はじめに――「口頭でOKした」が積み重なる現場リスク

建設工事の現場では、口頭でのやりとりが日常的に行われる。「追加でここもやっておいてくれ」「工期は少し延ばしてもいい」「その分の代金は後で話し合おう」。こうした言葉が、工事完了後に深刻な紛争の火種になる。

「言った・言わない」の争いは、建設工事に関係する紛争の中で最も多いパターンの一つである。そしてその多くは、書面化を怠ったことが根本原因だ。

建設業法は、口頭契約の弊害を長年の教訓として、工事請負契約の書面化を義務付けている。さらに令和6年12月13日の改正施行(改正法全体の全面施行は令和7年12月12日)で、価格変動への対応条項が新たに法定記載事項として追加された。本稿では、建設業法が定める契約管理の義務全体を、最新の法改正も踏まえて整理する。


建設業法における請負契約の基本原則

建設業法第18条は、請負契約の基本原則として「各当事者は対等な立場における合意に基づいて公正な契約を締結し、信義に従って誠実に履行しなければならない」と定める。この「対等な立場」という表現は、建設工事における元請・下請・発注者間の力関係の非対称を是正するという法の根本的な趣旨を示している。

建設業法は、法律自体に請負契約の適正化のための規定(法第3章)をおくとともに、それに加えて、中央建設業審議会(中建審)が当事者間の具体的な権利義務の内容を定める標準請負契約約款を作成し、その実施を当事者に勧告する(法第34条第2項)こととしている。契約書面の記載に不明確・不正確な点がある場合、後日の紛争の原因にもなりかねず、また、契約当事者間の力関係が一方的であることにより、契約条件が一方にだけ有利に定められてしまいやすいという請負契約の片務性の問題が生じうる。

中建審が作成する標準請負契約約款には、公共工事標準請負契約約款・民間建設工事標準請負契約約款(甲)(乙)・建設工事標準下請契約約款の4種類があり、令和7年12月2日にも改正が行われた。自社の契約書を独自に作成している場合でも、これらの標準約款に照らした内容の確認が実務上は必要である。


建設業法第19条――書面契約義務と16の法定記載事項

書面化義務の徹底

建設業法第19条は、全ての建設工事において、当事者間の合意内容を書面(または電磁的記録)に残し、署名または記名押印して相互に交付することを義務付けた、建設工事請負契約の基本原則を定めた条文である。この規定は、口約束による「言った・言わない」のトラブルを防ぎ、工事内容・金額・工期といった契約の根幹に関わる事項について、発注者と受注者双方の権利と義務を明確にすることを目的としており、たとえ数万円の小規模な工事であっても、この書面契約の義務に例外はない。

民法上の請負契約は口頭でも有効に成立するが、建設業法は建設工事について書面化を義務付けている。「建設業法違反となる行為事例」として国土交通省のガイドラインが明示するものとして、下請工事に関し書面による契約を行わなかった場合、建設業法第19条第1項の必要記載事項を満たさない契約書面を交付した場合、元請負人からの指示に従い下請負人が書面による請負契約の締結前に工事に着手し、工事の施工途中または工事終了後に契約書面を相互に交付した場合が挙げられている。「着工前の書面締結」が原則であることは特に重要だ。

16の法定記載事項

建設業法第19条第1項が定める法定記載事項は15項目(第16号は現在該当事項なし)である。以下、主要なものを条文番号とともに確認する。

第1号から第3号は工事内容・請負代金の額・工事着手および完成の時期という契約の骨格部分である。

第4号は令和6年12月13日施行の改正で新設された「工事を施工しない日または時間帯の定め」であり、週休2日対応・騒音規制等への対応として重要性が増している。

第6号は「設計変更または工事着手の延期・中止があった場合における工期変更・請負代金変更・損害負担の算定方法」、第7号は「天災その他不可抗力による工期変更・損害の負担方法」を定める。追加・変更工事や自然災害発生時の代金・工期調整のルールを事前に明記することで、工事途中の紛争を防ぐ。

令和6年12月13日施行の改正により、建設工事の請負契約書への法定記載事項として第8号に「価格等の変動又は変更に基づく工事内容の変更又は請負代金の額の変更及びその額の算定方法に関する定め」が追加された。これはスライド条項の明文化に関する改正であり、既存の契約書が第8号の要件を満たしているか確認・更新が必要となる。

第13号は「工事の目的物が種類または品質に関して契約の内容に適合しない場合における不適合担保責任」であり、2020年の民法改正で「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」に変更された。契約書の記載がいまだ旧民法の「瑕疵」を前提としたままになっている場合は、早急に見直しが必要だ。


変更契約の書面化――最も見落とされやすい義務

建設業法第19条第2項は、「請負契約の当事者は、請負契約の内容で前項に掲げる事項に該当するものを変更するときは、その変更の内容を書面に記載し、署名または記名押印をして相互に交付しなければならない」と定める。

変更契約の書面化は、当初契約の書面化と同等の義務として課されている。

契約内容が書面化されていない場合、内容が不明確・不正確となり、後日紛争の原因ともなるため、工事の内容その他契約の内容となるべき事項については、書面に合意事項を記載し相互に交付して保存することで、契約内容を確認できるようにしておくことが重要である。

実務上、追加・変更工事については口頭で指示が行われ、変更契約書の締結が後回しになるケースが非常に多い。しかし、工事完了後に発注者から「その追加工事は頼んでいない」「代金の合意はしていない」と主張された場合、書面がなければ証明が困難になる。

変更契約においても契約締結は着工前に行うこととされているが、数量を伴う追加工事では変更契約を着工前に締結することが難しくなる場合もある。その場合は、変更契約締結を後回しにせず、変更の対象・概算金額・理由を明記した書面を請負人と着工前に取り交わし、追加工事が着工し数量等が確定した後には遅滞なく変更契約を締結する。⇒覚書をしておく。

「いずれ書こう」という意識が積み重なると、工事完了時点で無数の口頭変更の合意が宙に浮いた状態になる。これが建設工事紛争の最大の温床だ。


2024年改正の核心――おそれ情報通知義務と価格転嫁条項

おそれ情報通知義務(建設業法第20条の2)

令和6年12月13日施行の改正建設業法により、「おそれ情報」通知義務が新設された。

建設業者は、請負代金・工期に影響を及ぼす事象が発生するおそれがあると認めるときは、契約締結前にその旨を必要な情報とともに注文者に通知する義務が課せられ、実際にそれらの事象が発生したときは、受注者から注文者に対して請負代金の変更協議を申し出ることができ、注文者は当該協議に誠実に応じるよう努めなければならない。おそれ情報の対象となる事象としては、主要な資機材の供給の不足もしくは遅延または資機材の価格の高騰、特定の建設工事の種類における労務の供給の不足または価格の高騰であって、天災その他自然的または人為的な事象により生じる発注者と受注者の双方の責めに帰することができない事象が挙げられる。

この規定は元請が発注者に対して行う通知だけでなく、元請から下請への通知義務としても機能する。「下請に知らせなかったため下請業者が損害を被った」という事態を防ぐためにも、JVのスポンサーから各構成員への情報共有、元請から一次下請への情報共有の仕組みを整える必要がある。

価格転嫁条項の法定記載事項化

民間工事ではそもそも契約変更の規定さえない契約書も散見され、価格転嫁が思うようにできていないのが現状だ。今回の適切な価格転嫁に向けた契約変更協議の円滑化措置は、受注者に対し工期や請負代金に影響を及ぼす事象に関する「おそれ情報」を通知することを義務化し、それを受けた注文者にはリスク発現時の誠実な協議対応を努力義務化した。

既存の契約書に価格変動に関する変更方法が記載されていない場合、令和6年12月13日以降に締結する契約は建設業法第19条第1項第8号違反となる。過去に締結した契約書のひな形を更新せずに使い続けることは法令違反のリスクを生む。標準約款の最新版(令和7年12月2日改正)を確認し、自社契約書の整合性を検証することが急務だ。


電子契約の活用

建設業法第19条第3項は、相手方の承諾を得た上で電子情報処理組織を使用する方法(電子契約)による契約締結を認めている。

要件を満たした電子契約システムを利用した契約は認められており(建設業法第19条第3項、同施行規則第13条の4)、その場合は印紙の貼り付けが不要となる。ただし、改変が行われていないかどうかを確認することができること等の要件を満たすシステムを使用する必要があり、単にFAXやメールで注文書・請書をやりとりするのは「署名または記名押印」が必要なことから建設業法違反になる。

電子契約の活用は、印紙税コストの削減・書類管理の効率化・変更契約の迅速化に有効である。ただし、使用するシステムが建設業法の技術要件を満たしているか事前に確認が必要だ。


標準下請契約約款の活用と片務的条項の排除

下請工事における契約書は、特に元請から下請への片務的内容になりやすい。「元請の判断で工期を変更できる」「追加費用は協議による(協議が成立しない場合は元請が決定)」といった条項が、下請業者に対して実質的な不利益を与える場合、建設業法第18条の「対等な立場における合意」の趣旨に反し、建設業法第19条の3(不当に低い請負代金の禁止)・第28条(不誠実行為の禁止)に抵触するおそれがある。

国土交通省が作成する建設工事標準下請契約約款は、こうした片務性を是正した標準的な内容を示しており、下請契約書の見直しにあたって参照すべき一次資料である。


契約書管理体制の整備――保存義務と検索可能性

建設業法は帳簿・契約書等の保存義務を定めており、完成工事に係る書類は10年間の保存が義務付けられている(建設業法第40条の3、施行規則第26〜28条)。

実務上は、工事台帳・施工体制台帳・変更契約書・追加工事の承認記録を一元管理し、万一の調査・紛争において即座に証拠として提示できる状態を維持することが重要だ。特に変更契約書・追加工事の書面が当初契約書と分離して管理されていると、後日の争いで「変更合意があったかどうか」の立証が困難になる。


まとめ

建設業の契約管理は、建設業法第19条が定める16の法定記載事項を満たした書面の作成から始まり、変更契約の都度の書面化、令和6年12月13日施行の価格転嫁条項の明記・おそれ情報通知義務への対応まで、継続的な管理体制の整備が求められる。

「現場は動いているのに書類が追いつかない」という状況は、建設業法違反と将来の紛争リスクを同時に生み出す。契約書の作成・変更・保存を、施工管理と同等の重要業務として組織に位置づけることが、元請ゼネコンのコンプライアンス体制の実効性を左右する。

中川総合法務オフィスでは、建設会社向けのコンプライアンス研修・契約書ひな形の整備支援を行っております。最新の法改正に対応した標準下請契約約款の確認・価格転嫁条項の追加対応もご相談ください。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら

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