1 条文原文
(趣旨)
第一条 この法律は、特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害等があった場合について、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示を請求する権利について定めるとともに、発信者情報開示命令事件に関する裁判手続に関し必要な事項を定め、あわせて、侵害情報送信防止措置の実施手続の迅速化及び送信防止措置の実施状況の透明化を図るための大規模特定電気通信役務提供者の義務について定めるものとする。
2 法律の名称について
本条の解説に入る前に、法律名の変遷を整理しておく。この法律は平成13年(2001年)11月30日、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」として公布された。通称はプロバイダ責任制限法であった。
令和6年(2024年)5月17日、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律」(令和6年法律第25号)が公布され、令和7年(2025年)4月1日に施行された。この改正により、法律の題名そのものが「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」に変更され、通称も情報流通プラットフォーム対処法に改められた。法令番号は平成13年法律第137号のまま維持されている。題名変更を伴う改正であるため、被改正法と改正後の法律は同一の法律であり、別の新法が制定されたわけではない。
本シリーズでは、この現行法を条文番号順に1条から38条まで解説する。第1条から第19条までは旧プロバイダ責任制限法時代から存在する条文であり、内容面でも大きな変更を受けていない部分が多い。第20条以降の大規模特定電気通信役務提供者の義務及び罰則の規定は、令和6年改正により新設された部分である。
3 趣旨・立法背景
(1) 二つの法益の調整という基本構造
第1条は、法律全体の目的を一文で示す規定である。この一文には、解釈の出発点となる二つの法益が組み込まれている。一つは特定電気通信による情報の流通によって権利を侵害された者の救済であり、もう一つは発信者の表現の自由の保障である。
インターネット上の電子掲示板やSNSでは、不特定多数に向けて情報が発信される。その情報によって名誉、プライバシー、著作権などの権利が侵害される事態が生じた場合、サイトの管理者やサーバの運営者にあたる特定電気通信役務提供者は、対応に迷う立場に置かれる。情報を放置すれば被害者から損害賠償を求められる可能性があり、逆に情報を削除すれば発信者から表現の自由の侵害を理由に損害賠償を求められる可能性がある。平成13年の立法時には、この板挟み状態を解消し、特定電気通信役務提供者が萎縮することなく適切な対応を行えるようにする目的があった。
(2) 平成13年制定時の3本柱
制定当時の法律は、次の3つの仕組みを定めるものであった。第一に、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任を一定の要件のもとで制限する規定である。第二に、権利を侵害されたとする者が発信者情報の開示を請求できる権利を定める規定である。第三に、これらに関する裁判手続を整備する規定である。当時はインターネットの匿名性を利用した誹謗中傷が社会問題となり始めた時期であり、被害者が加害者を特定する手段を欠いていたことが立法の直接の契機であった。
(3) 令和3年改正による裁判手続の一体化
令和3年(2021年)4月28日、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律」(令和3年法律第27号)が公布され、令和4年(2022年)10月1日に施行された。この改正では、発信者を特定するために従来2段階を要していた裁判手続を、発信者情報開示命令という1個の非訟手続のなかで完結できる制度が創設された。また、SNSのようなログイン型サービスを想定し、ログイン時の通信に関する情報(特定発信者情報)も開示請求の対象に含まれることが明文化された。この改正によって、第1条の文言にも「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続に関し必要な事項を定め」という部分が加わっている。
(4) 令和6年改正による大規模特定電気通信役務提供者の義務の追加
令和6年改正の背景には、プラットフォームサービスに関する研究会が令和2年8月にまとめた緊急提言、及び令和6年1月の第三次とりまとめがある。これらの提言は、SNSなどの大規模なプラットフォーム事業者において、誹謗中傷等の削除申出への対応窓口が整備されていない、又は対応に長期間を要するという実務上の課題を指摘した。被害者が泣き寝入りせざるを得ない状況や、やむなく裁判手続に踏み切らざるを得ない状況が生じていたことを踏まえ、削除対応の迅速化と運用状況の透明化を大規模プラットフォーム事業者に義務付ける規律が新設された。
この改正により、第1条の末尾に「あわせて、侵害情報送信防止措置の実施手続の迅速化及び送信防止措置の実施状況の透明化を図るための大規模特定電気通信役務提供者の義務について定める」という一文が追加された。改正前の条文では「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続に関し必要な事項を定めるものとする」で文が終わっていたが、改正によりこの部分が追加された。
4 用語解説
特定電気通信
不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信をいう(第2条第1号)。公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信は除かれる。インターネット上のウェブページ、SNSへの投稿、電子掲示板への書き込みなどがこれにあたる。テレビ放送やラジオ放送のような公衆への直接送信は対象外となる。
権利の侵害等
令和6年改正前は「権利の侵害」という表現であったが、改正により「権利の侵害等」に改められた。これは、大規模特定電気通信役務提供者の義務の章において、権利侵害に至らない法令違反情報への対応も規律の対象に含まれることとなったため、権利侵害以外の事象も包含する表現に改めたものである。
特定電気通信役務提供者
特定電気通信役務を提供する者をいう(第2条第4号)。電子掲示板の管理者、SNSの運営事業者、サーバのホスティング事業者、インターネット接続を提供する経由プロバイダなどが該当する。
発信者情報
氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう(第2条第10号)。
発信者情報開示命令事件
発信者情報開示命令の申立てに係る事件をいう(第2条第13号)。令和3年改正により創設された非訟手続であり、従来の訴訟手続とは別に設けられた簡易な裁判手続である。
侵害情報送信防止措置
侵害情報の送信を防止する措置をいう(第2条第8号)。被侵害者からの申出を受けて行われる削除等の措置を指す。
大規模特定電気通信役務提供者
第20条第1項の規定により総務大臣から指定された特定電気通信役務提供者をいう(第2条第14号)。令和7年4月30日時点で、総務省はGoogle LLC、LINEヤフー株式会社、Meta Platforms, Inc.、TikTok Pte. Ltd.、X Corp.の5社を指定しており、その後も指定対象が追加されている。指定基準は平均月間発信者数1000万人以上等である。
5 条文の構造
第1条は単一の文で構成されているが、内容としては4つの要素を「とともに」「あわせて」という接続表現で結んでいる。第一の要素は特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限である(第3条・第4条)。第二の要素は発信者情報の開示を請求する権利である(第5条から第7条)。第三の要素は発信者情報開示命令事件に関する裁判手続である(第8条から第19条)。第四の要素は大規模特定電気通信役務提供者の義務である(第20条から第34条)。これらに加えて、罰則の規定が第35条から第38条に置かれている。
第一から第三までの要素は、特定電気通信役務提供者の規模を問わず適用される一般的な規律である。第四の要素は、総務大臣の指定を受けた大規模特定電気通信役務提供者のみに適用される特別な規律である点で、適用対象の範囲が異なる。
6 補論 行政法上の論点
(1) 私法的規律と行政規制の併存
本法律は、第1章から第4章までは特定電気通信役務提供者と被害者・発信者という私人間の権利関係を調整する民事法的な規律であるのに対し、第5章は総務大臣による指定及び届出制度を組み込んだ行政規制的な規律である。一つの法律のなかに民事法的規律と行政法的規律が併存する構造となっており、第20条の指定行為の処分性、指定解除の要件、報告徴収権限の性質などが行政法上の検討対象となる。これらの論点は、本シリーズが第20条以降を扱う際に改めて取り上げる。
(2) 弁護士法第72条との関係
大規模特定電気通信役務提供者が侵害情報送信防止措置の要否を判断する過程では、申出に係る情報が他人の権利を侵害するかどうかについての法的な評価が必要となる。この調査が弁護士法第72条が禁止する非弁護士による法律事務の取扱いに該当しないかという論点が、立法過程の検討会資料において指摘されている。この点については、第24条の侵害情報調査専門員の制度を解説する際に併せて取り上げる。
7 旧プロバイダ責任制限法時代の判例
第1条は目的規定であり、それ自体が裁判で直接の争点となることは少ない。しかし、第1条が示す「被害者救済」と「表現の自由」の調整という基本理念は、個別の条文の解釈において裁判所が繰り返し参照してきた視点である。以下、旧法下で本法律の基本構造を理解する上で重要な判例を挙げる。
最高裁第三小法廷判決令和2年7月21日(民集74巻4号1407頁)
他人の名誉を侵害する投稿をリツイートした者が、当該投稿に係る名誉侵害について発信者に該当するかどうかが争われた事案である。最高裁は、リツイートにより元の投稿の内容がそのまま表示される場合、リツイートした者も名誉毀損的な投稿を一般の閲覧者が見られるようにした者として、発信者情報開示請求の相手方となり得ると判断した。本判決は、誰が発信者にあたるかという基礎的概念の解釈を通じて、被害者の救済範囲を画定した先例である。
東京地方裁判所判決平成15年9月12日(NBL771号6頁)
P2P型ファイル交換ソフトウェアによるファイル送信が特定電気通信に該当するかどうかが争われた事案である。東京地方裁判所は、不特定多数の者に対する送信を目的とする通信形態である以上、P2P型のファイル送信も特定電気通信に該当すると判断した。本判決は、技術の進展に応じて特定電気通信の概念が柔軟に解釈されてきたことを示す先例である。
これらの判例はいずれも、第2条の定義規定や第5条の開示請求権の解釈に関するものであるが、その背後には第1条が示す権利救済の理念が一貫して流れている。次回は第2条(定義)を解説する。
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