下請トラブルと元請責任
はじめに――「長年の慣行」が法律違反になる時代
建設業の元請・下請関係には、長年にわたって受け継がれてきた商慣行がある。「工事が始まってから細かい話をすればいい」「追加工事はサービスでやってもらう」「支払いは竣工後にまとめて」――こうした慣行が、現在の建設業法のもとでは違反に該当することが少なくない。
私はコンプライアンス研修の場で、元請会社の管理職や経営者に建設業法令遵守ガイドラインの内容を示すと、しばしばこんな反応を受ける。「これ、うちも普通にやっているけど違反になるの?」というものだ。そこにこそ、下請トラブルの温床がある。
建設工事の請負契約には取適法(中小受託取引適正化法)は適用されない。建設工事に係る下請取引の規律は、建設業法が専ら担っている。本稿では、国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン(第11版、令和6年12月)」をもとに、元請会社が関与する下請トラブルの典型的な類型と、元請として負う法的責任を具体的に解説する。
もっとも取適法の内容が改正建設業法にふんだんに盛り込まれており、しかも請負契約以外の委任契約などでは取適法適用がある事にも十分に注意する必要があろう。資材製造委託、施工図作成、警備・清掃、運送委託などである。ここは、非専門家との会話で当方がよく指摘するところでもある。下記の記事が唯一の専門家の記事である。こちらへ。
元請責任の法的根拠
建設業法は、元請負人が下請負人に対して果たすべき義務を、複数の条文で明示している。主要なものを整理すると次のとおりである。
建設業法が明記している元請責任として、書面による下請契約の締結(第19条)、一括下請負の禁止(第22条)、不当に低い請負代金の禁止(第19条の3)、不当な使用資材等の購入強制禁止(第19条の4)、下請からの意見の聴収(第24条の2)、元請の下請に対する代金支払いの期日(第24条の3)がある。
これらは「元請として守るべき最低限の義務」であり、違反した場合は建設業法上の監督処分の対象となる。さらに、独占禁止法は建設工事の下請負にも適用される。公正取引委員会は「建設業の下請取引に関する不公正な取引方法の認定基準」を定め、代金支払・不当に低い請負代金の禁止・減額・不当な使用資材等の購入強制の禁止など10項を規制している。 Ushijima-law建設業法違反であると同時に独占禁止法違反にも問われうるケースがある点を、元請会社は正確に認識しなければならない。
トラブル類型① 指値発注
指値発注とは、元請が下請に対して十分な協議を行わないまま一方的に請負代金額を提示し、その金額で契約させる行為である。
元請負人が下請負人との請負契約を交わす際、下請負人と十分な協議をせず又は下請負人の協議に応じることなく、元請負人が一方的に決めた請負代金の額を下請負人に提示(指値)し、その額で下請負人に契約を締結させる行為は、元請としての地位の不当利用に当たるものと考えられ、「通常必要と認められる原価」に満たない金額となる場合には、建設業法第19条の3の不当に低い請負代金の禁止に違反するおそれがある。
研修の場でよく出てくるのは、「うちはずっとこの単価でやってきた」という発言だ。長年の付き合いを背景にした慣行的な単価設定であっても、資材費・労務費が高騰している現在、その単価が「通常必要と認められる原価」を下回っているなら、法律違反になりうる。慣行であることは、免責の根拠にならない。
トラブル類型② 追加工事の費用負担を下請に押しつける
工事の進行中に設計変更や追加工事が発生することは珍しくない。問題は、その際の費用負担をどう処理するかである。
追加工事等を下請負人の負担により施工させたことにより、下請代金の額が当初契約工事及び追加工事等を施工するために「通常必要と認められる原価」に満たない金額となる場合には、当該元請下請間の取引依存度等によっては、建設業法第19条の3の不当に低い請負代金の禁止に違反するおそれがある。
「発注者から追加費用が出なかったから下請にも払えない」という元請の言い分は、法律上は通用しない。元請が発注者との交渉で追加費用を回収できなかったとしても、そのリスクを下請に転嫁することは建設業法上の問題となる。元請は発注者との間で適切に設計変更・追加工事の対価を確保する責任があり、それができなかった場合のしわ寄せを下請に押しつけることは許されない。
また、元請負人が合理的な理由もなく一方的に変更契約を行わない行為については、建設業法第19条第2項に違反する。追加・変更が発生したにもかかわらず変更契約書の作成を拒み、「後で精算する」「サービスでやってほしい」と処理することは、それ自体が違反行為である。
トラブル類型③ やり直し工事の費用負担
施工後に不具合が発見され、やり直し工事が必要になった場合、費用を誰が負担するかをめぐるトラブルは頻発する。
元請負人が、元請負人と下請負人の責任及び費用負担を明確にしないままやり直し工事を下請負人に行わせ、その費用を一方的に下請負人に負担させた場合には、建設業法第19条第2項、第19条の3に違反するおそれがある。
問題は、不具合の原因が曖昧なままやり直しを命じるケースである。設計図書の不備・材料の支給ミス・発注者指示の変更など、元請ないし発注者側に起因する問題であるにもかかわらず、「現場の施工が悪い」として下請に全額負担させるケースは、現場では珍しくない。責任と費用負担の所在を明確にした書面を残さないまま処理することが、後のトラブルと法律違反の温床となる。
トラブル類型④ 赤伝処理(一方的な相殺)
赤伝処理とは、下請代金から安全協力費・廃棄物処理費・資材費・損害賠償金などを一方的に差し引く処理のことである。建設業の現場で長年行われてきた慣行のひとつだが、法律上は重大なリスクをはらんでいる。
国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン(第11版)」は、工期変更に伴うコスト増加分を下請負人に一方的に負担させ、赤伝処理を行った結果、下請代金の額が「通常必要と認められる原価」に満たない金額となる場合には、建設業法第19条の3の不当に低い請負代金の禁止に違反するおそれがあると明示している。
赤伝処理が許容されるのは、あらかじめ書面で合意した内容に基づき、具体的な金額・理由が明示されている場合に限られる。「慣例として毎回差し引いている」という運用は、合意の実態がなければ違反となる。建設Gメンの調査でも、赤伝処理の適否は重点確認事項のひとつとなっている。
トラブル類型⑤ 下請代金の支払遅延
建設業法第24条の3は、元請が下請の工事完成を確認してから一定期間内に下請代金を支払うことを義務づけている。具体的には、元請が発注者から工事代金の支払いを受けた日から1か月以内、かつ下請の工事完了から50日以内のできる限り短い期間内に支払わなければならない。
研修でよく出る質問が「発注者からまだ入金されていないので払えない」という言い訳についてである。建設業法の構造上、発注者からの入金の有無にかかわらず、元請の下請に対する代金支払義務は独立して存在する。発注者との入金サイトのズレを下請への支払遅延で吸収することは、法律上は認められない。
また、国土交通省「建設業法令遵守ガイドライン(第11版)」では、2024年12月以降、60日を超える手形での支払いが問題とされている点も見落とせない。長期手形による支払いの慣行が残っている元請会社は、早急な見直しが必要である。
トラブル類型⑥ 通報を理由とした不利益扱い
下請会社が、元請の建設業法違反を国土交通大臣等や公正取引委員会に通報した場合、元請がその下請に対して取引を停止したり不利益な扱いをすることは、建設業法第24条の5で明示的に禁止されている。
元請負人は、違反する行為があるとして下請負人が国土交通大臣等、公正取引委員会又は中小企業庁長官にその事実を通報したことを理由として、当該下請負人に対して、取引の停止その他の不利益な取扱いをしてはならない。
内部告発・外部通報を理由とした報復的な取引停止は、建設業法違反であると同時に、公益通報者保護法の問題にもなりうる。「文句を言うなら仕事を出さない」という態度は、現在の法令環境では経営上の致命的なリスクである。
元請責任が「連鎖」する構造
建設業の多重下請構造において、元請の責任は一次下請との関係だけにとどまらない場合がある。特定建設業者が元請として工事を受注した場合、その傘下にある下請全体の施工体制を適切に管理する義務を負う。
この構造のなかで下請トラブルが発生すると、元請は「知らなかった」では済まない立場に置かれる。一次下請が二次下請に無理な条件を押しつけていた場合でも、元請が施工体制全体を管理する義務を怠っていれば、指導・勧告の対象になりうる。下請管理の問題は、直接の取引相手との関係だけでなく、サプライチェーン全体の問題として捉える必要がある。
「慣行」を点検するための視点
コンプライアンス研修を通じて感じることがある。下請トラブルの多くは、意図的な搾取よりも「以前からそうしていたから」「業界全体がそうだから」という意識から生まれている。しかしその慣行が法律違反であれば、行政処分・民事訴訟・取引停止という現実的なリスクに直結する。
元請会社が自社の下請管理の実態を点検する際、以下の問いを現場の管理職に投げかけることが有効である。
下請との代金交渉は十分な協議のうえで合意しているか。追加・変更工事の発生時に書面で変更契約を締結しているか。赤伝処理の根拠となる合意書が存在するか。下請代金の支払期日は建設業法の要件を満たしているか。やり直し工事を命じる際に責任の所在を書面で明確にしているか――これらへの回答が「そこまではやっていない」という状態であれば、改善の余地がある。
まとめ
下請トラブルと元請責任の核心は、「力関係の不均衡を利用した不当な条件の押しつけを、建設業法は明確に禁じている」という一点にある。
指値発注・追加工事費の転嫁・やり直し工事の一方的負担・赤伝処理・支払遅延・通報報復のいずれも、国土交通省の建設業法令遵守ガイドラインで具体的な違反事例として示されている。「業界の常識」が「法律違反」である状況は、建設業法の改正と建設Gメンの体制強化により、今後さらに厳しく問われていく。
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