はじめに――違反は「悪意」からだけ生まれない
建設業法違反と聞くと、意図的な不正行為を思い浮かべる人が多い。しかし実務で起きている違反の多くは、悪意によるものではなく、「知らなかった」「昔からそうしてきた」「忙しくて確認できていなかった」という状況から生まれる。
私は、近畿圏の中堅ゼネコンをはじめ、多くの建設会社へのコンプライアンス研修を通じて、現場のリアルな実態を見てきた。前職のある研修会社が同社で担当した際、建設業法の条文について受講者から質問が出たものの答えられなかったという経緯があり、その後に当事務所にご依頼いただいたケースもある。専門性の薄い汎用的な研修では、建設業固有の法的問題には対応できないのである。
本稿では、国土交通省の「建設業法令遵守ガイドライン(第11版、令和6年12月改訂)」および「建設業者の不正行為等に対する監督処分の基準」をもとに、実務で頻繁に起きる建設業法違反の事例を類型別に解説する。
違反事例の全体像
建設業法違反は大きく「許可・契約・技術者・下請保護・行政協力」の5領域に分類される。本稿ではこのうち現場での発生頻度が高く、かつ建設会社が見落としやすい類型を中心に取り上げる。
なお、国土交通省の公表では、大臣許可業者を対象とした立入検査の実施件数は2023年度で806件にのぼり、文書指導388件、勧告68件、指示9件、営業停止13件、許可取消1件という結果が公表されている。 都道府県知事許可業者も含めれば、処分・指導の件数はこれよりはるかに多い。この業界のコンプライアンスは少なくとも10年は遅れている。
違反事例① 技術者の配置・専任に関する違反
現場で最も多く発生する違反類型のひとつが、主任技術者・監理技術者に関するものである。
建設業法第26条は、すべての建設工事現場に主任技術者の配置を義務づけ、特定建設業者が元請として一定規模以上の下請発注をする場合は監理技術者を置くよう定めている。この規定の違反は、研修現場でも最も多く質問が出るテーマである。
具体的な違反の形態としては、まず「名義貸し」がある。資格を保有する技術者の名前だけを現場に充てており、実際にはその者が現場管理に関与していないケースである。複数の工事現場に同一人物を「専任」として届け出ているケースも、これに準じる違反となる。
次に問題になるのが、営業所の専任技術者を工事現場の主任技術者として兼任させるケースである。実際の処分事例として、建設業法第26条第3項および建設業法施行令第27条により専任の主任技術者等の配置が義務づけられている民間発注の建築一式工事に、建設業法第7条第2号に規定される営業所の専任技術者を主任技術者として配置していたことが判明した事案がある。営業所専任技術者は、原則として現場の主任技術者を兼任できない。この基本的なルールが守られていないケースは、規模を問わず発生している。
さらに、不正な資格取得の問題もある。国土交通省が監督処分基準を改正した背景として、複数の企業の社員が所定の実務経験を充足せずに受検し、施工管理技士の資格を不正に取得し、これらの社員を監理技術者等として配置していた事態が発生した。これを受けて、虚偽の実務経験の証明によって不正に資格を取得した者を主任技術者又は監理技術者として工事現場に置いていた場合には、30日以上の営業停止処分 とする基準が定められた。
なお、技術者の配置義務違反については、技術者を配置しなかった場合の罰則は建設業法で行政刑罰の罰金刑の対象と定められており、建設業法上を根拠とする罰金刑は欠格要件に該当する。つまり許可の取り消しにまで繋がる。一括下請負よりも処分の重さという点では、技術者配置義務違反の方がリスクが大きいという点は、研修でも必ず強調するポイントである。
違反事例② 契約書面の不交付・不備
建設業法第19条は、請負契約の内容を書面に記載し、相互に交付することを義務づけている。この規定の違反も、現場では日常的に発生している。
特に問題になるのが、追加・変更工事の口頭処理である。当初契約は書面で締結していても、工事途中で発生する変更指示を口頭のみで処理し、変更契約書を作成しないまま工事が完了するケースが多い。建設業法第19条第2項は、請負契約の内容を変更するときにも書面の作成・交付を義務づけているが、この規定が守られていないことは珍しくない。
国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン(第11版)」は元請負人と下請負人の関係に関して、どのような行為が建設業法に違反するかを具体的に示すことにより、法律の不知による法令違反行為を防ぎ、元請負人と下請負人との対等な関係の構築及び公正かつ透明な取引の実現を図ることを目的として策定されており、契約書面の作成・交付については具体的な行為類型を示している。
書面契約を軽視することは、後日の紛争(追加工事代金の不払い・完成後の瑕疵責任)においても不利な立場を招く。法令遵守と実務上の自己防衛は、契約書面の問題においては一体のものである。
違反事例③ 見積期間の不設定・短縮
建設業法第20条は、発注者(元請)が受注予定者(下請)に見積りを依頼する際、一定の見積期間を設けることを義務づけている。具体的には、下請工事の予定金額が500万円未満の場合は1日以上、500万円以上5000万円未満の場合は10日以上、5000万円以上の場合は15日以上とされている(建設業法施行令第6条)。
発注者が予定価格1億円の請負契約を締結しようとする際、見積期間を1週間として受注予定者に見積りを行わせた場合は、建設業法第20条第4項に違反する。 決して期間というものを軽く見てはいけない。
現場では「出来るだけ早く」という曖昧な指示で見積りを急かすケースや、法定期間を下回る短期間での提出を要求するケースが頻繁に発生している。元請負人が「出来るだけ早く」等曖昧な見積期間を設定したり、見積期間を設定しないことも、ガイドライン上の問題行為として明示されている。
見積期間の問題は、建設業法違反ではあるが監督処分や罰則の対象になっていない。しかし、指導等の対象になる可能性があるため、十分な見積期間の設定をすることが求められる。処分に直結しないからといって放置していいわけではなく、建設Gメンによる調査の際に問題として挙げられることが増えている。
違反事例④ 一括下請負(丸投げ)
建設業法第22条が禁じる一括下請負は、単純に「全部を下請に任せる」ケースだけではない。ここに実務上の落とし穴がある。
一括下請負に該当するか否かの判断は、元請業者が受注した建設工事ごとに行う。建設業法第26条で配置が義務づけられている主任技術者または監理技術者を工事現場に置いていても、実質的な管理・監督業務を行っていなければ、元請業者が果たすべき役割を遂行したことにはならない。
つまり、名目上は技術者を配置しており、書類上も元請として記載されていても、実態として工事管理の全部を下請に任せていれば一括下請負と判断されうる。現場に顔を出さず、下請業者からの報告を受けるだけという運用は、このリスクを孕んでいる。
一括下請負禁止規定の違反があった場合などで、特に情状が重いと判断されれば、指示処分や営業停止処分なしで許可取り消しがなされることもある。最も重い処分に直結しうる違反類型として、経営者・管理職ともに正確な理解が必要である。
違反事例⑤ 不当に低い請負代金の強要・見積内訳の無視
建設業法第19条の3は、元請が自己の取引上の地位を不当に利用して、通常必要と認められる原価に満たない金額で下請契約を締結することを禁じている。
協議を経ずに10%値引きを迫る行為はガイドライン違反とされており、一方的値引き要求の禁止が明示されている。また、総額のみで契約すると原価根拠が不明確になり、後日の変更請求が認められにくくなる。
実務上の具体的な違反行為としては、協力会社に「この金額でやってくれ」と一方的な単価を押しつける慣行、見積書の内訳を無視した総額交渉、工期延長や設計変更が発生しているにもかかわらず追加費用の支払いを拒否する行為などが挙げられる。長年の取引関係を背景に「うちの言い値でやってもらって当然」という感覚が染みついている元請会社は、知らぬ間にこの規定に抵触している。
2025年12月12日に全面施行された改正建設業法では、著しく低い労務費による見積提出の強要・受注者による原価割れ契約の禁止も明文化された。従来から問題視されていた行為が、より明確に規制対象となった。
違反事例⑥ 著しく短い工期の強制
元請負人が発注者からの早期の引渡しの求めに応じるため、下請負人に対して一方的に当該下請工事を施工するために通常よりもかなり短い期間を示し、当該期間を工期とする下請契約を締結した場合や、複数の下請負人から提示された工期の見積りのうち、最も期間が短いものを一方的に工期として決定し、通常よりもかなり短い期間を工期とする下請契約を締結した場合は、建設業法違反となる。
2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用されたことにより、「短い工期=下請の長時間労働を前提とした設定」という構造は、労働基準法違反と建設業法違反が重なる問題となった。当該上限規制を上回る違法な時間外労働時間を前提として設定される工期は、たとえ元請負人と下請負人との間で合意している場合であっても、「著しく短い工期」として建設業法違反となる。両者の合意があれば適法、という誤解は根深いが、法令上は認められない。
違反事例⑦ 施工体制台帳・施工体系図の不備
特定建設業者が一定規模以上の下請発注をする場合、施工体制台帳の作成・保管と施工体系図の作成・現場掲示が義務づけられている。この書類管理の不備は、立入検査で真っ先に確認される事項のひとつである。
施工体制台帳又は施工体系図の作成を怠ったとき、又は虚偽の施工体制台帳又は施工体系図の作成を行ったときは、7日以上の営業停止処分を行うこととする。
「台帳の管理は事務担当者に任せている」「書式の古いものをそのまま使い続けている」という会社で、実態と記載が乖離しているケースは少なくない。下請業者が増えるほど台帳の更新は複雑になるが、それを放置することは違反リスクを高める。
「知らなかった」では済まない理由
以上の7類型に共通しているのは、どれも「知っていれば防げた」性質のものだという点である。
建設業法の条文は多岐にわたり、かつ頻繁に改正される。2024年から2025年にかけての法改正だけでも、技術者配置・工期ダンピング・労務費基準・原価割れ契約禁止と、重要な規定が次々と施行された。国土交通省が建設Gメンを前年度比約2倍に増員したことも、調査強化の明確なシグナルである。
2023年7月から2024年6月の間、刑法違反に関する処分は27件、公共工事の入札に関する不正などにより懲役刑が確定した事案は同じ期間に48件公表されている。 これらは氷山の一角にすぎない。
研修現場でよく聞く言葉がある。「こんなに違反になることがあるとは思わなかった」というものだ。それが、コンプライアンス研修の最大の価値のひとつでもある。知らないリスクを「知っているリスク」に変えることで、初めて対策が打てる。
まとめ
建設業法違反で多い事例を7類型に整理した。
技術者の配置・専任に関する違反、契約書面の不交付・不備、見積期間の不設定・短縮、一括下請負、不当に低い請負代金の強要、著しく短い工期の強制、施工体制台帳・施工体系図の不備――これらはいずれも、現場の日常業務のなかで発生しうる。「うちはちゃんとやっている」という自信があっても、実態を一次資料の基準に照らして点検すれば、何らかの問題が見つかることが多い。
外部の専門家によるコンプライアンス研修は、こうした法令遵守状況の棚卸しと、現場の意識改革の機会として機能する。
中川総合法務オフィスでは、建設会社向けのコンプライアンス研修・体制構築支援を行っております。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら

