今日の日本の地域経済において、地方銀行は単なる金融機関以上の役割を担っています。地域社会の基盤を支え、企業の成長を助け、人々の生活に深く根差した存在です。しかし、超低金利環境の長期化、人口減少に伴う地域経済の縮小、デジタル化の波といった構造的な課題に直面しており、その経営環境は厳しさを増しています。このような状況下で、銀行の存続と地域の信頼を維持するためには、強固なコーポレートガバナンス(企業統治)体制の構築が不可欠です。
かつて、日本の地方銀行の中でも特異なビジネスモデルで注目を集めたスルガ銀行で発生した一連の不祥事は、コーポレートガバナンスの欠如がいかに組織を危機に陥れるかを示す痛ましい事例となりました。本稿では、スルガ銀行の事例から得られる教訓を深く掘り下げるとともに、これを受けて金融庁が地方銀行に求めるコーポレートガバナンス強化のための主要な論点について解説します。そして、このような複雑な課題に立ち向かうために必要な、経営、法律、倫理、そして人間理解にわたる幅広い知見の重要性について論じます。
1.スルガ銀行に見るコーポレートガバナンス不全の実態
静岡県沼津市に本店を置くスルガ銀行は、個人や中小企業向けのリテール融資に強みを持ち、一時はその革新的な手法で評価されていました。しかし、2018年以降、組織の根幹を揺るがす一連の不祥事が次々と明らかになりました。
(1) 女性専用シェアハウス「かぼちゃの馬車」を巡る不正融資問題
スルガ銀行の不祥事として最も広く知られているのが、不動産投資会社スマートデイズが手掛ける「かぼちゃの馬車」への融資問題です。スマートデイズは、シェアハウスオーナーに関心を持つ会社員等に対し、家賃収入による安定した収益を謳い文句に投資を勧め、その際の銀行融資において、顧客の預金残高や年収資料を組織的に改ざんしていました。驚くべきことに、この不正にはスルガ銀行の一部の行員も深く関与し、経営層までその不正を認識しながら黙認していた実態が、その後の調査で明らかになりました。
この問題の背景には、過度に偏った融資姿勢と、目標達成を最優先する極端な営業体質がありました。第三者委員会の調査報告書では、一部役員の不正への関与、そして上司によるパワハラや恫喝が横行する劣悪な組織風土が詳細に記されており、これはまさにコーポレートガバナンスが機能不全に陥っていた典型的な事例と言えます。
(2) 顧客預金の無断流用
スマートデイズ問題に加えて、スルガ銀行では顧客の定期預金が担当行員によって無断で解約され、別の融資案件に流用されるという不正も発覚しました。これは内部牽制機能の不備と、個人の倫理観の欠如が引き起こした問題であり、顧客の信頼を著しく損なう事態でした。
(3) 不動産投資を巡る訴訟の多発
不正な手続きによって行われた不動産投資向け融資は、多くの投資家にとって計画通りの収益を上げられず、多額の負債を抱える結果となりました。これにより、スルガ銀行と投資家の間で多数の訴訟が提起され、問題の根深さが改めて浮き彫りになりました。
(4) 創業家関連会社への不適切な融資
スルガ銀行では、創業家に関連する会社への不透明な、あるいは使途不明金を含む融資が長年にわたり行われていたことも判明しました。これは、特定のステークホルダー(ここでは創業家)の利益が、銀行全体の健全性や他のステークホルダー(預金者、株主、地域社会)の利益よりも優先されるという、ガバナンス上の重大な歪みを示しています。
(5) デート商法詐欺まがい行為への関与疑惑
さらに、一部行員がデート商法詐欺まがいの行為に関与し、個人向け無担保ローンを不正に融資していた疑いも報じられました。これは、組織の末端に至るまでコンプライアンス意識が浸透しておらず、不正行為に対するチェック体制が機能していなかったことを示唆するものです。
これらの不祥事を受けて、金融庁はスルガ銀行に対し、新規の不動産投資向け融資業務の一部停止命令を含む厳しい行政処分を下しました。これは、金融機関の信頼性維持と再発防止に向けた、金融当局の強い姿勢を示すものでした。スルガ銀行は業務改善計画を提出し、「創業家本位の企業風土を抜本的に改める」ことを改革の前提条件とし、ガバナンス再構築への取り組みを進めることとなりました。
スルガ銀行の事例は、収益至上主義、内部統制の形骸化、不健全な組織文化、そして経営陣の適切な監督機能の欠如が複合的に絡み合い、組織全体が暴走した結果と言えます。これは、他の地方銀行にとっても、決して対岸の火事ではない、コーポレートガバナンスの重要性を再認識させる事例でした。
2.地方銀行を取り巻く経営環境とガバナンスの重要性
スルガ銀行の不祥事は極端な例ですが、多くの地方銀行は厳しい経営環境に直面しています。長引く低金利政策により利鞘(りざや)が縮小し、伝統的な貸出業務だけでは十分な収益を確保することが困難になっています。また、地域経済の活力低下や人口減少は、融資需要の低迷を招き、経営の先行きを不透明にしています。
このような状況下で、地方銀行が持続可能性を高め、地域社会に貢献し続けるためには、単なる効率化やコスト削減を超えた、抜本的な経営改革とそれに伴う強固なコーポレートガバナンスが不可欠です。ガバナンスは、不祥事を防ぐだけでなく、リスクを適切に管理し、変化する環境に対応するための戦略的意思決定を可能にし、すべてのステークホルダーからの信頼を獲得・維持するための基盤となります。
金融庁もまた、こうした地方銀行を取り巻く環境を踏まえ、地域金融機関の持続可能なビジネスモデル構築を支援しつつ、同時にガバナンス強化を強く求めています。
3.金融庁が示す地方銀行向けガバナンス強化の主要論点(8つのポイント)
金融庁は、スルガ銀行の事例も踏まえ、地方銀行の経営改革とガバナンス強化を促すため、具体的な論点整理を行いました。2020年2月に公表されたこの論点は、地方銀行のコーポレートガバナンス・コードの実質化を目指すものです。その主要な8つのポイントは以下の通りです。
(1) 経営理念・ビジョンの明確化
銀行がどのような価値観に基づき、誰のために存在し、将来どのような姿を目指すのかを明確に定義することが求められます。ステークホルダー(顧客、地域社会、株主、従業員等)との関係性をどのように構築し、企業価値の最大化をどのように図るのか、その基本的な考え方を示す必要があります。これは、組織文化の醸成や従業員の行動規範の基盤となります。
(2) 地域社会との関係性の構築・維持
地方銀行はその事業基盤が地域社会にあります。地域経済の活性化や課題解決にどのように貢献していくのか、地域社会との良好な関係をどのように維持・発展させていくのかを経営戦略の中に明確に位置づけることが重要です。ガバナンスの観点からは、地域ニーズを経営に適切に反映させる仕組みが問われます。
(3) 頭取(代表取締役)の役割と任期中の課題解決
経営のトップである頭取が、銀行の将来的な生き残りのためにどのような戦略を描き、認識している課題(例えば、不採算部門の整理、新たな収益源の確保、他行との連携・統合など)に自らの任期中にどう向き合い、解決していくのか、その強い意思と実行力が求められます。課題の先送りは、将来的な経営リスクを高めます。
(4) 取締役会による頭取等の選解任・後継者計画
取締役会、特に社外取締役が主導し、頭取を含む経営陣の選任および解任基準、プロセスを明確化することが重視されます。経営能力や実績を適切に評価し、不適格と判断した場合には解任をためらわない体制が必要です。また、将来の経営を担う後継者の計画的な育成と選定も重要な取締役会の役割です。不祥事が起きた金融機関では、取締役会が経営陣を適切に監督できていなかったケースが多く、社外取締役の実効性確保が課題となります。
(5) 経営戦略の策定とリスク管理
超低金利下での収益力強化のため、資産運用の一層の高度化などが論点となります。過去に購入した高利回りの国債の償還が迫る中、新たな運用戦略が必要です。外部の専門組織の知見活用なども検討事項となります。また、新たな事業領域への進出やデジタル化を進める上での、サイバーリスクを含む様々なリスクに対する適切な認識と管理体制の構築が不可欠です。
(6) 経営戦略の実践と検証
策定した経営戦略を単に絵に描いた餅に終わらせず、具体的な実行計画に落とし込み、進捗状況を定期的に検証し、必要に応じて見直しを行うプロセスが必要です。デジタル技術を活用した業務効率化や顧客利便性向上、店舗網の見直しなど、地域の実情や顧客ニーズの変化に合わせた柔軟な対応が求められます。金融庁は、コスト削減策などが踏み込み不足ではないかといった視点でも注視しています。
(7) 業務の合理化と他機関との連携・統合
革新的な技術の進展(フィンテックなど)を考慮した上で、店舗のあり方を見直したり、業務プロセスの抜本的な効率化を図ったりすることが求められます。また、経営統合や資本提携、業務提携など、他の地域金融機関や異業種の企業との連携を通じて、規模のメリットを追求したり、新たなサービスを提供したりすることも重要な戦略選択肢となります。システム統合なども含め、効率性とサービス向上を両立させる検討が必要です。
(8) 人材育成と多様性の確保
変化の激しい金融業界で生き残るためには、従来の銀行業務の知識だけでなく、デジタルリテラシー、リスク管理能力、コンサルティング能力など、多様なスキルを持つ人材の育成が不可欠です。また、取締役会を含め、組織全体の多様性(性別、年齢、経歴、国際性など)を確保し、多角的な視点を経営に活かすこともガバナンス強化につながります。
これらの論点は、地方銀行が将来にわたって安定した経営を続け、地域社会からの信頼に応えていくための道筋を示すものです。各行は、自らの経営課題と向き合い、これらの論点を踏まえた実効性のあるガバナンス体制を構築・運用していくことが求められています。
4.持続可能な経営に向けた地方銀行の取り組み事例
厳しい環境下で、地方銀行は生き残りをかけて様々な取り組みを進めています。金融庁が示すガバナンス強化の論点とも関連する形で、他業態との連携や経営統合なども見られます。
例えば、証券会社と地方銀行の連携は近年さらに広がりを見せています。野村ホールディングスと地域有力銀行との提携、SBIホールディングスによる複数の地方銀行への出資は、フィンテックや資産運用ノウハウの共有を通じて収益力強化を目指す動きです。また、複数の地方銀行が共同で証券会社を設立するといった事例もあり、それぞれの強みを活かした協業が進んでいます。
さらに、デジタル技術を活用した共同システムの開発や、地域商社機能を持つ子会社の設立、あるいは医療・介護分野への参入など、金融の枠を超えた事業展開を模索する動きも見られます。これらの取り組みは、新たな収益源の確保や地域課題の解決に貢献する可能性を秘めていますが、同時に新たなリスクも伴うため、やはり強固なガバナンスとリスク管理体制が不可欠となります。
5.中川恒信の知見:不祥事対応とガバナンス再構築への貢献
スルガ銀行の事例や地方銀行が直面する課題は、コンプライアンス、リスク管理、組織文化、リーダーシップといった、多岐にわたる要素が複雑に絡み合っていることを示しています。これらは、法律や会計といった特定の専門分野の知識だけでは解決できない、より根源的な問題を含んでいます。
中川総合法務オフィスの代表である中川恒信は、長年にわたる豊富な人生経験と、法律・経営などの社会科学に留まらず、哲学・思想といった人文科学、さらには自然科学にも及ぶ深い知見を有しています。このような幅広い視野と多角的な思考力は、企業の不祥事の根本原因を見抜き、再発防止のための実効性のある対策を立案・実行する上で、非常に強力な武器となります。
不祥事は、単なるルール違反ではなく、往々にして組織文化の病巣やリーダーシップの機能不全が引き起こす構造的な問題です。中川は、机上の空論ではない、現実の組織が抱える「人」と「文化」の問題に切り込むことで、表面的な対策に終わらない、真のガバナンス再構築を支援することが可能です。
これまでに850回を超えるコンプライアンスやハラスメント等の研修を担当し、多くの企業の意識改革を支援してきました。また、実際に不祥事を起こした組織のコンプライアンス態勢再構築のプロセスに深く関与し、その再生をサポートした経験も豊富です。さらに、企業の内部通報窓口を外部の専門家として担当することで、組織内の潜在的な不正リスクの早期発見とその適切な処理に関わっています。スルガ銀行のような不祥事が発生した際には、マスコミからその原因分析や再発防止策についてしばしば意見を求められるなど、その専門性と客観的な視点は広く認識されています。
地方銀行が直面する経営課題とガバナンス強化の必要性は、まさにこのような多角的かつ実践的な知見が求められる分野です。中川恒信の経験と知識は、金融機関が信頼を回復し、持続可能な成長を遂げるための強力な羅針盤となるでしょう。
終わりに
地方銀行のコーポレートガバナンス強化は、個々の銀行の存続だけでなく、地域経済全体の健全性にも関わる喫緊の課題です。スルガ銀行の悲劇的な事例は、ガバナンスの重要性を改めて浮き彫りにしました。金融庁が示す論点を参考に、各行が実効性のあるガバナンス体制を構築し、変化に対応できる強い組織文化を醸成していくことが期待されます。
しかし、これらの課題への取り組みは容易ではありません。長年の慣習や組織文化を変革するには、外部からの専門的な視点と、組織の深層にある問題を見抜く洞察力が必要です。
もし、貴社のコンプライアンス体制に不安がある、組織文化の変革が必要だと感じている、あるいは不祥事の再発防止策をどのように講じれば良いか悩んでいるのであれば、ぜひ一度、中川総合法務オフィスの代表、中川恒信にご相談ください。
中川は、850回を超える豊富な研修実績と、不祥事組織の再生に携わった実践的な経験、そして内部通報窓口の外部担当者として培った知見を活かし、貴社の状況に合わせた最適なコンプライアンス体制の構築、リスク管理態勢の強化、そして従業員の意識改革を強力にサポートいたします。マスコミからもその見識を認められる専門家として、表面的な対策に終わらない、本質的な解決策をご提案します。
コンプライアンス研修、コンサルティング、または内部通報外部窓口のご依頼について、まずはお気軽にお問い合わせください。費用は、研修・コンサルティングいずれも1回あたり30万円(税別、別途交通費等の実費)にて承っております。
お問い合わせは、お電話(075-955-0307)または当サイトの相談フォームからお願いいたします。貴社の持続可能な発展のために、中川総合法務オフィスがお役に立てることを願っております。