はじめに――「制度があれば不祥事は防げる」は本当か
「内部通報制度さえ作れば、不祥事は防げる」という誤解がある。制度を作ることと、制度が機能することは別物である。
私はコンプライアンス研修の受託と並行して、外部通報窓口の管理業務も担当している。その経験から言えることがある。形式的に窓口だけ設置して、通報者が実際には相談しにくい状況を放置している会社は少なくない。通報窓口の電話番号が総務部長の直通になっていたり、規程は整備されているが従業員に一切周知されていなかったり、通報があっても調査プロセスが不明確なまま放置されたりする。そうした制度は、不祥事を抑止するどころか、問題を隠蔽する温床にもなりかねない。
本稿では、公益通報者保護法の現行の枠組みと2025年改正(2026年12月1日施行)の内容を踏まえながら、建設会社が実効性のある内部通報制度を構築するための実務的な手順を解説する。
公益通報者保護法の現状と2025年改正
まず法律の骨格を整理しておく。
公益通報者保護法は2004年に制定され、2022年6月に大幅改正が施行された。2022年6月に改正公益通報者保護法が施行され、常時使用労働者数300人超の事業者は、公益通報対応体制の整備や従事者指定の「法的義務」を負うことになった。他方、常時使用労働者数300人以下の企業(中小事業者)は、これらの「努力義務」を負うに留まる。
建設会社の多くは従業員300人以下の中小・中堅規模である。現状では法的義務の対象外であっても、努力義務として体制整備が求められていることは変わらない。そして、企業の規模や従業員数に関わらず、内部通報制度を整備していない場合、消費者庁の行政措置(報告徴収、助言、指導、勧告)の対象となり、企業名が公表される場合もある。また、報告徴収に対して何ら報告をせず、または虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料の対象になる。
さらに、2025年6月に公益通報者保護法がふたたび改正され、2026年12月1日に施行される。主な改正ポイントとして、通報後1年以内に行われた解雇や懲戒処分は、公益通報を理由として行われたものだと推定することとされた。また、通報を理由に解雇や懲戒処分を行った行為者及び企業に対して、刑事罰が新設され、6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金が科されるほか、企業に対しては3,000万円以下の罰金が科されるようになった。これは、通報者保護の実効性を大幅に強化するものである。
また同改正により、保護される通報者の範囲に新たに「フリーランス」が加わった。これにより、通報を理由とする業務委託契約の解除などが禁止される。現に事業者と業務委託関係にあるフリーランスだけでなく、業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスも保護の対象となる。 建設現場では一人親方など業務委託形態の就業者が多い。この改正は、建設業に対して特に重要な意味を持つ。
なぜ建設会社に内部通報制度が必要か
建設業特有のリスク構造として、重層下請制度がある。元請・一次下請・二次下請・孫請と連なる現場では、施工品質の問題、安全管理の手抜き、技術者の名義貸し、不当な費用転嫁といったリスクが現場の奥深くで発生しやすい。こうした問題を経営層が把握できないまま放置すれば、行政処分・事故・訴訟という形で突然表面化する。
内部通報制度は、そうした「現場で起きていること」を経営層に届けるための唯一の正式な回路である。現場の作業員が「ここの安全管理がおかしい」「技術者がほとんど来ていない」と感じても、上司に直接言えない環境では、問題は蓄積するだけである。
また、建設業は公共工事を受注する立場として、発注機関からのコンプライアンス体制の確認が年々厳しくなっている。「内部通報制度の有無」が実質的な評価項目になる場面も出てきており、制度の有無が競争力に影響する時代になっている。
制度設計の3つの柱
消費者庁の指針と実務から、内部通報制度の構築に最低限必要な要素は以下の3つに集約される。
窓口の設置、従事者の指定、内部通報取扱規程の整備である。
内部通報制度の導入にあたっては、最低限、内部通報窓口の設置、公益通報対応業務従事者(従事者)の指定、内部通報取扱規程の整備が必要となる。
私が、コンプライアンス研修講師を担当している企業でも、この整備と実際の施行に丸2年かかった。真剣にやるのは決して簡単ではない。
以下、それぞれを具体的に解説する。
柱① 通報窓口の設計
窓口は「社内窓口」「社外窓口」「社内外の併用」という3つのパターンがある。
社内窓口は、総務部・法務部・コンプライアンス担当などの部署に置く方式である。コストを抑えられる一方、担当者が社内の人間であるため、通報者が上司や同僚への影響を恐れて相談をためらうリスクがある。中小規模の建設会社では全社員が顔見知りの場合もあり、この傾向が特に強い。
社外窓口は、法律事務所や専門業者に委託する方式である。通報者にとって匿名性が確保されやすく、第三者による公正な対応が期待できる。消費者庁の指針では、内部公益通報受付窓口を事業者の内部と外部の双方に設置することも可能であり、事業者団体や同業者組合等の関係事業者共通の窓口を自社の内部公益通報受付窓口として設置すること等も可能とされている。
消費者庁の実態調査では、従業員数300人以下の事業者についても46.9%が内部通報制度を導入しているという結果になっており、中小企業でも導入が進んでいる実態がある。
中川総合法務オフィスでは外部通報窓口の管理業務も受託している。外部に委託することで、経営幹部への忖度なく通報できる環境を確保できる。建設会社の規模や組織文化に応じて、社内外の窓口を組み合わせた設計が実務上は有効である。
なお、窓口の設計にあたって重要なのが独立性の確保である。内部公益通報者が通報しやすい環境を作るためにも、人事などの部署への設置はできるだけ避け、組織の長や幹部が関係しないよう、独立性を確保するほうがよいとされている。「社長直通の窓口」は独立性の観点から問題がある。問題行為の主体が経営層である場合に機能しなくなるからである。
柱② 従事者の指定と守秘義務
公益通報対応業務従事者(従事者)とは、通報の受付・調査・是正を主体的に行う担当者である。この者には、公益通報対応業務従事者は、業務上知り得た事項のうち、公益通報者を特定させるものを理由なく漏らしてはいけないという守秘義務が法律上明記された。また、過去に公益通報対応業務従事者だった者についても同様の守秘義務が課されている。
この守秘義務は罰則付きである。従事者を指定する際は書面で行い、当該者が自分の立場と義務を明確に認識できるようにすることが求められる。外部の弁護士や専門機関に窓口を委託する場合も、その担当者を従事者として書面で指定する手続きが必要である。
建設会社の実務では、従事者の守秘義務について社内教育を行っておくことが重要である。「誰が相談してきたか」を同僚に漏らすようなことがあれば、制度全体への信頼が崩壊するうえ、法律上の問題も生じる。
柱③ 内部通報取扱規程の整備
規程は、通報者・従事者・調査担当者が拠り所とするルールブックである。消費者庁は内部規程の例を公開しており、これを参考にしながら自社の規模・業態に合わせた内容に仕立てることができる。
規程に明記すべき主な事項として、通報できる対象者の範囲(正社員・パートタイマー・派遣労働者・退職後1年以内の者・役員、そして2026年12月以降はフリーランスも含む)、通報対象となる事実の範囲(建設業法違反・労働法規違反・各種不正行為等)、受付から調査・是正措置・結果通知までの手続きフロー、通報者の匿名性保護と不利益取扱禁止の明示、がある。
指針の内容を当該事業者において守るべきルールとして明確にし、担当者が交代することによって対応が変わることや、対応がルールに沿ったものか否かが不明確となる事態等が生じないようにすることが重要であり、その観点からはルールを規程として明確に定めることが必要とされている。
規程を整備したうえで、それを従業員に周知することが実効性の鍵となる。内部通報制度についてより一層の周知徹底を図ることが求められており、従業員が目にしやすい社内イントラネットのトップページに内部通報窓口の連絡先を掲載することや、内部通報窓口の連絡先を記載した携帯用カードを配布すること、定期的な内部通報に関するセミナーや研修を実施すること等の手法により従業員への周知を図ることが考えられる。
建設会社特有の設計上の注意点
建設業は現場と本社が地理的に離れていることが多く、日常的なコミュニケーションが取りにくい構造を持つ。内部通報制度の設計においても、この点を考慮する必要がある。
現場の作業員・技能労働者が通報しやすい手段を用意することが重要である。メール・専用フォームだけでなく、電話窓口の設置が有効である。読み書きに不安を感じる労働者や、スマートフォン操作に慣れていない高齢技術者にも利用しやすい方法を組み込むことが実態に即した設計といえる。
また、建設現場には一人親方など業務委託形態の就業者が多数いる。前述のとおり2026年12月施行の改正法ではフリーランスも通報者として保護される対象となるため、規程の対象範囲に一人親方を含めることが求められる。
さらに、下請業者からの通報についても受け付ける体制を整えることが、重層下請構造のリスク管理として有効である。現場で起きている問題を元請が把握できる経路として、下請業者からの申告ルートを明示的に設けることを検討に値する。
「絵に描いた餅」にしないための運用の要点
制度を作るだけでは不十分である。実効性を確保するためには以下の点に継続して取り組む必要がある。
経営層が制度の意義を自らの言葉で発信することが最も重要である。「通報してくれた人を守る」「問題を隠すな、早く報告せよ」という経営トップのメッセージがなければ、現場は動かない。また、通報があった際に実際に調査し、是正措置を取り、その結果を通報者にフィードバックするというサイクルを回すことが、次の通報の意欲につながる。
年に1回の定期的な研修の場で内部通報制度の内容を全社員に確認させること、規程を最新の法令に合わせて定期的に見直すこと、通報件数・調査件数・是正件数の運用実績を内部で把握することが、機能する制度の維持に不可欠な実務である。
まとめ
建設会社の内部通報制度は、従業員規模に関わらず整備が求められる時代になった。2022年改正で体制整備義務が法定化され、2026年12月施行の改正ではフリーランスの保護対象化・通報報復への刑事罰新設という形でさらに規制が強化される。
制度設計の核心は3点に集約される。独立性の確保された窓口の設置、守秘義務を自覚した従事者の指定、周知された取扱規程の整備――これらを「形式だけ整える」のではなく、実際に機能させることが建設会社のコンプライアンス体制の根幹となる。
中川総合法務オフィスでは、建設会社向けの外部通報窓口の受託管理、内部通報規程の整備、社内研修の設計をご支援しています。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら

