のわいせつ物頒布罪や児童ポルノ関連の犯罪のように社会的法益を侵害するにとどまる場合は、特定個人の権利侵害を伴わない限り本条の対象外となる。
知っていたとき(第1項第1号) 運営者が、権利侵害情報が流通している事実そのものを現実に認識していたことを指す。運営者には投稿内容を網羅的に監視する義務がないことの裏返しとして位置づけられる要件である。
知ることができたと認めるに足りる相当の理由(第1項第2号) 通常の注意を払っていれば権利侵害を知り得たと客観的に評価できる状態をいう。住所や電話番号など通常公表されない私人のプライバシー情報が投稿されている場合や、公益目的が明らかに認められない誹謗中傷が投稿されている場合には、この要件を満たしやすいとされる。一方、投稿内容だけでは違法性の判断に調査を要する場合や、著作権者を名乗る者から根拠を示さない削除要請があった場合には、この要件を満たさないと解されている。
送信防止措置 投稿の削除など、権利侵害情報が不特定の者に送信されることを防止する措置全般をいう。措置は権利侵害を防止するために必要な限度にとどまる必要があり、一部の投稿のみで足りる場合に発信者の全投稿を消去するような対応は、必要な限度を超えるものと解される。
信じるに足りる相当の理由(第2項第1号) 運営者が送信防止措置を講じた時点で、権利侵害が現に生じていなかったとしても、通常の注意を払った上でなお権利侵害があると信じたことがやむを得なかったと評価できる状態をいう。発信者への確認など必要な調査を尽くした場合や、本人性が確認できる被害者本人からプライバシー侵害の申告があった場合が該当するとされる。
侵害情報等 被害を主張する者が送信防止措置の申出をする際に示すべき、侵害情報・侵害されたとする権利・権利が侵害されたとする理由の三点をいう。これらは運営者が発信者に対して行う意見照会の際にもそのまま示される。
意見照会と七日間(第2項第2号) 運営者が発信者に対し送信防止措置への同意の有無を確認する手続をいう。郵便による連絡の所要時間を踏まえ、発信者が実際に照会を受けた日から起算して7日間の猶予が設けられている。7日を経過しても発信者から同意しない旨の申出がなければ、運営者は削除等の措置について発信者に対する責任を免れる。この意見照会は義務ではなく、行うかどうかは運営者の判断に委ねられている。
旧法時代の判例・裁判例
本条は旧プロバイダ責任制限法第三条の規定を実質的に維持したものであるため、旧法下で形成された裁判例の判断枠組みは現行法の解釈においても参照される。
東京地方裁判所平成14年6月26日判決(判例タイムズ1110号92頁)は、動物病院を経営する原告に対する誹謗中傷の投稿が電子掲示板に掲載された事案である。同判決は、掲示板の運営者・管理者は、他人の名誉を毀損する投稿があることを知った場合、または知り得た場合には、遅滞なく削除等の措置を講じる条理上の義務を負うとし、投稿内容の真偽が不明であることを理由に削除義務を免れることはできないとして、掲示板管理者に民法第709条に基づく損害賠償責任を認めた。本判決は、プロバイダ責任制限法制定前後の過渡期における条理上の作為義務の存在を明確化した裁判例として位置づけられている。
東京地方裁判所平成11年9月24日判決(判例時報1707号139頁)は、大学のサーバに設置された学生のホームページに掲載された文書が名誉毀損に当たるとされた事案である。同判決は、ネットワーク管理者が被害者に対して不法行為責任を負う場合を、名誉毀損に該当すること、加害行為の態様が著しく悪質であること、被害の程度が甚大であることなどが一見して明白な極めて例外的な場合に限定し、大学の不法行為責任を否定した。この事件の控訴審である東京高等裁判所平成13年9月5日判決も、条理上の削除義務自体は認めつつ、発信者への自主的な削除要請や弁護士からの削除要求への対応状況を踏まえ、削除権限の行使が許容される限度を超えて遅延したとはいえないとして、管理者側の責任を否定している。この二つの判決は、運営者の削除義務が生じる場面を限定的に解する立場を示すものであり、権利侵害の明白性という基準が本条第1項第2号の「相当の理由」の解釈に影響を与えている。
最高裁判所第一小法廷平成22年4月8日判決(民集64巻3号676頁)は、発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する経由プロバイダが、旧法上の特定電気通信役務提供者に該当するかどうかが争われた事案である。同判決は、最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するための通信を媒介する経由プロバイダについて、特定電気通信役務提供者に該当すると判示した。この判断により、コンテンツプロバイダだけでなく、通信の媒介のみを行う経由プロバイダについても本条の適用対象となることが確認された。
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