はじめに:変革期を迎えた外国人材受入れ制度
我が国における外国人材の受入れは、国際貢献と経済の活性化という二つの側面から極めて重要なテーマです。その中核をなしてきたのが「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」、通称「技能実習法」です。この法律は、開発途上地域等への技能移転を通じた国際協力を推進することを目的として、平成29年11月1日に施行されました。
しかし、制度の運用過程において、技能実習生の人権侵害や劣悪な労働環境といった深刻な課題が浮き彫りとなり、国内外から厳しい批判が寄せられたことは周知の事実です。このような状況を踏まえ、政府は技能実習制度を抜本的に見直し、廃止の上で、新たに「育成就労制度」を創設する法改正を決定しました。
本稿では、まず現行の技能実習法の基本構造を、企業コンプライアンスの観点から改めて確認します。その上で、今後企業が対応を迫られる「育成就労制度」の概要と、この変革期において企業がいかにして法を遵守し、外国人材と共に成長していくべきか、その要諦を解説します。
第一部:技能実習法の基本理念と法的枠組み
技能実習法は、技能実習制度の健全化を図るため、以下の通り厳格な枠組みを定めています。これは、今後の育成就労制度を理解する上での基礎となるものです。
法の目的(第一条) 本法は、入管法や労働関係法令と相まって、技能実習の適正な実施と技能実習生の保護を図り、人材育成を通じた国際協力を推進することを目的とします。これは単なる労働力の確保ではなく、あくまで「国際貢献」が法の根幹にあることを示しています。
1.技能実習制度の適正化
- (1) 基本理念と責務の明確化: 国、地方公共団体、実習実施者(受入れ企業)、監理団体など、関係者が果たすべき責務を明確に規定しています。【第3条~第7条】
- (2) 技能実習計画の「認定制」: 企業は、技能実習生ごとに詳細な「技能実習計画」を作成し、外国人技能実習機構の認定を受けなければなりません。計画には、修得すべき技能の評価基準などが含まれ、虚偽や不備があれば認定は取り消されます。【第8条~第16条】
- (3) 実習実施者(受入れ企業)の「届出制」: 技能実習を行う企業は、事業所ごとに外国人技能実習機構への届出が義務付けられています。【第17条・第18条】
- (4) 監理団体の「許可制」: 技能実習を監督・支援する監理団体は、主務大臣からの「許可」が必要です。許可には厳格な基準が設けられ、不正や不備があれば許可は取り消されます。令和5年4月27日現在で、一般監理事業許可団体は1,908、特定監理事業許可団体は1,718存在し、その監督責任は重大です。【第23条~第45条】
- (5) 技能実習生の保護措置: 技能実習生に対する人権侵害行為(暴行、脅迫、パスポートの取り上げ等)は固く禁じられ、違反者には罰則が科されます。また、実習生の相談体制や、やむを得ない場合の転籍支援なども定められています。【第46条~第51条】
- (6) 関係機関の連携: 関係行政機関が連携し、地域ごとに協議会を設置するなど、制度の実効性を確保するための体制が整備されています。【第53条~第56条】
- (7) 外国人技能実習機構(OTIT)の役割: 認可法人として設立された外国人技能実習機構が、技能実習計画の認定、実習実施者・監理団体への実地検査、実習生からの相談対応など、制度運営の中核を担います。【第3章】
2.技能実習制度の拡充 優良と認められた実習実施者・監理団体に限り、より高度な第3号技能実習(4~5年目)の実施が認められています。
第二部:【最新動向】技能実習制度の廃止と「育成就労制度」への移行
前述の通り、技能実習制度は廃止され、新たに「育成就労制度」が創設されます。これは単なる名称変更ではなく、制度の目的そのものが大きく転換することを意味します。
制度目的の転換:「国際貢献」から「人材育成と人材確保」へ 新制度の最大のポイントは、目的を「国際貢献」から、我が国の特定分野における「人材育成と人材確保」へと明確に転換した点です。これにより、実態として労働力であった側面を正面から認め、労働者としての権利保護を強化する狙いがあります。
主な変更点と企業が留意すべき実務
- 転籍(転職)の柔軟化: 技能実習制度では原則として認められなかった転籍が、一定の要件下で可能になります。これにより、労働者の自己都合による転職の道が開かれます。企業にとっては、人材が流出するリスクを抱える一方、より魅力的な労働環境やキャリアパスを提供できなければ、人材を確保・維持できなくなることを意味します。
- 特定技能制度との連携強化: 育成就労制度は、3年間の就労を通じて「特定技能1号」レベルの人材へ育成することを目標とします。これにより、育成就労から特定技能へとスムーズに移行し、より長期的なキャリア形成を促すことが可能になります。企業は、場当たり的な労働力としてではなく、長期的な視点に立った育成計画(育成就労計画)の策定と実行が求められます。
- 監理団体の役割の変化: 従来の監理団体は「監理支援機関」へと名称を変え、その中立性や監査機能が一層厳しく問われます。企業への監督指導機能が強化されるため、企業はこれまで以上に適正な労務管理とコンプライアンス体制の構築が不可欠です。
結論:今こそ、真のコンプライアンス経営が問われる
技能実習制度から育成就労制度への移行は、単なる制度変更ではありません。それは、外国人材を単なる「労働力」としてではなく、共に社会を支える「人」として尊重し、公正な環境で育成していくという、我が国の覚悟の表れです。
法律の条文を守るだけの形式的なコンプライアンスでは、もはや通用しません。なぜなら、転籍の自由化は、労働者からの「選別」という市場原理を企業にもたらすからです。劣悪な環境を提供する企業からは人材が去り、法令違反はこれまで以上に厳しい行政処分やレピュテーションリスクに直結するでしょう。
今、経営者に求められるのは、法律知識はもちろんのこと、多様な人材が安心して能力を発揮できる組織風土をいかにして築き上げるかという、より高次元の視座です。
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