はじめに――「悪い人間がいるから」という説明の限界
建設業で不祥事が発覚するたびに、世間の反応は「なぜこんなことが」という驚きと、「悪質な業者の話だ」という割り切りに二極化しがちである。しかし850回超のコンプライアンス研修を通じて私が観察してきたのは、「悪人がいるから不祥事が起きる」という単純な構図ではない現実だ。
不祥事を起こした組織に共通するのは、「おかしい」と感じた人間が社内に必ず存在したにもかかわらず、誰もそれを止められなかったという事実である。個人の悪意ではなく、組織の構造と文化が不祥事を生む。建設業には、その構造的・文化的リスクを特に強く増幅させる固有の条件がそろっている。
本稿では、建設業の不祥事がなぜ繰り返されるのかを、業界固有の構造的要因と普遍的な組織心理論の両面から解説する。
不祥事の原因を整理する枠組み
まず、企業不祥事の原因を体系的に整理しておく。
企業不祥事の原因は大きく分けて、社内体制、経営者の意識、従業員の意識、社内体質、経営環境の5つに分類される。
これらは独立した要因ではなく、相互に連鎖して不祥事を生む。日本の大型不祥事の多くでは「組織風土」の問題が原因の一つとして挙げられることが非常に多い。特に、同質的で上意下達、現場と経営の乖離など、日本的と言われる組織風土が原因とされる不正が多く報告されている。
また、不祥事、不正は法律的な問題だけが原因になって起こるわけではなく、昨今の不祥事の原因を紐解いてみても、法律的な問題だけが原因で起こったとされるものは稀で、その多くはその背後に経営陣の方針やプレッシャー、組織風土など非法律の問題があることが指摘されている。
建設業の不祥事もこの枠組みで理解できる。以下、建設業固有の構造から順に論じていく。
原因① 重層下請構造が生む「責任の拡散」
建設業の最大の構造的特徴は、重層下請構造である。元請から一次下請、二次下請、三次下請と連なる施工体制では、責任の所在が層ごとに分散し、誰が何に責任を持つのかが曖昧になりやすい。
技術者の名義貸しも、一括下請負も、施工不良の放置も、この構造のなかで発生する。元請は「下請がやったこと」と言い、下請は「元請の指示に従っただけ」と言う。責任の所在が問われた時に、誰も「私の問題だ」と名乗り出ない状況が構造的に生まれやすい。
施工体制台帳の整備義務はまさにこの問題への対処であるが、台帳を整えることと、現場で責任を明確に引き受けることは別物である。書類が整っていても、現場の実態として「誰が本当の責任者か」が曖昧な組織では、問題が起きても誰も声を上げない。
原因② 人手不足が「とりあえず」を常態化させる
国土交通省によると、建設業界の新卒入職者の3年以内離職率は大卒で約3割、高卒で約4〜5割に達しており、製造業と比べて高卒者で約15ポイント、大卒者で約10ポイントも高い水準にある。
慢性的な人手不足の結果として何が起きるか。「本来なら別の技術者を配置すべきだが、今いる人間でなんとかするしかない」という判断が繰り返される。これが技術者配置違反の温床である。資格者が一人しかいないから掛け持ちで名前を入れる。現場に行けない技術者を専任として届け出る。「とりあえず」の対応が積み重なり、それがいつの間にか「普通のやり方」になる。
不祥事の原因として「規律の緩み」が挙げられ、その原因として、成功体験による慢心、トップの企業理念が浸透していない、社員が業務に疲弊して使命感を持てないといった点が指摘されている。
建設業の人手不足は、現場の疲弊を深刻化させる。疲弊した組織では、「これは違反かもしれない」と気づいていても、それを問題にする余裕がなくなる。コンプライアンスの感度が組織全体として低下していく。
原因③ 「昔からそうしてきた」という慣行の呪縛
建設業の現場には、長年にわたって積み重ねられた商慣行がある。口頭での追加工事指示、赤伝(あかでん)処理による相殺、技術者の掛け持ち配置、法定の見積期間を無視した短納期発注――これらの多くが今日の建設業法のもとでは違反に該当するが、「業界全体でやってきたこと」という認識のなかに埋もれている。
私がコンプライアンス研修でガイドラインの具体的な違反事例を示すと、受講者からしばしば返ってくる反応がある。「これはうちだけじゃない、どこでもやっている」という言葉だ。その通りかもしれない。しかし「どこでもやっている」という事実は、違法性の根拠にはならない。法律の運用が厳格化し、建設Gメンの体制が強化されたいま、業界慣行が一斉に法律違反として問われる時代になっている。
慣行は、何度も繰り返されることで組織の記憶に定着し、やがて「これが正しいやり方だ」という確信に変わる。その確信が問い直されないまま引き継がれることが、世代を超えたコンプライアンス問題の温床になる。
原因④ 同調圧力と「集団浅慮」
心理学の観点から見ると、建設業の不祥事には「集団浅慮(グループシンク)」の構造が明確に見て取れる。
アメリカの社会心理学者アーヴィング・ジャニスが名付けた「集団浅慮しゅうだんせんりょ」とは、自社への自信や、過度な団結を求める同調圧力によって、客観的に見ればありえないような判断や決定がなされる状況を指す。
建設現場の職人文化には、強い帰属意識と上下関係の厳格さがある。これは技術継承という点では美徳だが、コンプライアンスの観点からは危険な側面を持つ。集団の雰囲気を壊すような意見や発言がタブー視されるようになり、その結果メンバーが自身の発言を控えるようになり、余計なことは言うまい、異を唱えない方が得だという自己検閲の流れが広がっていく。
「現場の空気」に逆らって「それは違法です」と言える社員が育ちにくい環境が、建設業の現場には構造的に存在する。ベテランの職人や現場監督の判断は絶対であり、若手がそれに疑問を呈することは「空気が読めない」と評価される。こうした環境では、問題を認識していても声を上げられない。
原因⑤ 悪い情報が経営層に届かない構造
不祥事を起こした組織に共通する問題として、悪い情報が経営者・管理職に届かない、組織としての判断が社会規範と乖離、組織内の同調圧力の高まり、社内監査・リスクマネジメントへの消極的姿勢、中間管理職の危機意識の低さ、チェック人材の独断や多忙といった問題点がある。
建設業では、本社と現場の物理的・心理的距離が大きい。現場で起きていることは現場の責任者が把握しているが、それが経営層に正確に伝わる仕組みが整っていない会社が多い。問題が起きても「現場の判断でなんとかした」という処理がなされ、経営層には「問題なし」という報告だけが上がっていく。
健全で風通しの良い企業文化が醸成されていればコンプライアンス・リスクの抑止に繋がる一方、収益至上主義あるいは権威主義の傾向を有する企業文化がコンプライアンス上の問題事象を誘発することもある。
工期に追われ、利益を確保しなければならないという経営環境のプレッシャーは、現場に「多少のことは目をつむれ」という暗黙のメッセージを発する。そのメッセージを受け取った現場は、問題を報告するのではなく、問題を隠す方向へ動く。
原因⑥ 法令改正への対応遅れ
建設業法は頻繁に改正される。2024年から2025年にかけても、時間外労働の上限規制・技術者配置の改正・工期ダンピング規制・労務費基準の法定化と、矢継ぎ早に規制が強化された。しかし、法改正の情報が現場の施工管理者や協力業者まで届くスピードは、法律の施行スピードに追いつかない。
「知らなかった」では済まないのが法律の原則だが、現場では「そんな改正があったとは知らなかった」という状況が繰り返される。コンプライアンス研修を定期的に実施していない組織では、法令改正の情報は経営層が把握しても現場には伝わらず、現場は旧来の慣行で業務を続ける。
不祥事を「繰り返す」組織の特徴
特に深刻なのは、同じ組織が不祥事を繰り返すケースである。
コンプライアンス部門が取り組む規程類の整備に関する諸活動は、多くの場合、個人的な違反行為の減少には一定程度効果があるものの、組織的な違反行為の防止にはそれほどの効果は期待できず、「属人風土」を改めない限り、組織的違反を減らすことはできない。また、「属人思考の風土」の強い組織では、法令違反の放置、不正のかばいあい、不祥事隠ぺいの指示、上司や同僚の不正容認、規定の手続きの省略といった組織的違反が減ることは望めない。
規程を整備し、研修を一回実施しただけでは、組織の体質は変わらない。体質の問題は時間をかけて醸成されてきたものであり、時間をかけてしか変えられない。これが、不祥事対応として「再発防止策を策定しました」という発表をしながら、数年後に同種の問題が再発する組織の構造的な理由である。
私が近畿圏の中堅ゼネコンで5年間にわたってコンプライアンス研修を継続しているのも、まさにここに理由がある。一回の研修で組織は変わらない。毎年積み重ねることで、現場の「当たり前」を少しずつ書き換えていく。その積み重ねだけが、本質的な意味での不祥事防止につながる。
まとめ――「構造」と「文化」の両面から手を打つ
建設業の不祥事がなぜ起きるかを整理すると、以下の6つの要因が浮かび上がる。重層下請構造による責任の拡散、人手不足が常態化させる「とりあえず」の対応、慣行の呪縛、同調圧力と集団浅慮、悪い情報が経営層に届かない構造、法令改正への対応遅れ――これらは互いに絡み合い、建設業固有のコンプライアンスリスクを形成している。
これらの問題に対処するためには、制度的な整備(内部通報制度・施工体制の明確化・法令改正情報の共有)と、組織文化の改革(経営層のコミット・心理的安全性の確保・継続的研修)の両輪が必要である。どちらか一方だけでは不十分である。
コンプライアンスとは、「違反しないための知識」を得ることではなく、「問題に気づいたときに声を上げられる組織をつくる」ことである。その組織をつくることが、建設会社が不祥事を繰り返さないための根本的な答えである。法令問題でありながら本質は経営問題なのだ。
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