令和8年12月1日、公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)による改正法が施行される。本連載は施行版条文に即して第1条から第24条までを一条ずつ検討するものであり、今回は第5条を扱う。
第3条が労働者を、第4条が派遣労働者を守る条文であったのに対し、第5条が守るのはフリーランスである。労働契約もなく、指揮命令もなく、あるのは業務委託契約だけ。その関係を断ち切るには「来月から発注しない」と伝えれば足りる。解雇のような手続も、派遣契約の解除のような書面も要らない。令和7年改正は、この静かな切断に法律の網をかけた。
1 条文原文(令和8年12月1日施行版)
(特定受託事業者に対する不利益取扱いの禁止)
第五条 第二条第一項第三号に定める事業者は、その業務委託をし、又は業務委託をしていた特定受託事業者に係る特定受託業務従事者である公益通報者が第三条第一項各号に定める公益通報をしたことを理由として、当該特定受託事業者に対して、業務委託に係る契約の解除、取引の数量の削減、取引の停止、報酬の減額その他不利益な取扱いをしてはならない。
(令七法六二・全改)
2 新旧対照 ― 空き家になった第5条に新しい住人が入った
改正前の第5条は次のような三項構成であった。
| 項 | 改正前第5条の内容 | 令和8年12月1日施行版での行き先 |
|---|---|---|
| 第1項 | 労働者に対する解雇以外の不利益取扱い(降格、減給、退職金の不支給等)の禁止 | 第3条第1項に吸収(「解雇その他不利益な取扱い」として一本化) |
| 第2項 | 派遣先による派遣労働者の交代要求その他不利益取扱いの禁止 | 第4条第1項第2号へ移動 |
| 第3項 | 役員に対する報酬減額その他不利益取扱い(解任を除く)の禁止 | 第6条第1項へ移動 |
三つの項がそれぞれ第3条・第4条・第6条へ引っ越した結果、第5条という番号だけが空いた。立法者はそこへ、まったく新しい規律である特定受託事業者に対する不利益取扱いの禁止を置いた。条文番号は同じでも、規律の対象も名宛人も別物である。旧法の第5条を引用した社内規程や研修資料をそのまま使い続けると、令和8年12月1日以降は条文番号と内容が食い違うことになる。
第5条の新設と対をなすのが、第2条第1項第3号の新設である。
第二条第一項第三号 特定受託業務従事者(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和五年法律第二十五号)第二条第二項に規定する特定受託業務従事者をいう。以下同じ。)又は特定受託業務従事者であった者 当該特定受託業務従事者に係る特定受託事業者(同条第一項に規定する特定受託事業者をいう。以下同じ。)又は特定受託事業者であった者に業務委託(同条第三項に規定する業務委託をいう。以下この号及び第五条において同じ。)をし、又は当該通報の日前一年以内に業務委託をしていた事業者
第2条第1項第3号が「誰が公益通報者になれるか」を定め、第5条が「その者に対して何をしてはならないか」を定める。二つは常にセットで読む必要がある。
3 趣旨と立法背景
3-1 労働者性という関門
公益通報者保護法が平成16年に制定されて以来、保護の入口は労働基準法第9条の「労働者」であった。令和2年改正で役員と退職後1年以内の退職者が加わったが、業務委託で働く個人は依然として枠外にあった。
この線引きは、判例が積み重ねてきた労働者性の判断枠組みと重なる。横浜南労働基準監督署長(旭紙業)事件(最一小判平成8年11月28日・労判714号14頁)は、自己所有のトラックで運送業務に従事していた者について、業務内容や時間・場所の拘束の程度、報酬の性格などを検討し、労基法上の労働者に当たらないと判断した。藤沢労働基準監督署長事件(最一小判平成19年6月28日・民集61巻4号1713頁)も、工務店の工事に従事していた大工について同様の結論を導いている。
一方で、労働組合法上の労働者性については別の判断が示されてきた。新国立劇場運営財団事件およびINAXメンテナンス事件(いずれも最三小判平成23年4月12日)、ビクターサービスエンジニアリング事件(最三小判平成24年2月21日・民集66巻3号955頁)は、契約形式が請負・業務委託であっても、事業組織への組入れ、契約内容の一方的決定、報酬の労務対価性といった要素から労組法上の労働者性を認めた。
つまり、保護の必要性は個別の法律ごとに測られてきた。公益通報者保護法は令和7年改正まで、その測定を行っていなかった。
3-2 フリーランス法という前提
令和5年法律第25号(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が令和6年11月1日に施行され、フリーランスの定義が法律上確定した。公益通報者保護法第2条第1項第3号は、この定義を丸ごと借りている。独自定義を置かず既存法を引用する立法技術によって、二つの法律の適用範囲が一致し、事業者が「うちのフリーランスは公益通報者保護法上のフリーランスか」と悩む場面を減らしている。
フリーランス法の運用実態は、この分野の力関係を数字で示している。公正取引委員会が令和8年6月10日に公表した令和7年度の運用状況によれば、同年度に新規着手した違反被疑事件は1,626件、処理件数1,597件、うち1,552件について勧告または指導の措置が講じられた。勧告は10件、指導は1,542件である。違反行為の類型別では、期日における報酬支払義務違反が1,135件、取引条件の明示義務違反が1,126件、買いたたきが250件と、この三類型で全体の9割を超える。フリーランスから公正取引委員会への申出は604件、相談対応は4,351件、フリーランス・トラブル110番での相談は13,400件に達した。
発注者と受注者の間に構造的な非対称があることは、こうした数字が裏づけている。その関係のもとで法令違反を通報する行為が、どれほどの覚悟を要するかも想像がつく。
3-3 国際的な動向
EUの公益通報者保護指令(Directive (EU) 2019/1937)は、保護対象となる報告者に、労働者だけでなく自営業者、株主、役員、ボランティア、有給・無給の実習生、請負業者・下請業者・供給業者の監督下で働く者を含めている。日本の令和7年改正が特定受託業務従事者を加えたことは、この流れに沿った動きと位置づけられる。消費者庁は改正の柱の一つを「公益通報者の範囲拡大」と整理し、事業者と業務委託関係にあるフリーランス、および業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスを追加したと説明している。
4 条文の構造 ― 四つの要素に分解する
4-1 名宛人は「業務委託をした事業者」
禁止の名宛人は「第二条第一項第三号に定める事業者」である。同号が定めるのは、特定受託事業者に業務委託をし、または通報の日前1年以内に業務委託をしていた事業者を指す。
ここで注意すべき点が二つある。
第一に、名宛人はフリーランス法の「特定業務委託事業者」(同法第2条第6項。従業員を使用する個人、または二以上の役員がいるか従業員を使用する法人)に限定されていない。フリーランス法第5条の遵守事項は特定業務委託事業者にしか課されないが、公益通報者保護法第5条はより広い「業務委託をした事業者」全体に及ぶ。従業員を使用しない一人事業者が別のフリーランスに再委託した場合も、第5条の名宛人になり得る。
第二に、「業務委託をしていた」という過去形が入っている。契約が終了していても、通報の日前1年以内に業務委託関係があれば第5条の射程に入る。契約終了を待って報復するという迂回路は塞がれている。
4-2 保護されるのは「特定受託業務従事者である公益通報者」
保護対象は、特定受託事業者に係る特定受託業務従事者である公益通報者である。フリーランス法第2条第2項によれば、特定受託業務従事者とは、特定受託事業者である個人、および特定受託事業者である一人法人の代表者を指す。
4-3 不利益取扱いの相手方は「特定受託事業者」
条文を丁寧に読むと、通報する者と不利益を受ける者がずれている場合があることに気づく。通報者は特定受託業務従事者(自然人)であるが、禁止される不利益取扱いの相手方は「当該特定受託事業者」である。
個人事業主の場合、特定受託事業者と特定受託業務従事者は同一人であるから、ずれは生じない。しかし一人法人の場合、通報者は代表者個人であり、契約の相手方は法人である。発注者が報復として契約を解除するなら、その解除の相手方は法人になる。第5条は、この場合に「法人に対する不利益取扱い」を禁止することで、代表者個人への報復を実質的に封じている。
なお、第7条(損害賠償の制限)は「第二条第一項各号に定める事業者は……当該公益通報をした公益通報者に対して、賠償を請求することができない」と定めており、こちらの名宛人は公益通報者すなわち自然人である。同じ場面でも条文ごとに主体が異なるため、契約書のレビューでは条文ごとに主語を確認する必要がある。
4-4 対象となる公益通報は3類型すべて
第5条は「第三条第一項各号に定める公益通報」と規定する。第3条第1項第1号(役務提供先等への1号通報)、第2号(権限を有する行政機関等への2号通報)、第3号(報道機関等その他の外部通報先への3号通報)のいずれもが対象である。
役員に関する第6条第1項が2号通報・3号通報について調査是正措置の前置を要求しているのとは対照的に、フリーランスにはそうした加重要件がない。保護要件は労働者・派遣労働者・退職者と同じ水準に置かれている。フリーランスは組織の経営に責任を負う立場ではないという整理である。
5 用語解説
新任担当者がつまずきやすい用語を、根拠条文とともに並べる。
特定受託事業者(フリーランス法第2条第1項)
業務委託の相手方である事業者のうち、①個人であって従業員を使用しないもの、②法人であって、一の代表者以外に他の役員(理事、取締役、執行役、業務を執行する社員、監事もしくは監査役またはこれらに準ずる者)がなく、かつ従業員を使用しないもの。従業員を雇っている個人事業主は該当しない。
特定受託業務従事者(同条第2項)
特定受託事業者である個人、および特定受託事業者である一人法人の代表者。公益通報者保護法第2条第1項第3号はこの定義を引用する。
業務委託(同条第3項)
①事業者が事業のために他の事業者に物品の製造(加工を含む)または情報成果物の作成を委託すること、②事業者が事業のために他の事業者に役務の提供を委託すること(他人に役務を提供させることを含む)。消費者向けの取引は含まれない。
業務委託事業者(同条第5項)/特定業務委託事業者(同条第6項)
前者は特定受託事業者に業務委託をする事業者。後者はそのうち、個人であって従業員を使用するもの、または法人であって二以上の役員があるか従業員を使用するもの。フリーランス法の義務規定は両者を書き分けている。
取引の数量の削減/取引の停止/報酬の減額
指針の解説は、不利益な取扱いを四つの領域に分けて例示する。業務委託に係る契約の解除は「地位の得喪に関すること」に、業務委託に係る取引の数量の削減・取引の停止・報酬の減額は「経済待遇上の取扱いに関すること」に位置づけられている。
その他不利益な取扱い
例示列挙の受け皿である。指針の解説は、精神上・生活上の取扱いに関することとして、公益通報をしたことを理由に業務に従事させないこと、専ら雑務に従事させることを挙げる。令和8年3月31日の改正で追記された部分であり、発注はするが実質的な仕事を与えないという形態も射程に入る。フリーランスの文脈では、契約更新の拒絶、優先発注リストからの除外、単価改定の対象外とすること、業界内での評価毀損なども検討対象になろう。
6 第5条に「ない」もの ― 三つの欠落
第5条は一項のみの短い条文である。第3条・第4条と比べると、備わっていない仕組みが三つある。
6-1 無効規定がない
第3条第2項は解雇等特定不利益取扱いを無効とし、第4条第2項は派遣先による労働者派遣契約の解除を無効とする。第5条には対応する規定がない。
したがって、報復として業務委託契約が解除された場合、その解除が私法上当然に効力を失うわけではない。フリーランス側の救済は、民法第709条に基づく損害賠償請求や、契約解除の効力を争う一般法理に委ねられる。
継続的契約の解消をめぐっては、裁判例が二つの枠組みを示してきた。解約には信頼関係の破壊等の「やむを得ない事由」を要するとする立場(資生堂東京販売事件の原審である東京高判平成6年9月14日・判時1507号43頁)と、契約上の解約権行使は原則として自由であり信義則違反・権利濫用等の一般条項による制約に服するにとどまるとする立場(花王化粧品販売事件の原審である東京高判平成9年7月31日・判時1624号55頁)である。上告審である最判平成10年12月18日(民集52巻9号1866頁、判タ992号98頁)はいずれの事案でも解約を認めており、統一的な基準は示されていない。
また、専属的な下請取引を一方的に打ち切った事案について、受注者が受注のために相当の設備投資をしている場合には、やむを得ない特段の事由がない限り、相当の予告期間を設けるか相当な損失補償をしなければ取引を中止できないとした裁判例もある。
公益通報を理由とする解除であることが認定されれば、これらの枠組みのもとで信義則違反・権利濫用の評価が働きやすくなる。第5条は、その評価の土台となる強行的な行為規範を法律上明示した意義を持つ。
6-2 推定規定がない
第3条第3項は、公益通報の日から1年以内にされた解雇等特定不利益取扱いを、公益通報を理由とするものと推定する。立証責任の転換である。第5条にはこれがない。
その結果、フリーランス側は「契約解除が公益通報を理由とするものであること」を自ら立証しなければならない。発注者が「予算削減」「品質不良」「体制見直し」といった別の理由を掲げた場合、それが表向きの理由にすぎないことを示す必要がある。通報の時期と不利益の時期の近接性、それまでの取引の安定性、同種の他のフリーランスとの取扱いの差異、担当者の言動といった間接事実の積み上げが要となる。
6-3 直罰がない
第21条第1項の罰則は「第三条第一項の規定に違反して解雇等特定不利益取扱いをしたとき」を対象とする。第5条違反に刑事罰は科されない。第23条第1項第1号の三千万円以下の罰金という法人重科も、第21条第1項を経由するため及ばない。
もっとも、第11条第2項の体制整備義務違反という別ルートは残る。フリーランスに対する不利益取扱いを防ぐ措置を欠いた状態が体制整備義務違反と評価されれば、第15条の2に基づく助言・指導・勧告、勧告に従わない場合の命令、命令違反に対する第21条第2項第1号の罰金という経路が働き得る。第5条自体に刃はなくとも、第11条を通じて行政的な圧力がかかる構造である。
7 第8条第3項 ― フリーランス法との二重ルート
第八条第三項 第五条の規定は、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律第五条及び第六条第三項(同法第十七条第三項において準用する場合を含む。)の規定の適用を妨げるものではない。
この解釈規定が指し示すのは、公益通報者保護法とフリーランス法が並列して適用されるという整理である。
フリーランス法第5条は、政令で定める期間(1か月)以上の業務委託をした特定業務委託事業者に対し、受領拒否、報酬の減額、返品、買いたたき、購入・利用強制を禁止し(第1項)、不当な経済上の利益の提供要請、不当な給付内容の変更・やり直しを禁止する(第2項)。
同法第6条第3項は、特定受託事業者が同条第1項の申出(公正取引委員会または中小企業庁長官に対する違反事実の申出)をしたことを理由として、取引の数量の削減、取引の停止その他の不利益な取扱いをすることを禁止する。同法第17条第3項は、就業環境の整備に関する第三章について、厚生労働大臣への申出に同じ保護を準用する。
したがって、フリーランスが不当な扱いを受けた場面では、次の三つの経路が同時に開いている。
- フリーランス法第6条第1項・第17条第1項の申出(公正取引委員会・中小企業庁長官・厚生労働大臣)
- 公益通報者保護法第3条第1項第2号の2号通報(通報対象事実について処分または勧告等をする権限を有する行政機関等)
- 公益通報者保護法第3条第1項第1号の1号通報(役務提供先等の内部窓口)
そして、いずれの申出・通報を理由とする報復も禁止される。フリーランス法第6条第3項による保護と、公益通報者保護法第5条による保護は、重なりつつ守備範囲を異にする。前者は自らが受けた取引上の不利益についての申出を守り、後者は発注者側で生じている法令違反の通報を守る。
公正取引委員会には勧告・命令・公表という執行手段があり、勧告に従わない場合は命令が可能で、命令違反には罰金が科される。実際、令和7年6月17日の株式会社光文社および株式会社小学館に対する勧告を皮切りに、令和8年に入ってからも株式会社河合楽器製作所(令和8年6月22日)、株式会社ベイシア電器(令和8年6月24日)、株式会社エフエム京都(令和8年7月31日)に対する勧告が公表されている。公取委は勧告を行った場合、事業者名・違反事実の概要・勧告の概要を公表する運用を明示している。
第5条には刑事罰がないという弱さを、第8条第3項が示す並列適用が部分的に補っている。
8 判例・裁判例
8-1 通報を理由とする報復を違法とした事案
トナミ運輸事件(富山地判平成17年2月23日・労判891号12頁)は、運送業界のヤミカルテルを報道機関等に通報した従業員が、その後28年間にわたり昇進を止められ、研修所への隔離配置などを受けた事案である。裁判所は会社の措置を違法として1,356万円の損害賠償を命じた。公益通報者保護法制定の直接の契機となった事件の一つである。
大阪いずみ市民生活協同組合事件(大阪地堺支判平成15年6月18日・労判855号22頁)は、理事長の公私混同を内部告発した職員に対する降格・配転等について、報復目的を認定し損害賠償を命じた。
オリンパス事件(東京高判平成23年8月31日・労判1035号42頁、最決平成24年6月28日により確定)は、取引先からの人材引抜きに関する社内コンプライアンス通報を行った従業員が、専門外部署への配転を繰り返された事案である。第一審は請求を棄却したが、控訴審はコンプライアンス室が通報者名を承諾なく開示した点を運用規定上の守秘義務違反と認定し、配転は業務上の必要性と無関係に主として個人的感情に基づく制裁的人事であるとして無効と判断し、会社および事業部長に連帯して220万円の支払を命じた。判決確定後も処遇が改善されず追加提訴が続き、平成28年2月18日に解決金1,100万円等を内容とする和解が成立している。
これらはいずれも労働者の事案であるが、報復の認定において裁判所が何を見ているかは共通する。通報と不利益との時間的近接性、通報内容に対する上位者の感情、業務上の必要性の実質、従前の取扱いとの落差である。フリーランスの契約打切りをめぐる将来の紛争でも、同じ視点が用いられよう。
8-2 労働者性が否定された事案の意味
第3章で触れた旭紙業事件・藤沢労基署長事件は、いずれも保護を求める側が敗れた事案である。契約形式が業務委託であっても実態が労働であれば労働者と認められるという原則はあるが、実態が真に独立した事業者であれば、その道は閉ざされる。
第5条の意義は、この分岐そのものを不要にした点にある。労働者性の有無を問わず、特定受託業務従事者であれば公益通報者として保護される。実務では、争いのある契約について「労働者かフリーランスか」を確定させなくとも、いずれにせよ通報を理由とする不利益は禁止されるという整理が可能になる。もっとも、労働者と認定されれば第3条の無効・推定・直罰が働き、フリーランスにとどまれば第5条の禁止規範のみとなるため、効果面での差は残る。
9 企業の内部通報事例
9-1 業務委託先からの通報が機能した場面
内部統制の実務では、外部委託先からの情報が不正発見の端緒となる例が少なくない。会計不正、品質データの書換え、下請への不当な要求、労働安全上の違反といった事象は、社内の指揮命令系統の外にいる者のほうが口を開きやすい場合がある。
指針の解説は、関係会社・取引先からの通報を受け付けている場合において、公益通報者が当該関係会社・取引先の労働者等、特定受託業務従事者または役員であるときは、秘密保持に十分配慮しつつ、可能な範囲で当該関係会社・取引先に対して公益通報者へのフォローアップや保護を要請するなどの措置を講ずることが望ましいとする。グループ共通ホットラインを運用する企業では、この推奨事項が具体的な運用設計につながる。
9-2 業界別に見た論点
公正取引委員会は令和7年度において、フリーランスとの取引が多い業種である放送業および広告業の事業者を集中的に調査し、令和7年10月までに128名の事業者に対して是正を求める指導を行い、同年12月10日に結果を公表した。措置件数の業種別内訳では、情報通信業が575件(37.0%)で最多、次いで学術研究・専門技術サービス業が326件(21.0%)、運輸業・郵便業が135件(8.7%)となっている。
この分布は、第5条の実務的な負荷が偏在することを示している。制作会社、広告代理店、システム開発会社、出版社、放送事業者、運送事業者では、常時多数のフリーランスと取引しており、そのすべてが第5条の保護対象になり得る。取引先マスターに登録された個人事業主の数を把握していない企業は、まずその棚卸しから始める必要がある。
9-3 契約書に潜む地雷
業務委託契約書の秘密保持条項に「本契約に関して知り得た情報を第三者に開示しない」という包括的な文言があると、フリーランスは通報をためらう。さらに「本契約に関する紛争・苦情は当事者間の協議によってのみ解決する」といった条項があれば、通報を封じる合意と評価される余地が生じる。
ここで働くのが第11条の2である。
第十一条の二 第二条第一項各号に定める事業者は、当該各号に掲げる者に対して、正当な理由がなく、公益通報をしない旨の合意をすることを求めること、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げることその他の行為によって、公益通報を妨げてはならない。 2 前項の規定に違反してされた合意その他の法律行為は、無効とする。
名宛人は「第二条第一項各号に定める事業者」であり、第3号の業務委託元も含まれる。公益通報を禁ずる合意を求める行為自体が禁止され、その合意は無効となる。同様に第11条の3は、正当な理由なく公益通報者を特定することを目的とする行為を禁じており、こちらもフリーランスに及ぶ。
施行日までに、業務委託契約書の秘密保持条項に「公益通報者保護法に基づく公益通報を妨げるものではない」旨のカーブアウトを設ける作業が必要になる。
10 地方公共団体の事例
10-1 自治体もまた発注者である
公益通報者保護法上の「事業者」には国および地方公共団体が含まれる。自治体は、庁舎清掃、広報誌のデザイン、ウェブサイト運営、講座講師、通訳・翻訳、映像制作、スポーツ指導、専門相談員といった多様な業務を個人に委託している。これらの受託者が従業員を使用しない個人であれば特定受託事業者に当たり、自治体は第5条の名宛人となる。
とりわけ論点になりやすいのが次の類型である。
地域おこし協力隊。総務省「地域おこし協力隊の受入れに関する手引き」は、隊員の受入形態として①会計年度任用職員として任用する形と、②任用関係を結ばず地域協力活動に関する委託契約を締結する形の二つを示している。後者を採る委託型の隊員は、従業員を使用しない個人である限り特定受託業務従事者に該当する。隊員が受入地域の補助金不正や施設の法令違反を発見した場合、その通報は公益通報となり得る。委嘱の打切りや委託料の減額は第5条に抵触する可能性がある。同手引きは、契約形式のいかんにかかわらず活動の実態上「労働者」と判断されれば労働関係法令が適用される点にも注意を促しており、この点は第3条と第5条のいずれが適用されるかの分岐にも通じる。
部活動の地域展開に伴う指導者への委託。学校の運動部・文化部活動を地域に移していく過程で、自治体や地域クラブが個人の指導者に業務委託する例が増えている。指導現場での体罰、安全管理の不備、補助金の不適正執行を指導者が通報した場合が想定される。
指定管理者・受託事業者の従事者。指定管理者の従業員やそこから再委託を受けたフリーランスは、第2条第1項第4号(取引先ルート)によって、自治体を役務提供先とする公益通報の主体になり得る。第5条ではなく第4号を経由する点に注意を要する。
10-2 ガイドラインの改正で通報者の範囲が明示された
消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(外部の労働者等からの通報)」は、令和8年5月29日の最終改正により、通報窓口で受け付ける通報者の範囲に「当該事業者から業務委託を受けている特定受託事業者の特定受託業務従事者又は通報の日前1年以内に当該特定受託事業者の特定受託業務従事者であった者」を追加した。改正前は労働者・派遣労働者・取引先の労働者・役員のみが列挙されていた。
自治体が監督権限を持つ分野で、規制対象事業者と業務委託関係にあるフリーランスから通報を受けたとき、窓口担当者が「あなたは従業員ではないので受け付けられない」と応答することは、令和8年12月1日以降は許されない。窓口の受付要領、ウェブサイトの案内文、職員向けマニュアルの更新が必要である。
同じく令和8年5月29日最終改正の「地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」は、「職員等」を「法第2条第1項に定める役務提供先等への通報が内部通報となり得る者」と定義している。自治体が業務委託しているフリーランスは、この定義に含まれる。内部公益通報受付窓口をフリーランスにも開くという帰結になる。
10-3 京都市児童相談所事件が示す構造
京都市の児童福祉司であった職員が、児童養護施設長による児童への性的虐待事案について児童相談所の不作為と隠蔽を疑い、市が設置する外部の通報相談員である弁護士に2度にわたり内部通報を行った事案がある。職員は通報内容を裏づけるため児童記録の一部を印刷して弁護士に交付し、その後、担当外の児童情報の閲覧、非公開情報の持出しと廃棄などを理由に停職3日の懲戒処分を受けた。
懲戒処分取消訴訟において、京都地判令和元年8月8日および大阪高判令和2年6月19日は、閲覧行為と発言については懲戒事由に当たらないとし、持出し・廃棄については懲戒事由に該当するとしつつも、内部通報に付随する証拠保全目的であって悪質性は低く、停職3日は重きに失するとして処分を取り消した。最高裁は令和3年1月28日に上告不受理決定を行い、判断が確定した。
続く国家賠償請求訴訟において京都地方裁判所は、懲戒処分について処分権者の注意義務違反を認め、弁護士費用実費1,628,800円、慰謝料300,000円、本件訴訟の弁護士費用192,880円の合計2,121,680円を損害と認定した。停職明けの翌日に発令された健康増進センターへの配転についても、違法な停職処分を直接の前提とするものとして裁量権の逸脱・濫用を認め、慰謝料100,000円と弁護士費用10,000円を認めている。
この事案の職員は地方公務員であり、第5条ではなく第3条・第9条の世界にいる。しかし、通報者が証拠を確保しようとする行動そのものが処分理由に転化するという構図は、フリーランスにも当てはまる。フリーランスは組織のシステムにアクセスできないことが多く、手元にあるのは発注メールや納品データである。それを外部に持ち出したことを「秘密保持義務違反」として契約解除の理由に据えるという構成は、自治体・企業を問わず起こり得る。第5条は理由の実質を問うため、形式的な義務違反を掲げても、通報を理由とする解除であると認定されれば違反となる。
11 指針および指針の解説の適用
事業者がとるべき措置の内容は、公益通報者保護法第11条第4項に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号。令和8年3月31日一部改正・内閣府告示第15号)と、その解説(令和8年3月31日最終改正、令和8年12月1日施行)に示されている。指針の解説は、①指針本文、②指針の趣旨、③指針を遵守するための考え方や具体例、④その他に推奨される考え方や具体例という四層構造を採る。第5条に関係する箇所を、この四層に沿って確認する。
11-1 不利益な取扱いの防止に関する措置(指針第4の2(1))
①指針本文は、事業者の労働者および役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐための措置をとるとともに、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をとり、把握した場合には適切な救済・回復の措置をとること、および不利益な取扱いを行った者に対して行為態様・被害の程度・その他情状等を考慮して懲戒処分その他適切な措置をとることを求める。
②指針の趣旨は、令和8年3月31日の改正により、認識を持たせるべき対象として「労働者等、役員、退職者並びに特定受託業務従事者及び特定受託業務従事者であった者」を明記した。改正前は「労働者等及び役員並びに退職者」であり、フリーランスが加わった点が新旧の差である。
③遵守のための考え方や具体例では、不利益な取扱いを防ぐ措置として、労働者等および役員に対する周知・啓発、内部公益通報受付窓口における不利益取扱いに関する相談の受付、被通報者が公益通報者の存在を知り得る場合の注意喚起が挙げられている。また、不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置として、公益通報者に対して能動的に確認すること、不利益な取扱いを受けた際には内部公益通報受付窓口等の担当部署に連絡するよう、その旨と部署名をあらかじめ伝えておくことが示されている。フリーランスは日常的に社内にいないため、この能動的確認の設計が労働者以上に問われる。
④推奨事項として、関係会社・取引先からの通報を受け付けている場合に、当該関係会社・取引先に対して公益通報者へのフォローアップや保護を要請すること、是正措置等が十分に機能しているかを確認することが挙げられている。
11-2 周知に関する措置(指針第4の3(3))
①指針本文は、労働者等、役員、退職者並びに特定受託業務従事者および特定受託業務従事者であった者に対し、法および次の事項について周知・啓発を行うことを求める。退職者および特定受託業務従事者であった者についてはチを除く。
イ 内部公益通報受付窓口の設置に関する事項並びに連絡先及び連絡方法
ロ 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置の内容
ハ 公益通報対応業務の実施に関する措置の内容
ニ 公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置の内容
ホ 不利益な取扱いの防止に関する措置の内容
ヘ 範囲外共有、通報妨害及び通報者探索の防止に関する措置の内容
ト 是正措置等の通知に関する措置の内容
チ 記録の保管、見直し・改善及び運用実績の労働者等、特定受託業務従事者及び役員への開示に関する措置の内容
リ 公益通報に係る通報対象事実についての調査への協力に関する事項
③遵守のための考え方や具体例には、フリーランス向けの具体策が新たに書き加えられた。特定受託業務従事者に対する周知・啓発の方法として、業務委託契約に係る書面やメール等に公益通報受付窓口の連絡先等を記載すること、特定受託業務従事者が定期的に閲覧するイントラネット等に連絡先等を記載することが挙げられている。特定受託業務従事者であった者に対しては、業務委託期間中に、契約終了後も公益通報ができることを周知・啓発することが示されている。
契約書の末尾に窓口の連絡先を一行書き加える。この程度の作業で足りる措置が指針の解説に明記された以上、着手していない状態を合理的に説明することは難しくなる。
11-3 通報妨害・通報者探索の防止(指針第4の2(2))
令和7年改正で新設された第11条の2・第11条の3に対応し、指針は範囲外共有の防止に加えて、通報妨害行為を防ぐ措置、通報者探索を防ぐ措置を事業者がとるべき措置に追加した。指針の趣旨は、あらかじめ誓約書等で公益通報をすることが禁止されていたり、公益通報をした場合には不利益取扱いをすると示唆されていたりした場合には自発的な公益通報を望めないと述べる。業務委託契約書や発注時の誓約書がこの記述に直接触れる。
11-4 質問・相談への対応(指針第4の3(4))
指針本文は、労働者等、役員、退職者並びに特定受託業務従事者および特定受託業務従事者であった者から寄せられる、内部公益通報対応体制の仕組みや不利益な取扱いに関する質問・相談に対応することを求める。フリーランスからの「これは通報していい話か」という照会に応じる窓口が要る。
12 経過措置 ― いつから第5条が働くのか
令和7年法律第62号の附則は、第3条(労働者)と第4条第1項第1号(派遣労働者)については個別の経過措置を置いたが、第5条については置いていない。したがって、附則第2条の原則が適用される。
附則第二条 この法律による改正後の公益通報者保護法(以下「新法」という。)の規定(罰則を除く。)は、この附則に特別の定めがある場合を除き、この法律の施行前にされたこの法律による改正前の公益通報者保護法(附則第六条において「旧法」という。)第二条第一項に規定する公益通報にも適用する。
この規定が遡及適用の対象とするのは「旧法第二条第一項に規定する公益通報」である。ところが、施行前にフリーランスが行った通報は、旧法第2条第1項のいずれの号にも当てはまらない。旧法はフリーランスを公益通報の主体として掲げていなかったからである。
その結果、施行日前にフリーランスが行った通報を理由とする不利益取扱いには第5条が及ばず、施行日以後にされた通報を理由とする不利益取扱いから第5条が働く、という読み方が素直である。附則第8条は、附則第2条から第7条までに定めるもののほか施行に関し必要な経過措置は政令で定めるとしており、施行までに補足的な定めが置かれる可能性は残る。
なお、附則第9条は、政府が施行後3年を目途として施行状況を勘案し、新法の規定について検討を加えることとしている。第5条に無効規定・推定規定・罰則が欠けている点は、この検討の対象になり得る論点であろう。
13 実務チェックリスト ― 令和8年12月1日までに
企業のコンプライアンス担当者と自治体のコンプライアンス担当職員が、施行日までに確認すべき事項を挙げる。
- 取引先マスターを棚卸しし、業務委託先のうち従業員を使用しない個人・一人法人を抽出する。件数を把握しないまま体制を語ることはできない。
- 抽出した取引先について、契約終了から1年以内の相手方も名簿に残す。第5条は過去1年の取引にも及ぶ。
- 内部公益通報受付窓口の受付対象に特定受託業務従事者および特定受託業務従事者であった者を明記する。受付要領・FAQ・ウェブサイトの記載を改める。
- 業務委託契約書の秘密保持条項に、公益通報者保護法に基づく公益通報を妨げない旨のカーブアウトを追加する。
- 業務委託契約書または発注書に、内部公益通報受付窓口の連絡先および連絡方法を記載する。指針の解説が示す具体例に沿った措置である。
- 契約終了時の通知文書に、終了後1年以内は公益通報の主体となり得る旨と窓口の連絡先を記載する。
- 誓約書・覚書のひな型を点検し、通報を禁ずる趣旨に読める文言を削除する。第11条の2第2項により、そうした合意は無効となる。
- 内部規程に、フリーランスからの通報の受付・調査・是正・フォローアップの手順を書き込む。指針第4の3(6)は内部規程への落とし込みを求めている。
- 発注担当部門に対し、契約解除・数量削減・取引停止・報酬減額の意思決定プロセスを整備し、通報者に該当する取引先については判断根拠の記録を残す運用とする。推定規定がない以上、記録は事業者側の防御資料にもなる。
- 通報後のフォローアップ手順を定める。公益通報者に対して能動的に確認し、不利益取扱いの連絡先をあらかじめ伝える運用を、フリーランス向けの連絡手段(メール・チャット等)に合わせて設計する。
- 従事者に対する教育に、フリーランスからの通報を扱う際の秘密保持上の留意点を含める。取引規模が小さい相手ほど、調査の過程で通報者が特定されやすい。
- 通報者探索の禁止(第11条の3)について、発注担当者への教育を行う。「誰が言ったのか」を取引先に問い合わせる行為が該当し得る。
- フリーランス法上の申出窓口(公正取引委員会、中小企業庁長官、厚生労働大臣)と、公益通報者保護法上の通報先の違いを整理した内部資料を作成する。相談を受けた担当者が経路を誤らないようにする。
- 自治体においては、外部の労働者等からの通報窓口の受付対象に特定受託業務従事者を追加する。令和8年5月29日最終改正の地方公共団体向けガイドラインが列挙を改めている。
- 自治体においては、地域おこし協力隊の委託型隊員、部活動の地域展開に伴う指導者、各種相談員・講師など、個人への委託契約を所管する部署を洗い出し、それぞれに窓口を周知する。
- 自治体においては、契約担当部署と公益通報主管課の間で、業務委託契約書のひな型改定について協議の場を設ける。契約書式は全庁共通であることが多く、一つの改定が全部署に及ぶ。
14 参考資料
- 公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(令和3年内閣府告示第118号。令和8年3月31日一部改正・内閣府告示第15号)
- 公益通報者保護法に基づく指針の解説(令和8年3月31日最終改正、令和8年12月1日施行)
- 消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」(平成29年7月31日制定、令和8年5月29日最終改正)
- 消費者庁「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(外部の労働者等からの通報)」(平成29年7月31日制定、令和8年5月29日最終改正)
- 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第25号)
- 内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(令和3年3月26日策定、令和8年1月1日改定)
- 中川総合法務オフィス https://compliance21.com/
次回は第6条(役員に対する不利益取扱いの禁止等)を扱う。解任を禁止せず損害賠償請求権を与えるという特異な構成と、調査是正措置の前置要件を検討する。
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