1 条文(令和8年12月1日施行)

(解釈規定)

第八条 第三条から前条までの規定は、通報対象事実に係る通報をしたことを理由として第二条第一項各号に掲げる者に対して解雇その他不利益な取扱いをすることを禁止する他の法令の規定の適用を妨げるものではない。

2 第三条の規定は、労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十四条から第十六条までの規定の適用を妨げるものではない。

3 第五条の規定は、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律第五条及び第六条第三項(同法第十七条第三項において準用する場合を含む。)の規定の適用を妨げるものではない。

4 第六条第二項の規定は、通報対象事実に係る通報をしたことを理由として第二条第一項第五号に定める事業者から役員を解任された者が当該事業者に対し解任によって生じた損害の賠償を請求することができる旨の他の法令の規定の適用を妨げるものではない。

※本稿の条文は、公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)による改正後のもの。施行期日は令和7年政令第408号により令和8年12月1日と定められた。


2 令和7年改正による新旧対照

改正前(令和4年6月1日施行法)改正後(令和8年12月1日施行法)変更の性格
第1項第3条から前条までの規定は、通報対象事実に係る通報をしたことを理由とする解雇その他不利益取扱いを禁止する他の法令の規定の適用を妨げない同文実質的変更なし(引用先条番号の中身は入れ替わっている)
第2項第3条の規定は、労働契約法第16条の規定の適用を妨げない第3条の規定は、労働契約法第14条から第16条までの規定の適用を妨げない対象条文を出向・懲戒にまで拡張
第3項第5条第1項の規定は、労働契約法第14条及び第15条の規定の適用を妨げない第5条の規定は、フリーランス法第5条及び第6条第3項(同法第17条第3項の準用を含む)の規定の適用を妨げない規定内容の全面差替え
第4項第6条の規定は、役員解任による損害賠償請求を認める他の法令の規定の適用を妨げない第6条第2項の規定は、同旨引用条項の特定(第6条が2項構成になったことへの対応)

第2項と第3項の動きは、第3条〜第6条の再編と連動している。改正前は、労働者に対する解雇の無効が第3条、それ以外の不利益取扱いの禁止が第5条第1項という二本立てであった。改正後は、労働者に対する解雇と不利益取扱いの禁止が第3条第1項に一本化され、第5条は特定受託事業者(フリーランス)専用の条文として作り直された。

その結果、改正前に第5条第1項(労働者の不利益取扱い)と労働契約法14条・15条との関係を扱っていた旧第3項の役割は第2項に吸収され、空いた第3項の枠にフリーランス法との調整規定が入った。条文番号だけを追うと単なる文言修正に見えるが、規律の対象者が労働者からフリーランスへ置き換わった、性質の異なる改正である。


3 立法趣旨と沿革 ―― 「唯一の救済法」ではないという宣言

公益通報者保護法は、平成16年の制定当初から保護要件を絞り込んだ構造をとってきた。通報対象事実は別表掲記の法律とこれに基づく命令に規定する犯罪行為・過料対象行為に限られ(第2条第3項)、外部通報には真実相当性その他の加重要件が課される(第3条第1項第2号・第3号)。

要件を厳格に定めた法律には、反対解釈のリスクが伴う。すなわち「本法の要件を満たさない通報は、法的保護の対象外である」という誤読である。制定過程では、この誤読が裁判実務に持ち込まれ、法制定前に積み上げられてきた解雇権濫用法理・人事権濫用法理・不法行為法による通報者救済がかえって後退することが懸念された。

第8条は、この懸念に立法的に応えた規定である。本法は既存の救済ルートに一つの水路を追加したものであって、既存の水路をせき止めるものではない。学説上は「本法の保護は最低基準(フロア)であって上限(キャップ)ではない」と説明される。

条文の文言も、この趣旨に忠実である。第1項は「他の法令の規定の適用を妨げるものではない」とし、優劣関係や特別法・一般法の関係を設定していない。労働者は、本法による無効主張と、労働契約法16条による解雇権濫用の主張とを、選択的にも重畳的にも主張できる。裁判所も、どちらか一方の判断で足りるという処理をとる必要はない。

令和7年改正により、第3条第1項違反には直罰(第21条第1項・6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)と法人3000万円以下の罰金(第23条第1項第1号)が科されることとなった。刑事罰と結び付いた行為規範が新設されたことで、本法の規律が他の法令の民事上の効力判断にどう影響するかという新しい論点が生まれる。第8条は、その場合でも他の法令の適用が独立して維持されることを確認する条文として、改正前より実務上の意味を増している。


4 第1項の解説 ―― 他の法令との重畳適用

4-1 「他の法令」の意味

「法令」は第2条第1項に定義があり、法律および法律に基づく命令をいう。したがって条例・規則は含まれない。もっとも、条例に基づく通報者保護制度が別途機能することを第8条が否定するわけでもない。

「他の」とは、公益通報者保護法以外という意味である。第1項が守備範囲とするのは、「通報対象事実に係る通報をしたことを理由として」「第2条第1項各号に掲げる者に対して」「解雇その他不利益な取扱いをすることを禁止する」規定に限られる。

4-2 典型的な「他の法令」

法令条項保護される行為
労働基準法104条2項労働基準監督署等への申告
労働安全衛生法97条2項労働基準監督署等への申告
じん肺法43条の2第2項都道府県労働局長等への申告
労働者派遣法49条の3第2項厚生労働大臣への申告
労働施策総合推進法30条の2第2項パワーハラスメントの相談・調査協力
男女雇用機会均等法11条2項・17条2項・18条2項セクシュアルハラスメントの相談、紛争解決援助の申請等
育児・介護休業法25条2項・52条の4第2項・52条の5第2項育児休業等に関するハラスメントの相談、紛争解決援助の申請等
高齢者虐待防止法21条7項養介護施設従事者等による虐待の通報
障害者虐待防止法16条4項・22条4項障害者福祉施設従事者等・使用者による虐待の通報
児童福祉法被措置児童等虐待に関する届出・通告の保護規定施設職員等による届出・通告
労働組合法7条1号・4号労働委員会への申立て等(不当労働行為)

このうち労働基準法104条2項と労働安全衛生法97条2項は、公益通報者保護法より半世紀近く前から存在する。時間外労働の未払いや安全衛生上の違反を労基署に申告した労働者は、本法の3号通報要件を検討するまでもなく、これらの規定を根拠に不利益取扱いの違法性を主張できる。

虐待防止3法の通報者保護規定も見落としやすい。介護施設や障害者支援施設の職員が虐待を通報した場合、公益通報者保護法の通報対象事実に該当するかを吟味する前に、高齢者虐待防止法21条7項や障害者虐待防止法16条4項が直接に適用される。福祉分野の事業者向け内部規程では、両法の窓口と公益通報窓口の関係を整理しておくべきである。

4-3 対象となる保護主体

第1項は「第2条第1項各号に掲げる者」と規定する。令和7年改正後の同項は5号構成であり、労働者・労働者であった者(1号)、派遣労働者・派遣労働者であった者(2号)、特定受託業務従事者・特定受託業務従事者であった者(3号)、取引先の労働者等(4号)、役員(5号)が並ぶ。フリーランスが3号として追加されたことにより、第1項の射程も自動的にフリーランスへ及ぶ。

4-4 「第3条から前条まで」の意味

引用範囲は第3条(労働者)、第4条(派遣労働者)、第5条(特定受託事業者)、第6条(役員)、第7条(損害賠償の制限)である。第7条を含む点に留意したい。事業者が通報者に損害賠償を請求できないという第7条の規律は、他の法令が同種の請求制限を置いている場合にその適用を排除しない。


5 第2項の解説 ―― 労働契約法14条から16条まで

5-1 対象条文の拡張

改正前は労働契約法16条(解雇権濫用)のみを掲げていた。改正後は14条(出向命令権濫用)と15条(懲戒権濫用)が加わる。

労働契約法規律内容効果
14条出向命令が、必要性・対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして権利濫用と認められる場合出向命令は無効
15条懲戒が、労働者の行為の性質・態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合懲戒は無効
16条解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合解雇は無効

5-2 拡張が生じた構造的理由

改正前は、労働者に対する不利益取扱いの禁止が第3条(解雇)と第5条第1項(解雇以外)に分かれていた。そのため労働契約法との調整も、16条を第3条に、14条・15条を第5条第1項に、それぞれ対応させる形で書き分けられていた。

改正後は第3条第1項が解雇と解雇以外の不利益取扱いを一括して禁止するため、調整規定を分ける理由が消えた。14条から16条までを第2項にまとめたのは、この統合の帰結である。

5-3 無効効果の射程と実務上の意味

第3条第2項が無効とするのは「解雇等特定不利益取扱い」、すなわち解雇と、労働基準法89条9号に基づき就業規則に定めた制裁または労働契約に定めた制裁としてされた懲戒に限られる。降格、減給、出向、配転、賞与査定などの人事措置は、第3条第1項の禁止には触れるが、第3条第2項による無効効果の対象外である。

したがって、報復人事の典型である配転や出向を争う局面では、労働契約法14条や判例上の配転命令権濫用法理(東亜ペイント事件・最二小判昭和61年7月14日)が実質的な主戦場となる。第8条第2項は、その主戦場が本法によって閉ざされないことを保障している。

5-4 立証構造の違い

第3条第3項は、公益通報の日(または事業者が公益通報を知った日)から1年以内にされた解雇等特定不利益取扱いを、公益通報を理由としてされたものと推定する。労働契約法16条には、このような推定規定はない。

反面、労働契約法16条は「公益通報であること」を前提としない。通報対象事実に該当しない社内不正の指摘、行政機関への相談、報道機関への情報提供であっても、解雇の合理性・相当性が否定されれば解雇は無効となる。両者は、要件の広さと立証負担の軽さがトレードオフの関係にある。実務上は両方を主張し、裁判所の判断に委ねるのが通常の訴訟戦略となる。


6 第3項の解説 ―― フリーランス法との重畳適用

6-1 新設の背景

令和7年改正は、公益通報者の範囲に特定受託業務従事者(フリーランス)およびフリーランスであった者を加え(第2条第1項第3号)、業務委託契約の解除、取引数量の削減、取引の停止、報酬の減額その他の不利益取扱いを禁止した(第5条)。

一方、フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律、令和5年法律第25号)は令和6年11月1日に施行済みであり、発注事業者の遵守事項と申出者保護をすでに定めていた。第8条第3項は、後発の公益通報者保護法第5条が先行するフリーランス法の規律を吸収・代替しないことを明示する。

6-2 引用されているフリーランス法の規定

フリーランス法5条は、継続的業務委託を行う特定業務委託事業者に対し、次の行為を禁止する。

  • 1項:受領拒否、報酬の減額、返品、買いたたき、購入・利用の強制
  • 2項:自己のために金銭・役務その他の経済上の利益を提供させること、正当な理由なく給付内容を変更させ、またはやり直させること

フリーランス法6条3項は、特定受託事業者が公正取引委員会または中小企業庁長官へ申出をしたことを理由として、取引数量の削減、取引の停止その他の不利益取扱いをすることを禁止する。同法17条3項は、この規律を厚生労働大臣への申出(就業環境整備に関する違反の申出)について準用する。

6-3 二つの保護ルートの使い分け

観点公益通報者保護法5条フリーランス法6条3項・17条3項
保護のきっかけ通報対象事実についての公益通報フリーランス法違反に関する行政機関への申出
通報先役務提供先等、権限を有する行政機関等、その他の者公正取引委員会・中小企業庁長官・厚生労働大臣
対象事実別表掲記法律等に規定する犯罪行為・過料対象行為フリーランス法の各章の規定違反
主たる実効性確保民事上の違法評価、体制整備義務を通じた行政監督勧告・命令・公表(フリーランス法7条〜9条、18条〜19条)、命令違反への罰則

発注事業者からみると、フリーランスからの申告に対する報復は、二つの法律の双方に抵触しうる。契約解除の場面では、さらにフリーランス法16条1項(6か月以上の業務委託の中途解除・不更新は30日前までの予告)と16条2項(理由開示請求への応答義務)も同時に問題となる。

6-4 実務上の分岐点

フリーランスとの取引終了が争われる局面では、発注量の自然減や品質上の理由といった経営判断と、通報・申出への報復とを、事後的にどう区別するかが焦点となる。取引条件の変更履歴、発注量の推移、他の受託者との比較、社内の意思決定記録を、通報の前後で切れ目なく残しておくことが防御の前提となる。

なお、公益通報者保護法5条は「業務委託をし、又は業務委託をしていた」事業者を名宛人とするため、取引終了後の元フリーランスへの不利益取扱いにも及ぶ。フリーランス法6条3項の名宛人が「業務委託事業者」と広く定められている点と併せ、規制対象を狭く読まないよう注意を要する。


7 第4項の解説 ―― 役員解任と他の法令の損害賠償請求権

第6条第2項は、公益通報を理由として解任された役員に、解任によって生じた損害の賠償請求権を認める。第4項は、この規定が他の法令に基づく同種の請求権を排除しないことを定める。

念頭に置かれている典型が、会社法339条2項である。同項は、役員がいつでも株主総会の決議によって解任されうるとした上で(同条1項)、解任について正当な理由がある場合を除き、解任された役員は会社に対し解任によって生じた損害の賠償を請求できるとする。

公益通報を理由とする解任は、通常は「正当な理由」を欠く。したがって、公益通報者保護法6条2項と会社法339条2項の双方が成立しうる。両者は請求権競合の関係に立ち、役員はいずれをも選択できる。

同種の規定は、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律70条2項、医療法46条の5の2第2項など、法人類型ごとの根拠法にも置かれている。学校法人、社会福祉法人、農業協同組合等の役員が通報を理由に解任された場合も、まず当該法人の根拠法を確認する順序となる。

第4項が引用する事業者は「第2条第1項第5号に定める事業者(同号イに掲げる事業者に限る)」であり、第6条第1項の括弧書きと同じ範囲である。改正前は第6条全体を引用していたが、改正で第6条が2項構成となったため、損害賠償請求権を定める第2項に引用先が絞られた。

なお、本法は解任そのものの効力を否定する規定を置いていない。解任の効力を争うには、会社法831条(株主総会決議取消しの訴え)等、組織法上の手段によることになる。第8条第4項は、この点を含めて会社法の体系が独立して機能することを前提としている。


8 判例・裁判例

8-1 法制定前から機能していた一般法理

トナミ運輸事件(富山地判平成17年2月23日)は、運送業界のヤミカルテルを新聞社に告発した社員が、32年間にわたり研修所の狭小な部屋に隔離され、昇格・昇給を停止された事案である。裁判所は告発を正当な言論活動と評価し、会社の処遇を人事権の著しい濫用にあたる不法行為として1365万円の賠償を命じた。控訴審(名古屋高裁金沢支部・平成18年)で解決金を上乗せする和解が成立している。本法施行前の事案であり、一般不法行為法のみで通報者が救済された先例といえる。

大阪いずみ市民生活協同組合事件(大阪地堺支判平成15年6月18日)も同様に、理事長らの不正を内部告発した職員に対する懲戒解雇等を無効とし、損害賠償を認めた。

これらは、第8条が守ろうとした「本法以前からある救済ルート」の実像である。

8-2 本法の枠外で人事権濫用が認定された事例

オリンパス事件は、社内コンプライアンス窓口への通報者の氏名が通報対象者側に伝達され、その後に専門外部署への配転が繰り返された事案である。第一審(東京地判平成22年1月15日)は請求を棄却したが、控訴審(東京高判平成23年8月31日)は、通報が業務上の必要性と無関係に個人的感情に基づく制裁として行われたと認定し、配転命令を人事権濫用により無効とした上で、賞与減額相当額・慰謝料・弁護士費用の合計220万円の賠償を命じた。上告は不受理となった(最一小決平成24年6月28日)。

判決が無効としたのは配転命令であり、解雇ではない。本法第3条第2項の無効効果は配転に及ばないから、令和8年12月1日以後の同種事案でも、無効という結論を導く根拠は労働契約法14条ないし配転命令権濫用法理に求めることになる。第8条第2項の実務的意義がここに現れる。

8-3 労働契約法14条・15条の基礎判例

出向命令については新日本製鐵(日鐵運輸第2)事件(最二小判平成15年4月18日)が、業務上の必要性と労働者の被る不利益を比較衡量する枠組みを示した。懲戒については、ネスレ日本(懲戒解雇)事件(最二小判平成18年10月6日)が、非違行為から7年以上を経過した後の処分を権利濫用として無効とした。通報から時間を置いて発動された懲戒は、この理も踏まえて相当性を吟味されることになる。

8-4 内部通報体制と信義則

イビデン事件(最一小判平成30年2月15日)は、グループ会社の従業員からの相談に対し、親会社が相応の対応をすべき信義則上の義務を負う場合があると判示した(結論としては義務違反を否定)。窓口の設置・運用そのものから生じる責任であり、公益通報者保護法の枠外で事業者の作為義務を根拠づける法理として、第8条の趣旨と地続きにある。


9 企業の事例と地方公共団体の事例

9-1 企業 ―― 窓口運用の失敗が報復を招く経路

オリンパス事件の控訴審は、コンプライアンス室長が通報者の承諾なく通報者名と通報内容を通報対象者である事業部長および人事部長に送信した行為を、社内運用規定の守秘義務違反と認定した。窓口の情報管理の破綻が、そのまま報復人事の起点となっている。

令和8年12月1日以後は、この局面に第12条(従事者の守秘義務)と第22条(30万円以下の罰金)、第11条の3(通報者探索の禁止)が重なる。加えて、報復が解雇または懲戒の形をとれば第21条第1項の直罰と第23条第1項第1号の法人重科(3000万円以下の罰金)が視野に入る。第8条により民事上の救済ルートが並存する以上、事業者は刑事・行政・民事の三方向から同時に評価されることになる。

9-2 フリーランスを含む取引先管理

改正法の施行後、内部公益通報受付窓口は特定受託業務従事者からの通報も受け付ける体制が求められる(第11条第2項、指針第4の3(1))。発注部門が窓口の存在を知らないまま、通報の直後に発注を絞るという事態が最も危険である。通報受理の事実を発注部門に伝えずに、取引条件変更の妥当性だけを事後検証できる仕組み(発注量の定点記録、解除理由の書面化、フリーランス法16条の30日前予告の履行記録)を設計しておく必要がある。

9-3 地方公共団体 ―― 京都市(児童相談所職員)事件

京都市児童相談所の児童福祉司であった職員が、児童養護施設長による性的虐待の相談が放置されていた疑いについて、市の外部通報窓口(弁護士)へ通報した。通報に際して証拠保全のため児童記録を印刷・持ち出し、後に自宅で廃棄した行為等を理由に、市は平成27年12月4日付で停職3日の懲戒処分を行った。

処分取消訴訟では、京都地判令和元年8月8日および大阪高判令和2年6月19日が、担当外の児童情報の閲覧を禁じる規定はなく、記録の持ち出しは内部通報に付随する証拠保全・自己防衛を目的とするもので強く非難できないとして、停職3日は裁量権の逸脱・濫用にあたり違法と判断した。最高裁は上告不受理決定を行い(令和3年1月28日)、取消しが確定した。

その後の国家賠償請求訴訟(京都地判令和5年4月27日)は、懲戒事由に該当しない行為を懲戒事由と認定した点および処分量定の点について市長の注意義務違反を認め、別訴の弁護士費用実費1,628,800円、慰謝料300,000円、本件訴訟の弁護士費用192,880円の合計2,121,680円を損害と認定した。さらに、停職期間明けの翌日に発令された健康増進センターへの配転命令についても、違法な停職処分を前提としたものとして任命権者の裁量権逸脱・濫用にあたるとし、慰謝料100,000円と弁護士費用10,000円を追加で認めた。他方、その後の定期異動期の2回の配転と、取消確定後に改めて行われた厳重文書訓戒は、いずれも適法と判断されている。

この事件が示すのは、通報者側に規律違反の要素があっても、それを口実とする過大な処分と連動人事は違法と評価されるという点である。地方公務員の場合、第9条により第3条第2項・第3項が適用除外となり、無効主張ではなく処分取消訴訟と国家賠償請求という行政法上の手段を組み合わせることになる。第8条第1項が想定する「他の法令」の作動場面が、公務セクターでは地方公務員法と行政事件訴訟法の体系として現れる。

9-4 自治体における救済制度の周知義務

消費者庁の地方公共団体向けガイドラインは、通報者等の保護の項目において、各地方公共団体が職員に対し、不利益な取扱いの内容等に応じて、人事委員会または公平委員会に対する不利益処分についての審査請求(地方公務員法49条の2)、勤務条件に関する措置の要求(同法46条)、苦情相談制度等を利用できる旨を周知すると定める。また、通報対応終了後に不利益取扱いの有無を適宜確認するフォローアップと、認められた場合の救済・回復措置を求めている。

公益通報者保護法の外側にある救済チャネルを職員に知らせることまで含めて自治体の責務としている点で、このガイドラインは第8条第1項の思想を運用レベルに落とし込んだものといえる。


10 指針および指針の解説との関係

公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号。令和8年3月31日一部改正、令和8年12月1日施行)は、第8条それ自体を直接の対象としていない。第8条は事業者の措置義務ではなく法適用の調整を定める規定だからである。もっとも、第8条が前提とする「不利益取扱いを起こさせない」という要請は、指針第3のⅡ2(1)「不利益な取扱いの防止に関する措置」として体制整備義務の内容に組み込まれている。

指針の解説(令和3年10月13日消費者庁。令和8年3月31日最終改正、令和8年12月1日施行)は、各規定を四層構造で解説する。すなわち、①指針の本文、②指針の趣旨、③指針を遵守するための考え方や具体例、④その他に推奨される考え方や具体例である。第8条に関連する範囲では、次のように読める。

①指針の本文は、事業者の労働者および役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐ措置をとること、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をとること、把握した場合に適切な救済・回復の措置をとること、不利益な取扱いを行った者に対し行為態様・被害の程度その他の情状を考慮して懲戒処分その他適切な措置をとることを求める。

②指針の趣旨は、令和8年改正で対象者の記載が拡張され、労働者等、役員、退職者に加えて特定受託業務従事者および特定受託業務従事者であった者が明記された。禁止するだけでなくあらかじめ防止する措置が必要であり、実際に発生した場合には救済・回復と行為者への厳正な対処を明確にすることで、通報しても不利益を受けないという認識を持たせる必要があるとする。行政機関等および被害拡大防止に必要と認められる者への公益通報についても同様の措置を求めている。

③指針を遵守するための考え方や具体例は、「不利益な取扱い」のうち精神上・生活上の取扱いに関するもの(事実上の嫌がらせ等)の例として、公益通報をしたことを理由として業務に従事させないこと、専ら雑務に従事させることを挙げる。トナミ運輸事件やオリンパス事件で問題となった処遇が、そのまま例示に取り込まれている。防止措置としては、労働者等および役員に対する周知・啓発のほか、被通報者が公益通報者の存在を知り得る場合に被通報者へ注意喚起を行う措置が示されている。

④その他に推奨される考え方や具体例では、調査協力者についても、協力を理由とする不利益取扱いを防ぐ措置をとるなど、本項の定めに準じた措置を講ずることが望ましいとされる(脚注)。調査協力者は第2条第1項各号に掲げる者としての公益通報者ではないから、本法の民事的保護は当然には及ばない。ここでも、法の枠外の保護を体制として設けることが期待されている。


11 用語解説

用語意味
解釈規定当該法律の規定と他の法令・法理との適用関係について、疑義を生じさせないために置かれる確認的な規定。新たな権利義務を創設しない
重畳適用同一の事実に複数の法令が同時に適用されること。いずれの根拠でも請求できる状態を指す
他の法令公益通報者保護法以外の法律および法律に基づく命令(第2条第1項の「法令」の定義による)
解雇等特定不利益取扱い第3条第1項に違反してされた解雇、および労働基準法89条9号に基づき就業規則に定めた制裁または労働契約に定めた制裁としてされた懲戒(第3条第2項)
労働契約法14条出向命令が権利濫用と認められる場合に当該命令を無効とする規定
労働契約法15条懲戒が客観的合理性・社会通念上の相当性を欠く場合に当該懲戒を無効とする規定
労働契約法16条解雇が客観的合理性・社会通念上の相当性を欠く場合に当該解雇を無効とする規定
特定受託事業者フリーランス法2条1項に規定する者。従業員を使用しない個人事業者または一人会社等
特定受託業務従事者フリーランス法2条2項に規定する者。特定受託事業者本人または法人の代表者
フリーランス法6条3項公正取引委員会・中小企業庁長官への申出を理由とする不利益取扱いを禁止する規定。同法17条3項が厚生労働大臣への申出に準用
会社法339条2項正当な理由なく解任された役員に、解任によって生じた損害の賠償請求権を認める規定
請求権競合一つの事実関係について、複数の法的根拠に基づく請求権が並存する状態

12 実務チェックリスト(令和8年12月1日施行に向けて)

12-1 企業のコンプライアンス担当者

  • 内部規程の不利益取扱い禁止条項が、公益通報者保護法のみを引用していないか。労働基準法104条2項、労働安全衛生法97条2項、労働施策総合推進法30条の2第2項など、自社の業種に関係する個別法の申告者保護規定を併記しているか
  • 福祉・医療・介護事業を営む場合、高齢者虐待防止法・障害者虐待防止法・児童福祉法の通報者保護規定と公益通報窓口の関係を整理し、職員に周知しているか
  • 「本法の通報対象事実に該当しない」という判断を、そのまま「保護不要」の結論に接続していないか。窓口の受理判断フローに、他の法令および一般法理の検討ステップを明示しているか
  • 配転・出向・降格については本法による無効効果が及ばないことを踏まえ、通報者に対する人事措置の業務上必要性と人選の合理性を、通報とは独立に説明できる記録として残しているか
  • フリーランスへの発注減・取引停止について、通報・申出の前後で意思決定過程を追跡できるか。フリーランス法16条1項の30日前予告と同条2項の理由開示への対応手順が定められているか
  • 役員が通報者となった場合を想定し、解任の議案提出手続と、会社法339条2項の「正当な理由」の立証資料の整備を検討しているか
  • 通報から1年以内の解雇・懲戒には第3条第3項の推定が働くことを、人事部門と法務部門の双方が共有しているか
  • 調査協力者に対する不利益取扱い防止措置を、指針の解説の推奨事項として規程に反映しているか

12-2 地方公共団体のコンプライアンス担当職員

  • 第9条により第3条第2項・第3項が一般職の地方公務員に適用除外となる一方、第3条第1項の行為規範と第21条第1項の直罰は及ぶという構造を、任命権者および人事担当課が理解しているか
  • 職員向けの通報制度案内に、地方公務員法49条の2の審査請求、同法46条の措置要求、苦情相談制度を明記しているか(地方公共団体向けガイドライン4(3))
  • 通報対応終了後のフォローアップとして、不利益取扱いの有無を確認する時期・方法・記録様式を定めているか
  • 通報者側に軽微な規律違反がある場合の処分量定について、京都市(児童相談所職員)事件の判断枠組み(通報目的の証拠保全であること、外部流出の有無、過去の懲戒事例との均衡、処分歴の有無)を懲戒指針に反映しているか 
  • 懲戒処分と、その直後の人事異動とを連動させていないか。前提となる処分が取り消された場合に異動命令まで違法評価が及ぶ構造を、人事課が把握しているか
  • 内部規程が「条例・規則」で構成される場合、第2条第1項の「法令」に条例が含まれない点を踏まえ、条例上の保護と法律上の保護の適用関係を整理しているか
  • 出先機関・外郭団体・指定管理者を含めた通報経路が確保されているか。指定管理者の従業員は第2条第1項第4号(取引先の労働者等)に該当しうる
  • 業務委託先のフリーランス(設計、翻訳、講師、システム保守等)からの通報受付経路を設けているか

◆通報窓口を受任中。希望組織はまず問い合わせを。https://compliance21.com/contact/

Follow me!