令和7年6月11日、公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)が公布された。施行は令和8年12月1日である。

改正の内容は、企業向けの解説が数多く公表されている。しかし地方公共団体には、企業とは異なる条文構造が適用される。

行政措置は自治体に及ばない。法人両罰規定も適用されない。しかし、報復行為をした幹部職員個人への刑事罰は及ぶ。

本稿では、この自治体固有の構造を中心に整理する。


1. 改正の4つの柱

内容罰則・措置
① 体制整備の徹底・実効性向上内部通報窓口・従事者の指定および周知を義務化。従事者指定義務違反に対する消費者庁の執行権限を強化命令(勧告に従わない場合)・立入検査を新設。命令違反・検査拒否に30万円以下の罰金
② 不利益取扱いの抑止・救済強化通報後1年以内の解雇・懲戒処分は通報を理由としたものと推定報復行為者に直罰(6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金)。法人には両罰規定(3,000万円以下の罰金)
③ 通報妨害等の禁止「通報しない」旨の合意取得等を禁止(合意は無効)。正当な理由のない通報者探索を禁止
④ 通報者の範囲拡大フリーランス(特定受託業務従事者)および契約終了後1年以内の者を保護対象に追加

なお、刑法等の一部を改正する法律により、令和7年6月1日から懲役・禁錮は拘禁刑に一本化されている。本稿で「拘禁刑」と記すのはこのためである。


2. 自治体固有の構造——3つの適用除外

改正法を自治体に当てはめる際、条文上の適用除外を正確に押さえる必要がある。この3つを取り違えると、対応の方向を誤る。

2.1 行政措置は適用されない(法20条)

報告徴収、助言、指導、勧告、命令、公表、立入検査といった行政措置(法15条から16条まで)は、国及び地方公共団体には適用されない(法20条)。

すなわち、地方公共団体は事業者として体制整備義務・従事者指定義務を負う一方、その履行を消費者庁が強制的に是正する仕組みは、制度上存在しない。

この構造は、自治体の内部統制が外部の執行力によってではなく、自らの規律によって担保されることを意味する。

誤解してはならないのは、義務そのものは免除されないという点である。「指導を受けないから対応しなくてよい」という理解は成り立たない。住民訴訟、議会での追及、報道といった経路での責任追及は、現に生じている。

「形式は整えたが機能していない」という状態が発覚した場合、外部からの強制がなくとも、組織としての信頼失墜と、次に述べる個人の刑事責任という形で現実化する。

2.2 法人両罰規定は適用されない(法23条2項)

民間事業者においては、報復行為者個人への直罰に加えて、法人に3,000万円以下の罰金が科される(両罰規定)。

この両罰規定は、国及び地方公共団体には適用されない(法23条2項)。

2.3 しかし、個人への直罰は及ぶ

公益通報をしたことを理由として解雇、懲戒処分その他不利益な取扱いをした者は、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処せられる(法21条1項)。

この規定は、自治体にも及ぶ。

以上を整理すると、次のようになる。

民間事業者地方公共団体
行政措置(命令・立入検査等)及ぶ及ばない(法20条)
法人両罰規定3,000万円以下の罰金適用なし(法23条2項)
行為者個人への直罰6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金及ぶ(法21条1項)

組織は罰されない。国からの是正もない。しかし、決裁に関与した幹部職員個人だけが刑事責任を負う。

これが改正法における自治体の構造である。実質的な責任が個人に集中する点を、幹部職員は正確に理解しておく必要がある。


3. 見落とされやすい論点——外部通報窓口に300人基準はない

3.1 内部通報体制の300人基準

内部通報に対応する体制の整備(法11条2項)については、事業者の規模による区分がある。

区分内部通報対応体制整備義務・従事者指定義務
職員数301人以上(地方公共団体を含む)義務
職員数300人以下(地方公共団体を含む)努力義務

地方公共団体も法2条1項の「事業者」に含まれ、この基準がそのまま適用される。都道府県・政令市・中核市クラスは職員数が300人を大きく超えるため義務の対象となるが、職員数の少ない町村では努力義務にとどまる場合がある。

3.2 外部通報(2号通報)は職員数を問わず義務(法13条2項)

ここが最も誤解されやすい。

法13条2項は、通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関に対し、外部の住民・取引事業者等からの通報(2号通報)に応じ適切に対応する体制の整備を義務付けている。

この義務には、職員数による適用除外の規定がない。

廃棄物処理、建築確認、環境衛生、都市計画等、何らかの処分・勧告権限を有する自治体である限り、職員数が何人であってもこの義務を免れない。

「300人以下だから努力義務」という理解を外部(2号)通報窓口にまで広げることは、誤りである。これを誤ると、住民や取引先事業者がその自治体に法令違反を通報する入り口そのものが、実務上失われかねない。

3.3 自治体の二重の立場

以上をまとめると、地方公共団体は二つの立場を併せ持つ。

立場内容
事業者として職員・委託先(フリーランス含む)からの内部通報を受け付け、適切に対応する義務(法11条2項。300人基準あり)
行政機関として処分・勧告等の権限を有する分野について、住民・取引事業者等からの2号通報を受け付ける体制整備の義務(法13条2項。職員数による適用除外なし)

両面いずれにおいても、通報者の探索・報復の禁止、幹部個人への直罰という新たな規律が及ぶ。組織防衛的な対応は許容されない。


4. 通報者の探索禁止——「誰がリークしたか調べろ」が法違反となる

改正法は、正当な理由がある場合を除き、公益通報者を特定するための行為(探索行為)を禁止した。あわせて、公益通報を拒絶し、又は妨げる行為も禁止される。

これまでグレーゾーンとされてきた「犯人捜し」が、明確に法律上禁止されたことになる。「通報しないこと」を条件とした誓約書や合意書は、法律上無効となる。

首長・幹部が「誰がリークしたか調べろ」と指示した時点で、その指示自体が法違反となる。

管理職が避けるべき探索行為

行為法的リスク
朝礼・ミーティングで「心当たりのある者は名乗り出ろ」と発言する探索行為・通報妨害に該当。発言した管理職個人が違反の当事者となる
疑わしい職員を個室に呼び出し問い詰める探索行為に加えパワーハラスメントに該当し、刑事罰の対象となりうる
部署内職員を一人ずつ面談し、通報内容について探りを入れる従事者でない管理職が独自に犯人捜しのヒアリングを行うことは許されない
書類閲覧履歴やアクセスログを独自に調べ、通報者を絞り込む裏付け調査を目的とした監視行為も探索行為に該当する

小規模自治体における事実上の特定リスク

職員数が少ない部署では、積極的な犯人捜しをしなくても、通報の内容から通報者が特定できてしまう場合がある。

周囲の憶測による職場での孤立も不利益取扱いに含まれうるため、職場環境の管理が必要となる。探索行為をしていないことだけでは足りない。


5. 立証責任の転換——通報後1年間の人事措置

5.1 推定規定の内容

公益通報者が公益通報をした日から1年以内に、当該公益通報者に対して解雇、懲戒処分その他不利益な取扱いがなされたときは、当該公益通報をしたことを理由としてなされたものと推定される。

従来は、労働者の側において、解雇又は懲戒が公益通報を理由とすることを立証しなければならなかった。改正後は、事業者の側が「通報とは無関係である」ことを積極的に主張立証する必要が生じる。

正当な理由による処分であっても、通報と無関係であることを客観的証拠で示せなければ、処分が違法と判断されるリスクが生じる。

処分手続・根拠の記録(プロセス記録)の徹底が、実務上不可欠となる。

5.2 補論——公務員への適用範囲は解釈上の論点である

この推定規定は法3条3項・4項に置かれている。

ここで注意を要するのは、公務員については、分限・懲戒に対する不服申立て等の救済方法が民間労働者と異なることから、法3条等の適用自体が除外されているという点である(法9条)。

したがって、地方公務員の分限・懲戒処分について、この推定規定が条文上そのまま適用されるのか、あるいは人事委員会や裁判所の審査において事実上の考慮要素にとどまるのかという点は、解釈上なお詰めるべき論点である。

研修や実務においては、「地方公務員には一律に及ぶ」と断定すべきではない。地方公務員法上の分限・懲戒の適法性審査(裁量統制)の枠組みの中で、本改正の趣旨がどう反映されうるかという形で、慎重に扱うことが適切である。

もっとも、実務対応としては、推定規定が適用される場合に備えた記録の整備が求められることに変わりはない。

5.3 不利益取扱いとなりうる行為

行為法的リスク
通報職員を能力・経験に見合わない部署へ異動させる通報後1年以内の不自然な異動は報復と推定されうる
通報後に合理的な理由なく人事評価を引き下げる客観的な記録がなければ、評価引下げ自体が報復と推定されうる
フリーランス委託先に「次の契約更新はしない」と通告するフリーランスも保護対象であり、契約上の不利益扱いも直罰対象となりうる
プロジェクト・重要会議・情報共有から意図的に排除する業務からの排除は典型的な不利益取扱いに該当しうる

6. フリーランスが保護対象に加わった

改正により、フリーランス(特定受託業務従事者)および契約終了後1年以内の者が、保護対象に追加された。

フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)と連動した改正である。

自治体がITシステム開発、デザイン、講師、各種相談窓口業務などを委託する個人事業主からの通報も、部外者の苦情として処理することはできない。

通報を理由とする委託契約の解除・発注量の削減は、不利益取扱いとして直罰の対象となりうる。

外部委託先との関係においても、通報受付体制の整備と周知が必要となる。


7. 施行までのチェックリスト

令和8年12月1日の施行に向けて、次の事項を確認・実施する。

  • 自団体の職員数を確認し、内部通報体制(法11条2項)が義務(300人超)か努力義務(300人以下)かを確認する
  • 自団体が処分・勧告等の権限を有する分野(廃棄物処理・建築・環境衛生等)を洗い出し、外部(2号)通報受付窓口を整備する(法13条2項。職員数を問わず義務)
  • 内部通報規程・マニュアルに「フリーランス」を通報者として追加する
  • 「通報妨害の禁止」及び「通報者の探索の禁止」を規程に明文化する
  • 通報後1年以内の不利益取扱い推定規定を踏まえ、懲戒手続の証拠化を徹底する
  • 「公益通報対応業務従事者」を適切に指定し、指定文書を整備する
  • 従事者の異動・退職時の守秘義務引継ぎフローを整備する
  • 管理職・幹部を対象に、犯人捜しが刑事罰の対象となることを明示した研修を実施する
  • 一般職員・フリーランス等委託先に対し、窓口の存在と保護内容を周知する
  • 外部窓口の導入を検討する(特に小規模自治体。内部・外部を一括受託させる設計も有効)
  • 体制整備の実施状況を記録・保管する(消費者庁の立入検査は及ばないが、住民・議会への説明責任のため)

8. 小規模自治体における現実的な選択肢

職員数300人以下の自治体では、内部通報体制が法的には努力義務にとどまる。しかし、外部(2号)通報の受付体制整備は、処分・勧告権限を有する分野について義務である。

加えて、人事課の職員が少数の小規模自治体では、調査の独立性確保が構造的に困難である。

三線モデルの考え方に照らせば、通報を受け付け調査する主体は、通報の対象となりうる部門から独立していなければならない。しかし数名の人事課が全庁を対象とする体制では、この独立性を保つことが難しい。

現実的な選択肢としては、次のものがある。

外部の専門家への一括委託

内部通報窓口と外部(2号)通報窓口を、同一の外部機関に一括して担わせる設計。小規模自治体では合理的である。

広域連携

地方自治法上の協議会の設置、事務の代替執行等による窓口の共同設置。


9. 管理職研修で最も強調すべき鉄則

通報があったら、犯人を探すな。内容の真偽だけを、指定された窓口(従事者)に委ねよ。

管理職自身が個人的に犯人を特定しようと動いた瞬間、その管理職自身が刑事罰を科される当事者となる。

行政措置による外部からの是正がない以上、この規律を保てるかどうかは、組織の自律に懸かっている。


10. まとめ

  • 改正公益通報者保護法は令和8年12月1日に施行される
  • 地方公共団体には、消費者庁の行政措置が適用されない(法20条)。法人両罰規定も適用されない(法23条2項)
  • しかし、報復行為をした職員個人への直罰は及ぶ(法21条1項)。責任は決裁に関与した幹部職員個人に集中する
  • 内部通報体制には300人基準があるが、外部(2号)通報の受付体制整備には職員数による適用除外がない(法13条2項)
  • 通報者の探索が明確に禁止された。「誰が通報したか調べろ」という指示自体が法違反となる
  • 通報後1年以内の不利益取扱いは通報を理由とすると推定される。ただし公務員への適用範囲は解釈上の論点である(法9条)
  • フリーランスおよび契約終了後1年以内の者が保護対象に加わった

参考資料

  • 公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)
  • 消費者庁「公益通報者保護法と制度の概要」
  • 消費者庁「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関する指針」(令和8年12月1日施行版)および同指針の解説
  • 消費者庁「公益通報者保護制度Q&A」
  • 刑法等の一部を改正する法律(令和4年法律第67号。令和7年6月1日施行。懲役・禁錮の拘禁刑への一本化)

自治体の公益通報体制に関するご相談

改正法において、地方公共団体には行政措置が及びません。国から是正を求められることはありません。

しかし、報復行為をした幹部職員個人には刑事罰が及びます。組織は罰されず、判を押した個人だけが責任を負う。この構造を、幹部職員が正確に理解しているかどうかが、施行後の分かれ目になります。

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