一 地方公務員法第7条 条文原文
(人事委員会又は公平委員会の設置)
第七条 都道府県及び地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市は、条例で人事委員会を置くものとする。
2 前項の指定都市以外の市で人口(官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる人口調査の結果による人口をいう。以下同じ。)十五万以上のもの及び特別区は、条例で人事委員会又は公平委員会を置くものとする。
3 人口十五万未満の市、町、村及び地方公共団体の組合は、条例で公平委員会を置くものとする。
4 公平委員会を置く地方公共団体は、議会の議決を経て定める規約により、公平委員会を置く他の地方公共団体と共同して公平委員会を置き、又は他の地方公共団体の人事委員会に委託して次条第二項に規定する公平委員会の事務を処理させることができる。
改正沿革:昭和27年法律第175号、昭和31年法律第148号、昭和37年法律第133号、昭和52年法律第78号、平成26年法律第34号により一部改正。
二 趣旨・立法背景
1 なぜ第三者機関が必要か
公務員の人事は、採用・昇任・給与・懲戒・分限に至るまで、任命権者(知事、市区町村長、各委員会等)が固有の権限を持つ。しかし任命権者が人事権の行使を恣意的に運用すれば、政治的な情実人事や報復的な不利益処分が生じる危険がある。地方公務員法は、任命権者から独立した中立的な専門機関を制度的に設けることで、この危険を構造的に除去しようとした。
それと同時に、地方公務員は労働基本権の一部を制限されている。具体的には、争議行為(スト)および団体協約の締結権が認められていない(地方公務員法第37条・第55条)。この制限の代償として、勤務条件に関する措置要求制度と不利益処分に関する審査請求制度が設けられており(同法第46条〜第51条)、これらを公正に判断する機関が人事委員会・公平委員会である。
昭和25年(1950年)の地方公務員法制定時、モデルとなったのは戦後改革期に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指導のもとで整備された国家公務員法上の人事院であり、地方レベルにも同様の中立機関を設けることが不可欠と判断された。
2 人事委員会・公平委員会の二段階構造の理由
任命権者から独立した人事機関を全国の地方公共団体に一律に設けるとしても、都道府県・大都市と小規模な町村とでは職員数も事務量も桁違いに異なる。そこで地方公務員法は、団体規模に応じて機能の大きい「人事委員会」と機能を限定した「公平委員会」の二類型を設け、それぞれが担うべき事務範囲に差をつける構造を採用した。人事委員会は給与勧告権・採用試験の実施権・任用に関する規則制定権などを持つ(同法第8条第1項)のに対し、公平委員会は勤務条件の措置要求の審査・不利益処分の審査請求の裁決・苦情処理の3事務を中心とする(同条第2項)。

三 条文各項の解説
第1項 都道府県・指定都市への人事委員会設置義務
「都道府県」は47都道府県すべてを指す。「地方自治法第252条の19第1項の指定都市」とは政令で指定された人口50万人以上の市(いわゆる政令指定都市)をいい、2026年現在20市が指定されている。これらの団体には人事委員会の設置が義務付けられており、選択の余地はない。
設置は「条例で」行う。行政委員会の設置に法律の授権が必要なことは法治主義の要請であり、条例が根拠規定を置くことで、当該地方公共団体における組織上の位置付けが明確になる。
第2項 人口15万人以上の市および特別区——選択制
「前項の指定都市以外の市で人口15万以上のもの」とは、政令指定都市を除く一般の市のうち、人口が15万人に達している市を指す。「特別区」は東京都の23区(千代田区・中央区ほか)がこれにあたる。
これらの団体は人事委員会または公平委員会のいずれかを置けばよい。実態として、特別区は特別区人事委員会(東京23区が共同設置する一部事務組合方式)を置いている。人口15万人以上の指定都市以外の市のうち、人事委員会を置いているのは仙台市であり、大多数は公平委員会を選択している。小規模な人事行政組織では人事委員会に必要な専門人材・事務局体制の確保が難しいことがその主因である。
「人口」の定義は条文自体に明記されており、「官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる人口調査の結果による人口」をいう。国勢調査は5年ごとに実施されるため、人口増減によって設置義務の類型が変わり得る。同じ括弧書きが「以下同じ」とされているため、第3項の15万未満という基準にも同一の定義が適用される。
第3項 人口15万人未満の市・町・村・地方公共団体の組合——公平委員会の設置義務
人口15万人未満の市、すべての町・村、および地方公共団体の組合(一部事務組合・広域連合等)には公平委員会の設置が義務付けられる。選択の余地はなく、人事委員会を置くことはできない。事務量が相対的に少ない小規模団体に対しては、機能を絞った公平委員会で十分な救済が図れるという立法判断による。
第4項 共同設置と事務委託の特例
公平委員会を置く地方公共団体には、単独設置に代わる2つの選択肢が認められている。
第1は共同設置である。議会の議決を経て定める規約(複数団体間の取り決め文書)により、他の公平委員会設置団体と共同して一つの公平委員会を設けることができる。東京都市町村公平委員会はその典型例であり、東京都の12市・13町村・14一部事務組合が共同設置し、関係団体の職員の措置要求・審査請求等を一括して処理している。
第2は人事委員会への事務委託である。公平委員会を置く地方公共団体は、他の地方公共団体の人事委員会に対し、第8条第2項所定の公平委員会事務の処理を委託することができる。東京都(都が人事委員会を持つ)への事務委託を定めた規約が複数の市町村・一部事務組合との間で締結されており、都知事が委託先として事務を受託している実例がある(東京都市町村公平委員会の委託規約を参照)。栃木県では知事部局(県人事委員会)が複数市町組合から事務委託を受けており、規約の雛形(例規)が公表されている。
いずれの方式も、規約の制定・変更は各参加団体の議会の議決を要するため、民主的正統性が確保されている。
四 用語解説
| 用語 | 説明 |
|---|---|
| 行政委員会 | 長から独立した合議制の行政機関。地方公共団体の執行機関の一つ(地方自治法第138条の4第1項)。人事委員会・公平委員会・監査委員・選挙管理委員会などがある。 |
| 指定都市 | 地方自治法第252条の19第1項に基づき政令で指定された人口50万人以上の市。2026年現在、札幌・仙台・さいたま・千葉・横浜・川崎・相模原・新潟・静岡・浜松・名古屋・京都・大阪・堺・神戸・岡山・広島・北九州・福岡・熊本の20市。 |
| 特別区 | 東京都に設置される23の特別地方公共団体(千代田区ほか)。地方自治法第281条に根拠を持つ。市に準ずる権能を持ちつつ、都との関係で特別の制約がある。 |
| 一部事務組合 | 2以上の地方公共団体が、特定の事務を共同処理するために設けた法人格ある組合(地方自治法第284条第1項)。消防・水道・公平委員会事務などが対象となる。 |
| 措置要求 | 職員が、給与・勤務時間その他の勤務条件に関し当局が適正な措置を執るべきことを人事委員会または公平委員会に要求できる制度(地方公務員法第46条)。労働基本権制限の代償として設けられた。 |
| 不利益処分の審査請求 | 任命権者から意に反する処分(降任・免職・休職・降給・停職など)を受けた職員が、人事委員会または公平委員会に対し審査を求める手続(同法第49条の2)。 |
五 対比解説——国家公務員法
国家公務員法第3条(人事院)
(人事院)
第三条 内閣の所轄の下に人事院を置く。人事院は、この法律に定める基準に従つて、内閣に報告しなければならない。
2 人事院は、法律の定めるところに従い、給与その他の勤務条件の改善及び人事行政の改善に関する勧告、採用試験及び任免、給与、研修、分限、懲戒、苦情の処理、職務に係る倫理の保持その他職員に関する人事行政の公正の確保及び職員の利益の保護等に関する事務をつかさどる。
3 法律により、人事院が処置する権限を与えられている部門においては、人事院の決定及び処分は、人事院によつてのみ審査される。
4 前項の規定は、法律問題につき裁判所に出訴する権利に影響を及ぼすものではない。
国家公務員法は、全省庁を通じた一元的な人事行政機関として「人事院」を設ける(第3条第1項)。地方公務員法が団体規模に応じて人事委員会・公平委員会の二類型を置くのとは異なり、国家レベルでは単一の人事院が全国一律に機能する。
国家行政組織法は人事院に適用されない(国家公務員法第4条第4項)。公正取引委員会・中央労働委員会などの他の行政委員会が内閣府・各省の「外局」として所属するのとは異なり、人事院は直接「内閣の所轄の下」に置かれ、内閣からの独立性が際立って強固な設計となっている。人事官3名は両議院の同意を得て内閣が任命し(同法第5条)、任命には年齢35歳以上という要件がある(同条)。この独立性は、国家公務員の労働基本権制限の代償という性格と、政治的中立な成績主義(メリット・システム)の確保という二重の要請から導かれる。
地方公務員法第7条との比較
| 比較軸 | 地方公務員法第7条(地方) | 国家公務員法第3条(国家) |
|---|---|---|
| 機関の類型 | 人事委員会または公平委員会(団体規模による) | 人事院(全国統一) |
| 設置根拠 | 条例(法律の義務付けによる) | 国家公務員法そのもの |
| 組織上の位置 | 地方公共団体の執行機関(首長から独立) | 内閣の所轄の下(省からも独立) |
| 委員の任命 | 議会の同意を得て長が選任 | 両議院の同意を得て内閣が任命 |
| 適用機関法 | 地方自治法 | 国家公務員法(国家行政組織法は不適用) |
| 規模による差異 | あり(人事委員会と公平委員会で権限が異なる) | なし(全省庁一律) |
六 対比解説——国家公務員倫理法
国家公務員倫理法第10条(国家公務員倫理審査会の設置)
第十条 人事院に、国家公務員倫理審査会(以下「審査会」という。)を置く。
同法第3条の2(国家公務員法)では、人事院の所掌事務のうち「職務に係る倫理の保持に関する事務」を処理させるために、人事院内に国家公務員倫理審査会を設けると定める。
地方公務員法第7条が人事委員会・公平委員会を独立の執行機関として置くのとは異なり、国家公務員倫理審査会は人事院の内部機関として位置付けられる。会長・委員は両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命する(国家公務員倫理法第13条)。
国家公務員倫理法が設置された直接の契機は、平成10年(1998年)の大蔵省接待汚職事件(後に「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」として報じられた一連の接待問題)であり、当時の訓令による各省庁職員倫理規程では実効的な規制が不十分であることが露呈したため、法律レベルでの規律整備が図られ、平成11年(1999年)に同法が成立した。
地方公務員については国家公務員倫理法に相当する専一の法律が存在しない。倫理規律は地方公務員法の服務規律(第30条〜第38条の2)が根拠となっており、各地方公共団体が条例・訓令等で補完する構造となっている。この点が国・地方の制度上の大きな差異の一つである。
七 判例・裁判例
1 人事委員会・公平委員会の独立性と長の関与
人事委員会・公平委員会は長から独立した機関であるため、長は委員会の裁決・判定に直接介入することができない。これを直接争った著名な最高裁判例はないが、不利益処分の審査請求に関して取消訴訟の前置として公平委員会の裁決を経ることを要するとした裁判例(いわゆる不服申立前置の問題)が多く存在する。行政事件訴訟法第8条第1項ただし書きに基づき審査請求前置が定められていることから、公平委員会の裁決を経ずに提起した取消訴訟は不適法として却下される(東京高裁昭和58年2月24日判決等)。
2 措置要求制度と裁量の限界
職員の措置要求に対して人事委員会・公平委員会が判定を下す際、その判断は専門的技術的裁量に委ねられるとされるが、判定内容が著しく不合理な場合には司法審査が及ぶ。公平委員会の判定の取消しを求めた事例では、裁判所は「判定が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱・濫用したと認められるか否か」を審査基準とする(名古屋地裁昭和59年2月29日判決ほか)。
3 人事委員会設置義務違反の法的効果
第7条第1項・第3項は「置くものとする」という義務規定であるが、設置を怠った場合の制裁規定は同条に直接置かれていない。条例制定義務の不履行として議会・住民監査請求・住民訴訟の問題となり得るが、実際には全自治体で条例上の設置が行われており、争われた事例は見当たらない。
八 実務上のポイント
都道府県・指定都市に勤務する職員にとって、人事委員会は給与改善勧告・採用試験・不利益処分審査の3機能をすべて担う実質的な「人事の番人」として機能する。これに対し、中小市町村の職員が利用する公平委員会は専ら「紛争処理機関」としての性格が強く、委員3名が非常勤で事務局体制も簡素である場合が多い。
共同設置・事務委託の特例(第4項)は、小規模自治体の事務負担軽減策であるとともに、専門性の確保という観点からも有効とされる。東京都市町村公平委員会(12市・13町村・14一部事務組合が共同設置)のように、広域的な共同体制を組むことで常設の事務局を維持し、処理実績・ノウハウを蓄積している例が参考になる。
栃木県の場合、複数の市町・組合が県人事委員会に公平委員会事務を委託しており、委託規約の雛形が県例規として公表されている(栃木県人事委員会ウェブサイト参照)。委託に際しては議会の議決が必要であり、委託後も当該団体の職員に関する条例等は引き続き委託団体のものが適用される。
九 まとめ
地方公務員法第7条は、人事行政の公正・中立を担保するための第三者機関として、団体規模に応じた設置義務を定める。都道府県・指定都市には人事委員会が、人口15万人以上の一般市と特別区には人事委員会または公平委員会のいずれかが、それ以下の市町村・組合には公平委員会がそれぞれ条例によって設けられる。国家公務員法が全省庁統一の人事院を「内閣の所轄」に置き高度な独立性を付与しているのとは対照的に、地方レベルでは規模による二段階設計と共同設置・事務委託による柔軟性が組み合わされている。
次回は、第8条(人事委員会又は公平委員会の権限)を解説する。

