1.厚生労働省やハラスメントの各種審議会や会議等での医療現場のハラスメントの議論を振り返って
建設現場のとび職や病院の医師には、一般企業や役所と違って、命にかかわることが多いから、怒鳴ってもハラスメントにならないとした方がいいのではないか、暴力などの発生していない限りハラスメントではないとした方がいいと言う議論が嘗てあった。一種の二重基準である。
このような意見が出てくるのはWHOから批判されたように男女雇用機会均等法におけるセクシュアルハラスメント防止を配慮義務としていたことからもわかるように、平成10年代頃までは「耐えるのは当たり前」の文化におけるハラスメントに対する取り組みの甘さやコンプライアンスの輪の中での議論がされたことと相まって当時の空気をよく表している。しかし、ハラスメントの実態(特にパワーハラスメント)が明らかになるにつれて、またセクシュアルハラスメントについて主に女性が声を上げ始めたこともあって、令和時代には通用しないことは明白であろう。
2.次の高等裁判所の判決では、公立病院の上司が暴力・暴言・罵倒等を新人外科医に公然と行ったことにつき病院の責任を認めた
高裁判決分より一部引用(判例時報2281)広島高裁松江支部平成27年3月18日
(2) 亡一郎の業務の過重性について(パ ワハラの有無を含む。)
ア 亡一郎は、認定事実のとおり、本件 病院赴任初日に午後三時頃までかけて二二 名を、翌日には午後五時三〇分以降までか けて初診患者一〇名を含む二六名を診察 し、以後も再来担当日(月、金曜日)は各 日三〇名前後を、初診担当日(火曜日)は 各日六名ないし八名の新患を含め一〇名な いし二〇名程度の患者を診察している。
同 診察数は、赴任の翌週から予約数の調整を 受けた後の数であること、本件委員会の外 部委員が再診につき一日平均二五名程度で あればさほど忙しいことにならないと思う と発言していることに照らすと、それ自体 としても、また、一審被告戊田及び同丁原 の診察件数(本件病院における整形外科の 平均一日延べ外来数が六〇人程度であった ことから推認される。)と比しても、特に 過重と評価すべき件数ではないともいい得 るが、亡一郎は本件病院赴任前に外来診察 の経験が乏しかったことや、そのために現 実に診察に長時間を要していたことを考慮 すると、同人に相当程度重い心理的負荷が 生じるに十分な診察患者数であったといわ ざるを得ない。
イ そして、一二月二日に一審被告 丁家が本件暴行をなしたこと
※1審判決より当職が引用する「被告丁原から 握り拳で一回、ノックするように頭を叩か れて(以下「本件暴行」という。)、危ない と注意された。」
及びその 頃一審被告戊田が丁川院長よりこれにつ き指得するように言われたにもかかわらず しなかったこと、一一月二八日の手術の 際に、一審被害戊田が「田舎の病院だと思ってなめとるのか」と言ったこと、並び に、三月五日、一審被告丁原が亡一郎 に対し、その仕事ぶりでは給料分に相当し ていないこと及びこれを「両親に連絡しよ うか」などと言ったことなどについては、 各行為の前後の状況に照らしても、社会通 念上許容される指導又は叱責の範囲を明ら かに超えるものである(これに反する一審 被告らの主張は採用できない。
ウ この点に関連し、亡一郎の前任まで の医師らのうち、甲山、乙川及び甲原の各 医師及び研修医の戊原医師らは、揃って、 本件病院整形外科での勤務は、専門医とし ての経験が一年ないし二年といった者には 負担が大きかったこと、一審被告戊田や同 丁原に相談すると怒鳴られたり、無能とし て攻撃されたりするので、質問するのを要 縮するようになったこと、同被告らから恵 者や看護師らの面前でも罵倒されたり、頭 突きや器具で叩かれるなど精神的にも相当 追い詰められたこと等を供述し、実際に乙 川、甲原及び乙田は半年で本件病院を去っ ていること等を考慮すると、一審被告戊田 や丁原は、経験の乏しい新人医師に対し 通常期待される以上の要求をした上、これ に応えることが出来ず、ミスをしたり、知 識が不足して質問に答えられないなどした 場合に、患者や他の医療スタッフの面前で 侮辱的な文言で罵倒するなど、指導や注意 とはいい難い、パワハラを行っており、また質問をしてきた新人医師を怒鳴ったり、 嫌みをいうなどして不必要に萎縮させ、新 人医師にとって質問のしにくい、孤立した職場環境となっていたことは容易に推認す ることができる(丁田医師のように一審被 告戊田及び同丁原と良好な関係を築けた者 もいたが、たまたま丁田医師の能力が標準 以上であったための例外とみるのが自然で ある。)。
亡一郎についても、上記イに限ら ず、友人に送った「整形の上司の先生二 人、気が短くよく怒られてるわ。」等のメ ールや一一月中旬頃からは一審被告戊田や 同丁原を避けるようになっていたこと等に 鑑みると、前任者らと同様、度 々、一審被 告戊田及び同丁原から患者や看護師らの面 前で罵倒ないし侮蔑的な言動を含んで注意 を受けていたことは容易に推測され、この ような状況の下で亡一郎は一層萎縮し、一審被告戊田及び同丁原らに質問もできず一 人で仕事を抱え込み、一層負荷が増大する といった悪循環に陥っていったものと認め られる。
工 以上に加え、亡一郎は、所定の勤務 時間外や休日に月に一二回の待機当番を担 当して業務関係の電話を受けることもあり (なお、いわゆるオンコール待機と評価で きるほどの頻度、態様であったと認めるに 足りない。)、また、月に三、四回程度は処 置のため呼び出されたり自ら出勤するなど して、本来は予定されている休息をとり得 ないこともあったことが認められる。
オ なお、一審被告戊田及び同丁原なり に一一月中旬くらいからは、亡一郎の勤務 負担の軽減やより基本的な内容についても 指導を行うなどの配慮を示していたもの の、なおも同月二八日の手術の際に、 二八日の手術の際に、一審被告戊田が「田舎の病院だと思ってなり るのか」と言ったり、一二月五日に一 告丁原が亡一郎に対し、その仕事ぶり 給料分に相当していないこと及びこれ 「両親に連絡しようか」などと言ってい こと等に鑑みると、一審被告戊田及び同 原らは上記指導や配慮に付随して、ない 亡一郎に対し威圧ないし侮蔑的な言動に 続していたもので、亡一郎を精神的・中 的に追い詰める状況が改善・解消した」 とは認められ ない 。
カ以上を総合すると、本件病院にい て、亡一郎が従事していた業務は、そい 体、心身の極度の疲弊、消耗を来たし、 つ病等の原因となる程度の長時間労働 いられていた上、質的にも医師免許取 ら三年目(研修医の二年間を除くと専 として一年目)で、整形外科医としてい 学病院で六か月の勤務経験しかなく、 の総合病院における診療に携わって一 か月目という亡一郎の経歴を前提とし」 合、相当過重なものであったばかりか、 審被告丁原や同戊田によるパワハラを 的に受けていたことが加わり、これらい 層的かつ相乗的に作用して一層過酷ない に陥ったものと評価される。」
3.新人医師の自殺
一審判決文によれば、「自宅として居住していた本件病院の職 員用宿舎の浴室内にて、コンロで燃料を燃 やし、一酸化炭素中毒となって自殺した。」以下の記載があるメモが、十数枚に細かく破かれた状態で同宿舎のゴミ 箱から発見された。「僕は医者である前に人間として不適合者です。僕が社会参加するとまわりの人達に迷惑をかけます。社会参加から離れ次の自分の居場所を見 つけられません。居場所がないので自分を始末します」