凡例・シリーズ案内
本記事は、中川総合法務オフィスが連載する「創設 地方公務員倫理法」シリーズの第5回である。地方公務員法(昭和25年法律第261号)の条文を順に解説しながら、対応する国家公務員法(昭和22年法律第120号)・国家公務員倫理法(平成11年法律第129号)・国家公務員倫理規程(平成12年政令第101号)の規定と比較する。令和8年(2026年)4月1日施行の改正後の現行法に基づく。
条文原文
地方公務員法第5条(人事委員会及び公平委員会並びに職員に関する条例の制定)
第五条 地方公共団体は、法律に特別の定がある場合を除く外、この法律に定める根本基準に従い、条例で、人事委員会又は公平委員会の設置、職員に適用される基準の実施その他職員に関する事項について必要な規定を定めるものとする。但し、その条例は、この法律の精神に反するものであつてはならない。
2 第七条第一項又は第二項の規定により人事委員会を置く地方公共団体においては、前項の条例を制定し、又は改廃しようとするときは、当該地方公共団体の議会において、人事委員会の意見を聞かなければならない。
趣旨・立法背景
立法の出発点
地方公務員法は昭和25年(1950年)12月13日に公布された。国家公務員法(昭和22年公布)によって国の官吏制度が抜本的に改革された後、地方公共団体においても民主的・科学的な人事行政制度を導入する必要が生じたことが直接の立法背景である。国会審議(第9回国会衆議院地方行政委員会第1号)では、「地方自治制度は行財政面で整備されたが、地方公務員制度の改革が残されており、これなしには真の地方自治の確立は期待できない」と提案理由に明記されている。
第5条の機能的位置づけ
地方公務員法は、地方公共団体の人事行政に関する「根本基準」を法律の段階で定めつつ、具体的な制度設計を条例に委ねる二層構造を採用している。第1条が法律全体の目的を定め、第4条が適用範囲(一般職)を規定するのに対し、第5条は「法律と条例の役割分担」という制度設計の基本ルールを明示する。
地方公共団体は、地方自治の本旨(日本国憲法第92条)に基づき、自らの地域の実情に応じた人事行政を行う必要がある。一方で、職員の権利保護・平等取扱い・能力主義任用といった全国共通の根本基準は法律が直接定める。第5条は、この二つの要請を調整する条文として機能する。
「この法律の精神」という留保条項の意義
第1項ただし書の「この法律の精神に反するものであってはならない」という文言は、条例制定権の上限を定める実質的な制約である。地方公務員法が定める根本基準には、成績主義(第15条)、平等取扱いの原則(第13条)、任命権者による恣意的な不利益処分の禁止(第27条・第28条)などが含まれる。条例の内容がこれらの根本基準の趣旨・目的に反する場合、その条例は違法となり得る。
最高裁昭和50年9月10日大法廷判決(徳島市公安条例事件、民集29巻8号1235頁)は、国の法令と条例の関係について、「条例が法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによって決しなければならない」と判示した。地方公務員法第5条との関係では、条例の内容が法律の文言に直接抵触しなくても、法律の趣旨・目的を没却するものであれば「この法律の精神に反する」と評価される余地がある。
用語解説
根本基準
地方公務員法全体を通じて共通する人事行政の根幹をなす原則の総体を指す。同様の表現は国家公務員法第1条にも登場し、「国家公務員たる職員について適用すべき各般の根本基準」と規定されている。地方公務員法においては、成績主義(第15条)、平等取扱い(第13条)、勤務条件の社会一般の情勢への適応義務(第14条)などがこれに該当する。
条例は、法律が定める根本基準の範囲内で、その実施に必要な具体的規定を設けることができる。根本基準を超えて職員の権利を一方的に制限したり、能力主義に反する任用基準を設けたりすることは許されない。
人事委員会
地方公共団体に置かれる独立した人事行政機関。第7条第1項の規定により、都道府県及び地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の19第1項に定める指定都市は条例で人事委員会を置く義務を負う。第7条第2項により、人口15万人以上の市及び特別区も条例で人事委員会又は公平委員会を選択して置くことができる。
人事委員会の主な権限は第8条に列挙されており、採用試験の実施・給与勧告・行政不服申立ての審査・条例制定改廃に関する意見申出などがある。国家公務員制度における人事院に相当する機関だが、人事院が内閣の所轄下に置かれる独立行政機関(国家公務員法第3条)であるのに対し、人事委員会は地方公共団体の機関である点が異なる。
公平委員会
人口15万人以上の市及び特別区で条例で人事委員会又は公平委員会を置かなかった場合と人口15万人未満の市・町・村及び地方公共団体の組合(第7条第3項)が置く機関。人事委員会と異なり、採用試験の実施権限を原則として持たない(第9条で条例による付加が可能)。職員の不利益処分に対する不服申立ての審査と勤務条件に関する措置要求の審査が主たる権限である。
公平委員会を置く地方公共団体は、議会の議決を経た規約によって、他の地方公共団体の公平委員会と共同で設置することや、他の地方公共団体の人事委員会に事務を委託することができる(第7条第4項)。
条例
地方公共団体が制定する自主立法。日本国憲法第94条は「地方公共団体は、……法律の範囲内で条例を制定することができる」と定める。地方自治法(昭和22年法律第67号)第14条は、地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて、「義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない」と規定する。
地方公務員法第5条第1項は、人事・職員に関する事項について条例で規定することを義務付けている(「定めるものとする」)。これは努力義務ではなく、制度整備の法的義務である。
条文の構造と解釈
第1項:条例制定義務と上位規範による限界
「法律に特別の定がある場合を除く外」という冒頭の留保は、他の法律(たとえば教育公務員特例法・地方公営企業法など)が特別の規定を置く場合には、その特別法が優先することを示す。
「この法律に定める根本基準に従い」は、条例の内容の上限を設定する。条例が法律の根本基準を下回る水準で職員の権利を保護したり、法律の趣旨に反する任用制度を設けたりすることは、ここで禁止されている。
「人事委員会又は公平委員会の設置」は、第7条の委員会設置義務を条例によって具体化することを念頭に置く。「職員に適用される基準の実施」は、給与・勤務時間・服務規律などに関する法律上の基準を条例で具体化することを指す。「その他職員に関する事項」は例示的な包括規定であり、人事行政一般について条例で規律できることを示す。
「この法律の精神に反するものであってはならない」というただし書は、条例の実質的適法性審査の基準を提供する。条例が形式的に法律の文言と抵触しなくても、法律が保障しようとする職員の利益保護・能力主義・平等原則を実質的に損なう場合、このただし書に違反する。
第2項:人事委員会への意見聴取義務
人事委員会を置く地方公共団体(都道府県・指定都市・一定の市・特別区)において、職員関係条例の制定・改廃を行う際には、議会において人事委員会の意見を聞かなければならない。
この「意見を聴取する」義務は、手続的な要件である。議会は人事委員会の意見に拘束されないが、意見聴取を経ない条例制定は手続上の瑕疵を生じさせる可能性がある。
第8条第1項第3号は、人事委員会の権限として「人事機関及び職員に関する条例の制定又は改廃に関し、地方公共団体の議会及び長に意見を申し出ること」を明示している。第5条第2項は、この申出権を義務的な「意見聴取」として制度化したものである。すなわち、人事委員会は受動的に意見を求められるだけでなく、第8条第1項第3号に基づき能動的に意見を申し出ることもできる。
公平委員会を置く地方公共団体には、第2項の適用がない。これらの団体では、条例の制定・改廃にあたって人事委員会への意見聴取義務は生じない。
国家公務員法との対比
国家公務員法における人事院規則への委任
国家公務員法は、地方公務員法第5条に直接対応する「条例制定」を規定しない。国家公務員制度では、法律の根本基準を補充する細目的事項は、条例ではなく人事院規則(国家公務員法第16条以下に根拠を持つ)によって定められる。
国家公務員法第1条は「国家公務員たる職員について適用すべき各般の根本基準(職員の福祉及び利益を保護するための適切な措置を含む。)を確立」することを法律の目的と定める。この根本基準の実施は、人事院規則という行政立法に委任されており、地方公共団体における条例(議会が制定する自主立法)とは性質が根本的に異なる。
制度的差異の意味
| 事項 | 地方公務員 | 国家公務員 |
|---|---|---|
| 根本基準の実施規範 | 条例(議会制定) | 人事院規則(行政立法) |
| 独立人事機関 | 人事委員会(地方公共団体の機関) | 人事院(内閣の所轄下の独立機関) |
| 条例・規則制定前の意見聴取 | 人事委員会への意見聴取義務あり(第5条第2項) | 特段の立法前意見聴取義務なし(人事院が自ら立案) |
| 委任の民主的根拠 | 地方議会の議決 | 国会の授権法+行政機関による規則制定 |
この差異は、地方自治の本旨(憲法第92条)から必然的に生じる。地方公共団体の人事制度は、住民の代表機関である議会が条例という形で民主的に決定する。国家公務員制度では、統一的・効率的な運用を確保するために行政機関(人事院)への規則制定権委任が用いられる。
国家公務員法附則第15条(昭和25年改正以前の旧規定)は、人事院が都道府県等の人事機関に対して技術的助言を行えることを定めており、地方公務員制度の整備にあたって国の人事院が協力する関係が制度的に想定されていた。地方公務員法第59条(現行法)が「総務大臣は、地方公共団体の人事行政がこの法律によって確立される地方公務員制度の原則に沿って運営されるように、技術的助言をすることができる」と定めているのも、この関係の現れである。
国家公務員倫理法・国家公務員倫理規程との対比
国家公務員倫理法(平成11年法律第129号)は、国家公務員の倫理保持に関する根本的な事項を法律で定め、細目(利害関係者の範囲・禁止行為の具体的内容等)を国家公務員倫理規程(平成12年政令第101号)に委任している。これは、地方公務員法第5条が法律→条例という構造を採るのと対比して、法律→政令(倫理規程)という構造を採る。
地方公共団体において職員の倫理に関する規律を設ける場合は、地方公務員法第5条第1項の「その他職員に関する事項」として条例で定めることが可能である。実際に、都道府県・政令指定都市を中心に「職員の倫理に関する条例」を制定している団体が複数存在する。これらの条例は、地方公務員法の「精神」に反してはならず、特に平等取扱い原則や権利保護に関する根本基準との整合性が求められる。
国家公務員倫理法は人事院に国家公務員倫理審査会を設置し(国家公務員法第3条の2)、倫理に関する規程の企画・立案と審査を行わせる。地方公共団体では、人事委員会がこれに近い機能を果たし得るが、国家公務員倫理審査会のような専担機関は制度上置かれていない。
実務上の留意点
地方公共団体の総務・人事担当職員にとって、第5条は次の場面で直接的な意味を持つ。
第一に、職員の給与・勤務時間・休暇・服務規律・懲戒手続きに関する条例を制定・改廃する際には、法律の根本基準(成績主義・平等原則・不利益処分の手続保障等)との整合性を事前に確認する必要がある。
第二に、都道府県・指定都市・人事委員会を置いた人口15万人以上の市・特別区において条例の制定・改廃を行う場合、第5条第2項に基づき議会審議の前に人事委員会の意見聴取の手続きを経なければならない。この手続きを欠いた条例制定が手続的瑕疵として争われるリスクを見落とさないことが求められる。
第三に、地方公共団体独自の倫理条例を整備する際は、国家公務員倫理法・国家公務員倫理規程の構成・内容を参照しながら、地方公務員法の根本基準と整合する形で設計する必要がある。
判例・裁判例
最高裁昭和50年9月10日大法廷判決(徳島市公安条例事件)
民集29巻8号1235頁。国の法令と条例の関係について、文言の対比だけでなく趣旨・目的・内容・効果の総合比較によって矛盾抵触の有無を判断するという基準を確立した。地方公務員法第5条の「この法律の精神に反するものであってはならない」という文言の解釈において、この判示が準拠基準として援用される。条例の適法性は文言の形式的一致・非一致ではなく実質的な法律との整合性によって判断される。
全農林警職法事件 最高裁昭和48年4月25日大法廷判決
刑集27巻4号547頁。公務員の勤務条件は法律・予算によって定められることから、争議行為は議会制民主主義に反するという判断が示された。地方公務員についても、この論理は同様に妥当し、勤務条件に関する条例が法律の定める基準を逸脱することの制約根拠として引用される。
参考:条例の意見聴取手続きに関する行政実例
総務省(旧自治省)行政実例は、第5条第2項の「意見を聞かなければならない」について、人事委員会が意見を表明する機会を実質的に保障することが求められると解釈する。議会に報告する形で意見書を提出させることが通常の実務であり、「意見なし」という回答も意見聴取の完了として取り扱われる。
関連条文
- 地方公務員法第1条(目的)
- 地方公務員法第4条(適用範囲)
- 地方公務員法第7条(人事委員会・公平委員会の設置義務)
- 地方公務員法第8条(人事委員会の権限)
- 地方公務員法第13条(平等取扱いの原則)
- 地方公務員法第14条(情勢適応の原則)
- 地方公務員法第15条(成績主義の原則)
- 国家公務員法第1条(根本基準)
- 国家公務員法第3条(人事院)
- 国家公務員法第16条以下(人事院規則の根拠)
- 国家公務員倫理法第1条(目的)
- 日本国憲法第92条(地方自治の本旨)
- 日本国憲法第94条(条例制定権)
- 地方自治法第14条(条例の制定)
まとめ
地方公務員法第5条は、地方公務員の人事行政に関する制度設計の「骨格条文」である。法律が根本基準を定め、条例がその実施規範を担うという二層構造を明定するとともに、条例の内容が法律の精神に反してはならないという実質的な限界を設ける。人事委員会を置く地方公共団体では、条例の制定・改廃に際して議会における人事委員会への意見聴取が手続要件として課されており、この点が公平委員会のみを置く小規模団体と異なる。
国家公務員制度が人事院規則という行政立法によって法律の根本基準を補充するのに対し、地方公務員制度は住民代表機関たる議会の条例によってこれを行う。この差異は、地方自治の本旨に由来するものであり、地方公務員の人事行政が住民に対して説明責任を果たす構造を制度的に保障している。
次回は、地方公務員法第6条(任命権者)の解説を予定している。
本記事は中川総合法務オフィス(行政書士・コンプライアンス研修)が、令和8年(2026年)4月1日現行の法令に基づき作成した。法令改正・行政実例の変更があった場合には随時更新する。

