はじめに:法の羅針盤を手に、想いを未来へ
人の世は、出会いと別れの連続であり、その終着点にある「相続」は、単なる財産の移転に留まらない、家族の想いを未来へと繋ぐ極めて重要な儀式です。しかし、その航海は、時に法律という複雑な海図を読み解かねばならず、一つの知識不足が、故人の遺志とは全く異なる結果を招くことさえあります。
中川総合法務オフィスは、これまで京都、大阪を中心に1000件を超える相続のご相談をお受けし、多くのご家族が抱える問題を解決へと導いてまいりました。その豊富な経験から断言できるのは、法律、特に絶えず変化する社会情勢を反映して改正される法律を正しく理解し、先手を打つことの重要性です。
本記事では、特に多くの方が「これさえあれば安心」と考えがちな「『相続させる』旨の遺言」に潜む落とし穴と、それに関連する極めて重要な法改正、すなわち2019年7月1日に施行された改正民法と2024年4月1日から開始された相続登記の義務化について、当オフィスの代表が持つ法律や経営、さらには哲学的な視点も交えながら、深く、そして分かりやすく解説いたします。
第一部:相続を巡る「神話」の崩壊 – 改正民法899条の2が投じた一石
かつて、特定の財産を特定の相続人に「相続させる」という趣旨の遺言は、非常に強力なものと解されていました。登記なくして、その権利を第三者に対抗できる、というのが判例の立場でした。しかし、この「神話」は、2019年7月1日に施行された改正民法によって過去のものとなりました。
【改正民法】第八九九条の二(共同相続における権利の承継の対抗要件) 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
この条文が意味するところは何か。それは、「法定相続分を超える部分については、遺言書があろうとも、登記をしなければ、その権利を第三者に主張できなくなった」という、実務に絶大な影響を与える大転換です。
なぜ、このような改正が行われたのでしょうか。それは、遺言の存在を知らない第三者(例えば、相続人の一人から不動産の持分を買い受けた人や、お金を貸した債権者など)の保護、すなわち「取引の安全」を確保するためです。登記という公的な記録を信頼した者を保護することで、社会経済活動の安定を図るという、近代私法の基本原則に立ち返ったものと言えるでしょう。
第二部:事例で読み解く – あなたの権利は大丈夫か?
次の事例を、この新しい法の光に照らして再検討してみましょう。
Xが死亡した。Xの相続人は、 その子AとBである。Xの遺産には、甲地があった。 Bは、 甲について、 相続を原因としてXからBへとその所有権が移転した旨の登記を備え、Yに対し、甲を譲渡した。以下の場合、 Aは登記をしないで、権利の取得をYに対抗することができるか。
(1) Xは、 Aの相続分を4分の3とし、Bの相続分を4分の1とする遺言をしていた。
(2) Xは、甲をAに相続させる旨の遺言をしていた。
(3) BがYに甲を譲渡したのは、 Aが甲を取得する旨の遺産分割協議をした後であった。
(4) BがYに甲を譲渡したのは、 Bが相続放棄をした後であった。
(一問一答 新しい相続法 商事法務、Before/After 相続法改正 弘文堂、ジュリスト 2018年12月号等参照)
- 事例(1) 相続分を指定する遺言があった場合
- 事例(2) 特定の不動産を「相続させる」旨の遺言があった場合
これら(1)と(2)のケースは、まさに今回の法改正が核心的に問われる場面です。結論から言えば、Aさんは、自身の法定相続分(この場合は2分の1)を超える部分(4分の3-2分の1=4分の1)については、登記がなければ、第三者であるYさんに対して権利を主張できません。
YさんがBさんの持分(法定相続分2分の1)を有効に取得し、先に登記を備えてしまえば、Aさんは不動産の4分の1の権利を失いかねないのです。「相続させる」という言葉に安心し、遺言執行を怠り、登記を遅らせることの危険性がここにあります。これは、故人の意思が、相続人の一人の背信的な行為と、法律知識の欠如によって覆されてしまうという、あってはならない事態です。
- 事例(3) 遺産分割協議の後に第三者へ譲渡された場合
これは改正前から、登記がなければ第三者に対抗できないとされていました。理論的な構成は変われど、実務上の結論は同じです。遺産分割協議という当事者間の合意も、登記という公示を経なければ、第三者には対抗できないのです。
- 事例(4) 相続放棄の後に第三者へ譲渡された場合
これは従来通り、Aさんは登記なくしてYさんに対抗できます。なぜなら、相続放棄をしたBさんは「初めから相続人とならなかったもの」とみなされるからです(民法939条)。Bさんはそもそも無権利者であり、無権利者からの譲受人であるYさんもまた、権利を取得できないという法理(無権利の法理)が働くためです。
第三部:【最重要】2024年4月1日、相続登記は「義務」になった
法改正の潮流は、899条の2にとどまりません。所有者不明土地問題の解決という国家的課題を背景に、2024年4月1日から、ついに相続登記が義務化されました。
これは、過去に発生した相続にも遡って適用される、極めて重要なルール変更です。
- 義務の内容: 相続により不動産を取得した相続人は、その取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければなりません。
- 罰則: 正当な理由なく義務に違反した場合、10万円以下の過料が科される可能性があります。
もはや、相続登記は「いつかやればいい」ものではなく、「必ず期限内にやらなければならない」法的義務となったのです。これにより、遺言の内容を速やかに実現し、登記を備えることの重要性は、かつてないほど高まっています。
結論:遺言執行の重要性と専門家への相談
一連の法改正が我々に突きつけるもの、それは、権利の上に眠る者は保護されない、という厳しい現実です。そして、故人が遺した大切な想いと財産を確実に未来へ承継させるためには、「遺言書を作成して終わり」ではなく、その内容を速やかかつ適正に実現する「遺言執行」こそが生命線であるということです。
遺言執行者は、相続財産の管理、名義変更手続きなど、遺言実現に必要な一切の行為をする強大な権限を持ちます。相続人間の感情的な対立が予想される場合や、手続きが複雑な場合には、法律と実務に精通した専門家を遺言執行者に指定しておくことが、最も確実で賢明な選択と言えるでしょう。
中川総合法務オフィスは、単に法律の条文を解説するだけではありません。社会科学、人文科学、自然科学にも通じる代表の幅広い知見と人生経験に基づき、一つ一つの事案に隠された人間模様を深く洞察し、ご依頼者様にとって真の安心とは何かを共に考え、最善の道筋をご提案いたします。
相続は、時に家族の絆を試す試練ともなります。しかし、正しい知識という羅針盤を手に、信頼できる水先案内人と共に航海に臨めば、必ずや故人の想いを実現し、平穏な未来へと辿り着けるはずです。
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相続を巡る問題は、ご家庭ごとに事情が異なり、一つとして同じものはありません。当オフィスでは、お一人お一人の状況を丁寧にお伺いするため、初回30分~50分の法律相談を無料にて承っております。
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